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プロローグ

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 私はアレク。この学園に通う生徒だ。

 だが、恐らく今日が最後の登校日になる事だろう。

 何故かって?退学するからだ。

 先に行っておくが、これは自主退学ではない。

 あくまでも、学園側の判断で退学処分が下されるのだから、決して自主退学ではない。

 今日は、その退学通知が掲示板に張り出されると聞いたから、それを確認しに来た。

 まぁ、悔いはないよ。それなりに充実した学園生活を送れたと思うから。

 長い様で短い学園生活だったな。

 こうしていると、あの日を思い出す。この王都の学園への入学を決意した1ヶ月前のあの日を。

 当たり前だけど、あの時はこうなるとは全然思わなかった。

 あれは…確か1ヶ月くらい前だったか。最初は、あんまり乗り気じゃなかったっけな。


***


「どうしても、行くつもりは無いのか?」
「せっかくのお話ですが、辞退させていただきます。」
「そうか……理由を聞いても良いか?」
「はい。そもそも私には不相応な話です。王都の貴族様方も通う学園で私のようなものがいれば、どんな目で見られるかは概ね想像が付きます。些細な不祥事で最悪、領主様やバンデンクラット公爵の面子も潰しかねません。」
「子供が気にする様な事じゃねぇだろ。少なくとも、俺もあいつも、その程度で揺るぐ様な面子はしてないんだがな?」
「お二人が気にしなくても、私が気にします。」
「……そうか。」

 少し意地が悪いかもしれない。それでも、王都に行くわけにはいかない。

「わかった。とりあえず、もうしばらくこの話は預かる。気が変わったら教えてくれ。」
「ご高配賜り、感謝致します。」

 お辞儀を済ませて扉へと向かう。

「アレク」
「はい。」
「最後に一つ……一つだけ聞かせてくれ。」
「……はい、何なりと。」
「今でも、お前はアランの様になりたいか?」
「(ピクッ)………少し違いますね。『なりたかった』という方が、正しいです。」
「……そうか。時間を取らせてすまなかった。下がってくれ。」

 《バタン》

「……(スタスタスタ)」

 無機質に扉を閉めて足早に立ち去った。

「……ふぅ。」

 確かに、王都へ行けばあの人の様になれるかもしれない。けど、今の私はあの人の様にはなれない。なってはいけない。そんな道は、とっくの昔に諦めた。

 けれども、その事情を領主様達に話す訳にはいかない。

 ……アイツと、わたしだけの秘密だから。

 領主の他にも、バークレー領のみんなは、わたしの王都進学を後押ししようとしている。……わたしの為に。

「………はぁ。」

 そこに一切の打算や下心がない事は十分過ぎるくらいわかっている。

 故に断るのが辛い。

「……どうするかなぁ。」

 中庭の壁際で項垂れる。

「どうした?浮かない顔をして。」
「……いつからそこに?」
「今しがただ。」

 相変わらず、こいつの神出鬼没振りは引くレベルだな。もはや驚きもしない。

「話、聞いたぞ?王都のブレルスク学園から合格通知が来たらしいな。」
「……あぁ、まぁな。」
「お前、入学試験なんていつ受けたんだ?」
「ついこの間だよ。お前も知ってるだろ?私が定期的に試験を受けてる事。」
「あぁ、あれか。けど、あれって学校への進学とか授業を免除してもらうために受けてる奴だろ?それが何で合格通知が届く話になるんだ?」
「入れ替えられてたんだよ。授業免除の試験と、学園の入学試験が。いつもより簡単だと思ったら、あれが入学試験だったとはね。」
「なるほど。入学しないための試験で入学させられそうになっているって訳か。」
「何よりタチが悪いのが、良心でやってくれてる事なんだよなぁ。」
「つーか、……流石に迂闊過ぎやしないか?お前らしくもない。」
「色々と偶然が重なったんだよ。多分仕組まれてた。お前の親父さんと諸々の大人たちにな。おまけに公爵様は紹介状まで用意してるんだとか。」
「相変わらず抜け目ないな……けど、合格を蹴ろうとしてんだってな。理由は何だ?」
「理由?分不相応だからに決まってるだろ?この世界の学校は、貴族様だけが通うもの。バンデンクラット領の学校すら億劫なのに、王都の学園なんてとてもとても……」
「アレク」
「……何だ?」
「まさか、俺をそんな理由で誤魔化せるとでも思ってんのか?」
「………何言ってんだ?私は…」
「茶化すなよ。お前もいい加減わかってんだろ?お前は俺に隠し事は出来ねぇよ。」
「………」
「なんなら、学園にも興味がある。そうだろ?」
「…………」
「ほら、やっぱり図星だ。察するに、学園に行きたくはあるけど、何かが引っ掛かかって踏み出せないってとこか?」
「………何でわかるんだ?」

