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第一章
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しおりを挟む「え? それじゃ、まったく覚えて無いんですか? ……、」
ひどい…、と、秋の口から溜息のように漏れた批難の言葉が、グサリと胸に突き刺さる。
「だよね。こいつ非道いロクでなしアルファだろ。クズだし、バカだし」
そこへすかさず、玲一が辛辣に追い打ちを掛けてきた。…コイツのはカチンとくる。最後のはただの悪口だろっ!
「あー、あー、すいませんねっ。クズでバカなロクでなしでっ」
「い、いいえっ! 僕、そこまで言ってませんよ」
「秋くん。いいんだよ、本当の事だから」
「………………」
玲一のオメガの定期検診に付き添った病院で偶然秋と出会った。
流れでそのままうちに立ち寄り双葉の迎えを待つ事になったのだが、話はやはり俺の“幻の番”に流れ着いた。
「そ、それにしても。 宗次さんの番さんが何処にいるのか、どうやって探したらいいんでしょうね? …何か、手立ては無いんでしょうか」
案外察しのいい秋が玲一の悪態から然りげ無く話しを本題へと戻す。あのまま放置していたら、玲一の悪口マシンガンの弾は尽きなかっただろう。…仔犬、侮るなかれ、だ。
「ああ、そうだな。 何か思い出した事は無いのか、宗次」
「んー…、考えてはみたんだが、どうにも雲を掴むような話だからな」
「あの。 僕、少し思ったんですけど…」
侮れない仔犬が口を開く。
「オメガのヒートに充てられた時、アルファはその記憶を忘れてしまう事があるらしいって、何かの本で読んだ事があるんです。だけど、忘れているだけで、記憶そのものが失くなる訳ではないので、きっかけさえあればきっと思い出せると思います。 …ところで、宗次さんは普段、アルファ用の抑制剤や特効薬を使用しないんですか?」
確かにオメガの発情フェロモンに自我を失くさずにいるには、普段からアルファ用の抑制剤を服用すべきだ。不測の事態には特効薬も必要だろう。けれど、その何れも俺には必要が無い。
秋にはまだ言っていなかった。俺がオメガフェロモンを感知出来ない体質だと。ここは誤解の無いように、きちんと説明しておくか。
「秋さん。 俺はオメガフェロモンが分からないんだ。そういう体質らしいよ」
「……え?」
「だから宗次は、特効薬も抑制剤も滅多に持ち歩かないんだ。 オレと同居出来るのも、この体質のお陰なんだよ」
玲一が後を引き継ぎ注釈を入れる。
己のコンプレックスを他人事の様に話すのは難しい。どうしてもそこに、劣等感や嫌悪感が纏わりつく。それを相手に悟られるのは自尊心を酷く傷付けられるから苦手だ。
こうして隣の親友に助けられるのも正直あまり気分のいいものでは無いが、幾らか気が楽なのも確かだ。
「それ、って…、ぅん。 …そう、か」
驚いた顔をしていた秋は独り言をブツブツと唱えた後、パッと顔をこちらに向けた。
それはそれは、ピカーッとスポットライトを向けられた様な、眩しい笑顔で。
「素晴らしいですっ!宗次さんっ! それって、それって、」
テーブルに両手をつき、立ち上がり前のめりになった秋が、ズイッと俺に迫る。
ええ…、何、何っ!?
ちょっと怖いんですけど。
「まさに運命の番じゃありませんかっ!!」
「……………。」
「ブフッ!」
苦笑いのまま固まったままの俺と隣で吹き出した玲一を余所に、秋はまるでお宝を見付けた子供の様にはしゃいだ。まったく、飛び跳ねる勢いだ。
この子の切り替えの早さとポジティブさは、いったい何処から来るんだ?
けれど何だろう…。
こんな光景を、何処かで見た様な気もする。
「あ、秋くん、ふふっ… く、く…、、ちょっと、落ち着こうか」
「……笑い過ぎだ。玲一」
「あ…。 す、すみません、僕。 つい、中条のお義母様とお義父様のお話を、思い出してしまいまして…」
ああ…。中条の伯父と伯母は、まさに“運命の番”だ。
何度引き裂かれても、結局抗う事など許されない。魂の求める相手。
「あんなお綺麗な話じゃないよ。 何しろ、何にも覚えていないんだからな……」
本当は自分でも考えていた。玲一に言われた『運命の相手』という言葉に、淡い期待を寄せてしまった。だが、現実はこのザマだ。運命どころか、その相手の姿すら思い浮かばない。要は探しようも無いって事だ。匂いだけではどうにもならない。
「諦めてはダメですよ! きっと、何処かに解決の糸口はあるんです。一緒に考えましょう!ね、宗次さん」
う… ホントにこのポジティブ思考は凄いな。こちらまで気持ちが明るくなる。
「ああ、そうだな。 ありがとう、秋さん」
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