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25.前向きに

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 次の日、アリアは魔法省にお昼を届ける前に、ライアンの執務室を訪れることにした。

 レイラはライアンを補佐する形でかなりの確率で一緒に執務室にいる。仲睦まじいお似合いの夫婦だと噂される所以もそこにある。

 アリアの悪役令嬢への変身が行われるのもそういった理由からライアンの執務室だった。

 会議や出張が無い限りはいつでもアリアは執務室を訪れて良いことになっている。

 コンコン、と扉をノックすると、笑顔のレイラが出迎えてくれた。

「あ、アリーちゃん、いらっしゃい。ふふ、久しぶりね? あ、昨日のパーティーはどうだった? 今日はどうしたの?」

 顔を見るなりレイラから矢継ぎ早に質問が飛んでくる。

「レイラ、とりあえず中に」

 どれから答えようかと思い悩んでいると、後ろからライアンがレイラの肩に手を置き、苦笑して声をかけた。

「あらやだ私ったら。アリーちゃんが来てくれたのが嬉しくって。さあ、中に入って」

 可愛らしく微笑むレイラに、アリアはほっこりとする。自分が来ただけで喜んでくれるレイラに嬉しくなる。

 役立たずだ、悪女だ、と罵られる日常の中で、可愛がってくれるレイラの存在は悪役令嬢として振る舞うアリアの力になっていた。

 そんな大好きなレイラと恩人であるライアンにアリアは改めて報告に来ようと思ったのだ。

「それで? 悪役令嬢の扮装はいらない、ってなったのよねえ?」

 応接セットのソファーに腰掛けたアリアの目の前に紅茶を用意してくれ、レイラがゆったりと話す。

「は、はい。フレディ様から、そのままで妻役をやって欲しいと仰せつかっています」
「そうか」

 アリアの言葉に向かいに座るライアンは優しく目を細めた。

 その表情が嬉しそうで。アリアは唐突に理解する。

(フレディ様の気持ちにライアン様も気付いて……えっ……いつから……)

 仕事、仕事と邁進してきた自分はちっともフレディの気持ちに気付かなかった。甘い言葉を吐くのも、キスするのも演技だと思っていた。

 今思えば、潔癖だけど優しくて真面目なフレディがそんなことをするはずはないとわかるはずなのに。

 自分に触れられるのは魔法薬のおかげだとさえ思っていた。フレディの思い出を全否定だ。

 今までの自分の対応に恥ずかしくなり、顔が赤くなる。

「今日はどうしたんだアリア?」

 今までを振り返り、表情をコロコロ変えているアリアにライアンは優しく語りかける。レイラも彼の隣に座り、じっとアリアの言葉を待っていた。

「あの……ライアン様が私の後ろ盾をしてくださると……」

 昨日フレディから聞いた話を切り出す。

「ああ。フレディから聞いたのか? アリーがフレディと王都でこれからも生きて行くつもりなら、俺はそうするつもりだ」

 ライアンからきっぱりとした返事が返ってくる。

 アリアは恐れ多い、という気持ちと、ありがたい、という気持ちがないまぜになりながらもジーンとする。

「フレディったら、やっとちゃんと気持ちを伝えたのね?」

 アリアがその話を聞いたということからピンときたレイラは経緯を言い当てる。

 アリアは顔を赤くして俯いた。

「それで、アリーはどうしたい?」

 優しくアリアの気持ちを聞いてくれるライアンに、アリアはぐっと顔を上げて言った。

「私は、きっと……フレディ様に惹かれていると思います」

 アリアの言葉にレイラが「まあっ」と嬉しそうに声を上げた。それをライアンが優しく制し、アリアの言葉の続きを待つ。

「でも……私の中ですっぽり抜けてしまった記憶があると思うんです。ライアン様はご存知なんですよね? 私は、それを取り戻さないとフレディ様に私のままで・・・・・ちゃんと向き合えない気がするんです……」
「それが辛いことでも?」

 真っ直ぐに見つめるライアンに、アリアもしっかりと視線を合わせて頷いた。

「アリーちゃん、別に今のまま幸せになる権利だってあるのよ?」

 レイラが心配そうにアリアに言った。そのことから、やはり余程のことなのだろうとアリアは息を飲んだ。

「きっと……フレディ様だけじゃなくて、私にとっても大切な記憶だったと思うんです。それがたとえ辛いことに繋がっていても、私は取り戻したい」

 アリアは二人を見てしっかりと言った。

「アリーちゃん、強くなったわね」
「え……」

 レイラが微笑みながらアリーに言うので、アリアは目を見開いた。

「ううん、元から強かったのよ。でも、前には出て来なかった」

 目を閉じて思い返すように話すレイラは、改めてアリアを見ると、溢れそうなくらいの笑顔で言った。

「アリーちゃんが悪役令嬢として頑張ってきたこともちゃんと貴方の自信になっているし、フレディのことがきっかけでアリーちゃんが強さを前に出せるようになったのだとしたら、すごく嬉しい」

 そんなレイラの肩を抱き寄せ、ライアンも微笑む。

「そうだな。仕事として引き合わせたのは俺だが、それは運命の再会だった。二人にとって幸せに繋がることなら、俺はどんなことでも協力する」

 頼もしい言葉にアリアは涙が込み上げてくる。

「ありがとうございます……」

 アリアはお礼を言って二人に深く頭を下げた。

(私はこんなにも恵まれている。弱虫で臆病なアリアのままじゃダメだ。悪役令嬢の時みたいに、顔をしっかりとあげないと……)

「私に、何があったのか教えてください」

 ぐっと顔を上げて、アリアはライアンを見つめた。

「……わかった」

 ライアンは一呼吸置いて、返事をした。
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