上 下
36 / 50

36.人助け

しおりを挟む
「私はフィンレー殿下に事の次第を説明し、兄上の状況も探ってもらえるようにします」

 騎士団に留まっていたものの、エレノアたちはイザークに未だ面会させてもらえない。

「義姉上、貴方は聖水を騎士団にて行使しました。教会に見つかるリスクが高い。しばらくは公爵邸で身を潜めていてもらえますか?」
「わかりました。すみません……」
「人助けをして謝ることなんてありませんよ」

 今回のことにより、教会への糾弾が遠のいたかもしれないのに、オーガストは優しく笑って去って行った。

(やっぱり、カーメレン公爵家の人たちは優しいなあ)

「エレノア様、ご自宅まで送りますよ」
「え? 公爵家の私兵さんたちがいるから大丈夫だよ?」

 さて、とサミュが申し出るも、エレノアは慌てて手を振る。オーガストが半数連れて行ったが、訓練場にはまだカーメレン公爵家の私兵たちが残っている。

「僕も送りたい気分なんです!」
「ええ?」

 駄々をこねるようにサミュが言うので、エレノアも笑って了承した。隊長自らなんて豪華すぎる、とエレノアは思った。


「お願いします!! ここに大聖女様がいると聞いて来ました!」

 騎士団から帰ろうと入口にさしかかると、10歳くらいの男の子が瓶のような物を胸に抱えながら訴えていた。

「ええい、煩い! 帰れ!」

 男の子は入口の騎士に突き飛ばされると、地面に尻もちをついた。

「大丈夫?!」

 慌ててエレノアが男の子に駆け寄ると、男の子は腕の中の瓶を落とすまいと、大事そうに抱えていた。

「小さい子に何してるわけ?」
「これはサミュ隊長。第二隊は今、大聖女様の護衛にあたっています。あんな平民を近づけるわけにはいきませんので」
「だからって突き飛ばすことないだろ!」

 どうやら第二隊の騎士らしい。サミュが追求するも、彼は悪びれもせず、偉そうだ。

「ねえ、どうしたの?」

 エレノアが男の子に優しく語りかけると、男の子は泣きそうになりながらもゆっくりと話してくれた。

「母ちゃんが病気で、教会から聖水を買ったんだ。でも母ちゃんの具合、全然良くならなくて……大聖女様が今、騎士団にいるって聞いて俺……」
「そう……」

 エレノアは男の子の頭を撫でながら、彼の腕の中の瓶に目をやる。

(銀色の光は見えない。ただの水なんじゃないの?)

 オーガストの鑑定ならば微量の魔力も感じ取れるかもしれないが、エレノアの判断は銀色の光があるか無いかだ。

 男の子の母親の病状が回復しないのなら、何の力も無い聖水もどきだ。

「ねえ、その瓶見せてくれる?」
「いいよ……」

 涙をこすりながら、男の子はエレノアの前に瓶を差し出した。

(水そのものに聖女の力を付与すれば良いから……)

 エレノアは少し考えて、瓶に手をかざした。

 瓶の中の水がコポコポと揺れ、銀色の光が放たれると、一気に水に収束する。

「うん、これをもう一度、お母さんに飲ませてみてくれる?」
「……すっげえ」

 聖水もどきを本物にしたエレノアが、男の子を見ると、男の子はキラキラした目で瓶を見つめた。

「聖女様の儀式を遠くから見たことはあるけど、ここまで綺麗じゃなかった!! すっげえ!!」
「そうなの?」

 興奮する男の子に、エレノアは首を傾げた。

(儀式をする聖女って、上位の聖女たちよね? 何が違うのかしら?)

「お姉ちゃん、聖女なの?」

 瞳を輝かせて問う男の子に、エレノアは「しーっ」と唇に指を当てた。

「秘密ね?」
「うん!!」

 男の子はお礼を言うと、その場から走り去って行った。

「よかったんでしょうか?」

 側で見ていたエマが心配そうにエレノアを見た。

「あの子とはこれっきりだし、あの聖水があればお母さんもきっと大丈夫。やっぱり、放っておけないよ」
「……エレノア様らしい」
「あれー? 男の子は?」

 エレノアとエマのやり取りに、第二隊の騎士と揉めていたサミュが割って入って来た。

「サミュ、大丈夫?」
「ああ、あいつら、団長が戻ったら見てろよってんですよ!」
「ザーク様頼り!!」

 得意そうに話すサミュにエレノアとエマは笑いながら帰路についた。

「じゃあ。きっと団長は大丈夫ですから」
「うん。ありがとう、サミュ」

 エレノアは公爵邸まで送ってくれたサミュと挨拶を交わし、別れた。

(ザーク様……どうか無事で……! 私、あなたともう一度話がしたい……!)

