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23.さよなら
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「アリア、お前っ!!」
「お父様……」
怒鳴り込んで来た父にアリアは顔を青くし、身体をびくりと震わせた。
その様子を見たフレディがアリアを庇うようにして前に一歩出た。
「こ、これはローレン公爵様……! む、娘がご迷惑をおかけしていないでしょうか?」
フレディを見るなり、アリアの父はへらりと笑い、胸の前で両手を組みながら言った。
「娘……? 貴殿はアリアを勘当したと聞いたが?」
ギロリとあえて高圧的な表情でアリアの父を睨みつけるフレディ。父はひっ、と怯みながらも、後ろにいるアリアへと回り込む。
「お前がローレン公爵様と結婚したなどという噂が本当だったとはな! なぜすぐに報告に来ない!」
「申し訳……」
責め立てる父に、アリアは身を小さくしながら謝ろうとする。しかしフレディから守るように背中の後ろに隠される。
「勘当したのに何故報告が必要だと?」
アリアを隠したフレディは父を冷たい表情で見下ろした。
「いえ……あの……」
モゴモゴとする父にフレディは続ける。
「アリアの結婚はもうあなたには関係無い。ローレン公爵家の援助を期待しているようだが、俺はクラヴェル伯爵家と関わる気は無い」
きっぱりと告げたフレディに、父は奥歯をギリリ、と噛みしめる。
「し、しかし……ローレン公爵家ともあろう方の結婚相手ならば、クラヴェル伯爵家の娘としての肩書きは必要かと……!」
「しつこい! クラヴェル伯爵家が没落しようが俺の知ったことではない! それに、アリアにはシュミット公爵家の後ろ盾があります」
「なっ……」
フレディの言葉に、アリアの父は信じられないといった顔をした。
アリアも初耳なことに、震えて俯いていた顔を上げ、大きな背中を見つめる。
「アリアにはシュミット公爵家がついている。クラヴェル伯爵家はお呼びではない! 去れ!! 二度とアリアに近付くな!」
ビリリ、とフレディの声がその場に響く。談笑していた貴族たちも何事かと視線を集めた。
「そ、そんな役立たずな娘、後悔しますぞ!」
ローレン公爵家に取り入ることを諦めたアリアの父は、悔し紛れに言葉を放った。その言葉にフレディは内心でブチ切れた。
「アリアは役立たずなどではない。俺の大切な妻だ」
笑顔なのに冷ややかな空気を醸し出すフレディのこめかみには青筋が立っている。
そんなフレディの表情が見えないアリアは、彼の背中にそっと触れ、涙を浮かべた。
「ローレン公爵である俺の妻を貶めて、許されると思うなよ?」
「ひいっっ!」
フレディに剥いた目を向けられ、アリアの父は逃げて行ってしまった。
「くそ、権力にすり寄る羽虫が。あ、後でアリアに二度と近付かないよう、誓約書を書かせないとな」
アリアの父が逃げて行った先を見つめながらフレディはブツブツと呟いた。
「フレディ様……」
フレディのジャケットの背中をぎゅう、と握りしめアリアがか細く呟いた。
「アリア?! 大丈夫?」
フレディはハッとなり、慌てて後ろのアリアに向き直る。
「アリアは俺が守るから安心して? あ、あんなでもアリアの父親だもんね……勝手に縁を切って悪かったかな?」
アリアは必死になるフレディを見て、笑みが溢れる。
「いえ……私はとっくに家からは縁を切られていましたので……それよりも、フレディ様が私を役立たずでは無いと言ってくれたのが嬉しくて……」
「ええ……今更?」
アリアは涙を滲ませ、ふわりと微笑んだ。
これまでもアリアのことを肯定してきたはずなのに、まったく響いていなかったことにフレディは苦笑した。
役立たず、と呪いをかけていた父の前できっぱりとそれを断ち切ったのが良かったのかもしれない、とフレディはアリアの表情を見て思った。
