2 / 5
②
しおりを挟む
太陽の光で目が覚めた。
身体中がぽかぽかと温かくて、ひさしぶりにぐっすりと眠れた気がした。最近は近くにある物全てが怖くて、眠りが浅くなっていたから。
目が覚めたと言うことは。
「…私、生きてるのね」
もう一度目を瞑っても現実は変わらなかった。
「…んん」
声が聞こえた気がして、は、と目を開けて自分の胸の辺りを見る。
小さく縮こまった護衛が、私が抱きしめた時の姿勢のままで眠っていた。さっきの声は私の身じろぎに対する無自覚の抗議らしい。
「なんでこの子そのままなのかしら…」
私を殺さないにしてもとっくに逃げ出した後だと思ってた。
なんで私に抱きしめられたままでいたのだろう。
護衛の顔をじっと見つめる。
目を閉じていると、年相応の子供っぽい顔に見える。口元がモゴモゴと動いて何やらむにゃむにゃ言っている。
そして、その目がゆっくりと開いた。
夏の木の葉のような緑。
「あら。あなたの瞳、こうやって見ると、とっても綺麗ね」
護衛のお腹がぐー、と大きな音を立てた。
むしゃむしゃがつがつ、はふはふもぐもぐと護衛は一心不乱に朝食を詰め込んでいる。その光景だけでお腹いっぱいで私はカフェオレを啜っていた。銀のスプーンでかき混ぜながらぼんやり考える。
どうして護衛は私を殺さなかったのか。なぜ逃げ出さなかったのか。
彼の貴族を憎む瞳は本物だったし、私の部屋は1階にあるから窓からでも逃げられるし、こっそり出れば玄関からも出られるだろう。
食事だけを見つめていた護衛が私の視線に気づいたのかふとこちらを見る。両手にフォークとスプーンを掴み、口の中にも食べ物でいっぱいだ。
「…あ」
その姿を見て気づいた。
昨日は夕食をとらずに無理やり眠らせてしまった。
もしかして護衛は昨日の晩、とてもお腹が空いていたのではないかしら。
だから、逃げる事も私を殺そうと動く事もできなかったのかもしれない。
よし、そうと分かれば。
「満足したらいきましょうか」
パンを両手に持って護衛は首を傾げた。
「おや、お嬢さん。なんでこんな所まで?朝食は食べてくれましたか?」
「あんまりお腹が空かなくて。カフェオレをもらったわ。でも朝食は彼が全部食べてくれたから」
調理場で一休み中だったコック長に挨拶する。私が生まれる前からこの家にいる彼は私を親しげに「お嬢さん」と呼ぶ。
護衛はきょろきょろと調理場を見回している。昨日は包丁や肉叩きを見ているだけだったのに、今日は調理前の食材を興味深げに見つめているようだった。
「バスケットにご飯を詰めて欲しいの。大人の3日分ぐらい」
「ピクニックにでも行くんですか?」
「いいえ、私の部屋に置いておくの」
?が浮かんだような顔をしてそれでもコック長は大きめのバスケットにご飯をたくさん詰めてくれた。
ふかふかのパンと硬いパンの2種類。瓶詰めと水筒にスープ。長持ちする燻製のお肉に豆の缶詰。
これだけあれば、子供が外で何日か生き延びることができるだろう。
持ち上げようとしたバスケットが重くて顔を顰めていると、横から護衛がひょいと手を出してきた。バスケットを持ってくれるのかと見ていると、護衛が手を伸ばしたのはパン。
「ちょっと、まだ食べちゃだめよ!」
慌てる私とそれでもまだ手を伸ばそうとする護衛を見てコック長は笑っていた。
バスケットは机の上に置く。重くて嵩張るかと思って、中身は2つに分けた。少なくとも片方は持っていけると思う。
護衛はベッドに座ったまま、まだバスケットの中身を狙っている。昼食も夕食もしっかり食べたのに。
「もう遅いから、寝ましょうか」
呼びかけると、護衛はじっと私の顔を見た。
座ったままの護衛の体を押して寝転がらせる。ぎゅっと抱きしめてみると、一度強張った体がゆっくりと弛緩していった。
そのまま護衛は目を閉じてしまう。
まさかこのまま眠ったりしないわよね。ご飯もたくさん用意したのよ?
抱きしめた護衛の体がなんだか昨日よりも温かく感じて、私もうとうとしてしまう。
「おやすみなさい」
語尾が眠気に溶けていくのが分かる。
明日目が覚めませんように。
