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第零章 九尾のきつねの琥珀さんをご奉仕します!!
ご奉仕その三 名前で呼んで下さいな!!
しおりを挟む「しっかし、裏切らず殺風景な部屋ですね。しかも、狭いしワンルームでベッドは一つ」
「うるせぇー、寮なんてどこも一緒だ」
「まぁ、このご飯で許してあげます」
琥珀は俺が調べて作った夕食の精進料理をパクパクと箸で口に運んでいた。
「何で、わざわざ人に戻ったんだよ?」
「人が私に捧げたご飯ですよ。当然、人の姿で食した方が美味しいでしょ!」
「そういうもんか?」
「はい」
モグモグ、必死そうな所を見ると美味しいらしい。普段より味を薄目にした。野菜を優しく丁寧に煮ただけの料理だが。
「普段はそんなに私に合わせなくて大丈夫です。言いましたが、清気があればこと足りるので、ついで、でいいですよ」
「ついでね」
俺がついでで、という意味ではなく?
「貴方のついで、です!!」
何故か琥珀は俺の思考が分かったらしい。頬を膨らましながら不服そうに言った。
野菜は茹でて冷凍保存してあったから簡単だったし、俺は修学旅行の観光で結構色々食べたのでそれで充分だ。明日は振替えで休日になっている。
とりあえず明日は自主トレと掃除して、時間があれば勉強だろうか。
と、いうかこの狐……。
「お前、いつまでここにいる気だよ?」
ピシリ、と琥珀の空気が凍る。
「それ、聞いちゃいます?」
「そりゃあ。俺だっていつまでもここに住んでる訳じゃねぇし。……そもそも、この寮ペット不可だし」
「ペットじゃありません!!」
「に、しても。何、その尻尾が全部戻ればいいのか?」
「それは……そう、です……けど……」
「それぐらいなら、好きにすれば」
まぁ、今あれこれ考えても仕方ない。俺は久しぶりに自分で作った食事を食べた。
「……そうですけど!!」
「けど……?」
「最後の一本が問題なのです」
「最後の一本?」
「ええ。一応、尻尾は霊力や清気の結晶のようなものです。それぞれ一本、一本役割があります」
「へぇー」
「一本目は姿。二本目は力。三本目は移動……って感じです」
「ふーん。で、最後が九本目」
「そうです! その九本目が問題なのです」
「それで? その九本目の何が問題だって?」
一応、俺はちゃんと話を聞いている。
どうやら本当の話っぽいし。どうにかならなくて困ったことになったらそれこそ困る。何事も取り扱い説明書は重要だ。
「その九本目だけは自分でコントロール出来ないのです」
「なんで?」
「まー、元々、その九本目の力は封印の力でした。最後の最後、自分の力を封印するためのものだったのです」
「ふむ……」
「ですが、私の力が弱まったと同時に最後の尻尾は私から独立し、概念になってしまいました」
「……概念??」
「一本が独立存在行動しちゃったのです」
「なるほど。でも、8:1だろ? お前の方が強いんだからどうにか出来ないのか?」
「その尻尾の概念だけなら問題ないですのよ」
「じゃあ、なんで……」
「そもそも、私の力の衰退はその九本目が原因なのです!! あの野郎、私の元から勝手に離れて、勝手に新たな主人を見つけたのですよ!! 九本目は封印。つまり、他の尻尾の力を封印する役割も担っていたのに!!」
「……それって、お前捨てられたんじゃ……」
「え?」
「いえ。何でも。続けて下さい」
にっこり、すごい笑顔だが、殺気もスゴかったので俺は空気を読んで黙った。
「……あ、でも、やっぱり、お前がその主人より強ければいいんじゃん。ゲームみたいに」
何となく、思い浮かんだイメージを言う。
「そう簡単には行きません。私の概念を従える術者となれば相当な者です。あの社から探って数百年。分かったことは月の者である、ということ」
「月……ってあの月?」
俺は思わず、ベランダの方へ視線を向ける。今は夜9時。今晩も月は出ているだろう。
「ええ。狐の象徴の一つです。確かに、我々の多くは月に従属しています。私もそうです」
「じゃあ、そいつを倒せば良いのか?」
