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第2章 地球活動編

第27話 来訪者

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 地球の屋敷の自室で冒険の準備をしてグラムのギルドハウスに転移しようしたとき思金神おもいかねからリビングへ降りてきて欲しい旨の念話が届く。
僕がリビングへ降りていくと思金神おもいかねの奴が椅子に座って茶を啜っていた。
 多忙な思金神おもいかねが態々姿を見せること自体が異常だ。今度はいかなる厄介ごとかと身構えていると、幾つかの報告をされる。
 まずはグラムとその周辺における凡そ300箇所の土地の回収が完了した旨の事後報告。
 この《妖精の森スピリットフォーレスト》によるグラムの土地の買い占めの必要性は僕ら特有の事情がある。
 《妖精の森スピリットフォーレスト》の全メンバーはグラムの街道での転移が禁止されており、ギルドハウスからの移動を強いられていた。それでも今までは《森の食卓》等の職場や冒険者組合までの移動で住んでおりさほど問題とはならなかった。だが、今後グラムにおける《妖精の森スピリットフォーレスト》による経済活動が拡大することが見込まれる。そうなると広大なグラムの隅々までの徒歩での移動を強いられるようになる。特に地球での兼業をしている幹部達にとってはこの移動はかなりのネックになることは間違いない。そこでグラムの各土地を買い占め小さなギルドハウスのような施設を作ることにより、そこへの転移を可能とし移動時間を短縮する案がかなり早い段階から会議の議題に上がり満場一致で可決されていた。
 確かに、グラムはとんでもなく広い。地球の大都市並みの距離があるのだ。僕も明神高校の生活が始まる。できる限り時間は節約したい。その点からも反対する意義など皆無だ。
 僕ら《妖精の森スピリットフォーレスト》がグラムの二十分の一を所有するのだ。当然のごとく一ギルドが土地を買い占める事に対する反発が他のギルドからあった。だが、それも僕がグラム改造計画を正式に決済したことにより解決する。
 このグラム改造計画は思金神おもいかねの奴が提案したものであり、実にふざけた内容だった。即ち、グラムを中心として6つの衛星都市を造るというものだ。その規模はどれも小さな小都市並みがある。その開発を《妖精の森スピリットフォーレスト》が請け負う。
 そしてこのグラム改造計画には前近代的なグラムの近代化も含まれていた。
 僕が帝国戦で忙しくなる期間中、僕抜きでの会議を指示していた。この会議ではグラムの近代化には時期尚早との意見も根強かったらしいが、思金神おもいかねの理論を看破できるはずもなく決定された。
 思金神おもいかねのグラム近代化の理論は次のようなものだ。

 第一がグラム近代化の必要性。
 即ち、冒険者組合に対する《妖精の森スピリットフォーレスト》の発言力を確固たるものとすること。これはトイレも風呂もない異世界に来た当初の凄まじい不便を考えれば納得はいく。一度利便性を知ってしまったらもう今までの生活には戻れない。仮に、冒険者組合が僕ら《妖精の森スピリットフォーレスト》と決別すれば、丸ごと元のグラムに戻す程度の制裁が取られることになる。そしてその選択をした冒険者組合をグラムの市民は決して許しはしない。間違いなく暴動が起きる。これにより事実上、冒険者組合は《妖精の森スピリットフォーレスト》の意に反する行動はできなくなる。
 次がグラムの経済を発展させることにより、この異世界アリウス全体の経済と科学力を一定限度で促進させること。確かに、グラムは東西南北の各地方の中心に位置し、そのグラムの経済の発展は世界全体の物資の流通を著しく向上させる。
 《満月の森》や《獣魔国ラビラ》の発展のためには取引相手が必要だ。その相手がいつまでも前近代的なままではそれ以上の発展は望めない。
 第二が許容性について。
 《妖精の森スピリットフォーレスト》がグラムの開発を一手に引き受ける事により、外貨を獲得しつつも新技術の流出を防ぐ。なおかつ、用いる技術を制限することによりやむをえず流出した場合の保険とする。こんなところだ。
 思金神おもいかねの言は相変わらず理屈は通っている。だが、逆に恐ろしく慎重な思金神おもいかねが少なからず技術の流出につながる措置を推し進める理由としては不十分なように僕には思える。十中八九、他に核となる何かがあるのだろう。
 まあ僕としても列車と飛空艇の発着場所である駅と空港の設置の条件を冒険者組合には是非飲んでほしかった。丁度良いといえるだろう。

 二つ目がこの異世界アリウスの世界地図の作製の開始の報告。これは僕が思いつきで思金神おもいかねに命じたものであり、半分冗談のようなものだった。だから実際に作成を開始したとの報告を受け正直ぶったまげた。
 《満月の森》や《獣魔国ラビラ》は既に確固たる領土がある。それ以外では僕らのギルドは数百人規模の中規模ギルドに過ぎない。だから僕らには広大な土地など本来不必要だ。だが、思金神おもいかねが単なる興味で世界地図の作製をするはずもない。これにも真なる目的が隠されてそうだ。
 何時も思うが思金神おもいかねの秘密主義は度が過ぎていると思う。
 
