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ソノ者ニ幸在ラズ
しおりを挟む「先日はどうもありがとうございました。それでは」
そう言い、三十代程度の男性が足早に帰って行った。
「蘆谷さん、今の方は?」
その様子を見て、私はそう質問した。
「あぁ、今のはこの前の穂積さんですよ。」
「え、そうなんですか?随分変わりましたね」
私の質問に対して、蘆谷さんはそう答えた。今帰って行った穂積さんの姿を見て、私はここで働くことになった日の事を思いだしていた。
「それにしても、もう二ヶ月も経ったんですね?」
蘆谷さんも思いだしていたのか、私にそう聞いてきた。
────
ある年の春、私は悩んでいた。
それは……
「またか……もう、三十社に到達してしまった」
そう、就活である。というか、アルバイトすら見つからない。更に、まるで呪われてるのではないかと思ってしまうほどの不運も重なった。
入社試験に行く日の朝になって電車が止まり、面接に行こうとすれば行く途中で鳥のフンがスーツに落ちてきたり、ヒールが折れて間に合わなかったり、更には事故に巻き込まれた事もあった。
ちなみに、先程の台詞はお祈りメール、もとい不採用の通知を見たときに出た言葉だ。これは普通に受けれて普通に落ちた。
「学生だった時は楽だったな……気分転換に散歩しよ」
私は唐突にそう思った。
────
それから私は一、二時間ほど街中を歩いていた。気休めにお祓いにでも行こうかと思っていると、前方にある電柱に貼り紙があることに気がついた。
『どんな些細な事でも構いません。相談したい事があればお訪ね下さい。相談家 道満』
「……住所はどこにあるんだろう?」
それを見た私は早速行ってみることにした。
────
探してみた結果、それほど遠くではなかった。名護谷市矢幡町陽陰通りの二番目の十字路を右に進むと、木造二階建ての立派な建物が建っていた。
「すいませーん」
私はそう言いながら、『相談家 道満』と書かれている札の掛かった扉を開け、中を覗きこんだ。
「いらっしゃいませ。さぁ、どうぞこちらへ」
すると男性の声が奥から聞こえてきた。その声の方に向かっていくと、私より少し高い身長で、肩の辺りまで伸ばした髪が印象的な、眼鏡を掛けた男性が立っていた。
そして男性に促された私は椅子へ座り、彼も椅子に座った時、机に置いてある名刺が目に入った。
そこには、恐らくこの男性の名前と、相談家と書かれていた。
「どうもはじめまして。私は相談家をしています、蘆谷寛斗です。本日はどのような相談に来ましたか?」
その男性、蘆谷さんはそう言いながら名刺を私に渡した。さっきは見ただけだったから分からなかったが、名刺は結構良い紙で出来ていた。
まぁそれは置いといて、私は早速相談することにした。
────
「成る程、そうですか……どこの会社を受けに行っても受けれないことが多いということですか」
相談しといて何だが、改めて言われるとかなり可笑しい。そもそも、一回はあったとしてもこう何回も続く事は無いはずだ。つまりとても運が悪いという結論に成りそうだ。
「これは、少し大変ですね………」
ただ、蘆谷さんはどうやら違うようで、なにやらぶつぶつと喋っていた。
「…うん、これで良いでしょう。日奈方紫さん、信じられないかもしませんが、貴女はある怪生に憑かれています」
ぶつぶつと喋るのを止めた蘆谷さんは私に視線を向け、そう言い放った。それを聞いた私は、まず
「怪生って何ですか?」
と聞いた。理由は簡単である、聞いた事が無いからだ。
「あぁ、すいません。怪生とは、簡単に言うとするなら妖怪が一番近いですね」
「近いって、何が近いんですか?」
私は更に質問した。
「妖怪は、多くの人の認識やイメージ。また、恐怖心や信仰心が集まった物が多いです。しかし怪生は少し違い、他人を妬む心、他人を恨む心など、本気で思っていなくても思った瞬間に大なり小なりの怪生が生まれるんですよ」
その説明を聞いて疑問に思ったことが一つある。
「それじゃあ、そこら中に怪生が居るんですか?」
思った瞬間と言うのなら、妖怪よりも怪生の方が人に知られているんじゃないのか、という事だ。
「いえ、それが違うんです。妖怪は誰か一人しか知らない、という訳では無いですよね?大抵は誰かに話したりして複数人が認識します。そうすることで妖怪が語り継がれて行くんですよ」
「へー、そうなんですか」
「そして怪生は生まれる時はとても弱く、よほどの事が起きない限りは直ぐに消えてしまいます。ただ、極稀に怪生同士が結び付き、集合体として存在が確立するものもいます。その例が今現在、日奈方さんに取り憑いている怪生。名を『不幸鴉』と言います」
ここに来て私に憑いた怪生の名前が分かったが、語り継がれていないのに何故分かるのだろう?
