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【第二章】婚約者編

26. 幼馴染の心変わり (リリーside)

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 あたしはいつものように魔導士団のみんなの前に立っている。そして、みんなに向かって告げていた。

「みんな、今日はローザは午後から出勤だよ。
 宰相様のご都合で、王太子妃教育を午前中にするんだって」

 みんなは私の言葉に頷く。そして私は続ける。

「あと、レオン様から大切な話があって、午前中に来られるらしい」

 私の言葉に、魔導士団は騒然となる。

「えーっ!殿下また来るの? 」

「どうせローザの話でしょ? 」

「そうそう、ローザの話。本ッ当にお熱くて嫌になるわ」

 私は困ったようにみんなに言う。

 私は今朝、レオン様に呼び出された。そして、話の内容を聞いた。特に驚きはなかったが、羨ましくはあった。ローザは人前ではレオン様から逃げているのに、ちゃんと愛を育んでいるのだと思って。
 その代わりにあたしは、ハンスとほとんど口すら聞いていない。ハンスと話をするのが怖くて、話しかけることも出来ないのだ。

 あたしは、ハンスがこの国を去った日のことを思い出した。彼は酷く悲しい目をしてあたしに告げたのだ。

「もう、会いたくない」

 あたしはこんなにもハンスが好きなのに、ハンスはあたしを嫌っているのだろうから。




「……ねー、リリー!」

 はっと我に返る。あたしの前には、心配そうな魔導士団のみんながいる。あたしとしたことが、自分の世界に入りすぎて、魔導士団のみんなの話を聞いていなかった。

「ごめんごめん!考え事しちゃって」

 あたしは笑顔で取り繕う。そして告げた。

「レオン様が来る前に、さっさと練習しちゃおう」

 こうして、いつものように練習が始まるのだ。あたしが魔導士団に入ってから、ずっと続いている毎日。何の変化もない毎日。……変化があったとすれば、ハンスが戻ってきたことくらいだ。
 戻ってきたハンスは、随分と落ち着いて大人になっていた。あたしの大好きな優しい瞳をしていたが、優しい瞳であたしを見ることはなかった。


 あたしは練習しているみんなの周りを回り、アドバイスをする。

「カイト、いいね!魔法が強くなってきてるよ」

 ハンスは何も言わないが、黙ってあたしの指示に従う。魔法を忘れていたハンスだが、少しずつ魔法を使えるようになっているのが嬉しい。今や雷で窓を燃やすくらいは出来るようになっていた。

 ハンスの横を素通りする。だけど、近くを通るだけでドキドキする。あたしはいつまでこの恋を引きずっているのだろう。

 こんなあたしに、ハンスは話しかけた。

「リリーは、俺にはアドバイスはくれないのか? 」

「……え!? 」

 名前を呼ばれ、顔が真っ赤になる。胸がドキドキする。恐る恐るハンスを見上げると、ハンスはあの頃みたいなまっすぐな瞳で私を見下ろしていた。こんな昔みたいなハンスの顔を見て、涙が出そうになる。それをぐっとこらえた。

「……い、いい調子だよ」

 あたしの声は震えている。

「強くなってるし、的にも当たってる。
 この調子で少しずつ強くしていこう」

 大丈夫。いつも通り出来たよね。

 ハンスはあたしを見て嬉しそうに笑った。そして、笑顔で告げる。

「俺もいつか、リリーと肩を並べられるくらい強くなれるだろうか? 」

「ちょっと待って。ハンスって元の世界に戻るんじゃ……」

 聞きたくないことを聞いてしまった。これを聞かなければ、現実から逃げられるのに。
 だが、ハンスは笑顔で私に告げたのだ。

「俺、この世界に残ることにした。
 この世界にも俺を欲してくれる人がたくさんいるから」

「えぇッ!? 」

 喜びのあまり、声を上げていた。そして思わずハンスに抱きついていた。ハンスはこんなあたしを、昔のようにそっと抱きしめてくれる。
 ハンスに触れられるなんて思ってもいなかった。その前に、この世界に残ってくれるとも思っていなかった。想定外が続きすぎて、あたしの頭はパニくっているのですが!

「リリー。練習後、少し時間をもらってもいい?
 久しぶりに、話をしよう」

 あたしは大きく頷いていた。




 そんななか、いつものようにレオン様が側近たちと訓練施設に来られる。緑色の服に緑色のマントに身を包んだレオン様は、見る限り上機嫌だ。

 ローザが来るまでは、レオン様が魔導士団に顔を出すことなんて年に数回だった。それも何か特別な行事がある時くらいだった。それくらい魔導士団にとってレオン様は雲の上の人だったのだが……
 ローザが来てからは、何かと都合をつけて視察に来られる。それだけローザが心配なのだろう。

「第二魔導士団、集合。レオン様に敬礼!」

 あたしは号令をかけ、魔導士団のみんなが集まってくる。そして、第二魔導士団の敬礼である、胸の前に拳を握るポーズを取る。
 こんなあたしたちを、レオン様は口角を上げて眺めている。そして、いつものように告げた。

「楽にして良い」

 その言葉を聞き、あたしたちは敬礼を止め、ピシッと背筋を伸ばしてレオン様を見る。だが、みんな内心笑っているのだ。今日はレオン様がどんな爆弾を落としていくのか、興味津々だ。

 レオン様はぐるっと私たちを見回し、私は知っているが皆の予想を遥かに超える言葉を放つ。

「突然だが、ローザが子供を孕んでいる可能性がある」

 隣にいるカイトが、思いっきり飛び上がった。話の相手がレオン様でなければ、場は騒然としているだろう。
 きっと戸惑う表情をしているあたしたちを見回し、レオン様は続ける。

「妊娠が確定するまでは、または、正式に私の妻となり王族になるまでは、魔導士団に通うのを止める権利はない。ローザも魔導士団を居場所として、ここにいることを望んでいるのだから。

 ……だが、皆に告げる。細心の注意を払ってくれ。
 ローザに攻撃魔法はさせても、魔法を受ける行為はさせないで欲しい」

 レオン様は過保護だ。まだ妊娠しているとも確定していないのに、こうやってローザを守ろうとするのだから。そしてこれがローザにバレて、また酷く怒られるのだろう。
 だけど、ローザも幸せだと思う。レオン様が一途にローザだけを愛しているから。
 女性に興味がなさそうだったレオン様が、こうもローザだけを特別扱いして愛でているのだから。

「それと……ハンスのことだ」

 レオン様はそう言って、ハンスを見る。あたしのことではないのに、胸がドキドキする。

「我らロスノック帝国は、ハンスの機械技術を必要としている。
 ハンスによって、ロスノック帝国は一段と発展を遂げるだろう。

 そのため、ハンスはローザ同様、午前中のみの魔導士団勤務とする。午後からは宮廷内で、ロスノック帝国機械化のために働くことになるだろう」

 ハンスはレオン様から誘いを受け、ロスノック帝国に残ることにしたのだろう。もちろんあたしのためではないことは知っている。だけど、素直に嬉しかった。そして、長い間異国で頑張ったハンスの努力が報われたと思う。叶わない恋かもしれないが、あたしはずっとハンスを応援している。
 
「私からは以上だ」

 あたしたちはレオン様に再び敬礼する。去っていくレオン様の後ろ姿を見ながら、あたしは心の中で何度もお礼を言った。
 ハンスを引き止めてくれて、ありがとうございます。ハンスを魔導士団に入れてくれて、ありがとうございます。例えそれが、あたしのためではなかったとしても。


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