「アリアは俺に必要な奥さん、だよ」
「お役目果たせているなら良かったです」
そこはまったくまだ届いていなかった。
がくりとしたフレディだったが、アリアを腕の中におさめる。
「まあ、夫婦だし、まだ時間はあるからね?」
ぎゅう、と抱き締められ、フレディの言った言葉に疑問符を浮かべるアリア。
でもその温かさに胸がきゅう、となる。
(まだ夫婦でいられる時間があるのなら、嬉しい……)
父とは離別してしまったが、元より一人で生きていくつもりだった。だから寂しくない。なのに、フレディとの別れを思うと、アリアは無性に悲しくなった。
抱き合っていると、わあ、という歓声と悲鳴が混じった声に我に返る。
抱き合う二人を近くの貴族たちが一斉に見ていたのだ。
見せつける、とは言われていたが、こんなに視線を集めては恥ずかしい。アリアは真っ赤になった顔をフレディの胸に隠すように埋めた。
「アリア、少し抜けようか」
そんなアリアを愛しく思いながらも、他の男に見せたくないフレディは庭からアリアを連れ出した。
「い、いいんでしょうか?」
「殿下には挨拶したから、ちょっとくらい平気だよ」
困惑するアリアの手を引いて、フレディはパーティー会場を後にした。
「何あれ……」
会場を去るフレディとアリアを端の方で見つめていたのはローズ第一王女。
「王女様、そんなに身を乗り出しては殿下に見つかります」
「うるさいわね! フレディ様が行っちゃうじゃない」
伴に連れていたメイドと二人、ローズはパーティー会場の柱の影からこっそり中を窺っていた。
「お兄様も何で私を招待してくれないのよ!」
プリプリと小声で不満を漏らしながらもフレディが行った方向を目線で追う。
このガーデンパーティーは王太子である兄、ルードが主催の物。当然、王家で妹である自身も呼ばれると思っていた。が、実際には呼ばれなかった。
メイドに命令して招待客のリストを手に入れたローズは、フレディが出席することを嗅ぎつけ、こうしてこっそり様子を見に来たのだ。
「フレディ様が結婚したなんて嘘よ……何よ、あの女……」
魔法省の局長になってから、フレディはローズ主催のお茶会やパーティーは必ず欠席の返事をしていた。父や兄の主催する物には本当に仕事が入っている以外は仕方なくやって来る。ローズはそのわずかな機会でしかフレディを見ることは叶わなくなっていた。
昔は身体に触れられるくらい近くに行けたのに、男遊びを隠蔽してからは、兄に監視役を付けられるようになった。元々、フレディを焦らすための男遊びだったが、それすら出来なくなり、近寄ることも出来なくなっていた。
今年も社交シーズンがやって来たかと思えば、フレディからは「結婚して妻がいるのでこういう誘いはもう辞めて欲しい」という書状が届いた。
「今度は彼が私を焦らそうとしているんだわ」
寄り添っていた二人を思い出し、ローズは長い爪を口で噛み締めながら顔を歪ませた。
「あれは……聞いた名だとは思っていましたが……」
一緒に会場を覗いていたメイドが思い出したかのように呟く。
「あの女、知ってるの?!」
ぐるん、と怖い顔で向き直るローズに、メイドはおずおずと答えた。
「はい……あの、前に王女付でメイドをしていた者です」
「そうだったかしら?」
メイドの言葉にローズは首を傾げながら思い出そうとする。
「はい。記憶力が良く、招待状の管理を任されており、その……クビになったメイドです」
メイドは王女の男遊びのせいで、という部分はあえて言わずに説明した。
「……ああ!」
そこまで説明されてローズはやっと思い出す。
「あの貧乏伯爵家で役立たずだったあの子ね」
他のメイドたちと憂さ晴らしに嫌がらせをしていたことを思い出す。
「悪役令嬢のアリア……あの時、私が押し付けた悪評は続いていた。メイド長が追い返されて来た時の話を聞く限り、あの冴えない役立たずは本当の悪女だったというわけ……」
ローズの中で忘れていたメイドと悪役令嬢と噂のアリアが繋がる。