 イザークの無事を願うエレノアは、その日、一睡も出来なかった。



「エレノア様、サミュが訪ねて来ております」

 翌朝。寝不足で頭が働かないエレノアは、ぼんやりと用意された朝食を食べていた。

「サミュが?」

 ぼんやりとしながらも、どうしたんだろう?とサミュが通された客間へと向かう。

「エレノア様!」

 客間に到着すると、いつもの笑顔のサミュと、昨日の男の子がいた。

「あれ、君?」

 昨日は簡易的なシャツとズボンだった男の子は、今日はかっちりとしたベスト姿だ。

「こいつ、王都で有名なサンダース商会の息子らしい。エレノア様に会いたいって言うから連れて来ました」
「サンダース商会?」

 サミュが驚いた表情で説明するも、世間を知らないエレノアにはさっぱりわからない。

「イザーク様やエレノア様もよくハンドクリームを購入されているかと……」
「え? 決まったお店は無いよ?」
「それら全て、サンダース商会です」
「ええええ?!」

 イザークはどうかわからないが、エレノアは目に止まったお店に立ち寄る。その一つ一つが全てサンダース商会だとエマは言う。

「そんな大きな商会の息子だった、というわけだ」

 未だ驚きながら説明するサミュだが、エレノアは別に聞きたいことがあった。

「お母様の具合はどう?」

 心配そうに聞いたエレノアに、男の子は満面の笑みで「治ったよ!」と答えた。

「良かった……」

 安堵するエレノアに、男の子が嬉しそうに話す。

「俺の名前は、マルシャ・サンダース! お姉さんは?」
「私はエレノアよ。よろしくね」
「エレノア……! そうか。俺が大きくなったら俺のお嫁さんにしてやるよ!!」
「ええええ?!」「はあああ?!」 

 自己紹介したエレノアに瞳を輝かせてマルシャが言うので、エレノアは驚いてしまう。サミュも変な声を出していた。

「いやいやいやいや、エレノア様は団長の奥さんだから!」
「サミュ、子供の言うことなんだから……」

 真剣に返すサミュにエレノアが苦笑いしながら宥めると、サミュは「いーや!」と言う。

「子供でも男は男です! 良いか、団長に殺されたくなきゃ諦めることだ!」

 ビシッ、とマルシャに向かってサミュが言い放つと、マルシャは子供らしい笑顔で答える。

「そっかあ、残念。まあ、そのダンチョーさんが嫌になったら、いつでも俺の所に来て?」
「はは……」

 子供らしからぬマルシャの台詞に、エレノアは思わず苦笑した。

「それで、今日はプロポーズに来たんですか?」

 今までのやり取りを動ぜず見守っていたエマが本題に入る。

「あ、そうだ! 母ちゃんが良くなったお祝いをするんだ! エレノアも連れておいでって、父ちゃんと母ちゃんが!」
  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

【完結】中継ぎ聖女だとぞんざいに扱われているのですが、守護騎士様の呪いを解いたら聖女ですらなくなりました。

氷雨そら
恋愛
聖女召喚されたのに、100年後まで魔人襲来はないらしい。 聖女として異世界に召喚された私は、中継ぎ聖女としてぞんざいに扱われていた。そんな私をいつも守ってくれる、守護騎士様。 でも、なぜか予言が大幅にずれて、私たちの目の前に、魔人が現れる。私を庇った守護騎士様が、魔神から受けた呪いを解いたら、私は聖女ですらなくなってしまって……。 「婚約してほしい」 「いえ、責任を取らせるわけには」 守護騎士様の誘いを断り、誰にも迷惑をかけないよう、王都から逃げ出した私は、辺境に引きこもる。けれど、私を探し当てた、聖女様と呼んで、私と一定の距離を置いていたはずの守護騎士様の様子は、どこか以前と違っているのだった。 元守護騎士と元聖女の溺愛のち少しヤンデレ物語。 小説家になろう様にも、投稿しています。