身体中がぽかぽかと温かくて、ひさしぶりにぐっすりと眠れた気がした。最近は近くにある物全てが怖くて、眠りが浅くなっていたから。
目が覚めたと言うことは。
「…私、生きてるのね」
もう一度目を瞑っても現実は変わらなかった。
「…んん」
声が聞こえた気がして、は、と目を開けて自分の胸の辺りを見る。
小さく縮こまった護衛が、私が抱きしめた時の姿勢のままで眠っていた。さっきの声は私の身じろぎに対する無自覚の抗議らしい。
「なんでこの子そのままなのかしら…」
私を殺さないにしてもとっくに逃げ出した後だと思ってた。
なんで私に抱きしめられたままでいたのだろう。
護衛の顔をじっと見つめる。
目を閉じていると、年相応の子供っぽい顔に見える。口元がモゴモゴと動いて何やらむにゃむにゃ言っている。
そして、その目がゆっくりと開いた。
夏の木の葉のような緑。
「あら。あなたの瞳、こうやって見ると、とっても綺麗ね」
護衛のお腹がぐー、と大きな音を立てた。
むしゃむしゃがつがつ、はふはふもぐもぐと護衛は一心不乱に朝食を詰め込んでいる。その光景だけでお腹いっぱいで私はカフェオレを啜っていた。銀のスプーンでかき混ぜながらぼんやり考える。
どうして護衛は私を殺さなかったのか。なぜ逃げ出さなかったのか。
彼の貴族を憎む瞳は本物だったし、私の部屋は1階にあるから窓からでも逃げられるし、こっそり出れば玄関からも出られるだろう。
食事だけを見つめていた護衛が私の視線に気づいたのかふとこちらを見る。両手にフォークとスプーンを掴み、口の中にも食べ物でいっぱいだ。
「…あ」
その姿を見て気づいた。
昨日は夕食をとらずに無理やり眠らせてしまった。
もしかして護衛は昨日の晩、とてもお腹が空いていたのではないかしら。
だから、逃げる事も私を殺そうと動く事もできなかったのかもしれない。
よし、そうと分かれば。
「満足したらいきましょうか」
パンを両手に持って護衛は首を傾げた。
「おや、お嬢さん。なんでこんな所まで?朝食は食べてくれましたか?」
「あんまりお腹が空かなくて。カフェオレをもらったわ。でも朝食は彼が全部食べてくれたから」
調理場で一休み中だったコック長に挨拶する。私が生まれる前からこの家にいる彼は私を親しげに「お嬢さん」と呼ぶ。
護衛はきょろきょろと調理場を見回している。昨日は包丁や肉叩きを見ているだけだったのに、今日は調理前の食材を興味深げに見つめているようだった。
「バスケットにご飯を詰めて欲しいの。大人の3日分ぐらい」
「ピクニックにでも行くんですか?」
「いいえ、私の部屋に置いておくの」
?が浮かんだような顔をしてそれでもコック長は大きめのバスケットにご飯をたくさん詰めてくれた。
ふかふかのパンと硬いパンの2種類。瓶詰めと水筒にスープ。長持ちする燻製のお肉に豆の缶詰。
これだけあれば、子供が外で何日か生き延びることができるだろう。
持ち上げようとしたバスケットが重くて顔を顰めていると、横から護衛がひょいと手を出してきた。バスケットを持ってくれるのかと見ていると、護衛が手を伸ばしたのはパン。
「ちょっと、まだ食べちゃだめよ!」
慌てる私とそれでもまだ手を伸ばそうとする護衛を見てコック長は笑っていた。
バスケットは机の上に置く。重くて嵩張るかと思って、中身は2つに分けた。少なくとも片方は持っていけると思う。
護衛はベッドに座ったまま、まだバスケットの中身を狙っている。昼食も夕食もしっかり食べたのに。
「もう遅いから、寝ましょうか」
呼びかけると、護衛はじっと私の顔を見た。
座ったままの護衛の体を押して寝転がらせる。ぎゅっと抱きしめてみると、一度強張った体がゆっくりと弛緩していった。
そのまま護衛は目を閉じてしまう。
まさかこのまま眠ったりしないわよね。ご飯もたくさん用意したのよ?
抱きしめた護衛の体がなんだか昨日よりも温かく感じて、私もうとうとしてしまう。
「おやすみなさい」
語尾が眠気に溶けていくのが分かる。
明日目が覚めませんように。
27
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説