 こいつのこういうところが……いや、今更か。

「悩みがあるなら話せよ。それとも、オレが信用出来ねぇか?ならそれで納得してやるよ。」
「………狡いぞ、その言い方。」

 痛い所を突いてくるなぁ。

「本当の事を言えよ。アランさんにも言えない理由か?」
「……言える訳ないだろ?」

 あの人にだけは絶対言えない。

「何で行かないんだ?別に減るもんじゃあるまいし、行けば良いじゃねぇか。」
「行けないよ。私には、人を救う資格なんてないんだから。」
「またか。お前、前からその一点張りだな。なんでそんな頑ななんだ?」
「私が人殺しだからだよ。」
「……は?」
「お前も知ってるだろ?私が昔やった事……」
「……あぁ、あの時の事か。けど、あれは罪に問われないってオヤジも言ってたろ?」
「わかってる。別にそれを後悔してる訳じゃない。いざとなったら地獄に堕ちるよ。けど、あの時の私は、あの男を殺す為に、自分の知識や能力をフルで活用した。それも、自身の感情に身を任せて。だから、資格を取ってから同じ様な事が起きたら、身に付けた技術や知識どころか、資格に付随する権力まで悪用するかもしれない。……どうしてもそんな考えがよぎるんだよ。」
「………」

 そう。あの日に覚悟を決めたんだ。

 わたしは権力を持つべきではないから、もう神官や薬師になるべきではないし、なれなくてもいいと。

 2度とあの人の様になれなくても仕方がないと。

「あの時点で私は命を救う側から奪う側になった。今更救う側に戻るなんておこがましい事しないよ。誰かを救う側に立つ資格なんて私には……」

 我ながら最低だな、私。コイツに止められてなけりゃ……今すぐにでも………

「アレク」
「…なんだ?」
「ふんっ!!(ゴヅッッ)」
「っ!!……っだぁっ!?」

 いきなり頭突かれた。何で?

「ぃ……ったいなぁ!!いきなりなんだ!?」
「自分に言い訳すんな。」
「……へ?」
「未練たらたらの口ぶりでそんな言い訳すんなよ。」
「未練?未練なんて……」
「それと、王都への進学がおこがましいとか言ってたが、今のお前の方がよっぽどおこがましいぞ?お前にしては随分と自信満々だな?まぁ、俺としては?自信を持ってくれる分には全然良い事なんだがな。」
「……何言ってんだ?」
「聞いた話だと、薬師の試験の合格率は0.04パーセントらしいじゃないか。それって、2500人が受けて1人合格出来るかどうかって事だろ?にも関わらず、お前は合格することを前提に話している。随分な自信だな?」
「いやいや……それは、万が一の事を仮定してだな。」
「同じ事だろ?1万人受けたって4人しか合格出来ないんだ。普通なら試験問題も見ないうちからその4人になれるなんて発想にゃならねぇよ。」
「なっ……!?」
「それを前提に色々考えるのは、相当な努力家或は自信家ぐらいだ。知ってるか?そう言うのを、『取らぬ狸の皮算用』って言うらしいぜ?」
「………」
「そもそも、助ける資格の有無なんて免許を取った後で考えろ。まだ取れると決まってすらいないだろうが。」
「で…でも、それでもし取れてしまったら…」
「そん時はそん時だろ?」
「そんな適当な……」
「良いんだよ適当で。国が認定したってんなら何も問題ない。だって、お前の責任じゃなくなるだろ?」
「……どういう意味だ?」
「考えてみろ。国家資格だぞ?明らかに取らせたくない奴には絶対に取らせない様にしているだろうよ。」
「……確かに。」
「この際はっきり言ってやる。国が認めて発行したんなら、お前は何も気にする必要は無い。教わった技術や知識をどう扱おうが、資格に付随する権力を悪用しようが、全ての責任は免許の発行を許した側にある。国がお前の資格保有を認めたんならそれで良いじゃねぇか。」
「けど……」
「そもそも、お前は勘違いしてる。お前は最初っから今までずっと救う側だ。」
「は!?」
「だから、助ける資格云々は気にするな。」
「そ、そんな訳ないだろ!!私はあの時人を……」
「違う。お前はあの時、あいつを殺したんじゃない。俺を助けたんだ。」
「……っ、」
「しかも、助けたのは俺だけじゃない。正確には、俺を含めた大勢を助けたんだよ。あの場であいつを逃していたら、もっと大勢を殺していただろう。違うか?」
「いや…それは……」
「確かにお前はあの時人を殺す側になってたかもしれない。けど、同時に救う側でもあったんだ。むしろ、救う為に自らの手を汚す覚悟があの時のお前にあったって事だろ?まさに『鬼手仏心』ってやつじゃねぇかよ。」
「…そ、それは……そうかもしれないが……」
「まだ納得は出来てないみたいだな。……………よし、わかった。なら、こうしよう。」
「??こうする…って、どうするんだ?」
「もし、お前が外道や畜生に堕ちる様なことが有れば、俺がお前の首を斬りに行く。」
「……あぁ、なるほど。それなら…」
「……で、その後俺も腹を切って後を追う。どうだ?」
「!?」
「もちろん、俺は介錯を付けない。」
「おっおい!自分が何を言ってるかわかってんのか!?」
「おいおい、甘く見るなよ?俺だって剣さえ持てばお前と渡り合えるくらいには強いぞ?」
「違う!そっちじゃない!!介錯無しでの切腹の意味を聞いているんだよ!!」
「あぁ、介錯無しで切腹すれば、ゆっくり苦しみながら死んでいく事になるな。こうして保険をかけておけば、いざって時に踏みとどまれるだろ?」
「やめろ!!そんな事、絶対認めんぞ!!!」
「だったら、堕ちんじゃねぇ。懇願するな。自分で動け。」
「堕ちない!絶対に堕ちたりしないから、お前まで死のうとするな!!それは、わたしだけで十分だろ!?」
「駄目だ。じゃないとお前は一人で突っ走っちまうだろ?それに、俺は一度口にしたんだ。お前の中では、可能性として刻まれちまったんじゃないか?」
「………」
「言っただろ?堕ちる時は一緒だ。当然、断罪される時もな。」
「………」
「そもそもよぉ、さっきも言ったがお前諦めきれてないじゃんか。」
「…?…なに言ってんだ?別に私は」
「じゃあ、夜遅くまで本を読んでんのは何でだ?」
「……暇だったから読んでただけだ。」
「ぶっ続けで3時間も読んでる言い訳がそれかよ?」
「は!?いつ見てたんだよ!?」
「ちょっとルークに頼んで調べて貰った。」
「いや、例えそうだからって諦めてない証拠には……」
「じゃあ、まだ薬を試作してるのは何故だ?」
「それは、同じ薬を作ってるだけで……」
「じゃあ、何故隠れてやっている?」
「……隠れてるつもりはないよ。薬を作る時は…」
「そもそも、なんでお前の主語は『私』なんだ?」
「えっ!?いや、それは……」
「代わりに答えてやる。あの人の真似だろ?」
「…………」
「とぼけてもわかってんだよ。そもそも、お前と話してれば一目瞭然だ。」