「だからゲームみたいに簡単には行きませんって。それは神に近い存在です。九尾の狐の完全体の私ならまだしも、欠けた状態では勝つも何もなく歯向かえば駆除されます」
「じゃあ、どうするんだよ?」
「どうも、何も……説得して戻って来てもらうしかありません。その九本目に」
「じゃあ、お前も面倒見て貰えば?」
少なくとも一本従えるのだから力的に見ても人格的に見ても悪いやつではないのだろう。
「……~……!!!」
つまり、プライドが許さない、ということだ。また難儀な狐だ。
「ほぼ、同等もしくは以下の相手に頭を下げるなんて……」
「俺も野球やってるし……気持ちは分かるけどさ」
その最後の尻尾の主人、悪いやつじゃないんだろうなぁ。解放された途端、再び従属を許せる相手だ。少なくとも琥珀より絶対にマトモで潔白な人だろう。そうでないと無理だ。俺だったら絶対に嫌だ。
「少なくとも、その九本目の主人ぐらいにはならないと話は聞いてもらえなさそうだぜ」
「そんなの無理です。絶対、あの野郎私と真逆のヤツを選びました!!」
「……やっぱり」
「やっぱり、って何ですか」
琥珀は少ししゅん、とした。悪いやつではないけれど。ちょっと性格に問題があることは分かった。
しかし、尻尾は全部自分の体の一部なのにそれが独立するなんて変な話だ。
とにかく、これからのことは尻尾が全部戻るまで分からない、ってことだ。
一応、俺は高校三年生だ。受験勉強ぐらいはする。当然スポーツ推薦は来ているが将来野球選手になるのか、といえばそれは微妙だ。
今日は流石に疲れたので、サッとシャワーだけ浴びて寝るが。
琥珀は食事が終わると俺の部屋をうろうろしていた。
「勝手に弄るのは良いけど、物は壊すなよ!」
「壊しませんよ!!」
風呂に行く前に、こそっと注意だけは一応、した。
シャワーだけ、と思っていたが結局湯も張ってしまった。何となく入りたい気分だったのだ。旅路のせいで付いた色々な匂いを落とす。
それにしても、あの、玄関の前の時の琥珀は不思議だった。
「悪い狐だったら、……」
俺はどうしても、琥珀がそんな奴には見えなかった。尻尾に逃げられるようなやつで。性格に少し問題があることはあるが。
それでも、琥珀は悪い狐ではない。
そこだけは確信している。ただの勘だが、信じていいと思った。だから、闇雲にただの親切心で助けた訳ではない。そうした方がいい、気がしたのだ。
これは勘だ。しかし、俺の直勘は良く当たる。
今のところ、俺は自分が何かを間違えた、とは思わない。
風呂から上がると、琥珀は勝手に俺のベッドを占領していた。
「おい!!」
「宝探し、失敗ですー!! 何もない、だと……」
「……お前」
「おかしい!! 貴方、高校生ですよね!!」
コイツ、俺の部屋でエロ本探してたな!
「残念でした。俺は回し借り派でーす」
「む。むむむ!!」
悔しそうにベッドの上で暴れる琥珀の横に座って、俺は頭をタオルで拭いた。
「ふぁー、貴方さまの匂いがします!」
「ん?」
「本当に、素敵な清き気です」
「そりゃ、どーも」
褒められても、俺には何も分からない。
「でも、良かった」
「何が」
「全く、完全の清廉無垢、という訳ではなさそうで」
「そりゃあ、俺は高校生だしな」
当然、エロ本ぐらい読むし自慰もする。
「じゃあ、私に魅力がないんですかね……」
「はい?」
そういえば、琥珀は勝手に俺の制服のシャツを着ている。確かに、あの衣装のような服で動き回られるとちょっと邪魔だとは思ったが。
「お前、服!」
「これしか着られそうなの、無かったんですけど。意外とオシャレですね」
「そりゃ、ありがとよ」
しかし、随分際どい格好だ。ヒラヒラした制服のシャツは少し彼女には大きい。
「……ですよ」
「……ん?」
「そういう目で見ても、良いんですよ。人間ですから。当然ですよ!」
「確かに、お前は綺麗だけどさ」
「はいはい!!」
「……好みじゃないかな」
「……はぁああ!? 私、一千年来から超絶美女と謳われていたのですよ!!」
琥珀に凄い剣幕で迫られた。
「冗談、冗談だって。いや、半分本当か」
「どっちですか!!」
「俺の好みが黒髪でクール系なのは本当だって。けどさ」
