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ホエル号は、相変わらず灰色の砂漠のうえを漂っている。
どこか目的地を定めて前進しているというわけではない。
本を求めて、漂っているだけだ。
俺が持ち帰った本を、ロロムクは読んでいた。そして、読み終えたのだろう。本を、ぱたんと閉ざしていた。分厚い表紙の閉ざされる音が、船内にひびいた。
「読み終わった?」
居住部屋。
ロロムクはロロムクのベッドに腰かけ、俺は俺のベッドで腰かけている。
通路をはさんで、お互い向かい合うような恰好になる。
「ええ。読了しました」
「どんな内容のことが書かれてた?」
ふたりのあいだを通っている通路は、広いものではない。向かい合っていると、互いの膝がぶつかりそうになる。
「これは、魔術師たちの文明の末期について書かれた本でした。魔術師たちは、自分たちが滅びることを知って、たくさんと本を遺すことに決めたようです」
「俺が見た映像と同じか……」
魔術師たちが遺した本を読むと、俺はその世界に入り込んでしまうらしい。その現象については、すでにロロムクに打ち明けていた。ロロムクにその現象は起きない。俺にだけ起きる現象だ。
「本のなかに入り込めるというのは、素晴らしいことです」
「うん。でも、頭が痛くなるんだよなぁ」
好きこのんで本のなかに入り込んでるわけじゃない。意図せずに入り込んでしまう。そのため、気安く本を開けることが出来ない。
本のなかに、ふたたび没入してしまうのではないかと思うと、ちょっと怖い。
「まだ痛みますか?」
「ううん。ロロムクが買ってくれた薬のおかげでもう治った」
「凄い能力ですが、乱用は厳禁ですね」
「そもそも、どうしてこんな能力が使えるのかが、俺は不思議でならないんだけど」
本のなかに入り込めるだけじゃない。そのとき、俺はそこにいた人の肩に触れることも出来たのだ。自分の手のひらを見つめる。今でもまだ、触れた感触が確かに残っている。
「言葉渡りの能力なのでしょう」
「でも、言葉渡りの魔術師たちはすでに絶滅してるんだろ」
「ええ。それが通説ではあります」
「何億年も前に。だったら、俺が魔術師ってのは変だと思うんだけど」
「そうですね……」
と、ロロムクは目をそらした。
この件について、ロロムクはたぶん何か知っている。知っているけど、話してはくれない。俺に言えない何かがあるのだろう。
「それに、これは魔術師の能力ってわけではないと思うんだ」
と、俺は自分の手のひらを見下ろした。
「どうしてそう思うのですか?」
「だって、本の世界に入り込むとき、右のこめかみがすごい痛むからさ。本来使うべきではない人間が、その能力を使ってしまっているって言うのかな? うまく言葉に出来ないけど」
もし、この能力が完璧なものであるなら、そんなデメリットはないと思う。
だからたぶん、俺は中途半端に使えているのだ。
「どんな作品にも、入り込むことが出来るのでしょうか? たとえばフィクションとか?」
「さあ。どうだろ。もしかしたら魔術師の本にしか入り込めないのかもしれないけど」
「いずれにせよ、ゼロは過去に干渉する能力があるということになります」
「過去?」
「ええ。本に記述された時間は、過去です。記述された時間に移動して、過去を編集する。言葉渡りの魔術師には、そういう能力があったとされています」
ロロムクは話をしながら、ひざ上に置いた本の表紙を愛撫していた。その仕草をよく見かける。どうやらそれはロロムクの癖らしい。
その仕草は知的にも見えるが、どことなく淫靡にも見える。
きっと、ロロムクは本当に本が好きなのだろう。
「タイムリープってことか」
「現代ではタイムリープという技術は確立していません。時間は常に前へ進み続けています」
と、ロロムクはかぶりを振った。
「魔法だから、出来ることか」
「ええ」
「でも、タイムリープが出来るのに、魔術師の一族は滅んでしまったんだな」
俺が没入した、本の景色を思い出す。
写本を行っていた。
文明が終わるということが、わかっている様子だった。過去に戻れるのなら、その原因を変えることも出来たんじゃないか、と思う。
「人は100年。国は1000年。星は100億年です」
「なにそれ?」
