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第一章

ボランティア

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「えっ!」

美奈子は絶句した。何かの聞き間違いだろうか。

「もう一回言おう、彼女役を務めて欲しいんだよ。この写真を握り潰す代償としてね」

教室では聞いたこともない、浜田友介の不気味な声が響く。



美奈子には信じられなかった。

仮にも教師が、こんな事を言うなんて。

「いくらなんでも、できません !」

思わず立ち上がった美奈子に友介は

「そうか、所詮キミの反省とはその程度のものか。わかったよ。自主退学は嫌、職員会議も嫌、反省もしないと。どうしようもないな。この写真は、やはり公にさせてもらう」

友介は写真を胸ポケットに納めつつ立ち上がった。



耐えかねた美奈子は、破れかぶれとばかりに反撃することにした。

「彼女役って、何なんですか? いくらなんでもひどすぎます。

セクハラですよ。それにその証拠の写真だって業務上の情報で、それを脅しに使うなんて。

きょ、教育委員会に訴えます !」

開き直った美奈子の優秀な頭脳が回転し始めた。

美奈子は、いつかSNSで見た、教師の管理は、各県の教育委員会とやらが握っているという話を覚えていた。

教育委員会なら、この学校を管理する側の組織だ。浜田先生が職員会議などを使おうが、手が出せない、はずだ……」



「そうかぁ、さすがに元副会長の葛城くんだ。教育委員会に訴えるとか、よく知ってるね。

仕方ない。そうしたら、私はキミが自分が退学を逃れたいがために、脅迫されたと嘘をついていると
教育委員会に申告しよう。

証拠の写真とキミの証言、さてどちらが信用されるかな。

痴漢とかだと、女性が証言したらその瞬間に、ボクみたいな中年は一発でアウト
だけど、教育委員会の皆さんの判断はどうなるかなぁ。試してみようじゃないか。」

グフフ、友介は不敵な笑みを浮かべている。



「えっ……」

勢い込んだ反撃を、あっさりと受け止められた美奈子は、わけがわからなくなった。



「どちらにしても、この写真は皆に見てもらうことになるね。

教育委員会の偉い先生方も驚くだろうね。

さて、こういう教育委員会まで巻き込んだもめごとになった場合、校内での推薦枠の配分には全く影響しないもんかなぁ」

と、とぼけた事まで言い出す。



「えっ、えっ……   ま、待って下さい」

確かに、訴えたとして、事の真偽は別として教育委員会で係争中の自分やアキラが、
そのまま素直に推薦枠にいられるのだろうか。まだ、学内の推薦枠に入っただけで、
大学から入学許可をもらったわけではないのだ。

たとえ、結果として自分の訴えが認められるとしても、浜田先生が罪を認めていない以上、
時間がかかってしまうのではないだろうか

そもそも、不純異性交友の写真という物証がある。
差し迫った推薦枠という問題に関しては、自分たちの分が悪い。



どうすれば、いいのだろうか。


(アキラくんと、せっかく二人で同じW大の推薦取れたのに。あんなに頑張っていたのに残念だけど、仮に推薦取り消しになっても、まだ時間があるから、二人とも一般入試でトライしても、十分勝算はある……はず。

不純異性交友だからと、まさかいきなり学園を退学にはならないわ。最悪、理事であるおじい様にお願いして……

でも……アキラくんは?
それに、返済免除となる奨学金は取れるのだろうか。

待って、そもそも、授業料免除の特待生が不祥事おこしたらどうなるの?

まさか、遡って請求されたりとか……

あぁ、もうわからない……どうしよう……)

美奈子は、その優秀な頭脳をフル回転させようとするが、焦りから考えがまとならない



「どうした?威勢よく啖呵を切っていたのに、急に黙り込んで」



(とにかく、まずはこの状態から抜け出して切り抜け方を冷静に考えよう。それには、一旦受け入れるしかないわ。しかたない)



「やります」

かろうじてひねり出した美奈子の声は、かぼそいものだった。

嫌なものは嫌なのだ。

「うん? 何言ってるのか聞こえないよ」



仕方なく美奈子は、今度はやけになって、やや叫び気味に

「浜田先生のボランティアやります ! やらせてください」

「ヒヒ、ようやく反省する気になったか。

それじゃあ、ボランティア頑張ってもらわないとな。でも何をやってくれるのかなぁ」

くっ、美奈子は一瞬険しい顔を見せるが、抑えこみ

「浜田先生の彼女として、奉仕させていただきます」



「うん、ありがとう、うれしいよ。

こんなに可愛い彼女ができるなんて。

葛城くんは不本意かもしれないけど、なあに、卒業までで十分だからね。すぐだよ」

「卒業までって、まだ四カ月もあるじゃないですか」

「何か不服があるのか?」

「いえ……それで、彼女役って、何すれば」

「グフフフ、そりゃあ彼女なんだから、お喋りやデート、ご飯も作って欲しいなぁ。それと、恋人同士なんだからスキンシップは欠かせないね。でも安心して、学校では大っぴらにしないから、約束する」

