純情Ωの願いごと

豆ちよこ

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泣き虫αの告白 その6

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 理央が初めての発情期を迎えた。

 そう七央から連絡を貰ったのは、あの世にも恐ろしい家族会議から、3日後の事だった。

「り…、理央は? 無事なのかっ!?」

 『ああ、大丈夫。今は病院で、暫くは処置入院になるらしい』

「そ……か…」

 良かった…。

 『でもこれでまた、暫くは会えないな。悪いけど、僕も当分は忙しい。流星と理央を会わせるのは、もう少し後になりそうだ』

「分かった…。ちゃんと会えるまで、我慢する」

 もう、考えなしに一足飛びして失敗なんかしたくない。その為の準備期間だと思えば、少しくらい我慢できる。


 『ーーーへぇ…。少しはまともになったじゃないか。ポンコツ流星のくせに』

 うるさいっ。いつも一言多いんだよっ、このブリザード夜叉めっ!



 笑いながら通話を切った七央は今、昴兄さんとの婚約披露宴の準備で忙しい。
 昴兄さんは、七央の大学の卒業と同時に籍を入れ、ゆくゆくは九條家ではなく久住の家に嫁ぐことになった。
 七央の実家は伊豆の老舗旅館で、高級旅館として名高い『湯宿 久住屋』だと聞いた。観光業での繋がりで中条家とは懇意らしく、今回その旅館の敷地内で、突然発情期を迎えた理央を助けてくれたのが、たまたま旅行に来ていた中条家の次男夫妻だったらしい。
 それを聞いた時は本当に安心した。中条家の若夫婦といえば、最近御三家でも話題のおしどり夫婦だ。若輩者の俺ですら、その噂を耳にするほどなんだから、きっと物凄くラブラブな夫婦なんだろう。何にせよ、悪い人じゃないのは確かだ。本当に良かった。理央が無事で、良かった。





「流星…。ちょっといい?」

 披露宴を翌日に控えたその日の午後、西館と呼ばれる母屋とは別棟の離れに、昴兄さんが訪ねてきた。

「どうしたの兄さん。明日の準備はもういいの?俺のとこなんか来て大丈夫?」
「ああ。もうあらかた終わったし、少しくらい私がいなくても大丈夫だ。 ーーところで…、これは? 流星は何をしていたの?」

「大学が一限だけで終わったからさ。練習がてら、久々に何か作ろうと思って」

 広いキッチン作業台の上には、薄力粉や強力粉、砂糖に卵に牛乳や生クリーム。飾りのアイシングやらに混じって、ハムやソーセージも置いてある。

「ケーキだろ…。クッキーやマドレーヌ、それと、パンでも焼こうかな…って」
「相変わらずだね、流星は。 そんなにたくさん作ってどうするの?」

「余ったら、明日皆に食ってもらえばいいかな…って思ってさ」
「明日…って。 お前、忘れてない?」

「さすがに忘れてないよ。 七央からも、明日は逃げずに家にいろ、ってさっき連絡貰ったし」

 いつものあの上から物言う忌々しい口調で…とは、兄さんには言わないでやる。

「そうじゃなくて、私と七央の婚約披露じゃなく、誕生日の事だよ」
「ん…? ぇ……あっ!」

 そうか、俺の誕生日だ。
 
「うわ…すっかり忘れてた。マジかぁ…」

 20年も生きてると、自分の誕生日も忘れるのか…。

「このところ、色々あったからね。うっかりする事もあるだろうけど…。 毎年誕生日が近づくと、あんなに大騒ぎしていた流星が、今年はやけに静かだと思ったよ」
「えぇ…。俺、そんなに騒いでた?」

 恥ずかしい奴だな、俺。
 うっかり忘れててよかった。

「何か欲しい物はある?」
「欲しいもの……」

 欲しいものと聞かれて、真っ先に浮かんだのは理央だった。

「ううん…。何もいらない」
「そう? あ…、そうか。流星が欲しいのは“物”じゃないもんな」

 ーーーうん。そう、物じゃない。

「だから、自分で手に入れたい」

 理央の心が貰えたら、他には何もいらない。今一番欲しくて、一番届かなくて、一番諦められないもの。それが理央だ。


「流星は、大人になったね…」

 大人だ…って言いながら、腕を伸ばして頭を撫でられた。
 昴兄さんは昔からいつも、俺を可愛がってくれた。こうしてよく頭を撫でてくれた。

  『流星はいい子だね』

 そう言われると嬉しくて、末っ子の甘ったれな俺は、優しくて綺麗な昴兄さんが大好きだった。
 ……怒らせなければ、だけど。

「俺だってもう、頭を撫でられて喜ぶ子供じゃないよ」
「ふふ…。そうだな。 泣くほど好きな子も出来たしね」

 “好きな子”と言われてポッと顔が赤くなる。まだちょっと照れてしまう。
 何しろ勢揃いした家族の前で『理央が大好きだ』と言ってしまった。
 家族の前で…だ。家族の……。
 普通、二十歳の息子は家族になんて言わないだろっ! せめて兄さん一人とかならまだしも、父さん母さんまでいたのに…。
 しかも…泣きながら……。
 ベソかいたなんて、可愛らしいもんじゃない。ボロボロのグズグズだ。しゃくり上げなかった事だけは、自分を褒めてやりたい。

「ねぇ…流星。 覚えてる? 昔、私が流星としたいって言ってた事。 落ち着いたら、あの時のリベンジをしたいな」
「ん…え? 何だっけ?」

「“恋バナ”だよ」
「ーーー…っっ!!」

「あはは。 顔が真っ赤だね、流星」
「ぅ〰〰〰〰〰〰〰……っ」

 そうだった! 昴兄さんはよくこうして、俺を誂って遊ぶのが好きだった!
 
「楽しみだな、流星と恋バナ。漸く念願叶うなぁ」
「兄さん…っ!」

 それじゃまたね、と笑いながら、昴兄さんは帰って行った。

 去り際にまたまた爆弾を落として…。


 『理央くん、明日来てくれるってさ』


 ひと月振りに理央に会える。
 それだけで、俺は爆発しそうだった。







    
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