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第一章

生徒指導室

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進路指導室のドアがノックされた。



「浜田先生、葛城です」



「入りなさい」







その放課後、美奈子は素直に進路指導室のドアを叩いた。

室内に入ると、ドア脇に浜田先生が立っていた。



美奈子は、ぎょっとしたが、先生は平然として、美奈子に奥の座席を勧めた。



ドアを、背に先生が向き合った。



「ガチャリ」



その時、先生の後ろ手から、ドアロックの音が響いた。



不穏な雰囲気に美奈子が問う。



「なぜドアロックするのですか?」



「ん?内密な話をする時にはドアロックしないと、誰が入ってくるか、わからないからね。防音は万全だけど」



浜田先生は、無表情に、防音という言葉をいやに強調して話した。



「内密? そもそも、どんなご用件でしょうか」



「まあ、焦らずに。その前に葛城さんにお願いがあるんだ。その結果次第では、内密な要件も、必要ないかもしれない」



「どういう意味ですか?」



「そのままだよ。ボクのお願いに応えてくれるなら、内密の話はなかった事にしてあげるよ」



美奈子は、益々訝しい思いがつのった。



今日は、いつもの、どこか卑屈で生徒のご機嫌を伺っているような浜田先生ではないように思える。そういえば、彼が自分の身体を盗み見るのはいつもの事だが、いつもはびくびくこっそりとしている。女性は男性の視線に、美奈子の様な美少女なら特に敏感だ。わからないように見ていると思っているのは当人だけだ。



しかし、今日は割とぶしつけに見てきた。そして、今もいやに自信ありげなのが、いつにも輪をかけて気持ちが悪い。



「では、まず、そのお願いからおっしゃってください。あまり時間もかけたくありませんし。」



業を煮やした美奈子は、この男には、生徒会役員らしい、凛とした態度で対応することにした。



「そっか、せっかちだね。ボクにも心の準備が……」



「えぇっ ?? 先生のお呼び出しですよね!」



美奈子は、かぶせて問う。



「じゃ、じゃあ…」



なぜか座らずに立ったままの浜田先生が、唐突に頭を下げ、右手を出しながら叫んだ。







「葛城美奈子さん、大好きです。美奈子さんが中学生の頃からずっと見てました。



愛しています。ボクと付き合ってください」







先生の脂ぎり、コロコロした右手が、美奈子の眼前に差し出された。







「えっ……はぁ?」







あまりの予想外の言葉に、美奈子は硬直し、先生の右手をただ見つめていた。







「先生、いったい何をおっしゃって……」



数秒の後、美奈子はようやく反応した。







「好きなんです。つきあってください。卒業してからで、いいんです」



先生はなおも続ける。







美奈子の頭がようやく回転しだした。先生それも浜田先生からの予想外の言葉だから驚いたが、これはいつもの光景だ。



であれば、自分の取るべき態度は決まっている。







自分も立ち上がった。美奈子は、深々とお辞儀をしながら







「ありがとうございます。



お気持ちは、大変うれしいです。



でも、おつきあいすることはできません。ごめんなさい」







別にうれしくもないが、いつもの常とう句を繰り出す。



この学園に入ってからの日常茶飯事だ。



告白してくれたことへのお礼を簡潔に、断りは誤解されないよう、きっぱりと。



中学生の頃から告白され続け、断りの様式が身についている。







「まさか、お願いってこれですか?」



冷静な態度に切り替えた美奈子が問う。







頭を下げ、右手を差し出したままの先生がブツブツと呟く



「まあ、当然こうなるよな。せっかく……」



顔を上げた浜田先生は、不遜な笑顔を見せた。



「どうして僕と付き合えないんですか?」



「年の差を考えてください。それにあなたは先生ですよ」



「ん? だから先生と生徒でなくなる卒業してからと」



「そういう問題ではありません。私はあなたに、そういう感情は持てません」



「上条アキラがいるから?」



「えっ」



美奈子は、思わぬ図星を差されて一瞬つまるが、



「それがどうかしましたか? 私が誰に好意を持とうが先生には関係ありません。



でもそうですね。好きな人がいるから、付き合えません ! 」



「これでいいですか?」



「なるほど、なるほど。わかりました。」



先生は、ニヤニヤしながら黙り込む。



(おかしい。断ったのに。なんなの、この人の、この表情……)







