鑑定能力で恩を返す

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第一章

完敗

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 公都ハメルンに夜が舞い降りて、通りを照らす光が陽の光から魔法の光へと変わる。
 商店がひっそりと店じまいを始め、代わりに酒場に賑やかな喧騒が起こり始める。
 ここ《歌う花嫁亭》も例外ではなかった。
 主な客であるハンター達がテーブルを囲んで酒を煽り、今日の疲れを癒やしている中、店の隅で衝立で囲んだテーブルに4人の男女が席についていた。

「まったく……呆れを通り越して畏れ入ったぞ。まさか6時間も戦い続けるとはな」

 アルヴォード伯爵家の当主であるミネルバァ女伯爵はため息混じりに目の前の女達に言葉をかける。

「ふぅふぅ……この顔だけ女に負けるわけにはいかないにゃ……」

「ハァハァ……か、顔だけとは聞き捨てなりませんね。あ、貴女に比べたら全て勝っていますよ……」

 椅子に座ったままの姿勢で微動だにしない2人だったが、視線と口は今でも交戦状態のままだった。

「はぁ……まだやる気か。拘束しておいて正解だったな」

 6時間の戦闘の後、2人は精も根も尽き果てて尚、ふらふらになりながら戦っていた。
 流石にこれ以上はマズイと判断したミネルバァは不意打ちで2人に強烈な一撃を叩き込んだ。
 普段の2人であれば耐えただろうが、流石に6時間の激闘で消耗していたためあっさり気絶してしまった。
 ミネルバァは2人をケンタウロス車に放り込んでハメルンまで戻り、ロンメルの店で回復薬を購入し、2人に振りかけ、同時に魔道具《精霊の鎖》を使用して2人の行動を制限した拘束したのである。
 魔道具《精霊の鎖》は拘束者の魔力や気力が強ければ強いほど、拘束する力が強まる鎖であり、解除するためには魔力や気力を極限まで抑える必要がある。
 しかし、アメリアもエレンも互いに敵対心剥き出し状態で隣り合わせになっているため、魔力も気力も漲っており、結果として身動きがとれない状態のまま今に至っている。

「2人ともいい加減にしろ。何がお前達をそこまで掻き立てるのだ?」

「「だって、この女がっ!」」

 同調シンクロした2人の言葉にミネルバァも頭を悩ませた。
 そして、もっと頭を悩ませているのがサトである。
 サトは朴念仁ではない。
 2人の会話の内容から自分を取り合って戦っていたことはわかった。
 しかし、何でそうなったのかはわからない。
 アメリアに特別何かした覚えはないし、当然だがエレンにも何もしていない。
 人生初の急なモテ期到来にサトは困惑していた。
 困惑したサトの頭の中には昔何かで見た事がある『私のために争わないで!』という少女漫画のワンシーンが思い浮かんでいた。
 唯一違うのは争っているのが女性2人で、自分が何も出来ずオロオロするだけだという事だ。
 そう思うと更に自分が情けなく思えてきて、サトは落ち込んでいるのである。

「お前まで落ち込むな。余計に収拾がつかんではないか」

「ですけど……」

 ミネルバァを前にしてもサトは落ち込みを隠せず、肩を落としていた。
 そこへ衝立の横から声がかかった。

「お待たせしました! 今日一番のお勧めのビックホーンブルのステーキです! って、サト? どうしたの? 元気ないみたいじゃん」

 料理を運んできた《歌う花嫁亭》の看板娘クロエが落ち込むサトに声をかける。

「クロエか……俺は情けない男なんだよ……」

 自分の半分くらいの歳の娘に愚痴を溢すサトだったが、ハンター達が常連の酒場の看板娘クロエは動じなかった。

「なんか失敗でもしたの? 大丈夫よ! 今がダメでも次があるわ! だって生きてるんだもん! 道で躓いたって構わないじゃない。次は違う道を進むだけ! 私も応援してるから頑張って!」

 そう言うとクロエはサトの手をギュッと握った。
 自分より小さな手に包み込まれ、その温かさにサトは癒されるのを感じた。

「クロエ……ありがとう! 俺、頑張るよ!」

「そうそう、その意気よ! さぁ、ウチの自慢のステーキを食べて心身共に元気になってね!」

 満面の笑みを残してクロエは衝立の向こうへと消えていった。
 サトの表情に笑みが戻り、アメリアとエレンの顔に絶望が訪れる。

「……お前達の完敗だな」

 ミネルバァの痛烈な一言で2人は一気に絶望の底へと落ちていった。
 そして、2人を縛っていた《精霊の鎖》は音もなく消え去った。
 
 
 
 
 
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