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第1章 幕開けの章
第5話 死体探し(1)
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僕はとあるビルの前にいた。
そのビルは――ビルとは言っても非常にこぢんまりとして背が低い建物なのだが――“レトロ”というブランドを超越した見てくれをしている。
何階建てかも分からないくらいに全体が蔦に覆われ、その隙間からわずかに見える外壁はコンクリートがはがれ落ち、あるいはひび割れ、ビルとしての形状を保っていることが奇跡とすら思えるほどだ。
そんな廃墟と化したビルが、今日の僕の目的の場所だった。
――果たしてここにはどんな目的があるのか?
このいかにも出そうな雰囲気を前にして、普通のお年頃の男子ならば一番に肝試しと答えるのかもしれない。
実際、見るからに不気味なそのビルはありきたりなお化け屋敷よりもよっぽど不気味で、建物全体から人を寄せつけないオーラのようなものが漂っている。
しかし、だからこそ僕はこのビルに興味があるのである。
それはなぜか……理由は至極単純である。
なぜなら人を寄せつけない場所というのは、「何か」を隠すにはもってこいの場所だから。
「……例えば」
死体とか。
僕はそう呟くと同時に自嘲した。
実際のところこのご時世に、いくら禍々しい場所ではあっても、例えば僕が死体の第一発見者になったりはたまた殺人事件の現場に居合わせたりするような、そんな奇跡が起こるなんて思っちゃいない。
思っちゃいないけれど。
「もしかしたら」という暗い願望がドロドロと僕の中を渦巻いている。
もし本物の死体を拝むことができたならば、僕はきっとよりリアリティをもって自らの趣味に没頭することができる。
五感すべてをフルに駆使した僕だけの殺人を。
僕はそれを体感したい。
自身が得た知識、経験、感覚……それら僕自身の僕自身による僕自身のための殺人を。
切実に。
貪欲に。
渇望している。
だから僕は暇さえあればそれっぽい場所を探し、目星をつけては死体探しを遂行するのだ。
「さて、今回はいかがなもんですかねえ……」
そんな純粋な探求心を胸に、僕は今日も持参のペンライトを握りしめ、宝探しの入り口へと手をかけた。
◇
ビルの中は荒れていた。
ペンライトに照らされたエントランス――といっても5歩進めば行き止まりという狭さだが――には、鉄板や段ボールといった大きめのものからお菓子の袋やペットボトル、空き缶などの生活ゴミまで、大小様々な物が散乱していた。
それらを避けるように歩みを進めると、周辺の床に降り積もった埃が、浮遊することを思い出したかのように動き出す。
僕の動きに合わせて蠢き舞い上がる埃に導かれるようにして上を見上げると、背伸びをすれば手の届きそうなほど低い天井があった。
そこにあるはずの蛍光灯は今やなく、代わりに重力を無視した埃が張りつき、あるいはぶら下がって揺れている。
空気が悪い。淀んでいる。
壁と天井の境にライトを向けると、主ぬしのいない立派な蜘蛛の巣がこさえられている。
そうやって辺りをしばらく観察した僕は、1階の行き止まり――エレベーター前で立ち止まった。
ついでに言うとその隣には階段も設けられている。
残念ながらというかもちろんというかエレベーターは作動しておらず、覗きガラスの向こうは真っ暗で何も見えない。
いや、それは真っ暗というよりも、まるで何かがジッと息を潜めているような――。
「――っ」
突然感じた息苦しさから知らぬ間に息を止めていたことに気づき、慌てて呼吸を再開させる。
わめく鼓動。
無意識に上下する肩。
額の汗は暑さのせいか、それとも――。
「…………は、ハハ」
ぐ、と胸の辺りを鷲掴むようにして圧迫する。
まだ早鐘を打つ心臓に、何を今更、と独りごちた。
何を今更――恐れることがあるというのか?
今までも、そしてこれからも、僕は人を殺し続ける。
そしてそのためには“ 実物 "にお目にかかることが必要なわけで。
だから僕はこれまでも、それっぽい場所を巡っては、何も結果を得られずに落胆する日々を繰り返してきた。
――だから。
今日もいつもと同じことを繰り返す、ただそれだけのことなのだと。
僕はシャツがぐちゃぐちゃになるのも厭わず、グリグリと上塗りするみたいに心臓を抑えつけた。
「……なーんてね」
――何事もなかったかのように。
パッと胸元から手を放した僕は、隣にあった階段の方へと足を向けた。
そのビルは――ビルとは言っても非常にこぢんまりとして背が低い建物なのだが――“レトロ”というブランドを超越した見てくれをしている。
何階建てかも分からないくらいに全体が蔦に覆われ、その隙間からわずかに見える外壁はコンクリートがはがれ落ち、あるいはひび割れ、ビルとしての形状を保っていることが奇跡とすら思えるほどだ。
そんな廃墟と化したビルが、今日の僕の目的の場所だった。
――果たしてここにはどんな目的があるのか?
