疲れ果てた令嬢は護衛に死を請うた

しぎ

文字の大きさ
上 下
1 / 5

しおりを挟む
「エレノーラ、最近君は周囲を怖がっているようだからね。君に護衛をつけようと思うんだ。ほらご覧、強そうだろう?」
優しげに見える作り笑いで伯父が言う。
伯父が連れてきた護衛はまだ小さい少年に見えた。12歳の私よりももっと小さい。洋服は普通の使用人のものを着てるけど、手足がボロボロだし、茶色の髪もパサパサしている。何より私と伯父の事をすごい目つきで睨んでる。
多分、スラムかどこかで育った子。自分達を踏みつけにする貴族を憎んで育った子供。
彼と一緒にいたら多分私は殺されるだろう。
でも、私は微笑んでお礼を言った。
「伯父様、ありがとうございます」

お父様とお母様が流行病で相次いで亡くなったのは半年ぐらい前。広大な領地と莫大な鉱山を持つ伯爵領を私は成人したら受け継ぐことになった。それまでは私の後見人となった伯父が管理することになっているが、伯父にとって、私は金を得るための邪魔でしかない。
何度か、殺されそうになった。馬車の事故に遭いかけ、川に突き落とされ、毒が入っているかもしれないと、ろくに食べ物も食べられなくなった。
伯父は私を殺そうとした証拠を残していなかったため、届け出ることもできない。
…もう、疲れてしまった。

「ここが私の部屋よ。あっちがバスルーム、ここに金庫」
私が屋敷と自室を案内する間、護衛は一言も喋らなかった。ただ黙って私の後ろをついてくるだけだ。でも、倉庫の中にあった丈夫な紐をチラリと見たり、調理場の包丁に手を伸ばそうとしていたのを私は横目で見ていた。
多分、私が1人になったら殺される。金目の物を全部盗んでさっさと彼は逃げていくだろう。
…それでいい。
「そういえば、あなた、なんて名前?」
護衛は答えなかった。

引き出しから自然な仕草でペーパーナイフを取り出し、机の上に置く。護衛は静かにそれを眺めていた。
「もう寝ましょうか。夜も遅いもの」
お腹が空かなくて晩御飯にする気になれなかった。護衛には悪いけど、今日はこのまま寝てもらおう。
「ねぇ、こっちきて」
ベッドに座って呼びかけると、のそのそと護衛が近づいてくる。その途中、ペーパーナイフをこっそり掴んだのが見えた。
護衛が私の手の届く距離に来た時、
「…!」
彼の手をグッと掴んで引き寄せた。弾みで一緒にベッドに転がる。
「一緒に寝ましょうよ」
一瞬暴れそうになった護衛は体を固くこわばらせ、私に抱きしめられたままになっている。
「おやすみなさい」

どうせ死ぬのなら、最後に誰かの体温を感じていたかった。
護衛の体は冷たくて、昔抱きしめてくれた両親の体温とは程遠かったけれど、それでも確かに人の身体は温かくて、私はうとうとと目を閉じた。護衛の体を抱きしめて、でも私の腕から抜け出せるように緩く。私をいつでも殺せるように。

あぁ、どうか目が覚めませんように。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

暴君幼なじみは逃がしてくれない~囚われ愛は深く濃く

なかな悠桃
恋愛
暴君な溺愛幼なじみに振り回される女の子のお話。 ※誤字脱字はご了承くださいm(__)m

【完結】やってしまいましたわね、あの方たち

玲羅
恋愛
グランディエネ・フラントールはかつてないほど怒っていた。理由は目の前で繰り広げられている、この国の第3王女による従兄への婚約破棄。 蒼氷の魔女と噂されるグランディエネの足元からピキピキと音を立てて豪奢な王宮の夜会会場が凍りついていく。 王家の夜会で繰り広げられた、婚約破棄の傍観者のカップルの会話です。主人公が婚約破棄に関わることはありません。

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

悪役令嬢エリザベス・フォン・グレイストーン

Y.Itoda
恋愛
悪役令嬢エリザベス・フォン・グレイストーンは、婚約者に裏切られた末、婚約破棄と共に家族からも見放される。 過去の栄光を失い、社会からの期待も失ってしまう。 でも、その状況が逆に新たな人生のスタートに⋯ かつての贅沢な生活から一変した、エリザベス。 地方の小さな村で一から再出発を決意する。 最後に、エリザベスが新しい生活で得たものとは?

婚約破棄と自立心の獲得

銀灰
恋愛
リディアとエリオットの婚約は、彼女にとって夢のような出来事だった。市内でも有数の資産家の息子である彼との結びつきは、彼女にとっても大きな希望となった。 しかし、幸福な時間は長くは続かず、婚約後にエリオットの態度が次第に変わり始める……。忙しいという理由でリディアとの時間が減り、リディアは彼が他の女性と親しげにしているという噂を耳にする。 不安に駆られたリディアはエリオットを尾行し、彼が他の女性と密会している現場を目撃する。エリオットと直面するも、彼からは冷たく、婚約破棄を告げられてしまった。 打ちひしがれたリディアは孤独と絶望の中で過ごすが、時間が経つにつれ、心の穴も塞がり始める。リディアは絵画というかつての趣味に情熱を注ぎ、徐々に自立への第一歩を踏み出そうとするが――その中で、思わぬ意外を知るのだった。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

愛するお嬢様を傷付けられた少年、本人が部屋に閉じこもって泣き暮らしている間に復讐の準備を完璧に整える

下菊みこと
恋愛
捨てられた少年の恋のお話。 少年は両親から捨てられた。なんとか生きてきたがスラム街からも追い出された。もうダメかと思っていたが、救いの手が差し伸べられた。 小説家になろう様でも投稿しています。

私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。

石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。 自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。 そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。 好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...