「名が分かったのは今まで何度か存在していたからです。一度でも確立された怪生は、生まれ易くなるんですよ。その代わりに怪生としての力が集まる前に生まれる為、弱く成ります。まぁ、例外も有りますが」
まるで、心を読んだかのように名前についての説明がされた。
「例外って何ですか?」
その説明の中でなんとなく引っ掛かったものについて、私はまた質問をした。
「主に、怪生が生まれる元になった人達の思念や、怨念が強くなった場合、その人の生気を吸いながら強力になっていく、などですね。日奈久さんの場合はそこまで強力では無いですが、周囲の人の負の感情を少し多く吸っているようです」
「えっ!感情を吸ってるって、大丈夫なんですか?」
周囲の感情を吸っていると聞き、私は大きく困惑してしまい声が大きくなってしまった。
「今のところは大丈夫ですね。感情を吸ってると言っても少しですから。例えるなら……そうですね、百円を落とした時の悲しみが五十円を落とした時の悲しみになるぐらいの違いですね」
「……はっきり言うと、そこまで違いは無いですね。結局どちらも悲しいので」
「まぁ、その程度なので安心してください」
私はそう言われて少し安心した。
「はい。ところで蘆谷さん。結局どうすればその、不幸鴉は居なくなるんですか?」
今回の件でもっとも大事な事、それは怪生をどうすれば良いのか、ということだ。
「まぁ、ある儀式をすれば良いんですけど、準備に時間が掛かるので少し待っていてください」
「はい、分かりました」
儀式をすると聞いて私は、どういう物なのか気になったけれど、とりあえず返事をした。
────
暫く待っていると、蘆谷さんが入っていった扉とは別の扉から巫女さんが着るような服を着た女性が出てきた。その女性は、お茶を乗せたお盆を持っていた。
「日奈片さん、どうぞ」
その女性はそう言ってお茶を机の上に置いた。
「あ、ありがとうございます」
私が感謝の言葉を言うと女性は自己紹介をしてくれた。
「どういたしまして。私の名は冬と申します」
「私は日奈片紫です」
冬さんが言い終わった後、私も自己紹介をした。
それから蘆谷さんが来るまでの間私は冬さんと色々な話をしていた。
具体的に言うと、あのお店のどら焼きが美味しいやらそのお店のきんつばが美味しいやら、ほとんど食べ物の話しかしていなかった。
そして、私達が抹茶金時クリームプリンパフェの話をしていた時、蘆谷さんが戻って来た。
「日奈片さん、準備が終わったので奥の部屋まで着いてきて下さい。それと、お茶出しといてくれてありがとう冬」
「どういたしまして、これも私の仕事ですから」
そう話している二人を見て、思ったことがあった。
「あの、お二人はどういう関係で?」
私の言ったことについて蘆谷さんは顎に手を添えながら思い出したように話し始めた。
「ああ、説明をしていませんでしたね。冬はですね、私の式神ですよ」
「式神……え?普通の人にしか……」
驚いたことに冬さんは式神だったようだ。
「まぁ細かいことは後で。とりあえず今は不幸鴉を祓う方が先です」
そう言って蘆谷さんが奥の部屋へ行ったので私は少し急いで着いて行った。
────
奥の部屋へ入ると、まず床の図形が目に入った。そこには二つの円がありそのどちらの円の中にも六芒星が描かれていた。
二つの円の違うところというと、大きい方の円の中にある六芒星の頂点に何か字の書かれている石が置いてあるくらいだ。
「それでは始めるのでこの大きい方の円の中心に立って下さい」
