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「エレノーラ、最近君は周囲を怖がっているようだからね。君に護衛をつけようと思うんだ。ほらご覧、強そうだろう?」
優しげに見える作り笑いで伯父が言う。
伯父が連れてきた護衛はまだ小さい少年に見えた。12歳の私よりももっと小さい。洋服は普通の使用人のものを着てるけど、手足がボロボロだし、茶色の髪もパサパサしている。何より私と伯父の事をすごい目つきで睨んでる。
多分、スラムかどこかで育った子。自分達を踏みつけにする貴族を憎んで育った子供。
彼と一緒にいたら多分私は殺されるだろう。
でも、私は微笑んでお礼を言った。
「伯父様、ありがとうございます」
お父様とお母様が流行病で相次いで亡くなったのは半年ぐらい前。広大な領地と莫大な鉱山を持つ伯爵領を私は成人したら受け継ぐことになった。それまでは私の後見人となった伯父が管理することになっているが、伯父にとって、私は金を得るための邪魔でしかない。
何度か、殺されそうになった。馬車の事故に遭いかけ、川に突き落とされ、毒が入っているかもしれないと、ろくに食べ物も食べられなくなった。
伯父は私を殺そうとした証拠を残していなかったため、届け出ることもできない。
…もう、疲れてしまった。
「ここが私の部屋よ。あっちがバスルーム、ここに金庫」
私が屋敷と自室を案内する間、護衛は一言も喋らなかった。ただ黙って私の後ろをついてくるだけだ。でも、倉庫の中にあった丈夫な紐をチラリと見たり、調理場の包丁に手を伸ばそうとしていたのを私は横目で見ていた。
多分、私が1人になったら殺される。金目の物を全部盗んでさっさと彼は逃げていくだろう。
…それでいい。
「そういえば、あなた、なんて名前?」
護衛は答えなかった。
引き出しから自然な仕草でペーパーナイフを取り出し、机の上に置く。護衛は静かにそれを眺めていた。
「もう寝ましょうか。夜も遅いもの」
お腹が空かなくて晩御飯にする気になれなかった。護衛には悪いけど、今日はこのまま寝てもらおう。
「ねぇ、こっちきて」
ベッドに座って呼びかけると、のそのそと護衛が近づいてくる。その途中、ペーパーナイフをこっそり掴んだのが見えた。
護衛が私の手の届く距離に来た時、
「…!」
彼の手をグッと掴んで引き寄せた。弾みで一緒にベッドに転がる。
「一緒に寝ましょうよ」
一瞬暴れそうになった護衛は体を固くこわばらせ、私に抱きしめられたままになっている。
「おやすみなさい」
どうせ死ぬのなら、最後に誰かの体温を感じていたかった。
護衛の体は冷たくて、昔抱きしめてくれた両親の体温とは程遠かったけれど、それでも確かに人の身体は温かくて、私はうとうとと目を閉じた。護衛の体を抱きしめて、でも私の腕から抜け出せるように緩く。私をいつでも殺せるように。
あぁ、どうか目が覚めませんように。
優しげに見える作り笑いで伯父が言う。
伯父が連れてきた護衛はまだ小さい少年に見えた。12歳の私よりももっと小さい。洋服は普通の使用人のものを着てるけど、手足がボロボロだし、茶色の髪もパサパサしている。何より私と伯父の事をすごい目つきで睨んでる。
多分、スラムかどこかで育った子。自分達を踏みつけにする貴族を憎んで育った子供。
彼と一緒にいたら多分私は殺されるだろう。
でも、私は微笑んでお礼を言った。
「伯父様、ありがとうございます」
お父様とお母様が流行病で相次いで亡くなったのは半年ぐらい前。広大な領地と莫大な鉱山を持つ伯爵領を私は成人したら受け継ぐことになった。それまでは私の後見人となった伯父が管理することになっているが、伯父にとって、私は金を得るための邪魔でしかない。
何度か、殺されそうになった。馬車の事故に遭いかけ、川に突き落とされ、毒が入っているかもしれないと、ろくに食べ物も食べられなくなった。
伯父は私を殺そうとした証拠を残していなかったため、届け出ることもできない。
…もう、疲れてしまった。
「ここが私の部屋よ。あっちがバスルーム、ここに金庫」
私が屋敷と自室を案内する間、護衛は一言も喋らなかった。ただ黙って私の後ろをついてくるだけだ。でも、倉庫の中にあった丈夫な紐をチラリと見たり、調理場の包丁に手を伸ばそうとしていたのを私は横目で見ていた。
多分、私が1人になったら殺される。金目の物を全部盗んでさっさと彼は逃げていくだろう。
…それでいい。
「そういえば、あなた、なんて名前?」
護衛は答えなかった。
引き出しから自然な仕草でペーパーナイフを取り出し、机の上に置く。護衛は静かにそれを眺めていた。
「もう寝ましょうか。夜も遅いもの」
お腹が空かなくて晩御飯にする気になれなかった。護衛には悪いけど、今日はこのまま寝てもらおう。
「ねぇ、こっちきて」
ベッドに座って呼びかけると、のそのそと護衛が近づいてくる。その途中、ペーパーナイフをこっそり掴んだのが見えた。
護衛が私の手の届く距離に来た時、
「…!」
彼の手をグッと掴んで引き寄せた。弾みで一緒にベッドに転がる。
「一緒に寝ましょうよ」
一瞬暴れそうになった護衛は体を固くこわばらせ、私に抱きしめられたままになっている。
「おやすみなさい」
どうせ死ぬのなら、最後に誰かの体温を感じていたかった。
護衛の体は冷たくて、昔抱きしめてくれた両親の体温とは程遠かったけれど、それでも確かに人の身体は温かくて、私はうとうとと目を閉じた。護衛の体を抱きしめて、でも私の腕から抜け出せるように緩く。私をいつでも殺せるように。
あぁ、どうか目が覚めませんように。
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