【完結】やってしまいましたわね、あの方たち
玲羅
恋愛
グランディエネ・フラントールはかつてないほど怒っていた。理由は目の前で繰り広げられている、この国の第3王女による従兄への婚約破棄。
蒼氷の魔女と噂されるグランディエネの足元からピキピキと音を立てて豪奢な王宮の夜会会場が凍りついていく。
王家の夜会で繰り広げられた、婚約破棄の傍観者のカップルの会話です。主人公が婚約破棄に関わることはありません。


悪役令嬢エリザベス・フォン・グレイストーン
Y.Itoda
恋愛
悪役令嬢エリザベス・フォン・グレイストーンは、婚約者に裏切られた末、婚約破棄と共に家族からも見放される。
過去の栄光を失い、社会からの期待も失ってしまう。
でも、その状況が逆に新たな人生のスタートに⋯
かつての贅沢な生活から一変した、エリザベス。
地方の小さな村で一から再出発を決意する。
最後に、エリザベスが新しい生活で得たものとは?

だいたい全部、聖女のせい。
荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」
異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。
いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。
すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。
これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

【完結】大嫌いなあいつと結ばれるまでループし続けるなんてどんな地獄ですか?
杏
恋愛
公爵令嬢ノエルには大嫌いな男がいる。ジュリオス王太子だ。彼の意地悪で傲慢なところがノエルは大嫌いだった。
ある夜、ジュリオス主催の舞踏会で鉢合わせる。
「踊ってやってもいいぞ?」
「は?誰が貴方と踊るものですか」
ノエルはさっさと家に帰って寝ると、また舞踏会当日の朝に戻っていた。
そしてまた舞踏会で言われる。
「踊ってやってもいいぞ?」
「だから貴方と踊らないって!!」
舞踏会から逃げようが隠れようが、必ず舞踏会の朝に戻ってしまう。
もしかして、ジュリオスと踊ったら舞踏会は終わるの?
それだけは絶対に嫌!!
※ざまあなしです
※ハッピーエンドです
☆☆
全5話で無事完結することができました!
ありがとうございます!

婚約破棄と自立心の獲得
銀灰
恋愛
リディアとエリオットの婚約は、彼女にとって夢のような出来事だった。市内でも有数の資産家の息子である彼との結びつきは、彼女にとっても大きな希望となった。
しかし、幸福な時間は長くは続かず、婚約後にエリオットの態度が次第に変わり始める……。忙しいという理由でリディアとの時間が減り、リディアは彼が他の女性と親しげにしているという噂を耳にする。
不安に駆られたリディアはエリオットを尾行し、彼が他の女性と密会している現場を目撃する。エリオットと直面するも、彼からは冷たく、婚約破棄を告げられてしまった。
打ちひしがれたリディアは孤独と絶望の中で過ごすが、時間が経つにつれ、心の穴も塞がり始める。リディアは絵画というかつての趣味に情熱を注ぎ、徐々に自立への第一歩を踏み出そうとするが――その中で、思わぬ意外を知るのだった。

実在しないのかもしれない
真朱
恋愛
実家の小さい商会を仕切っているロゼリエに、お見合いの話が舞い込んだ。相手は大きな商会を営む伯爵家のご嫡男。が、お見合いの席に相手はいなかった。「極度の人見知りのため、直接顔を見せることが難しい」なんて無茶な理由でいつまでも逃げ回る伯爵家。お見合い相手とやら、もしかして実在しない・・・?
※異世界か不明ですが、中世ヨーロッパ風の架空の国のお話です。
※細かく設定しておりませんので、何でもあり・ご都合主義をご容赦ください。
※内輪でドタバタしてるだけの、高い山も深い谷もない平和なお話です。何かすみません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる