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36. 離さない

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「リーナ、嫌な思いをさせてすまない」

 エクトルさんは足早に私を連れて王城を出た。向かう先はどうやら騎士団塔だった。

 そのまま最上階へと連れていかれる。

 行き先は、エクトルさんの執務室ではなく、居住スペースだった。

 私は別室をもらっているため、入ったことがない。

 彼に手を引かれ、その広い部屋に足を踏み入れた。

 天蓋付きのベッドに、執務机、アパタイトが寝ているだろう大きなクッション。最低限の家具しかない。

「エクトルさん? どうしたんですか?」

 エクトルさんは振り返らずに私をベッドまで連れて行くと、私をマットレスの上に押し倒した。

「エクトル……さん?」

 いつも優しい表情の彼が怖い顔で私を見下ろしていた。

「君は俺が守るから」
「でも、それじゃあエクトルさんの立場が……」
「君とは離婚しない」

 表情を緩めることなく、エクトルさんが言った。

「でも、私たちは契約結婚でしたよね? この国のために私のことは捨て置いてください」
「オーウェンを極刑にすることもできるんだ」
「⁉」

 エクトルさんの言葉に、私の声が震える。

「なんで……そこでオーウェンが……」
「この国は一人の伴侶に生涯を捧げる。破った者には重い罰が課せられる。皇族の伴侶ともなれば、極刑だ」
「でも…………私たちは契約結婚で……」

 アパタイトとの会話をやはり聞かれていた。

 エクトルさんの気持ちを知りながら、契約結婚だといまだ言葉にする私を、エクトルさんも怒っているのだろう。

「でも、確かに契約結婚のことが漏れれば、君を守れないな」
「エクトルさん⁉」

 マットレスに私を縫い付けていたエクトルさんの手が、私の胸に移り、私は身を固くした。

「ユリスが勝手に噂を流してくれたおかげで、君は私の物だと周知のはずだったんだがな。君たちの絆を甘く見ていたようだ」
「エクトル……さん?」

 彼は辛そうな表情で、私を見つめた。

 そして彼の手が私のドレスのリボンを解く。

「リーナが本当に私の物に……妻になるなら、オーウェンとのことは聞かなかったことにする」
「‼」

 エクトルさんの目は本気だった。

 あんなに綺麗だと思っていたホリゾンブルーの瞳が、今は怖い。

「すまない……でもそこまでしても、私は君を手放したくないんだ」

 固くした私の表情を見たエクトルさんが、切ない声で言った。

 私は怖さと、引きちぎられそうな悲しい想いで、その場から動けなかった。

(私がはっきりしてこなかったから……)

 エクトルさんを傷つけ、オーウェンが罪に問われる事態へと陥っている。

(私が……エクトルさんを受け入れれば……)

 ふっ、と力を弱めた私をエクトルさんが熱い眼差しで見下ろした。

「リーナ、愛している……」

 エクトルさんは私を抱き寄せると、解いたリボンの胸元からドレスをはだけさせた。

 下着が見え、両手でそれを隠そうとする私を、エクトルさんが再びマットレスに沈めた。

「リーナ……」

 熱い眼差しのまま、エクトルさんから首にキスをされる。

「いやっ……!」

 つい漏れ出た拒絶の言葉に、私は口を押さえた。

 エクトルさんは身体を起こすと、私の両腕を頭の上で縫い止めた。

「まだ君の頭の中には、あの男がいるのか……?」

 エクトルさんはそう言うと、私にキスをしようとした。

 私は反射的に顔を反らしてしまう。

「リーナ?」
「あ……」

 傷付いた表情のエクトルさんを見て、自分が泣いているのに気付いた。

「……唇は、そのうち許して欲しい」

 エクトルさんはぎゅっと目をつぶりそう言うと、私に体重を預けた。

「でも、やめるつもりはない」

 エクトルさんはそう言うと、私の身体にキスを落としていきながら、下着に手をかける。

(やだ……! オーウェン‼)

 この期に及んで、彼を想う自分に辟易とした。

 いまさら、戻れない。オーウェンが私を選ぶこともない。

 私はぼろぼろと涙をこぼしていた。

「リーナ……」

 私の声にならない泣き声を慰めるように、エクトルさんが優しく私の肌に触れる。

「愛している。私だけの物になってくれ」

 泣き止まない私に懇願しながらも、エクトルさんは本当にやめるつもりは無いらしい。

 息を粗くし、私を見下ろした彼に、私は身体を固くした。

「やだっ……オーウェン‼」
「エクトル‼」

 叫んだと同時に、部屋のドアが勢いよく開けられた。

「アパ……タイト?」

 部屋に入って来たのはアパタイトだった。

「エクトル、リーナを離して」

 アパタイトは私に視線をやると、すぐにエクトルさんを見据えた。

「アパタイト、お前だってリーナが私と結婚することを望んでいただろう」

 私を解放し、エクトルさんがアパタイトに向き直る。

「リーナも同じ気持ちだったら、ね」

 毛布を口に咥え、視線をくれたアパタイトに、私は急いで飛びついた。

「リーナ!」

 エクトルさんの元から逃れた私を掴もうとした彼の手が、宙を掴む。

「エクトル、いくらリーナを好きだからって、こんなのはダメだよ」
「それだけじゃない。どのみち兄上の命令からは逃れられないんだ。それに、ラヴァルからリーナを守るにはこの方が手っ取り早い」
「本当に?」

 私はエクトルさんとアパタイトが言い合うのをモフモフの身体に顔を埋めながら聞いていた。

「エクトル、死ぬ運命から逃れられたからって、欲深くなったんじゃない?」
「な、にを――」
「今のエクトルは、アニエスと同じ空気をまとっているよ」
「‼」

 アパタイトが放った言葉に、エクトルさんはベッドに腰をドスン、と落とした。

「リーナ、行こう」

 その様子を見たアパタイトは、私を部屋から連れ出してくれた。
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