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10.悪妻登場

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「局長、俺はお昼休憩に入ります」

 魔法省、フレディの局長室。

 フレディの助手であるスティングが、山積みになっている資料の山へと声をかけた。

「ああ……もうそんな時間か」

 資料の山から顔を出したのはもちろんフレディ。

 魔法省の局長として決裁しなければならない書類もそうだが、ほとんどは研究のための資料が積み上がっている。

「そういえば、局長の作り上げた、物の色を変える魔法薬、商品化するそうですね!」
「ああ……」

 嬉しそうに話すスティングにフレディは書類から目を離さずに返事をした。

「王宮の一角の庭が凄いことになってましたもんねえ。王女様も自分のため・・・・・だと思う始末だし……」

 苦笑いで話を続けるスティングは、鞄からゴソゴソと街で買ってきてあったサンドイッチを机に準備する。

 フレディはスティングの話を聞きながら、窓下にある庭園に目を落とした。

 フレディの色を変える魔法薬の実験として、色とりどりに咲くバラが無造作に咲き誇っている。

 アリアが王女のメイドだった頃、彼女が懸命に世話をしていた庭だった。

「――――っ、昼?!」

 アリアのことを思い浮かべた所で、フレディは約束を思い出す。 

「局長、どうしたんですか?」

 すでにサンドイッチを頬張っていたスティングが急に立ち上がったフレディを見やる。

「アリアが……妻が食事を届けに来るんだった」
「悪女があ?!」

 急いで片付け始めたフレディに、スティングはサンドイッチを置いて残念そうに言う。

「局長ともあろう人が、あの話、マジだったんですかあ?」
「言っとくけど、アリアは噂のような悪女じゃないからな」
「うわ、悪女に骨抜きにされてるって噂、本当だったんだ……」

 フレディのことを尊敬しているスティングにとって、アリアとの結婚の噂は信じ難いものだった。

「魔法のことは天才的なのに、女を見る目がないですね……」
「何だと……」

 フレディがスティングに言い返そうとした所で、ドアがノックされた。

「アリアか?!」

 いそいそとドアを開けに行くフレディ。

「ちょ、局長……」

 噂の悪女がどんなものか見てやろう、とスティングもドアに向かった。しかし。

「フレディ様。お庭に食事をご用意してローズ王女殿下がお待ちです。どうぞいらしてください」

 ドアを開けると立っていたのは、王女であるローズのメイドだった。

「俺は結婚した身です……。こういうことはお断りすると告げたはずですが……」

 事前に手紙を受け取っていたフレディは、丁重にお断りをしていた。しかしこうして、メイドが突撃してきてしまい、困惑を見せる。

「もう用意は済んでおります。王女のご厚意を無下にすると……?」

 貫禄のあるそのメイドは、王女が小さい頃から付き従ってきた、古株のメイドだった。

「局長……」

 どうしたものかと逡巡するフレディにスティングも何も出来ず、成り行きを見守る。

「あら、王女殿下は、他人の夫を呼び出して二人きりになってどうなさるおつもりかしら?」

 古株のメイドの後ろから声が響き、一瞬、何事かと三人が固まる。しかしすぐにそちらに目線をやると、燃えるような真っ赤な髪の悪役令嬢が立っていた。

「アリア?!」

 悪役令嬢姿で来るとは思っていなかったので、フレディは驚いて声を出す。

「我が主に呼ばれるのは光栄なことです。あなたこそ、何の権利があって……」

 横槍を入れたアリアに、メイドはムッとしてアリアを問い正す。

「あら、王女付のメイド長ともあろう方が、フレディ様がご結婚された相手をご存知無いのかしら?」
「ま、まさか……」
「はい。フレディ様の妻の、アリア・ローレンですわ」
「あの悪女のアリア・クラヴェル?!」

 優雅にドレスの裾を持ち上げたアリアに、メイドはおののいた。

 王女から汚名を着せられ、追放されたメイドのことなど、王女を始め、メイドさえもすっかり忘れている。ましてや髪の色が違うので、同一人物だとさえ思わない。ただ、「アリア・クラヴェルは悪女だ」という噂だけは知っていた。

「あ、あなたのような悪女なんかより、王女殿下の方が……!」

 アリアの圧に押されながらも、メイドが食い下がる。

「あら、私をお選びになったのはフレディ様ですよ? ねえ、フレディ様?」

 するりとフレディの横に行き、腕に絡みつくアリア。

「あ、ああ……」

 呆気に取られていたフレディは空返事をする。

「局長が女に触らせた?!」

 傍観していたスティングは、その光景に目を丸くする。

「そういうことですので、お引取りください。それとも、他人の夫を誘い出すような王女だと、噂が巡っても?」
「――――っ!!」

 メイドに見せつけるようにフレディの腕に頬を擦付け、アリアは勝ち誇るように笑って見せた。

 メイドは悔しそうに顔を歪め、拳を握ると、「失礼……しました……」と言って、踵を返した。

 メイドが去るのを見届け、未だ呆然とするフレディに、アリアは妖しく笑う。

「フレディ様? おモテになるのだから、私が毎日追い払いに来ましょうか?」
「――――っ!」

 ギュッと腕に絡みつくアリアに、フレディは身を固くした。

 嫌ではない。嫌では無いが、悪役令嬢・アリアになった途端、「リア」の時と違いすぎて、戸惑う。

「かっけー……」

 それを見ていたスティングが思わず漏らす。

「あら、フレディ様の助手のスティング様ですね?」
「え……何で名前……」

 アリアに名前を呼ばれ、驚くスティングに、アリアはフレディの腕から離れ、ゆっくりと近付く。

「フレディ様のことは何でも知っているのよ?」

 唇に人差し指を当て、にっこりと妖艶に微笑むアリアに、スティングはドキリとしてしまう。

 男を取っ替え引っ替えな悪女と言われているが、なるほど、こんなに美人ならば可能だ、とスティングは思った。

「今後とも、夫共々よろしくお願いいたしますわ」

 顔を近すぎるくらい寄せ、微笑むアリアに、スティングは顔を赤らめる。

「アリア!」

 そんなアリアを腰を寄せてスティングから離すフレディ。

「あら、フレディ様。嫉妬、ですか?」
「!! いいから、来るんだ!」

 フレディはアリアの腕を引っ張ると、局長室を勢いよく出て行った。

「はー、あれが、噂の局長の奥さんかあ。局長を骨抜きにさせるはずだわ……」

 残されたスティングは、一人、納得しながら、食べかけのサンドイッチに再び手を伸ばしたのだった。
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