「寿命です。形あるものは、いずれ朽ちて行きますから。魔術師といえども、滅びることは自然の摂理だったのでしょう。文明というものにも、寿命があると言いますから」
何事にも、終わりがある。
ロロムクから出たその言葉は、俺の胸に沁みる。
砂時計。
時間は常に減り続けている。
「星も、終わる、か」
「恒星の寿命によって、この星フォガルの磁気圏が失われました。ほかの星に根付いていた魔術師についてはわかりませんが、星フォガルにおいてはそれが原因で、魔術師たちが滅んだようです」
いずれすべてが終わる。
終わるというのなら、生物はどうして生まれてきたのだろうか。いったい何のために出現したというのだろうか。
もしかしたら、細胞と同じなのかもしれない。自覚はない。けど、生きてるだけで何か役割を果たしているのかもしれない。この宇宙を作動させるための、何かしらの役割を。
わからない。
俺は、自分のことすらわからないのだ。
俺なんかが考えてもわかるはずがない。
「もし、次にまた本に没入することがあれば、今度は私の身体を回復させる魔法があるのかどうか、本の中の人に尋ねておいてはもらえませんか?」
と、ロロムクは俺の足先を、足で小突いてきた。
俺も冗談半分で小突き返した。
「俺そうしたいんだけど、あっちの世界では俺の言葉は相手に聞こえないみたいなんだよ」
「そうでしたか」
「それに、あっちの世界に入り込める時間は、すごく短いし」
体感的には、1分ほどだった。
そのあいだに出来ることなんて、たかが知れている。仮に誰かとコミュニケーションが成功したとしても、具体的な方法を聞き出すことは難しそうだ。
「そう上手くはいきませんよね」
と、ロロムクは寂しげに笑った。
べつに死を怖れてはいない。ロロムクはそう言っていた。でも、強がりなんじゃないかと思わせられる笑みだった。
おやおや、また有機分子反応があるのですよ――と、ホエル号が言った。
「けっこうぽんぽん見つかるもんなんだな」
「運が良いときは、何冊も見つかります。でも、運が悪いときは、1冊も見つかりません」
今度は私もいっしょに行きますからね、とロロムクは付け加えた。
俺とロロムクは宇宙スーツを着用して外に出た。
前に本を見つけた場所とはまったく別の場所のはずだが、景色は何も変わらない。ホエル号が口を開けて、ローバーが転がり出てくる。
「都市って、俺たちが行った場所のほかにはないの?」
ローバーがあたりを転がりまわって、本を探しているあいだ、俺はロロムクにそう問いかけた。
「ええ。あそこだけです。都市に戻りたくなりましたか?」
「そういうわけじゃないけど、もっとたくさんないと、文字拾いたちは探索が大変なんじゃないかと思って」
「船のエネルギーに心配はありません。砂粒一粒あれば、船は何年も動きます。それぐらいのエネルギー変換技術はあります。まあ、遠出するには缶詰は必須ですけれどね」
「でも、都市が多いほうが便利じゃない?」
「便利は便利でしょうけど、そうポコポコと造るわけにもいきません」
「どうして?」
もっと都市があったほうが良い。
便利だし、景色にも面白味が出てくる。
どこに行っても、同じ景色が味気がない。記憶がはじまってから、俺が見てる景色は、ほとんどずっと同じなのだ。
「都市には、生命が活動できるようにバイオスフィア領域が展開されています。でもそれはもともとの星の環境を破壊することになるでしょう。環境をあまり破壊したくはないのです」
「なるほどね」
「都市と言っても、文字拾いの前線拠点のようなものです。あの場所に政治や理念が宿ってるわけではありません。ゼロも見たのでわかると思いますが、あそこは各々の企業の船が集まっているだけですから」
「俺がイメージする都市っていうのは、人がその場所に根付くようなイメージがあるんだけどな」
「星によっては、そのような場所もあります。ただ、文字拾いにとっては縁のない話です。この惑星フォガルから本が出なくなれば、また別の星に移り、本を探すことになりますから」
「要するに、旅人ってことか」
「ええ。ですから、文字拾いは船のなかで生活することが多いのです。私たちもそうでしょう」
話してるあいだに、ローバーが本を見つけ出していた。
本を船のなかに持ち帰った。
