今日も誰かが飯を食いに来る。異世界スローライフ希望者の憂鬱。

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第二章

ドワーフ娘⑤

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「あっ! 叔父貴!」

 食事を終えて、僅かな望みを胸にツヴァイに向かった俺達だったけど、着いた途端、ハリシャは大声を張り上げた。
 呆気にとられながらも、彼女の視線の先に目を向けると、外壁の門の向こうに見知ったドワーフがいた。

「おおおっ! ハリシャ! よく来たな!」

「叔父貴! 久しぶりだ! 元気にしてたけ?」

 再会を喜び合う二人のドワーフ。
 その光景は素晴らしいものだと思うし、ハリシャにとっては本当に良い事づくめだと思う。
 だけど、俺の頭が状況に追いついていなかった。

「この子が前に言ってた姪っ子さん? へぇ、可愛い子じゃん」

「当たり前だ! 不細工なんて言いやがったら、誰であろうとぶっ飛ばすからな!」

「い、言いませんよ。だから、拳を固めて僕を睨まないでください!」

 3人でチームを組んでもう半年になる。
 上手くやっているようで何よりだ。
 何もおかしい事はない。
 ただ、俺だけが置いていかれている気分だ。

「それより、何で姪っ子さんとリョウちゃんが一緒にいるの?」

「そうだ! 俺もそれが聞きてぇんだ! 何でお前がハリシャと一緒にいんだ? リョウ」

 そう言って拳を固めながら詰め寄ってくるよく見知ったドワーフのガンテス。
 いや、待って。
 まだ頭が混乱しているんだ。

「あんれ? 叔父貴、リョウと知り合いなんけ?」

「まぁな。同じ冒険者ギルドの仲間で、よく一緒に飯を食う親友だ」

 一緒に飯を食うだけで親友なら酒場にいる奴ら、全員が親友になる。
 言いたい事はそう言う事じゃないんだろうけどね。
 それにしても、今日のガンテスは随分と圧が強い。
 なんて目で睨みやがるんだよ。

「おい、リョウ。お前の事は信用しているが、万が一、ハリシャに酷い事したってんならいくらお前でも……」

「叔父貴! やめてけれ! リョウは私にめっちゃ親切にしてくれんだ! そのリョウを虐めるなら、叔父貴だって許さないかんな!」
 
 俺に詰め寄るガンテスの間にハリシャが割って入って一喝する。
 流石のガンテスもその剣幕に圧倒されたのか、険しい顔が一気に怯んでいた。
 ハリシャ、強いな。

「そ、そうか。いや、それならいいんだ。いや、リョウ。すまなかった。なんせ、ハリシャは俺の兄貴の忘れ形見でな」

 申し訳なさそうに頭を下げるガンテスには悪いが、俺は今それどころじゃないんだ。

「別に気にしてない。それよりも、ハリシャさん?」

「なんだ?」

 俺の呼びかけに愛嬌たっぷりの笑顔を見せるハリシャ。
 お目当ての人物に会えて嬉しいのはわかるけど、俺の疑問を解消してくれ。
 でないと、これから夜しか眠れなくなる。
 俺から昼寝の機会を奪わないでくれ。

「聞いていた名前と違わないか? 確か、ティーなんとかって……」

「ティートウタラーな。間違ってないぞ?」

 いやいや、どっからどう見てもガンテスだろ?
 えっ? なに? どういうこと?
 もしかして、俺の知らないガンテスがもう一人いるのか?

「ハリシャ。それではわからんよ。リョウ、ティートウタラーってのは俺の二つ名だよ」

「二つ名?」

 二つ名ってなんだ?
 ドワーフには名前が二つあるって事か?

「二つ名ってのは個人の特徴や印象を表した通り名の事だ。俺は酒好きと言われるドワーフでありながら酒を好まないんで、付いた二つ名が『絶対禁酒主義者ティートウタラー』なんだよ。ドワーフの中では稀有な存在だからな。兄貴もその方がわかりやすいと思ったんだろう」

「確かに酒を好まないドワーフなんて、ツヴァイどころか、この国中を探してもガンテスさんしかいないんじゃないですか?」

「そうだろうね。私も酒を飲まないドワーフなんてガンテス以外知らないからねぇ」

 ま、紛らわしい。
 最初からガンテスって言ってくれれば、俺は気分を重くする必要もなかったのに。
 でも、ハリシャが目的を達せたんならいいか。
 良かったな、ハリシャ。
 お前はもう一人じゃないぞ。