「あ、当たり前じゃないですか! 周りに知られるのは困ります」

「それと、まさかとは思うけど、二股かけたりしないよね?」

「どういう意味ですか?」

「北条アキラ君とボクと二股かけないよねという確認」

「……アキラくんと別れろと言うんですか」

「まあ、無理に別れなくてもいいよ。でも、二人で会う時はちゃんとボクの許可を取ってね。

いやぁ、何て寛大な彼氏なんだろう。元カレと会うのも許可するなんて」

「も、元カレじゃありません。それに、言ったら許可出さないんでしょ、どうせ」

「だから、寛大だって言ったでしょ。まあ、ボクとの予定が入ってなければ、許可するんじゃないかな。

ミナちゃんが、ちゃんと彼女としての責務を果たしていれば」

「……わかりました。それでは、私はこれで」



美奈子は、話はついたとばかりに、立ち上がりドアに向かうとするが、浜田が立ち塞がった。

「おっと、何帰ろうとしてるの?」

「話はついたはずです」

「ついたからこそだよ。早速彼女と交流を深めなきゃ」

友介は、すかさず美奈子を抱き締めた。



美奈子は抱きしめられた瞬間、もわっとした中年の体臭に包まれた。

友介の太った身体は、美奈子をくるんでしまったように感じられ、更に脇からは汗の臭いが漂い、口元からは恐らくタバコの匂いと口臭が混ぜ合った息が吹きかかる。

ワイシャツを通して伝わってくるじっとりとした体温が更に嫌悪感を助長する。



抱きとめられた際に顔が胸元に押し付けられて、息も苦しい。

たまらず、顔を上向けると、そこには口元を綻ばせた中年教師の顔があった。

授業中、意識して教師浜田の顔を見ることなどなかった。

ただの中年小太りの国語教師という、記号化された存在であり、本来ならそのまま何の関係もなく学生生活を通過していく存在。担任教師なので、将来同窓会で接点を持てば若干の懐かしさをもって数時間過ごすかもしれない。美奈子の人生にとってはそれが最大値で終わるはずだった。

その浜田先生の顔をこんなに間近に見るなんて、想像もしていなかった。



顔にも脂肪がついて脂ぎり、大きく広い面積を持つ額が光っている。

細めの髪は後退の気配を既に色濃く見せていて、将来は寂しいことになりそうだ。

銀縁眼鏡の奥の目は、美奈子を捕らえた喜びで細めながらも、じっと美奈子の顔を見つめている。視線が合ってしまい、慌てて美奈子が目をそらすと丸々とした鼻が見え、汚い毛穴まで凝視する羽目になった。

更に目線を下げれば、臭い吐息を放つ口元だ。唇は分厚く、少しひび割れている。それを半開きにして、

「フッフッ」と小刻みに息をついている。よだれがこぼれそうだ。



そして、その口からは、おぞましい言葉が流れ出した。

「今から、ミナちゃんは僕のカノジョなんだから、抱きしめても問題ないよね」

鼻息も荒く、唾を飛ばして語り掛けて来る。

「やっ」

振りほどこうとしても、がっちりと抱きすくめられて美奈子は身動きが取れない。

肉厚の身体と太い腕によって、細身で華奢な美奈子の全身がまるで巻き取られてしまったように感じる。太って体温が高いのか、暖房がさしてきいていない進路相談室なのに、汗ばみ美奈子も熱せられる。

そして、左手で抱きかかえたまま、右手は美奈子の臀部に降りてくる。

そして、そのまま悩ましいお尻のカーブを撫で上げる。左手は、背骨のラインをなぞる。



「いやっ、どこ触ってるの !」

「大げさだな、ミナちゃんを抱きしめている実感を楽しんでいるのさ。

彼女なら、これくらいで文句言わないでしょ」

プリーツスカートの上からとはいえ、やわやわと尻肉を揉みしだく。

(お尻なんて、アキラくんにも、この前少し触られただけなのに……)

友介の右手は、まるで彼の体温を伝えてくるかのようで、揉まれたお尻が熱を帯びて来るような気がする。

左手は、人差し指中心に今度は縦に、スッㇲッと上下に動きだした。

「ひぅっ !」

ぞくりと背中から衝撃が走った。

「どうしたの? まさか、ブレザーの上からなのに感じてくれた?」

言いながら友介は、縦にそっと楽し気にそれを繰り返す。



「そ、そんなはずありません。ちょっと驚いただけです。イタズラはいい加減にしてください。

それに、もう今日は勘弁してください。下校時間も迫ってますし」

「おっと、もうそんな時間か。それじゃあ、今日は僕もまだ仕事もあるし、初日だから、これくらいにしようか、これから時間はたっぷりあるしね」

そう言いながらも、まだ友介の手は動きまわり、右手は太ももに添えられて、スカートの中をうかがいそうであり、

左手は美奈子の背を越して、左胸のふもとを押さえにかかっている。

美奈子は気が気でなく、これからの事についての友介の言葉を聞き流すしかなかった。
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