「こんなにすぐに本が見つかるなら、もうずっと宇宙スーツを着たままで良いけどな」
「そう思うでしょう。でも、宇宙スーツを着っぱなしにすると、今度はなかなか見つからないものです」
「難儀なんだな」
ロロムクは宇宙スーツを脱いでいたので、俺も同じように脱ぐことにした。
「読んでみますか?」
と、ロロムクが俺に本を差し出してきた。
俺はその本を受け取った。
「俺が本を読んでるあいだ、俺がどうなってるのか見てて欲しいんだけど」
「不安なら、手でも握っててあげましょうか?」
「でも、手を握られてると、本を開けられないから」
「でしたら、抱きしめててあげましょう」
ロロムクはそう言うと、俺の背後に回って、腹のあたりに腕を回してきた。
「う、うん」
照れくさい。
照れくさいのだが、照れくさいと言葉にすると、余計に照れくさくなるような気もする。
ロロムクは俺にたいしてまったくの無警戒だ。そもそも俺とふたりきりで船に乗っているということが無警戒そのものである。
恋人だから気にしていないんだろうか。もしかして、記憶がなくなる前は、俺とロロムクは身体の関係があったりしたんだろうか。
俺がなかなか本を開けないことを不審に思ったかして、
「どうかしましたか」
と、背後から尋ねてきた。
「いや。なんでもない。それじゃあ読むよ」
「どうぞ」
本の表紙に人差し指をかける。きっとまたあの現象が起こるだろうという確信に近いものがあった。
今度は怖くなかった。
照れくさいとはいえ、ロロムクに抱いてもらっていると安心できた。
表紙を開けた。
奇怪な形状の文字が目に跳びこんでくる。
すぐ近くで怒鳴り声が聞こえてきた。怒鳴り声というより、もはや蛮声に近い。俺は草原の立っていた。周囲には防具で身を固めた男たちがいた。空。箒で空を飛んでいる者もいる。箒に乗っている者たちが、火の球を地面に撃ち落としている。俺の周囲にいる者たちが、魔法の盾でそれをふせいでいた。
「どうやら戦争しているようですね」
と、となりにいたロロムクが言った。
「うわっ。ロロムクまでいっしょに来たのか」
「ゼロにくっ付いていたからでしょうか? どうやら私もいっしょに入りこんでしまったようです」
「ここは危なそうだから、ちょっと離れた場所に行こう」
と、俺はロロムクの手を引っ張って、群衆をかきわけて移動した。
俺たちの姿は周囲の人たちには見えていない。俺の言葉も相手には届かない。でも、触れば感触がある。触られても感触がある。ってことは、戦火に巻き込まれたら大変だ。死ぬことだって有りうるかもしれない。
あまりこっちの世界に長居はできないはずだ。
でも、自分で抜け出そうと思っても、抜け出し方がわからないのは難儀なところだ。
群衆のなかを切り抜けた。拠点だろうか?
いくつもの小さな天幕が張られていた。怪我人たちが、担架で運ばれているのが見えた。木の棒と動物の革でつくられたらしい担架だった。
「あそこを見てください」
と、ロロムクが指さした。
その指先に視線を向ける。
白い服を着た者たちが、怪我人を治しているところだった。手のひらに白い光を宿して、それを怪我している場所に当てる。すると、怪我が目で見てわかる速度で治っていた。
「怪我を治す魔法か」
「あの魔法なら、私の身体も治せるかもしれません」
と、ロロムクの声が弾んでいた。
その声音を聞いたとき、ああやっぱり、と思った。ロロムクだって生きられるのなら、生きていたいのだ。
「うん」
身体を治す魔法。ロロムクが探し求めていたものなのだろう。
でも、ここからどうすれば良いのかわからない。話もできないし。相手はこっちの姿が見えもしないのだ。
「怪我人とのあいだに、上手く身体を滑り込ませれば、私の身体を治せるということはないでしょうか?」
「わからない。わからないけど……それより頭が……」
右のこめかみが激しく脈打ちはじめた。
周囲の蛮声にあわせて、破城槌でこめかみを打たれているような感覚だった。
視界がくらむ。
目を閉ざす。
立っていられなくなった。頭をおさえて屈みこむ。
「無理はいけません。私が付いていますから」
ロロムクがそう言って、俺の背中に抱きついてくれた。
蛮声が遠のく。
ゆっくりと目を開ける。
ふたたびホエル号の船内に戻っていた。
「大丈夫なのですか。体調が悪いのですか。お二人がた」