 三つ目が地球における『斎藤商事』における新事業の開拓。
 原宿にお菓子の専門店が開店したらしい。
 発案者は佐々木清十狼ささきれいじゅうろうさんと樟葉源五郎くずはげんごろうを初めとする男性陣。
 僕ら《妖精の森スピリットフォーレスト》の幹部は女性メンバーの方が数が多いこともあり、女性が圧倒的に強い。普段男性の意見は黙殺されることも多い。こうも簡単に新事業が可決されたのは榛原水咲はいばらみさきさんが全力でバックアップしたからだろう。
 最近知ったのだが、水咲さんは大の甘い者好き。本人曰く、スイーツは斬新なデザインを世に生み出す大切な燃料。彼女にとって必要不可欠なものらしい。一度《妖精の森スピリットフォーレスト》が事業として始めれば、凝り性な僕らの事だ。食せば意識が飛びかねないほどの味のスイーツを生み出すのは想像するに容易い。彼女はそれを狙っているとおもわれる。水咲さんに他の女性達も賛同し女性達の篭絡は完了した。
 それにしても発案者は佐々木清十狼ささきれいじゅうろう樟葉源五郎くずはげんごろうであるが、彼らが組むとどうも欲物にまみれているように個人的には思えてしまうのは偏見だろうか。
 まあ《妖精の森スピリットフォーレスト》の地球での新事業の開拓の必要性は僕も考えていた。僕らは異世界アリウスから原料を格安で調達できる。不動産も不破晃ふわあきらさんが経営する不破不動産から格安で借りる事ができる。僕らにとってもさほどダメージがあるものでもない。良い事だろう。
 店の名前は――《お菓子の森スイーツフォーレスト》に決定したらしい。

 ここまでは単なる事後報告に過ぎず、思金神おもいかねが姿を現す理由にはならない。

「それで今日は僕に何の用?」

「マスターに会ってほしい者達がおります」

 会ってほしい者達? この様子だと思金神おもいかねも同伴するということだろう。
 最近気付いた事だが、思金神おもいかねにとって他者はランクがある。このランクに応じて微妙に対応を変えている。
 最も低ランクなものは配下に対応を任せる。通常の商売の取引相手等がこれにあたる。
 ほどほどのランクのものには思金神おもいかね自身が対応する。《シーラカンス》の幹部達や研究者たちがこれだろう。
 高ランクの者には僕に対応を任せる。《妖精の森スピリットフォーレスト》の幹部候補達がこれだ。
 まあ、僕一人には手に負えないような人物や思金神おもいかねが同席するべき必要性がある場合には特別に同伴する。
 今回は僕に思金神おもいかねが同席する以上、間違いなく高ランク以上の者が相手というわけだ。新たな仲間の発掘か、それとも――。

「わかった。時間もない。早く行こう」

 僕のこの言葉に立ちあがり無言で恭しくも一礼すると歩き始める。おそらくついて来いということだろう。こうも形式ばった思金神おもいかねは初めてかもしれない。猛烈に嫌な予感がする。そしてこの手の僕の予感は大抵よく当たるのだ。 
 屋敷の外に出るといつの間にか一目見て高級車と分かる黒塗りのリムジンが止められていた。車の後部座席のドアが開き、2人の男が出てくる。
 一人は黒髪のイケメン青年。もう一人が50代前半ほどの男。
 黒髪の爽やかイケメン青年は魔術審議会日本支部支部長――伏見左京ふしみさきょう。確か、月彦の実兄だ。よりにもよって倖月家と関係の深い伏見家の者か。思金神おもいかねの考えが微塵も読めない。
 そしてもう一人の初老の男は伏見左京ふしみさきょう以上にぶっ飛んでいた。
 白髪交じりの短い髪に、金色の天秤と蛇のマークを刺繍された黒色のローブ。ローブの上からでもわかる鍛え抜かれた筋骨隆々の肉体。鷹のように鋭い眼光。
 僕は此奴こいつを知っている。とは言っても僕と因縁があるわけではない。単に頻繁にテレビに出ており、魔術師はおろか一般人の幼児でも知っている奴なだけだ。
 魔術審議会東アジア最高顧問――五十子時宗いかごときむね。魔術審議会の東アジアのトップにして世界最大の魔道テロ組織バルバトスの本部壊滅の総指揮をとった現代の英雄。
 五十子時宗いかごときむね達を僕の屋敷にまで連れて来たのは思金神おもいかねだ。だから五十子時宗いかごときむね達が僕を現在害する可能性は限りなく低い。
 だからと言ってこの思金神おもいかねの選択を容易に受け入れるわけにも行かないのも事実だ。何せこの屋敷には僕の秘密がごっそり詰まっているのだ。その秘密の一つ、一つが仮に魔術師が知れば命を賭してでも手に入れようとするものばかり。
 地球の最大の勢力たる審議会にこの場所を知られたことは僕にとってマイナス以外の何ものでもない。
 ただでさえ、魔術審議会には3にん13覇王ジャガーノートが王として君臨している。今の僕らでは塵一つ残さず滅ぼされる。まだ早い――奴らと戦うのはまだ早すぎるのだ。
 僕は内臓が震えるほどの激しい怒りを込めて射殺すような視線を思金神おもいかねに向けるが、案の定いつもの微笑を消しはしない。秘密主義というには今度の事は度が過ぎている。納得いく説明をしてもらう。力づくでも――だが、その前にこの危機的現状を何とか切り抜けなければならない。
 僕の激烈な警戒感が伝わったのか次元精霊達を初めとするこの屋敷を守護する無数の超越者達が屋敷の屋根の上から、木々の枝の上から、上空からいつの間にか五十子時宗いかごときむね伏見左京ふしみさきょうを取り囲むように睥睨していた。
 伏見左京ふしみさきょうのゴクリと喉を鳴らす音が聞こえる。対して、五十子時宗いかごときむねは表情をピクリとも動かさない。明らかに役者が違う。

「これは――」

 僕が言葉を紡ぐより先に五十子時宗いかごときむねは右手を胸に当てて深く頭を下げ、突拍子もない言葉を吐き出した。

「王よ。お迎えに上がりました」

「は?」

 そこで僕の思考は完全停止した。

  
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 お読みいただきありがとうございます。
 
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