蘆谷さんに促された私は円の中心に向かった。
「それでは始めます。その円から絶対に出ないで下さい」
「はい、分かりました」
そう言うと蘆谷さんは左手に持ったお札を顔の前へ持っていき、言葉を発した。
『怪を祓いし為に顕すは四神の一柱、朱に染まりしその羽は烈火の如く燃え盛り、異なる世に住む夜の鳥をその身で以て打ち払い、星の廻りに舞い戻る』
蘆谷さんが言葉を発し始めると、もう一つの円の上に黒い靄の掛かった鴉が現れた。
それと同時に、私の立っている円に置かれていた石が赤くなり、火花のようなものが私の前方目掛けて集まっていた。
やがて火花が鳥の形になると、鴉に向かって行きそのままぶつかっていった。
燃える鳥がぶつかり焔に包まれた鴉はガァ、ガァと鳴き声をあげながら、やがて塵となって消えていった。
「…ふぅ、日奈片さん、これで終わりです」
鴉が完全に消え、蘆谷さんの方を見るとさっきまで持っていたお札が無くなっていた。
────
初めの部屋に着いた私達は、私がここに来たときの並びで座った。
「さて、日奈方さん。今だと大分遅すぎると思いますけど、ひとまずこれを」
そう言って蘆谷さんが私に渡した物は一通の封筒だった。封筒を開けると中には請求書が入っていました。
「あ、そういえばこのお話しはしていませんでしたね。値段は………結構、するんですね?」
請求書の値段は八万円だった。まぁ、最悪の場合死ぬって言ってたしそう考えると納得出来た。しかし……
「あの、蘆谷さん。実は……」
「え、足りない?そうですか、それは困りましたねぇ、どうしましょうか?」
どうしよう、と考えていた私は一つ方法が思いついた。可能性は低いがこれしか私に出来ることはなかった。
「あの…」
「はい、どうしました?」
「私を、ここで働かせてくれませんか?」
私が思いついた方法というのは、ここで働かせてもらうことだ。
「ここで、ですか……」
「駄目、でしょうか?」
もし駄目だったら支払いを待ってもらって誰かに借りるしかないのだけれど……
「……ここでの仕事は、主に人からの相談を受けることです。また、稀に今回のような怪生が関係してくる場合も有ります。それでも、ここで働きたいですか?」
そう言う蘆谷さんに、私はこう返した。
「はい!」
「……」
私の言葉を聞いた蘆谷さんは、少し考える素振りをした後、ため息をついてから、
「分かりました、日奈片さん。これからよろしくお願いします」
と言った。
「はい!よろしくお願いします!」
こうして私はこの店『相談家 道満』にて働くことになったのだった。
────
初めの頃は大変だったなぁ、と私は思っていた。
「確かに、猫に振り回されたり、事件に巻き込まれたり、怪生に襲われそうになったりしましたね」
どうやら思ったことが口から漏れていたらしく、冬さんにそう言われてしまった。
「まぁ、それでもやりがいが有りますからね」
「そうですね」
私と冬さんは椅子に座りながらそんな風に話していた。
すると、入り口の鈴が鳴った。
「二人とも、人が来たのでお連れして下さい」
「はい」
そして私は入り口で待っている依頼人の元へ向かっていった。
「いらっしゃいませ!相談家へようこそ!」
──
『どのような相談も承ります。どうぞご相談下さい。相談家 道満』
それでは皆様、またのお越しをお待ちしております。
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