金色子狐と黒衣の魔女

しぎ

文字の大きさ
上 下
2 / 2

金色子狐と悪戯ゴースト

しおりを挟む
コトコト、コトコト、台所にある真っ黒の鍋の中では赤色のトロリとした何かが煮込まれていました。魔女がぐるぐるお玉で掻き回すそれを子狐はテーブルの上から興味深く見守っていました。魔女は不意に手を止め、鍋の中を覗き込み、火も止めてしまいました。鍋から離れた魔女は紙を取りその紙に何かを書き付けて、財布と一緒に小さな黒色のポーチにしまいました。魔女は子狐をテーブルから抱き上げて下ろし、その小さな頭をぽんぽんぽんと3回軽く叩きました。ぽふん、と小さな煙を立てて、子狐の姿が少年のものになります。黒いマントに白いシャツ、黒いズボンに黒い靴。キラキラした金髪のかわいらしい少年の姿でした。黒いポーチを肩から掛けてもらって、子狐は家から町へと駆けて行きました。お使いを頼まれたのです。
子狐は6歳。普通の狐ならとっくに大人になっています。でも、長い事魔女のマントを着ていたせいか、子狐はいつまでたっても子供の狐のままでした。魔女の使い魔になってから、魔女にもらった小さな子狐用のマントを着ていれば、簡単な魔法も使いこなせるようになりました。人間の姿になるにはまだ魔女の手助けが必要でしたけど。
二本の足で一生懸命駆けていた子狐は不意に足を止めました。冷たい風が子狐の顔に吹きかけられます。思わず顔を顰めてぶるぶると顔を振った時、急に体も寒くなって、子狐は目を見開きました。子狐の目の前が真っ暗になっていました。驚いて仰反ると目の前の暗闇はふらふらと揺れます。次いでケラケラと楽しげな笑い声も聞こえ、暗闇はひゅんっと、空に飛び上がって行きました。それを目で追って子狐はその暗闇が自分のマントである事に気づきました。マントを脱がされて顔に被せられていたのです。マントを奪って空を飛んでいるのは半透明のゴーストでした。紫色の目を光らせてケラケラケラと笑っています。
「返して!」と子狐は叫ぼうとしましたが、口から出るのは「クーン」と言う鳴き声だけ。子狐の姿はいつの間にか狐の姿に戻っていました。まだまだ新米使い魔の子狐には人間の姿のままでいるにはマントが必要でした。
「ここまでおいでー」
ベーと舌を出してゴーストは飛んでいきます。子狐にとってマントはとっても大事なものでした。あのマントは魔女の使い魔の印です。マントを失くして帰ったら魔女は子狐をただの狐だと思って追い出してしまうかもしれません。それは嫌でした。
「クーンクーン」と鳴きながら子狐はゴーストを追いかけました。

子狐がぎりぎり届くか届かないかのところをマントはひらひらと舞います。
大きな岩の上にマントがひらり。飛びついた子狐は鼻を打って痛い思いをしました。町の中にマントがひらり。子狐が飛びつくとふわりとゴーストは飛び上がり、子狐は果物屋さんに並んでいたリンゴに飛び込んでしまいました。町の人たちはひらひら勝手に飛ぶマントと必死に追いかける子狐を見て目を丸くしています。普通の人にはゴーストは見えないのです。町への道でも、町の中でも子狐はマントを追いかけて一生懸命走ります。

次にゴーストは木の上にひらりと登りました。細い枝にマントを引っ掛けてケラケラと笑います。子狐は木の幹に爪を立ててゆっくりと登り始めました。どうにかしてマントが掛かった枝のところまで来て手を伸ばします。ゴーストがまたひらりとマントを浮かせた時。
ずるりと子狐の手が滑り、子狐は木の上から落ちていました。

ぎゅっと目を瞑って、落ちる衝撃に備えていた子狐は痛くないことに気づいて恐る恐る目を開けました。何やら温かい布に包まれています。上の方を見るとそこには無表情な魔女の顔がありました。魔女が受け止めてくれたのです。温かい布は魔女の着ているマントでした。魔女はお使いからなかなか帰らない子狐を探しに来たのでした。安心して力を抜いた子狐の元にゴーストが飛んできました。ゴーストなのに死にそうな顔をしています。ゴーストが手にマントを持っているのを見て、魔女はすっと顔を顰め、ゴーストの目を見つめました。ゴーストがぶるぶると震え出したのに気づいて、子狐は魔女の手を軽く叩いて止めました。止められた魔女は子狐を見下ろして、一瞬何事か考えた後、ゴーストに手を伸ばし、マントを受け取りました。マントを子狐に着せてやって地面に降ろした魔女は子狐の頭を3回ぽんぽんぽんと叩いて人間の姿にしてやりました。自分の姿を確認した子狐はゴーストの所に向かいました。ゴーストは地面に降りて項垂れていました。ゴーストは子狐に悪戯したかっただけで、怪我をさせるつもりはなかったのです。下を向いたゴーストに子狐は…。

魔女にお使いを頼まれた子狐は町へと駆けていきます。その途中で立ち止まり、ポーチを外して両手で空へとかざします。ポーチを受け取ったゴーストに笑いかけて、2人は町へと走って向かうのでした。

                おしまい
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...