「僕のお願いをきいてくれれば、内密の話はナシにすると言ったよね。いまのは、お願いを拒否したということでいいのかな?」



「はい」



美奈子は無表情に答える。



「では、内密の話に入ろうか。そもそも呼び出された理由はわかるかな?」



「いえ。わかりません」



「そうか、、僕は残念だよ。せっかくW大の指定校推薦を勝ち取ったのに、気が緩んで



いるという自覚はないのか。だから、こんなことをしているんだね……」



そう告げると、机の上に数枚の写真を放り出した。







突然の行動に、美奈子は思わず座り、その写真を手に取った。



それは数枚の、男女のそれも聖愛学園の制服姿の写真だ。



それをまじまじと眺めた美奈子の体は、硬直した。



不鮮明ながらも、美奈子にはわかる。それは自分と恋人のアキラの姿だ!



アキラは後姿だけだが、美奈子の顔は少し遠目ながらも、ハッキリと映っている。







抱きしめ合う二人



キスする二人



そして



アキラの手が胸元を這い、スカートから太ももに至る



一連の流れとなっている。



最後の一枚は、プリーツスカートがたくしあげられ、ショーツまでもが写っている。



そして、アキラの右手は、そのショーツにかかっている。







これは、つい先日の文化祭の最終日、後夜祭の時間の生徒会室でのものではないか!!



(なんで、どうして……これって、あの時の……)



「まさか、キミが学校でこんな破廉恥なことをしているなんてね。残念だけど、担任教師とし



て見過ごすことはできないな」



どうして、こんな写真があるのか?



確か、後夜祭が始まる少し前、生徒会室周りには、人気もなかったと思う。



新生徒会メンバーは、主催する後夜祭にかかりきりだったはず。



例年そうなのだ。だからこそ、自分たちも少し安心してしまっていた。



「だ、誰がこの写真を。ま、まさか盗撮 ! 先生が ! 」



キッと、美奈子は先生に鋭い視線を向けた。



ところが、浜田先生は怯むどころか、



「誰が撮ったかは関係ない!キミが校内で淫らなことを行ない、



それが証拠としてあり、担任教師である僕が知った、ということが問題なんだ!」



ドン! と相談室の机を叩いて吼えた。



普段の彼には考えられない剣幕に、美奈子は思わずビクリと怯んだが、負けじと



「盗撮画像が証拠になるんですか?」



「何が盗撮だ。これは、れっきとした監視カメラの映像からのキャプチャーだ。



私は、セキュリティ担当として文化祭の最中に侵入者がいたりしないか、監視カメラ映像をチェックしていたんだ。侵入者はいなかった。が、思わぬ発見したというわけだ」



「監視カメラ? あれって動いているんですか? そんな、知らなかった…」



「当然だ。該当する問題があった時には、風紀担当から生徒に内密に指導することになっているんだ。漏れないようにね。プライバシーの保護というやつだよ。」



浜田友介が、教師間の押し付け合いの結果とはいえ、セキュリティ担当である事・風紀担当であることは事実だが、今までそんな細かな運用は一切されていない。もう何年もサボっていたわけだが、教頭も校長も問題が起きない限り、関心はない。











「そしてこれは指導だ。ただ僕も鬼じゃない。本来風紀担当としてすべきじゃないが、特別にこのことは、内密にするから、自主退学しなさい。それでなかったことにしてもいい」