奥様はエリート文官

神田柊子
恋愛
【2024/6/19:完結しました】 王太子の筆頭補佐官を務めていたアニエスは、待望の第一子を妊娠中の王太子妃の不安解消のために退官させられ、辺境伯との婚姻の王命を受ける。 辺境伯領では自由に領地経営ができるのではと考えたアニエスは、辺境伯に嫁ぐことにした。 初対面で迎えた結婚式、そして初夜。先に寝ている辺境伯フィリップを見て、アニエスは「これは『君を愛することはない』なのかしら?」と人気の恋愛小説を思い出す。 さらに、辺境伯領には問題も多く・・・。 見た目は可憐なバリキャリ奥様と、片思いをこじらせてきた騎士の旦那様。王命で結婚した夫婦の話。 ----- 西洋風異世界。転移・転生なし。 三人称。視点は予告なく変わります。 ----- ※R15は念のためです。 ※小説家になろう様にも掲載中。 【2024/6/10:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】

【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します

佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚 不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。 私はきっとまた、二十歳を越えられないーー  一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。  二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。  三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――? *ムーンライトノベルズにも掲載

【完結】妻に逃げられた辺境伯に嫁ぐことになりました

金峯蓮華
恋愛
王命で、妻に逃げられた子持ちの辺境伯の後妻になることになった侯爵令嬢のディートリント。辺境の地は他国からの脅威や魔獣が出る事もある危ない場所。辺境伯は冷たそうなゴリマッチョ。子供達は母に捨てられ捻くれている。そんな辺境の地に嫁入りしたディートリント。どうする? どうなる? 独自の緩い世界のお話です。 ご都合主義です。 誤字脱字あります。 R15は保険です。

【完結】白い結婚成立まであと1カ月……なのに、急に家に帰ってきた旦那様の溺愛が止まりません!?

氷雨そら
恋愛
3年間放置された妻、カティリアは白い結婚を宣言し、この結婚を無効にしようと決意していた。 しかし白い結婚が認められる3年を目前にして戦地から帰ってきた夫は彼女を溺愛しはじめて……。 夫は妻が大好き。勘違いすれ違いからの溺愛物語。 小説家なろうにも投稿中

王太子殿下から逃げようとしたら、もふもふ誘拐罪で逮捕されて軟禁されました!!

屋月 トム伽
恋愛
ルティナス王国の王太子殿下ヴォルフラム・ルティナス王子。銀髪に、王族には珍しい緋色の瞳を持つ彼は、容姿端麗、魔法も使える誰もが結婚したいと思える殿下。 そのヴォルフラム殿下の婚約者は、聖女と決まっていた。そして、聖女であったセリア・ブランディア伯爵令嬢が、婚約者と決められた。 それなのに、数ヶ月前から、セリアの聖女の力が不安定になっていった。そして、妹のルチアに聖女の力が顕現し始めた。 その頃から、ヴォルフラム殿下がルチアに近づき始めた。そんなある日、セリアはルチアにバルコニーから突き落とされた。 突き落とされて目覚めた時には、セリアの身体に小さな狼がいた。毛並みの良さから、逃走資金に銀色の毛を売ろうと考えていると、ヴォルフラム殿下に見つかってしまい、もふもふ誘拐罪で捕まってしまった。 その時から、ヴォルフラム殿下の離宮に軟禁されて、もふもふ誘拐罪の償いとして、聖獣様のお世話をすることになるが……。

氷の騎士は、還れなかったモブのリスを何度でも手中に落とす

みん
恋愛
【モブ】シリーズ③(本編完結済み) R4.9.25☆お礼の気持ちを込めて、子達の話を投稿しています。4話程になると思います。良ければ、覗いてみて下さい。 “巻き込まれ召喚のモブの私だけが還れなかった件について” “モブで薬師な魔法使いと、氷の騎士の物語” に続く続編となります。 色々あって、無事にエディオルと結婚して幸せな日々をに送っていたハル。しかし、トラブル体質?なハルは健在だったようで──。 ハルだけではなく、パルヴァンや某国も絡んだトラブルに巻き込まれていく。 そして、そこで知った真実とは? やっぱり、書き切れなかった話が書きたくてウズウズしたので、続編始めました。すみません。 相変わらずのゆるふわ設定なので、また、温かい目で見ていただけたら幸いです。 宜しくお願いします。

処理中です...