「疑問が解決できたところで、次はこっちの疑問に答えてもらおう。お前達が何故一緒にいるんだ?」

「別に大した理由じゃないよ。俺が素材採取で酷い目に遭っていた時に助けてくれたのがハリシャだったのさ」

 俺が採ってきた【幻誘采花】を見せると、ガンテスは納得したように首を縦に振った。

「【幻誘采花】か。なるほどな。こいつが採れるミラジュ山は、ドワーフの里と同じ方角にあるからな」

「それにしても、リョウさんほどの人がミスをするなんて意外ですよ」

「腹が減ってて集中力が切れてたんだよ。情けない話だ」

 本当に情けない。
 でも、やっとここまで帰ってきたんだ。
 今日は食料をいっぱい買い込んで、夕飯はたらふく食うぞ!
 昼はアクアパッツァだったから、夜は肉にしようかな。

「ちょっと待って」

 俺が夕飯の夢を描いていると、いつになく低い声でヴァイオレットが呟いた。
 な、なんか嫌な予感がする。

「ねぇ、ハリシャちゃん。ちょっとお聞きしたいんだけどぉ、お昼は何を食べたのかなぁ?」

「昼? おおおっ! さっきリョウがすんごい美味い飯を食わせてくれたんだ! 魚と貝と野菜を煮た、食べたことない美味い飯だったぞ!」

 あちゃあ、言っちゃったよ。
 これでヴァイオレットは絶対に『私も食べたい』とか言い出すぞ。
 まぁ、アクアパッツァは簡単だし、一品増えたと思えばいいか。
 そうなると、アクアパッツァに合う肉料理か。
 うーん……

「それで、ハリシャちゃんはリョウちゃんをどう思ってるの?」

 俺が夕飯の献立を組み合わせを考え直していると、ヴァイオレットはさっきよりも低い声で続けた。
 表情は笑顔なのが余計に不気味さを感じさせる。
 そして、何故かガンテスの顔も険しくなっていた。
 ど、どうかしたのか?

「リョ、リョウの事け? そ、それは……わ、私は……」

「ハリシャ。照れずとも良い。素直な気持ちで言えばいいんだぞ」

「お、叔父貴……リョ、リョウは飯を作るのが上手くて、優しくて、とっても良い人間種だぞ!」

 うんうん、何も間違ってない。
 調子にのってるわけじゃなく、これぐらいは言われてもいい筈だ。
 これなら何の問題も……

「それに……わ、私のことを可愛くて、魅力があるって……ぬ、濡れるのも気にせずに裸の私をギュって抱きしめてくれたし、本当に……本当に素敵な男だ!」

 はぅぁああああああああ!?
 ハリシャさん!? お、俺がそんな事をいつ……いや、そう言えば、抱きしめていたような……でも、あれは事故みたいなもんで!

「へぇ~? そうなんだぁ? ふぅううううん」

「……そうか。話はわかった。おい、ヨハン。悪いが、ハリシャを連れて先に宿に戻ってくれないか?」

「えっ……あ、いや……それは、あの……」

 ヨ、ヨハン!
 俺を見捨てないでくれ!
 頼む! お前の勇気を俺に……

「ヨ~ハ~ン~? お願いねぇえええええ?」

「ひぃ……は、はいっ! わ、わかりました!」

「そういうわけだ。ハリシャ、疲れただろう? 先に宿に行っていなさい。儂らもすぐに後を追うでな」

「そ、そうけ? な、なら! また後でな! リョウ! えへへ」

 顔を真っ赤にして照れた笑みを浮かべたハリシャは、ヨハンと一緒に街の中へと消えて行った。
 そして……俺の目の前には二人の鬼が残った。

「リョウちゃん? アナタって人は次から次へと女の子を。一体、どういうつもりなのかしら?」

「べ、別に女の子だけってわけじゃ……」

「……おい、リョウ。裸のハリシャを抱きしめたって……どういう事だ? お前、返答次第ではどうなるか、わかってるだろうな?」

「ち、違う! お、俺は何もして……無いわけじゃないけど……そ、それでも俺はやってないんだぁあああ!」

 俺の悲痛な叫びは鬼に届く事なく、解放されたのは夕飯の時間を大幅に過ぎた深夜だった。
 こんな事になったのも腹ペコのせいで【幻誘采花】の採取をミスったせいだ!
 もう二度と空腹になんかなるもんか!
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