このいかにも出そうな雰囲気を前にして、普通のお年頃の男子ならば一番に肝試しと答えるのかもしれない。
実際、見るからに不気味なそのビルはありきたりなお化け屋敷よりもよっぽど不気味で、建物全体から人を寄せつけないオーラのようなものが漂っている。
しかし、だからこそ僕はこのビルに興味があるのである。
それはなぜか……理由は至極単純である。
なぜなら人を寄せつけない場所というのは、「何か」を隠すにはもってこいの場所だから。
「……例えば」
死体とか。
僕はそう呟くと同時に自嘲した。
実際のところこのご時世に、いくら禍々しい場所ではあっても、例えば僕が死体の第一発見者になったりはたまた殺人事件の現場に居合わせたりするような、そんな奇跡が起こるなんて思っちゃいない。
思っちゃいないけれど。
「もしかしたら」という暗い願望がドロドロと僕の中を渦巻いている。
もし本物の死体を拝むことができたならば、僕はきっとよりリアリティをもって自らの趣味に没頭することができる。
五感すべてをフルに駆使した僕だけの殺人を。
僕はそれを体感したい。
自身が得た知識、経験、感覚……それら僕自身の僕自身による僕自身のための殺人を。
切実に。
貪欲に。
渇望している。
だから僕は暇さえあればそれっぽい場所を探し、目星をつけては死体探しを遂行するのだ。
「さて、今回はいかがなもんですかねえ……」
そんな純粋な探求心を胸に、僕は今日も持参のペンライトを握りしめ、宝探しの入り口へと手をかけた。
◇
ビルの中は荒れていた。
ペンライトに照らされたエントランス――といっても5歩進めば行き止まりという狭さだが――には、鉄板や段ボールといった大きめのものからお菓子の袋やペットボトル、空き缶などの生活ゴミまで、大小様々な物が散乱していた。
それらを避けるように歩みを進めると、周辺の床に降り積もった埃が、浮遊することを思い出したかのように動き出す。
僕の動きに合わせて蠢き舞い上がる埃に導かれるようにして上を見上げると、背伸びをすれば手の届きそうなほど低い天井があった。
そこにあるはずの蛍光灯は今やなく、代わりに重力を無視した埃が張りつき、あるいはぶら下がって揺れている。
空気が悪い。淀んでいる。
壁と天井の境にライトを向けると、主ぬしのいない立派な蜘蛛の巣がこさえられている。
そうやって辺りをしばらく観察した僕は、1階の行き止まり――エレベーター前で立ち止まった。
ついでに言うとその隣には階段も設けられている。
残念ながらというかもちろんというかエレベーターは作動しておらず、覗きガラスの向こうは真っ暗で何も見えない。
いや、それは真っ暗というよりも、まるで何かがジッと息を潜めているような――。
「――っ」
突然感じた息苦しさから知らぬ間に息を止めていたことに気づき、慌てて呼吸を再開させる。
わめく鼓動。
無意識に上下する肩。
額の汗は暑さのせいか、それとも――。
「…………は、ハハ」
ぐ、と胸の辺りを鷲掴むようにして圧迫する。
まだ早鐘を打つ心臓に、何を今更、と独りごちた。
何を今更――恐れることがあるというのか?
今までも、そしてこれからも、僕は人を殺し続ける。
そしてそのためには“ 実物 "にお目にかかることが必要なわけで。
だから僕はこれまでも、それっぽい場所を巡っては、何も結果を得られずに落胆する日々を繰り返してきた。
――だから。
今日もいつもと同じことを繰り返す、ただそれだけのことなのだと。
僕はシャツがぐちゃぐちゃになるのも厭わず、グリグリと上塗りするみたいに心臓を抑えつけた。
「……なーんてね」
――何事もなかったかのように。
パッと胸元から手を放した僕は、隣にあった階段の方へと足を向けた。
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