 尚も語り続ける。

「そもそも、憧れを辞めた人間が、憧れの人の真似をしてるのは何故だ?諦めたくないし、諦めきれてないからだろ?」
「………」
「やりたい事を我慢する必要は何処にもねぇ。行きたいなら行って来れば良いじゃねぇか。別に合格が確約されてるわけじゃあるまいし。それでダメだったら、いつでもここへ戻って来れば良い。俺はここでお前が帰って来る場所と約束を守っててやるから。」
「………」

 本当にこいつは……何故、わたしが欲している言葉と行動がわかるんだろうな?

「これでも、まだ行きたくない理由があるのか?」
「………いいや、無いな。」

 王都でやり直す学園生活、それも悪くないかもな。

「そうと決まれば、早速荷造りだ。早いとこ馬車に積み込むぞ!(グィッ)」
「えっ!?あっ……ちょ…」
「モタモタすんな!行くぞ!!」
「……あぁ!」

 それにしても、こいつには相変わらず勝てる気がしない。

 敵わないな。昔から。

「けど、大丈夫か?王都の方が居心地良くて居着くとは考えないのか?」
「どこに居ようが、お前の自由だろ?それに、こっちをもっと居心地よくすりゃあ良いだけだ。気にすんな。」
「(クスッ)言うと思ったよ。まぁ、ありえない話だけどな。」
「おいおい、ウチにはまだ発展の余地はあるぞ?」
「違う。そっちじゃない。」
「じゃあ、どういう意味だ?」
「言わせんな。恥ずかしい。」

 ここ以上に居心地の良い所はない。こいつは、そんな本心すら見透かしてんだろうな。

「必ず戻るよ。」


***


 そんなこんなで荷造りをしていたら、出発当日の朝になった。

「自信の程はどうだ?」
「まぁ、やれるだけやってみるよ。」

 何も本気で行く事もない。適当にこなして、適当に卒業して来れば良いだけの話だ。いざとなったら、自主退学という手も……

「おう、頑張れよ!けど、最後に一つだけ俺から言わせて貰おうか。」
「……何だ?」
「やるからには、全力を尽くせよ?」
「……へ?」
「お前の事だから、どうせわざと手を抜くつもりだったろ?」
「えっ!?」
「いざとなったら自主退学という手もありだな……とか、考えてただろ?」
「あ……いや…そ、そんな事は……」
「やっぱりな。そんな事だと思ったよ。そいつは時間の無駄になる。行くからには知識や技術をありったけふんだくって来るつもりで全力を尽くせ。それが、やがてはここの財産になるからな。」
「……(ハァ)相変わらず鋭いな。」
「で?どうする?」
「……わかったよ。全力を尽くしてくる。」

 これじゃあ、悪い事もままならないな。

「アレク!」
「……なに?」
「またな!」
「………あぁ、またな。」

 本当に、あいつはよくわかっているよ。わかり過ぎるくらいに。

 そうして私は、故郷を後にした。
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