「そんな女にフレディ様は渡さないんだからっ」
再び爪を噛み締め、ローズはパーティー会場を見つめた。
「お父様……」
怒鳴り込んで来た父にアリアは顔を青くし、身体をびくりと震わせた。
その様子を見たフレディがアリアを庇うようにして前に一歩出た。
「こ、これはローレン公爵様……! む、娘がご迷惑をおかけしていないでしょうか?」
フレディを見るなり、アリアの父はへらりと笑い、胸の前で両手を組みながら言った。
「娘……? 貴殿はアリアを勘当したと聞いたが?」
ギロリとあえて高圧的な表情でアリアの父を睨みつけるフレディ。父はひっ、と怯みながらも、後ろにいるアリアへと回り込む。
「お前がローレン公爵様と結婚したなどという噂が本当だったとはな! なぜすぐに報告に来ない!」
「申し訳……」
責め立てる父に、アリアは身を小さくしながら謝ろうとする。しかしフレディから守るように背中の後ろに隠される。
「勘当したのに何故報告が必要だと?」
アリアを隠したフレディは父を冷たい表情で見下ろした。
「いえ……あの……」
モゴモゴとする父にフレディは続ける。
「アリアの結婚はもうあなたには関係無い。ローレン公爵家の援助を期待しているようだが、俺はクラヴェル伯爵家と関わる気は無い」
きっぱりと告げたフレディに、父は奥歯をギリリ、と噛みしめる。
「し、しかし……ローレン公爵家ともあろう方の結婚相手ならば、クラヴェル伯爵家の娘としての肩書きは必要かと……!」
「しつこい! クラヴェル伯爵家が没落しようが俺の知ったことではない! それに、アリアにはシュミット公爵家の後ろ盾があります」
「なっ……」
フレディの言葉に、アリアの父は信じられないといった顔をした。
アリアも初耳なことに、震えて俯いていた顔を上げ、大きな背中を見つめる。
「アリアにはシュミット公爵家がついている。クラヴェル伯爵家はお呼びではない! 去れ!! 二度とアリアに近付くな!」
ビリリ、とフレディの声がその場に響く。談笑していた貴族たちも何事かと視線を集めた。
「そ、そんな役立たずな娘、後悔しますぞ!」
ローレン公爵家に取り入ることを諦めたアリアの父は、悔し紛れに言葉を放った。その言葉にフレディは内心でブチ切れた。
「アリアは役立たずなどではない。俺の大切な妻だ」
笑顔なのに冷ややかな空気を醸し出すフレディのこめかみには青筋が立っている。
そんなフレディの表情が見えないアリアは、彼の背中にそっと触れ、涙を浮かべた。
「ローレン公爵である俺の妻を貶めて、許されると思うなよ?」
「ひいっっ!」
フレディに剥いた目を向けられ、アリアの父は逃げて行ってしまった。
「くそ、権力にすり寄る羽虫が。あ、後でアリアに二度と近付かないよう、誓約書を書かせないとな」
アリアの父が逃げて行った先を見つめながらフレディはブツブツと呟いた。
「フレディ様……」
フレディのジャケットの背中をぎゅう、と握りしめアリアがか細く呟いた。
「アリア?! 大丈夫?」
フレディはハッとなり、慌てて後ろのアリアに向き直る。
「アリアは俺が守るから安心して? あ、あんなでもアリアの父親だもんね……勝手に縁を切って悪かったかな?」
アリアは必死になるフレディを見て、笑みが溢れる。
「いえ……私はとっくに家からは縁を切られていましたので……それよりも、フレディ様が私を役立たずでは無いと言ってくれたのが嬉しくて……」
「ええ……今更?」
アリアは涙を滲ませ、ふわりと微笑んだ。
これまでもアリアのことを肯定してきたはずなのに、まったく響いていなかったことにフレディは苦笑した。
役立たず、と呪いをかけていた父の前できっぱりとそれを断ち切ったのが良かったのかもしれない、とフレディはアリアの表情を見て思った。
「アリアは俺に必要な奥さん、だよ」
「お役目果たせているなら良かったです」
そこはまったくまだ届いていなかった。