と、ホエル号が言った。
どこか目的地を定めて前進しているというわけではない。
本を求めて、漂っているだけだ。
俺が持ち帰った本を、ロロムクは読んでいた。そして、読み終えたのだろう。本を、ぱたんと閉ざしていた。分厚い表紙の閉ざされる音が、船内にひびいた。
「読み終わった?」
居住部屋。
ロロムクはロロムクのベッドに腰かけ、俺は俺のベッドで腰かけている。
通路をはさんで、お互い向かい合うような恰好になる。
「ええ。読了しました」
「どんな内容のことが書かれてた?」
ふたりのあいだを通っている通路は、広いものではない。向かい合っていると、互いの膝がぶつかりそうになる。
「これは、魔術師たちの文明の末期について書かれた本でした。魔術師たちは、自分たちが滅びることを知って、たくさんと本を遺すことに決めたようです」
「俺が見た映像と同じか……」
魔術師たちが遺した本を読むと、俺はその世界に入り込んでしまうらしい。その現象については、すでにロロムクに打ち明けていた。ロロムクにその現象は起きない。俺にだけ起きる現象だ。
「本のなかに入り込めるというのは、素晴らしいことです」
「うん。でも、頭が痛くなるんだよなぁ」
好きこのんで本のなかに入り込んでるわけじゃない。意図せずに入り込んでしまう。そのため、気安く本を開けることが出来ない。
本のなかに、ふたたび没入してしまうのではないかと思うと、ちょっと怖い。
「まだ痛みますか?」
「ううん。ロロムクが買ってくれた薬のおかげでもう治った」
「凄い能力ですが、乱用は厳禁ですね」
「そもそも、どうしてこんな能力が使えるのかが、俺は不思議でならないんだけど」
本のなかに入り込めるだけじゃない。そのとき、俺はそこにいた人の肩に触れることも出来たのだ。自分の手のひらを見つめる。今でもまだ、触れた感触が確かに残っている。
「言葉渡りの能力なのでしょう」
「でも、言葉渡りの魔術師たちはすでに絶滅してるんだろ」
「ええ。それが通説ではあります」
「何億年も前に。だったら、俺が魔術師ってのは変だと思うんだけど」
「そうですね……」
と、ロロムクは目をそらした。
この件について、ロロムクはたぶん何か知っている。知っているけど、話してはくれない。俺に言えない何かがあるのだろう。
「それに、これは魔術師の能力ってわけではないと思うんだ」
と、俺は自分の手のひらを見下ろした。
「どうしてそう思うのですか?」
「だって、本の世界に入り込むとき、右のこめかみがすごい痛むからさ。本来使うべきではない人間が、その能力を使ってしまっているって言うのかな? うまく言葉に出来ないけど」
もし、この能力が完璧なものであるなら、そんなデメリットはないと思う。
だからたぶん、俺は中途半端に使えているのだ。
「どんな作品にも、入り込むことが出来るのでしょうか? たとえばフィクションとか?」
「さあ。どうだろ。もしかしたら魔術師の本にしか入り込めないのかもしれないけど」
「いずれにせよ、ゼロは過去に干渉する能力があるということになります」
「過去?」
「ええ。本に記述された時間は、過去です。記述された時間に移動して、過去を編集する。言葉渡りの魔術師には、そういう能力があったとされています」
ロロムクは話をしながら、ひざ上に置いた本の表紙を愛撫していた。その仕草をよく見かける。どうやらそれはロロムクの癖らしい。
その仕草は知的にも見えるが、どことなく淫靡にも見える。
きっと、ロロムクは本当に本が好きなのだろう。
「タイムリープってことか」
「現代ではタイムリープという技術は確立していません。時間は常に前へ進み続けています」
と、ロロムクはかぶりを振った。
「魔法だから、出来ることか」
「ええ」
「でも、タイムリープが出来るのに、魔術師の一族は滅んでしまったんだな」
俺が没入した、本の景色を思い出す。
写本を行っていた。
文明が終わるということが、わかっている様子だった。過去に戻れるのなら、その原因を変えることも出来たんじゃないか、と思う。
「人は100年。国は1000年。星は100億年です」
「なにそれ?」
「寿命です。形あるものは、いずれ朽ちて行きますから。魔術師といえども、滅びることは自然の摂理だったのでしょう。文明というものにも、寿命があると言いますから」
