9 / 43
第二章:名古屋の烏
着ぐるみマン
しおりを挟むその日男は、着ぐるみを着用しながら栄にある幼稚園で風船配りをするという派遣の仕事の帰り道を歩いていた。途中、これでもかと言う視線を浴びている。
いつものように周りから集まる物珍し気な視線には既に慣れていた。
何故かって?今の恰好を見れば誰だって一度ならず二度見はするだろう。
着ぐるみを着ているからだ。
いつからその状態なのかと問われれば……普段から、と言うほかない。
人間が服を着るように、男は服の代わりに着ぐるみを着ているのだ。
この街に引っ越してくるときは色々苦労した。なんせ不動産屋に行く度に不審者扱いされて通報される始末。どうしたものかと頭を悩ませ、その辺の道端に座り込んでいたところに救世主が現れた。
その人はスーツを着用し、営業マンが持つようなカバンを持っていた。
『ごめんちょっとどいてくれる?そこ、僕の店なんだけど』
パッと男が背後を見ると、確かに扉があった。着ぐるみは慌てて立ち上がる。
特に店の名前は書いてなかったが、隠れたお店とかなのだろうか。
ペコペコと何度か頭を下げ、退こうとすると救世主に再び声を掛けられる。
『しゃべれないの?』
『……っ、話せます!』
『なんだ話せるじゃない。こんな所で何してるの?新手の営業妨害?』
『いっいいえ!すみません、色々考え事をしていたらいつの間にかここに座り込んでて……』
勢いよく否定したものの、自身の今の現状を再び再認識し始めた着ぐるみは俯き、語気が尻窄みになってゆく。
その様子を見ていた救世主は、少し考えた後、着ぐるみにある提案をする。
『――― 飲んでく?よかったら話聞くよ』
その後、もう後がないことから勢いのままに着ぐるみ自身が抱える事情や現状を洗いざらいをぶちまけた結果、なんと、引っ越し先が決まったのだ。今は救世主が斡旋してくれた家で生活をしている。
バイトを探すときも着ぐるみ必須になることから、働ける場所は大体決まっている。最初は物珍しさから色々大変な目にもあったが、一年も二年もずっと着ぐるみで街中を歩いていたら、周りの人が段々慣れてきてくれたようで、知らない人に「こんにちは」と何故か挨拶されたりするようになった。人の慣れとは恐ろしい。
今は派遣会社に所属して仕事を貰っている状態で、担当についてくれた女性も最初は驚いていたが、慣れによって今では普通に接してくれている。今日は単発の派遣の仕事で、ただ風船を配るだけなので気が楽だった。
いつもと変わらぬ日になると思っていた。
しかし、今日は運の悪い日であったらしい。
近道の路地を歩いていたら、いきなり背後から知らない人たちに追いかけられたのだ。
「先生!待ってくださいって!もう期限から三日も経ってるんです!いい加減にして下さい!」
先生って何、期限から三日って何、何故怒られている?訳も分から追いかけられとりあえず必死に逃げるが、このままでは逃げ切れないと思った着ぐるみは最後の手段に出ることにする。
着ぐるみを脱いで、それを追手から見えないようにその辺の物陰に隠し、壁際に寄った。
何とか隠れることが出来た着ぐるみは、ドキドキしつつも一人の女性と他数人が何かを話しながら去ってゆくのを目の前で確認し、また見つかって追いかけられても嫌なので着ぐるみはそのままにして今日は脱いだまま家まで帰ることにした。
(警察に追われたことは何度もあるけど、女の人に追いかけられたのは初めてだ)
初めての出来事に首を傾げながらも、帰り道を急ぐ。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
冬の水葬
束原ミヤコ
青春
夕霧七瀬(ユウギリナナセ)は、一つ年上の幼なじみ、凪蓮水(ナギハスミ)が好き。
凪が高校生になってから疎遠になってしまっていたけれど、ずっと好きだった。
高校一年生になった夕霧は、凪と同じ高校に通えることを楽しみにしていた。
美術部の凪を追いかけて美術部に入り、気安い幼なじみの間柄に戻ることができたと思っていた――
けれど、そのときにはすでに、凪の心には消えない傷ができてしまっていた。
ある女性に捕らわれた凪と、それを追いかける夕霧の、繰り返す冬の話。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
蛙の神様
五十鈴りく
ライト文芸
藤倉翔(かける)は高校2年生。小さな頃、自分の住む棚田村の向かいにある疋田村の女の子朱希(あき)と仲よくなる。けれど、お互いの村は村ぐるみで仲が悪く、初恋はあっさりと引き裂かれる形で終わった。その初恋を引きずったまま、翔は毎日を過ごしていたけれど……。
「蛙の足が三本ってなんだと思う?」
「三本足の蛙は神様だ」
少し不思議な雨の季節のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる