食うために軍人になりました。

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第一章

紛糾の会議室

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 隊舎内の会議室の中で俺は説教されていた。
 はっきり言って納得できない内容ばかりだが、有無を言わせない圧力に屈してしまい、口を挟む事が出来ない。

「貴官は何を考えているのだっ! あんな膨大な魔力を持つ技を放とうとするなど、我々を消し去るつもりか!」

「そうだよぉ! あんな魔力は反則なんだからねぇ! 本当に死ぬかと思ったんだからぁ!」

 両脇から謂れのない説教を受けている。
 本来であればこんな理不尽な説教なんか御免被りたいところだが、今日は違う。
 なぜなら……。

「聞いているのかっ! 軍曹! 貴官の事を言っているんだぞっ! それと……け、剣術について聞きたい事がある!」

「軍曹っ! 私は許さないからねぇ! た、助けてくれた事には感謝するけどぉ……でもでも、危ない目にも合わせたんだからぁ! 罰としてなんか奢ってよぉ!」

 大尉と少尉がこんな感じだからなぁ。
 内容的には怒られてるんだろうけど、どうにも緊迫感がない。
 それに絶世の美女と美少女に囲まれているのも悪い気はしないなぁ。

「大尉、少尉。もう、それくらいにしておいてやれ。私も『全力を見たい』と言ったからな。軍曹ばかりを責めるわけにもいかんだろう」

 俺の対面に座る中将はそう言って大尉と少尉を宥めた。
 大尉と少尉はまだ何か言いたそうだったけど、直属の上官に言われては黙るしかないようだ。
 それにしても俺の前にはジェニングス中将、右にヴォルガング大尉、左にリンテール少尉……ここは楽園か?
 俺の人生でこんな美人3人に囲まれる日が来るとは思わなかった。
 言ってはなんだが、ダウスターは帝国でもかなり田舎の方で、当然ながら人も少ない。
 若い娘なんかほとんどいないからなぁ。
 いたとしても幼馴染の男と結婚の約束してたり、都会に憧れて出て行ってしまったりするからな。
 俺の初恋だって随分と歳上の女の人だった気がする。
 それが今、例え仕事とはいえ美人に囲まれるなんて、軍人になってよかった!

「さて、軍曹。私は約束は違えぬ女だ。約束を果たそう」

「えっ? 約束ですか?」

 約束? 約束……あっ! 昇進かっ!
 勝ったら昇進させてくれるって話だったからな!

「はっ! ありがとうございます! 昇進してもこのリクト、粉骨砕身の気概にて……」

「待て、ジェニングス卿」

 俺の言葉を遮ったのは意外にも中将の隣に座っていたダウスター男爵だった。
 珍しいな。
 普段なら最後まで話を聞いてくれる人なのに。

「なんだ? ダウスター卿」

「すまんが、その昇進。些か問題があるのだ」

 えええええええええええっ!
 そ、そんな……俺の昇進が……。
 しかも、男爵にそれを阻まれるとは思わなかった。
 いったい、どういう事だ?

「それはどういう意味か?」

「人事の問題だ。現在、我が領軍に属している下士官以上の者はリモン・サイモン上級曹長、アルフレッド・フォン・ダウスター曹長、ホウキン・ロースター軍曹、そしてリクト軍曹だ。これでわかったか?」

 俺には全然わかりません。
 何が問題なんだ? 
 馬鹿息子が曹長の器に相応しくないって話なら同意するけど。

「なるほどな。下士官が多すぎるという事か」

 えっ? 中将にはすぐにわかったの?
 下士官が多すぎるって、どういう意味だ?

「大佐。軍曹に説明してやれ」

「はっ! 了解しました」

 うおっ! 大佐だっ!
 いつの間にか中将の後ろに立っていた。
 ごめんなさい、全く気づいてませんでした。

「では、リクト軍曹。貴官は軍曹の役割についてはどう理解している?」

 大佐が俺の方を見ながら問いかけてきた。

「兵の訓練をする役とか軍内部の秩序維持が主な役割と認識していますが……」

「概ねはそうだ。翻って曹長は事務的な軍務を担っている。例えば、食料や装備などの物資管理、軍費や給金などの金銭管理、隊舎や練兵場の設備点検などだ。わかるか?」

 つまり、後方支援的な役割ってことか。
 いや、この場合は縁の下の力持ちかな?
 
「軍の教練を軍曹が行い、曹長は軍の事務処理を行うのだ。つまり、軍曹と曹長では軍務が異なる。現在のダウスター領軍は曹長2名、軍曹2名だが、貴官が昇進すれば曹長3名、軍曹1名となる。これは軍の人事としてはバランスが悪い。はっきり言えばこれ以上、曹長は必要ないのだよ」

「そ、それは……か、階級だけ曹長にするとかは……」

「確かに階級だけ曹長にして、軍曹の軍務につく事もできるが、それでは軍務に果たした貴官の功績を評価できなくなる」

 あー、駄目だ。
 これは難しすぎてよくわからない。
 軍務に果たした功績の評価ってなんだよ。

「要は人事査定に関わるということだ。曹長には曹長の、軍曹には軍曹の人事評価基準がある。貴官が曹長としていくら軍曹の仕事に精励しようとも、曹長としての軍務評価ができないため、曹長としては何もしていない事になってしまうのだ」

「えっと……要は曹長として軍曹の仕事をしても意味がないって事でありますか?」

「簡単に言えばそうだ。サイモン上級曹長かアルフレッド曹長が昇進して曹長の枠が空き、貴官が曹長としての軍務で功績を立てるまで昇進はできない」

 うわぁ……最悪だ。
 階級だけ上がって仕事は今のまま。
 聞いてるだけなら役得っぽいけど、その間の仕事は評価されないから意味がないってわけだ。
 それに俺は知っている。
 サイモン上級曹長は軍曹から曹長に上がるまでに15年もかかったそうだ。
 田舎の領軍には出世の機会なんかない。
 二等兵から入った場合で定年時に多いのが軍曹か曹長だ。
 サイモン上級曹長は今後は機会に恵まれない限り、現階級のまま定年を迎える可能性が大きい。
 そしてアルフレッド曹長だ。
 あの馬鹿息子がサイモン上級曹長みたいに仕事が出来るわけないし、出世するまで何年かかるかわからない。
 ましてや、奴は降格人事だ。
 昇進するためにはかなり大きな功績が必要になる。
 軍の人事に貴族が介入する事はあるが、ダウスター男爵はそういった事はしないだろうし、あいつの昇進は絶望的と言っていいだろう。
 そうなると俺も昇進出来ないまま終える事になってしまう可能性がデカい。
 ……最悪だ。

「すまんな……軍曹」
 
 男爵が罰の悪そうな顔をしている。
 無理もない。
 『息子が無能だからお前は出世出来ない』って事だからな。
 はぁ……せっかく昇進できると思ったのに、その先がないなんて……俺もここまでなのかなぁ……。
 昇進して馬鹿な貴族に一泡吹かせてやろうと思ったのになぁ。

「本当にすまん。なるべく貴官の人事評価が認められるよう取り計らうから……」

「待て、ダウスター卿。リクト軍曹、貴官に聞きたいことがある。その答え次第では、今回の昇進の件、私がなんとかしてやらないでもないぞ?」

「えっ!」

 今度は中将が言葉を遮って入ってきた。
 それより、なんとかってなんだろう。
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