何事にも、終わりがある。
ロロムクから出たその言葉は、俺の胸に沁みる。
砂時計。
時間は常に減り続けている。
「星も、終わる、か」
「恒星の寿命によって、この星フォガルの磁気圏が失われました。ほかの星に根付いていた魔術師についてはわかりませんが、星フォガルにおいてはそれが原因で、魔術師たちが滅んだようです」
いずれすべてが終わる。
終わるというのなら、生物はどうして生まれてきたのだろうか。いったい何のために出現したというのだろうか。
もしかしたら、細胞と同じなのかもしれない。自覚はない。けど、生きてるだけで何か役割を果たしているのかもしれない。この宇宙を作動させるための、何かしらの役割を。
わからない。
俺は、自分のことすらわからないのだ。
俺なんかが考えてもわかるはずがない。
「もし、次にまた本に没入することがあれば、今度は私の身体を回復させる魔法があるのかどうか、本の中の人に尋ねておいてはもらえませんか?」
と、ロロムクは俺の足先を、足で小突いてきた。
俺も冗談半分で小突き返した。
「俺そうしたいんだけど、あっちの世界では俺の言葉は相手に聞こえないみたいなんだよ」
「そうでしたか」
「それに、あっちの世界に入り込める時間は、すごく短いし」
体感的には、1分ほどだった。
そのあいだに出来ることなんて、たかが知れている。仮に誰かとコミュニケーションが成功したとしても、具体的な方法を聞き出すことは難しそうだ。
「そう上手くはいきませんよね」
と、ロロムクは寂しげに笑った。
べつに死を怖れてはいない。ロロムクはそう言っていた。でも、強がりなんじゃないかと思わせられる笑みだった。
おやおや、また有機分子反応があるのですよ――と、ホエル号が言った。
「けっこうぽんぽん見つかるもんなんだな」
「運が良いときは、何冊も見つかります。でも、運が悪いときは、1冊も見つかりません」
今度は私もいっしょに行きますからね、とロロムクは付け加えた。
俺とロロムクは宇宙スーツを着用して外に出た。
前に本を見つけた場所とはまったく別の場所のはずだが、景色は何も変わらない。ホエル号が口を開けて、ローバーが転がり出てくる。
「都市って、俺たちが行った場所のほかにはないの?」
ローバーがあたりを転がりまわって、本を探しているあいだ、俺はロロムクにそう問いかけた。
「ええ。あそこだけです。都市に戻りたくなりましたか?」
「そういうわけじゃないけど、もっとたくさんないと、文字拾いたちは探索が大変なんじゃないかと思って」
「船のエネルギーに心配はありません。砂粒一粒あれば、船は何年も動きます。それぐらいのエネルギー変換技術はあります。まあ、遠出するには缶詰は必須ですけれどね」
「でも、都市が多いほうが便利じゃない?」
「便利は便利でしょうけど、そうポコポコと造るわけにもいきません」
「どうして?」
もっと都市があったほうが良い。
便利だし、景色にも面白味が出てくる。
どこに行っても、同じ景色が味気がない。記憶がはじまってから、俺が見てる景色は、ほとんどずっと同じなのだ。
「都市には、生命が活動できるようにバイオスフィア領域が展開されています。でもそれはもともとの星の環境を破壊することになるでしょう。環境をあまり破壊したくはないのです」
「なるほどね」
「都市と言っても、文字拾いの前線拠点のようなものです。あの場所に政治や理念が宿ってるわけではありません。ゼロも見たのでわかると思いますが、あそこは各々の企業の船が集まっているだけですから」
「俺がイメージする都市っていうのは、人がその場所に根付くようなイメージがあるんだけどな」
「星によっては、そのような場所もあります。ただ、文字拾いにとっては縁のない話です。この惑星フォガルから本が出なくなれば、また別の星に移り、本を探すことになりますから」
「要するに、旅人ってことか」
「ええ。ですから、文字拾いは船のなかで生活することが多いのです。私たちもそうでしょう」
話してるあいだに、ローバーが本を見つけ出していた。
本を船のなかに持ち帰った。
「こんなにすぐに本が見つかるなら、もうずっと宇宙スーツを着たままで良いけどな」
「そう思うでしょう。でも、宇宙スーツを着っぱなしにすると、今度はなかなか見つからないものです」
