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風が冷たくて目が覚める。
窓の方を見ると全開になっていた。寒い。窓のそばで護衛がにやにや笑っている。
「悪戯っ子なのねあなた」
布団にくるまって震える。護衛が私の手を引っ張って朝食を食べに行こうと誘う。私が渡した地図は置きっぱなしになっていた。

もぐもぐと食べながら、護衛がカフェオレを啜る私にパンを手渡してくる。一口齧った跡があるのはどういうつもりなのかしら。
でも、何となくお腹が空いたような気がして齧った跡を避けてパンを食べる。
「…美味しい」
その後も手をつけた跡がある食事が次から次へと私に回されて、私は久しぶりに満腹になっていた。
「…苦しい」
動けなくて椅子から降りられない。私が満腹になった後も食べ続けていた護衛は、私を置いて部屋中を探索している。

護衛は私を殺してくれなかった。
食料も用意するし、次の居場所も見つけた。武器なんてそこらじゅうにあるし、あの能力なら私のことなんて素手でだって殺せるだろう。
あとは何が足りないのかしら。
ちゃりんと音がした。護衛の方を見ると、不思議そうに何か眺めている。よく見ると硬貨のようだった。誰かが落として忘れていたのだろう。
「あ、そうか」
それだ。
食べ物があっても、働く場所があっても、お金がなくては生きていけない。食べ物は数日で無くなるし、給料もすぐに貰えるものでもない。それなら当分暮らしていけるだけのお金が必要になる。
「行きましょう!」
椅子から飛び降りようとして腹痛で蹲った。お腹がいっぱいなのを忘れてた。

「ここがお父様とお母様のお部屋よ。毎日掃除してもらってるから綺麗でしょう?」
大きなベッドとクローゼット、机と細々とした置物のある部屋。懐かしい両親の部屋。二人が亡くなった時はここで何日も泣き暮らした。
「私の物で高価なものはあまりないから」
お母様の宝石箱を開ける。キラキラと光るガーネットはお父様の瞳の色。アクアマリンはお母様の目の色。
そして、アメジストは私の色。
「大きくなったら、私にくれるって言っていたの。もう私は十分大きいから貰ってもいいわよね」
ネックレスになっているアメジストをつまみ上げる。大きな宝石はかなり高価なものだ。売れば数ヶ月は楽に暮らせるだろう。
あともう一つ。お父様のクローゼットの中から箱を取り出す。中身はパーティの時に身につける装飾品。
その中からリングを取り出す。ペリドットの付いたリング。宝石は小さいけど高級品だ。
「お父様が、エレノーラに大事な人が出来たら渡してもいいって言っていたの」
「手を出して」
護衛は素直に右手を差し出す。小さな護衛の指なら親指がいいだろう。
「あなたにあげる」
大事にしてね。とは言わない。

アメジストのネックレスを布に包んで、自分の部屋の引き出しにしまう。
金庫の中から少ないけど、現金も出して同じ所に入れる。護衛は私のすることをじっと見ていた。

「寝ましょうか」
そう声をかけるだけで護衛はすぐにベッドに潜り込んだ。
私もその隣に横になる。
「おやすみなさい」
声をかけると護衛はこくりと頷いて目を閉じた。
私は眠らずに、護衛の顔をじっと見つめる。幼い顔で目を閉じる護衛。寝息が静かに聞こえている。
完全に眠っている。恐らく朝まで起きないだろう。
「ねぇ、ねぇ」
護衛の肩を軽く揺さぶる。腕を軽く叩く。
眠そうに不機嫌そうに目を開けた護衛は驚いたように目を丸くした。
おずおずと私の顔に指を伸ばされる。目尻に触れた指は濡れていた。
…私、泣いてたのね。
「ねぇ、あなたはこのまま寝るの?朝になったら私を起こすの?一緒に朝ごはんを食べるの?私と一緒にどこかに行くの?
…私、もう疲れちゃったの。終わりにしてほしくてあなたと一緒にいたの。もう誰かを疑うのも、ご飯を食べられなくなるのも、笑顔を作るのも嫌なの。
…お父様とお母様のところに行きたい。何であなたは私のことを殺してくれないの?あなたなら殺してくれると思ったのに。いっぱい準備したのに」
心からの言葉がぽろぽろと溢れ出る。護衛は困った顔をして私の言葉を聞いていた。
「あなたなら私のこと、殺せるでしょう?ご飯も用意したわ。次に行く場所もある。あげたリングを換金すれば、何ヶ月も暮らせるわ。引き出しの中の物も持って行っていいの。だから、私のこと、殺してよ…」
涙で目の前が見えなくなって目を瞑る。

「…い、や…」
小さな声が聞こえた気がした。
「…いやだ、しなないで」
声と共にぎゅっと抱きしめられて、目を開けた。
ぽろぽろと大粒の涙を護衛が零していた。
しなないで、いやだいやだと駄々っ子のように繰り返す。

「…私はあなたの嫌いな貴族よ?」
「…きぞくはきらい。…でも、あたたかくて、やさしくて、おいしいのははじめてなんだ。どこにもいかないで。いっしょにいてよ…」
泣きながら痛いぐらいに抱きしめられる。呆然としながら私は口元が綻んでいるのを感じた。

「…私と一緒にいたいの?私を殺してはくれないのね?」
「…ころさない。しなないで。いっしょにいて?」

泣きながら護衛は目元をきつくする。
「僕が守るよ」

思わず声を出して笑ってしまった。私も強く抱きしめかえす。
「あなたが守ってくれるなら、私死ぬのはもう少し後にするわ」
護衛の目を見つめる。
「…フレドリック。あなたのことをそう呼んでもいい?私が付けた名前よ」
護衛は涙の残る瞳をぱちぱちさせる。綺麗な緑。
「…うん。ぼくはフレドリック。エレノーラをまもるよ」
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