がくりとしたフレディだったが、アリアを腕の中におさめる。
「まあ、夫婦だし、まだ時間はあるからね?」
ぎゅう、と抱き締められ、フレディの言った言葉に疑問符を浮かべるアリア。
でもその温かさに胸がきゅう、となる。
(まだ夫婦でいられる時間があるのなら、嬉しい……)
父とは離別してしまったが、元より一人で生きていくつもりだった。だから寂しくない。なのに、フレディとの別れを思うと、アリアは無性に悲しくなった。
抱き合っていると、わあ、という歓声と悲鳴が混じった声に我に返る。
抱き合う二人を近くの貴族たちが一斉に見ていたのだ。
見せつける、とは言われていたが、こんなに視線を集めては恥ずかしい。アリアは真っ赤になった顔をフレディの胸に隠すように埋めた。
「アリア、少し抜けようか」
そんなアリアを愛しく思いながらも、他の男に見せたくないフレディは庭からアリアを連れ出した。
「い、いいんでしょうか?」
「殿下には挨拶したから、ちょっとくらい平気だよ」
困惑するアリアの手を引いて、フレディはパーティー会場を後にした。
「何あれ……」
会場を去るフレディとアリアを端の方で見つめていたのはローズ第一王女。
「王女様、そんなに身を乗り出しては殿下に見つかります」
「うるさいわね! フレディ様が行っちゃうじゃない」
伴に連れていたメイドと二人、ローズはパーティー会場の柱の影からこっそり中を窺っていた。
「お兄様も何で私を招待してくれないのよ!」
プリプリと小声で不満を漏らしながらもフレディが行った方向を目線で追う。
このガーデンパーティーは王太子である兄、ルードが主催の物。当然、王家で妹である自身も呼ばれると思っていた。が、実際には呼ばれなかった。
メイドに命令して招待客のリストを手に入れたローズは、フレディが出席することを嗅ぎつけ、こうしてこっそり様子を見に来たのだ。
「フレディ様が結婚したなんて嘘よ……何よ、あの女……」
魔法省の局長になってから、フレディはローズ主催のお茶会やパーティーは必ず欠席の返事をしていた。父や兄の主催する物には本当に仕事が入っている以外は仕方なくやって来る。ローズはそのわずかな機会でしかフレディを見ることは叶わなくなっていた。
昔は身体に触れられるくらい近くに行けたのに、男遊びを隠蔽してからは、兄に監視役を付けられるようになった。元々、フレディを焦らすための男遊びだったが、それすら出来なくなり、近寄ることも出来なくなっていた。
今年も社交シーズンがやって来たかと思えば、フレディからは「結婚して妻がいるのでこういう誘いはもう辞めて欲しい」という書状が届いた。
「今度は彼が私を焦らそうとしているんだわ」
寄り添っていた二人を思い出し、ローズは長い爪を口で噛み締めながら顔を歪ませた。
「あれは……聞いた名だとは思っていましたが……」
一緒に会場を覗いていたメイドが思い出したかのように呟く。
「あの女、知ってるの?!」
ぐるん、と怖い顔で向き直るローズに、メイドはおずおずと答えた。
「はい……あの、前に王女付でメイドをしていた者です」
「そうだったかしら?」
メイドの言葉にローズは首を傾げながら思い出そうとする。
「はい。記憶力が良く、招待状の管理を任されており、その……クビになったメイドです」
メイドは王女の男遊びのせいで、という部分はあえて言わずに説明した。
「……ああ!」
そこまで説明されてローズはやっと思い出す。
「あの貧乏伯爵家で役立たずだったあの子ね」
他のメイドたちと憂さ晴らしに嫌がらせをしていたことを思い出す。
「悪役令嬢のアリア……あの時、私が押し付けた悪評は続いていた。メイド長が追い返されて来た時の話を聞く限り、あの冴えない役立たずは本当の悪女だったというわけ……」
ローズの中で忘れていたメイドと悪役令嬢と噂のアリアが繋がる。
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