「そっ、そんな。どうしてこんな事で、退学しなくちゃいけないんですか?」



「うちは男女交際自体を禁止しているわけではないが、不純異性交遊は厳禁だ。

加えて、校内それも生徒会室での出来事だ。大問題じゃないか。校則違反の責任を取れと言ってるんだよ。



いやなら別にかまわないよ。規則どおり、職員会議にかけて検討するだけだから。

葛城君のこの姿を職員全員で見ながらね。

相手の男子生徒の特定も必要だ。



そんな晒し者は、かわいそうだから、自分から退学しなさいと言ってるんだ。

会議にかかれば、葛城くんの処分が、停学で済むか退学になるかはわからんが、少なくとも推薦は取り消しだな。



まったく、僕があんなに奔走してやったのに、無駄骨になるとはね。



まあ、ただもともと推薦希望者が複数あったし、大学自体の締め切り前だ。すぐ穴は埋まるから心配するな。」



「退学しても、今は、大検を取って大学進学する者だっている。何も高校卒業が全てじゃないぞ。

まあ、葛城家の力を使えば、高三の三学期でも受け入れる高校もあるか。親御さんのいるブラジルに留学という手もあるな」



まるで進路相談に乗っているかのような口ぶりで浜田先生がまくしたてる。







蒼白に固まった美奈子は、先生の言葉はろくに入ってこないまま、「職員会議で見られる」という言葉が頭を巡っていた。







見られる。自分の、あられもない姿が。



浜田先生に見られただけでもショックなのに、先生方全員に見られる。



当然生徒にも噂になるだろうし、そして、大学への推薦は取り消しだ。



当然家にも連絡が行くだろう。ブラジルで仕事中の父に母に。そして、お祖父様にも知られる。父は怒り狂い、母は泣くだろう。



私をあんなに可愛がってくれているお祖父様は、ご高齢なのに相当なショックを受けるだろう。



嫌だ、絶対に嫌だ。







そしてそれより何より、何よりも一番の心配はアキラくんのことだ。



彼は、母子家庭で弟妹もいて、生活は苦しく、この学校は学費免除の特待生で入学したと聞いている。



大学も、受験費用を最低限に抑える推薦、そして大学でも返済免除の奨学金取得が前提なのだ。







だからこそ、二人揃って推薦が決まり、お互いに喜びを分け合った。



文化祭が終わり、後夜祭にかかりきりで現役生徒会メンバーが出払った生徒会室で、二人でささやかな打ち上げを行なった。



その際、うっかり盛り上がってしまった。



これまで校内では、一切そういった行為をすることはなかった。確かに気が緩んでいたと言われても仕方ない。



実は、アキラにはその場で身体まで求められたが、



さすがに生徒会室でエッチまではということで、クリスマスをひと晩一緒に過ごすことを約束して、彼の熱い想いをなだめたのだ。内心の求められる喜びを隠しながら。







その甘酸っぱい思い出になるはずのひと時が、悪夢の引き金になるなんて。



二人揃って推薦取り消しなんて、あり得ない。



八方ふさがりの状態だ。







「私、退学なんてしたくありません。それに、推薦取り消しも……どうすれば……」



美奈子は俯いて大粒の涙を流した。



「何とかならないですか、反省文を書くとか……



そうだ、ボランティアとかどうでしょうか……米国では学生が補導されると社会奉仕で罪を償うことがあると聞いた事があります。卒業まで奉仕活動するという事で許していただけないでしょうか。アキラくんとの交際も暫くストップします。」



「ふむ、相手は上条アキラか。生徒会会長と副会長美男美女のカップルというわけだ。



当たり前すぎて、つまらないカップリングだな」



「あっ、いっ、いえ、会長、いえアキラくんじゃなくて、その……



と、とにかくボランティアで何とかならないでしょうか」



美奈子は口を滑らせてしまい動転し、慌てふためく。



アキラという名前だけなら、まだ言い逃れようがあったのに、あっさりと先生のカマに引っ掛かった事にも気づけない。







「そうか、そんなに反省しているのか。」



「はい」



「それなら、これは私だけの胸にしまってもいい。キミはこれまで学生として



何も問題はなかったわけだし、私も自分の担任の生徒から退学者とか出したら



経歴に傷がつく。



このままじゃ、推薦の枠にキミを入れるための私の努力も水の泡だからな」



「本当ですか、あ、ありがとうございます」



「それじゃあ行動で示してもらおうか。ボランティアとか言ったな、私の手伝いを



してもらおうか」



「はい、私やります。明日から、いえ今からボランティアで先生のお手伝いをやります。どうしたらいいでしょう。上条くんも一緒でしょうか」



混乱しつつも、光明を見出して、美奈子は藁をもすがる思いで言い募る。







それまで、淡々と対応していた先生だったが、美奈子の言葉を受けて



「そうか。そうか、それじゃあ、今からお願いしようか。期間は卒業式までとしよう。上条くんは、まあ顔も映っていないし免除しよう」



にやりと言い放った。



「本当ですか。ありがとうございます。授業の資料作成などでしょうか。」



「いやいや、そんなに難しいことじゃないよ。



ボランティアとして、42歳にもなって結婚もできないでいる、かわいそうな中年の僕の彼女を務めてくれればいいよ。」



浜田友介は、メガネの奥の目を細め、口元を緩み切らせて、美奈子にとって信じ難い言葉を告げた。
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