「難儀なんだな」
ロロムクは宇宙スーツを脱いでいたので、俺も同じように脱ぐことにした。
「読んでみますか?」
と、ロロムクが俺に本を差し出してきた。
俺はその本を受け取った。
「俺が本を読んでるあいだ、俺がどうなってるのか見てて欲しいんだけど」
「不安なら、手でも握っててあげましょうか?」
「でも、手を握られてると、本を開けられないから」
「でしたら、抱きしめててあげましょう」
ロロムクはそう言うと、俺の背後に回って、腹のあたりに腕を回してきた。
「う、うん」
照れくさい。
照れくさいのだが、照れくさいと言葉にすると、余計に照れくさくなるような気もする。
ロロムクは俺にたいしてまったくの無警戒だ。そもそも俺とふたりきりで船に乗っているということが無警戒そのものである。
恋人だから気にしていないんだろうか。もしかして、記憶がなくなる前は、俺とロロムクは身体の関係があったりしたんだろうか。
俺がなかなか本を開けないことを不審に思ったかして、
「どうかしましたか」
と、背後から尋ねてきた。
「いや。なんでもない。それじゃあ読むよ」
「どうぞ」
本の表紙に人差し指をかける。きっとまたあの現象が起こるだろうという確信に近いものがあった。
今度は怖くなかった。
照れくさいとはいえ、ロロムクに抱いてもらっていると安心できた。
表紙を開けた。
奇怪な形状の文字が目に跳びこんでくる。
すぐ近くで怒鳴り声が聞こえてきた。怒鳴り声というより、もはや蛮声に近い。俺は草原の立っていた。周囲には防具で身を固めた男たちがいた。空。箒で空を飛んでいる者もいる。箒に乗っている者たちが、火の球を地面に撃ち落としている。俺の周囲にいる者たちが、魔法の盾でそれをふせいでいた。
「どうやら戦争しているようですね」
と、となりにいたロロムクが言った。
「うわっ。ロロムクまでいっしょに来たのか」
「ゼロにくっ付いていたからでしょうか? どうやら私もいっしょに入りこんでしまったようです」
「ここは危なそうだから、ちょっと離れた場所に行こう」
と、俺はロロムクの手を引っ張って、群衆をかきわけて移動した。
俺たちの姿は周囲の人たちには見えていない。俺の言葉も相手には届かない。でも、触れば感触がある。触られても感触がある。ってことは、戦火に巻き込まれたら大変だ。死ぬことだって有りうるかもしれない。
あまりこっちの世界に長居はできないはずだ。
でも、自分で抜け出そうと思っても、抜け出し方がわからないのは難儀なところだ。
群衆のなかを切り抜けた。拠点だろうか?
いくつもの小さな天幕が張られていた。怪我人たちが、担架で運ばれているのが見えた。木の棒と動物の革でつくられたらしい担架だった。
「あそこを見てください」
と、ロロムクが指さした。
その指先に視線を向ける。
白い服を着た者たちが、怪我人を治しているところだった。手のひらに白い光を宿して、それを怪我している場所に当てる。すると、怪我が目で見てわかる速度で治っていた。
「怪我を治す魔法か」
「あの魔法なら、私の身体も治せるかもしれません」
と、ロロムクの声が弾んでいた。
その声音を聞いたとき、ああやっぱり、と思った。ロロムクだって生きられるのなら、生きていたいのだ。
「うん」
身体を治す魔法。ロロムクが探し求めていたものなのだろう。
でも、ここからどうすれば良いのかわからない。話もできないし。相手はこっちの姿が見えもしないのだ。
「怪我人とのあいだに、上手く身体を滑り込ませれば、私の身体を治せるということはないでしょうか?」
「わからない。わからないけど……それより頭が……」
右のこめかみが激しく脈打ちはじめた。
周囲の蛮声にあわせて、破城槌でこめかみを打たれているような感覚だった。
視界がくらむ。
目を閉ざす。
立っていられなくなった。頭をおさえて屈みこむ。
「無理はいけません。私が付いていますから」
ロロムクがそう言って、俺の背中に抱きついてくれた。
蛮声が遠のく。
ゆっくりと目を開ける。
ふたたびホエル号の船内に戻っていた。
「大丈夫なのですか。体調が悪いのですか。お二人がた」
と、ホエル号が言った。
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