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31. 夫の愛 

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「まさか弟のこんな明るい表情を拝めるなんて! ありがとう、アデリーナ」
「と、とんでもないことでございます!」

 今日は皇帝陛下に呼ばれて、登城していた。

 初めて行った時の謁見の間ではなく、今日は賓客室でお茶をいただいている。

 私も、いつものワンピースではなく、綺麗なブルーのドレスを身にまとっている。

「エクトル、お前は生きることを諦めていたからな。仕方ないとはいえ、私は心配だった」
「兄上、恥ずかしいのでやめてください」

 上機嫌で笑う陛下に、エクトルさんは照れて言った。

 毎日の浄化作業は順調で、エクトルさんの身体中の染みも、ほとんど無くなった。数日中にエクトルさんから完全に瘴気が無くなるだろう。

「魔物も減り、弱体化していると聞く。アデリーナの力は本当にすごいな」
「いえ、これもアパタイトの力と、この国の騎士のおかげです」

 こちらに視線を向けて微笑む陛下に、私は頭を下げた。

 実際、この国の騎士は魔物と戦えるほど強くて、私の浄化で弱体化しているとはいえ、殲滅してくれるおかげで、浄化が楽なのだ。私の浄化頼りだったラヴァルとは違う。私が三日三晩寝られなかった原因が悲しいかな、判明した。

 エクトルさんも聖魔法を使わなくても、強い。瘴気にやられなくなった彼は、生きることに前向きだ。

「あとは……お前たちの子供だな」

 陛下の言葉に、飲んでいた紅茶を吹き出しそうになったが、全力で踏みとどまった。

「兄上……、私たちは結婚したばかりです。気が早いのでは?」

 こほん、とエクトルさんが息を整えて言った。彼も吹き出しそうになっていたのを、私は見た。

「お前は皇族で、聖魔法の使い手だ。彼女は聖女でもある。多くの子供を望むなら、早いほうが良いだろう」
「多……」

 陛下の言葉に思わず赤くなってしまう。

「兄上、私はリーナとまだ二人の時間を大切にしたいのです。それに、身体もまだ完全に治っておりませんし、魔物だって」

 エクトルさんが私の肩に手を置いて、助け舟を出してくれた。

「うむ……それもそうか。だがエクトル、あまりのんびりするんじゃないぞ」

 エクトルさんが陛下に頷き、その話は終わり、私はホッとした。

「ところで、三か月後、オルレアンでラヴァルとの調印式がある」

 陛下の話に、そうか、今年だったかと思い出す。

「今回は王太子とその婚約者が使者として来るらしい」
「国王が病でふせっているという情報に信ぴょう性が増しましたね」
「え!?」

 二人の会話に私は驚いた。

 国王陛下がふせっていたなんて、知らなかった。オーウェンも知らなかったに違いない。

 あのバカ王子は、婚約破棄を陛下も認めたものだと言っていた。もしそれが、違ったなら……?

 私は言いようのない不安に襲われた。

「リーナ、大丈夫だ。王太子の命に従った君が糾弾されることはない」

 私の不安を察したエクトルさんが優しい口調で言った。

「そうだとも、アデリーナ嬢。我が国は君を受け入れた。しかもエクトルの妻だ。もし、いまさら返せと言われても、外交問題に発展するだろう」

 陛下はそう言うと、笑った。

 改めてエクトルさんと結婚したことで、私は守られているんだな、と実感した。

「何を言っているんだ。守ってもらっているのはオルレアンだ。そんな君を守るのは当然だろう」

 お礼を伝えれば、逆にそんなことを言われて、くすぐったくなった。

「式典にはお前たちにも出席してもらう」
「わかりました」

 当然のように返事をしたエクトルさんに、驚きの顔を向けると、彼は柔らかく笑って言った。

「君が私の、皇弟の妃であることを、ラヴァルに知らしめないと」
「その方がラヴァルも君に手出しできないだろう」

 皇帝陛下も笑って言った。



「今日も浄化をするのか?」

 陛下との謁見が終わり、私たちは外へ出た。アパタイトは今日はお留守番。エクトルさんの足が治ってからは、ゆっくりお昼寝をして過ごす日も増えたようだ。

「もう少しですので、休んではいられませんから」

 そうエクトルさんに返せば、右手を取られる。

「残念だ。せっかく綺麗な君とデートできると思ったのに」
「デっ!?」

 エクトルさんの甘い顔が近づいてきて、私は飛び上がった。

「じゃあ、せめて送っていこう」
「エクトルさん、騎士団は?」

 私の手を放さず、歩き出した彼に問う。

「私は非番なんだ。だが、私の色を着た君と騎士団内を一緒に歩いて見せびらかしたくなった」

 恥ずかしげもなくそんなことを言うエクトルさんに、私の顔がぼっと赤くなった。

 生きることに前向きになったエクトルさんは、私にストレートに愛を伝えてくれる。

 それが恥ずかしくて、くすぐったい。

 エクトルさんに手を引かれ、騎士団内を歩いていくと、すれ違う騎士たち皆にからかわれた。

 エクトルさんが満足そうに笑うので、私は恥ずかしかったけど、何も言えなかった。

「お疲れ様です」

 聖堂近くまで来ると、オーウェンに出会した。

「どうしたんだ?」
「ミアから預かって来ました」

 エクトルさんの問いにオーウェンがバスケットを見せた。

「ああ、君の奥さんには私の妻が世話になっていたんだったな」
「いえ……。お出かけでしたか?」

 オーウェンがちらりと私のドレス姿に視線をやったが、目は合わない。
「ああ。陛下に謁見しにね。リーナはこれから浄化をするらしいから、丁度良かった」

 そう言ってエクトルさんがオーウェンからバスケットを受け取った。

「夫婦の届けもやっと出せたって?」
「はい、おかげさまで」
「えっ!?」

 二人の会話に私は驚いて、声を上げてしまった。

「なんだ、リーナ、聞いていなかったのか? オーウェンとミアはオルレアンで正式に夫婦と認められた。君もこれで安心だろう?」
「ど……して……」

 オーウェンはミアを守りたいという私のために、嘘をついてくれていただけだった。

「リーナ?」

 エクトルさんの呼びかけは私の耳に届かず、私はふらりとオーウェンに歩み寄る。

「俺もようやく落ち着きました。アデリーナ様もどうか、お幸せに」
「オーウェン?」

 彼は私に一礼をすると、この前と同じように、振り返ることなく去ってしまった。

 もう私たちは昔のような関係じゃない、と彼の背中が言っているようで悲しかった。

「リーナ?」

 心配そうに覗き込むエクトルさんの声で、自分が泣いていることに気付いた。

「あ、はは、どうしたんだろ、私!? 弟みたいだったオーウェンが巣立って嬉しいのかな!?」
「君は彼のこと……」

 あはは、と笑ってみせれば、エクトルさんの影が私に落ちる。

 気付いた時には、彼と私の唇が重なりそうになっていた。

「――――っ!?」

 驚いた私は、エクトルさんを突き飛ばしていた。

「あ……ごめんなさ……」

 一瞬、傷付いた表情を見せたエクトルさんは、すぐに優しく笑ってくれた。

「こっちこそ、こんな場所でごめん。ちょっと急ぎすぎたかな?」

 彼は私にバスケットを手渡すと、背を向けて去って行ってしまった。

 私は呼び止めることも、追いかけることもできず、その場に立ち尽くしていた。

 
 
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