烏と春の誓い

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第二章:名古屋の烏

着ぐるみマン

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 その日男は、着ぐるみを着用しながら栄にある幼稚園で風船配りをするという派遣の仕事の帰り道を歩いていた。途中、これでもかと言う視線を浴びている。

 いつものように周りから集まる物珍し気な視線には既に慣れていた。

 何故かって?今の恰好を見れば誰だって一度ならず二度見はするだろう。


 着ぐるみを着ているからだ。


 いつからその状態なのかと問われれば……普段から、と言うほかない。

 人間が服を着るように、男は服の代わりに着ぐるみを着ているのだ。

 この街に引っ越してくるときは色々苦労した。なんせ不動産屋に行く度に不審者扱いされて通報される始末。どうしたものかと頭を悩ませ、その辺の道端に座り込んでいたところに救世主が現れた。

 その人はスーツを着用し、営業マンが持つようなカバンを持っていた。

『ごめんちょっとどいてくれる?そこ、僕の店なんだけど』

 パッと男が背後を見ると、確かに扉があった。着ぐるみは慌てて立ち上がる。

 特に店の名前は書いてなかったが、隠れたお店とかなのだろうか。

 ペコペコと何度か頭を下げ、退こうとすると救世主に再び声を掛けられる。

『しゃべれないの?』

『……っ、話せます!』

『なんだ話せるじゃない。こんな所で何してるの?新手の営業妨害?』

『いっいいえ!すみません、色々考え事をしていたらいつの間にかここに座り込んでて……』

 勢いよく否定したものの、自身の今の現状を再び再認識し始めた着ぐるみは俯き、語気が尻窄みになってゆく。

 その様子を見ていた救世主は、少し考えた後、着ぐるみにある提案をする。

『――― 飲んでく?よかったら話聞くよ』


 その後、もう後がないことから勢いのままに着ぐるみ自身が抱える事情や現状を洗いざらいをぶちまけた結果、なんと、引っ越し先が決まったのだ。今は救世主が斡旋してくれた家で生活をしている。

 
 バイトを探すときも着ぐるみ必須になることから、働ける場所は大体決まっている。最初は物珍しさから色々大変な目にもあったが、一年も二年もずっと着ぐるみで街中を歩いていたら、周りの人が段々慣れてきてくれたようで、知らない人に「こんにちは」と何故か挨拶されたりするようになった。人の慣れとは恐ろしい。

 今は派遣会社に所属して仕事を貰っている状態で、担当についてくれた女性も最初は驚いていたが、慣れによって今では普通に接してくれている。今日は単発の派遣の仕事で、ただ風船を配るだけなので気が楽だった。

 いつもと変わらぬ日になると思っていた。

 しかし、今日は運の悪い日であったらしい。

 近道の路地を歩いていたら、いきなり背後から知らない人たちに追いかけられたのだ。

「先生!待ってくださいって!もう期限から三日も経ってるんです!いい加減にして下さい!」

 先生って何、期限から三日って何、何故怒られている?訳も分から追いかけられとりあえず必死に逃げるが、このままでは逃げ切れないと思った着ぐるみは最後の手段に出ることにする。


 着ぐるみを脱いで、それを追手から見えないようにその辺の物陰に隠し、壁際に寄った。


 何とか隠れることが出来た着ぐるみは、ドキドキしつつも一人の女性と他数人が何かを話しながら去ってゆくのを目の前で確認し、また見つかって追いかけられても嫌なので着ぐるみはそのままにして今日は脱いだまま家まで帰ることにした。

(警察に追われたことは何度もあるけど、女の人に追いかけられたのは初めてだ)

 初めての出来事に首を傾げながらも、帰り道を急ぐ。


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