「けどさ?」
「キスぐらいなら、してやってもいい、って情ぐらいはあるから。そんな風に強引に誘惑しなくても」
「まさか……私の魅了が効かない、なんて」
「そんなことはないと思うぜ。実際、いい女だな」
「ハジメテ貴方に容姿を褒められました!!」
琥珀は狐耳をぴこん、と立てる。
「だから、お前がそうしてやってもいい、ってならそうすれば」
「……つまり、貴方は私の意思主張を尊重する、と言っているのですね?」
「まぁ、女だしな」
「私、これでも結構生きてるんですよ。それこそ、酒池肉林ぐらいは経験してます。本当にいいんですよ?」
「神が……酒池肉林……そんなだから尻尾に逃げられるんだぜ、絶対」
俺は思わず笑った。
「神だって時々、暴れるんですからね」
何に照れたのか、少し頬を染めた琥珀はふいっとそっぽを向く。何となく、俺はその琥珀の顔に手を添えて、唇に触れた。
「ん!?」
もう、回数は忘れてしまったが、慣れないものだ。
そして、キスって案外艶かしい行為だったのか。
かかる、相手の吐息。それに温度。草木の爽やかな匂い。
そっと離れると、耳と尻尾がぴくぴく痙攣しながら、今更照れているのか顔を真っ赤にした琥珀がいた。
「それは……ずるいです」
「俺だって、やられっぱなしじゃねーからな!!」
「そんな風にされたら、もっと欲しくなっちゃいます!!」
そして、反撃を喰らった。
「……んっ!?」
強引な口付けだ。そんなに焦ることも無いのに。俺は優しく、尻尾を撫でるとブフォ!! と毛が逆立った。
「きゃう!!」
「悪い嫌だったか?」
「いいえ違うのです。むしろ逆です……」
琥珀は先ほどから妙に弱々しい。
「あのでは……全部貴方にお任せしても?」
「別にいいけど……流石に童貞だしそこまで大したこと出来ねぇぜ」
これを言うのはちょっと照れ臭く流石に頭を掻きながら言う。
「良いのです。貴方になら何をされてもいい、と思えるぐらいには、私にだって情はあります」
「何をされても」
その言葉にはニュアンスが随分と含まれていた。それに気が付かないほど、俺は馬鹿ではない。
「されても」
「ちょ、それは流石に……」
「嫌ですか?」
「嫌とかではなく……そう! 準備とか!!」
「必要ありません。貴方から直接精液を頂けるのですよ? 尻尾も一本復活するでしょう」
「……あー、そうなの」
「ご決断するのは貴方ですよ?」
「決断、って……」
「貴方さまのような、清き気を持つ者の初夜の相手です。吟味した方がいいと思いますね?」
「初夜って……」
「では、筆卸し?」
「それはもっと嫌だ!!」
「もちろん私だって手慣れてますから。絶対に満足させてみせましょう」
「……あれ、なんか、知らない間に話が……」
「貴方が悪いのです。私の魅了は効かないくせに私を拒まず受け入れた」
「それは……」
そういう、ことなのかもしれない。
「だから私も貴方を受け入れます」
「お前……」
「さあ、単なるスポーツとして済ませましょう?」
「スポーツ、ってお前な」
「大丈夫。私に身を委ねれば……」
「やっぱ、やられっぱなしは嫌だな!!」
俺は決断して、琥珀をくるりとベッドに押し倒す。
「ひゃっ……!!」
「さあ、お手並み拝見」
「貴方……そんな顔もするのですね」
琥珀は俺の唇に軽く触れた。耳と尻尾は絶好調にもさもさしている。俺は本来、動物が喜ぶであるであろう場所を撫でる。
「ん、ぅー、同時はズルいです!」
「ぅん? ……」
以前より距離が近い。艶かしい、水音。
「狡いのはお前だ!! 今、舌突っ込んだな?」
「だって、もっと、もっととしている間に我を忘れて……」
「それぐらいはご奉仕しましょう?」
「……ー!! 何だか、とっても立場が逆な気がします!」
「そりゃ俺にも男の矜恃がある」
何せ、初めて女性を抱くのだ。当然緊張する。
「今は、私に送るエネルギーのための行為です。深く考えないで」
「ああ、分かった」
「私は貴方の欲求に精一杯答えます」
「……よろしく」
照れたように手を差し出すと、今度は握り返される。
「どうしよう……普段あんなに素っ気ない貴方と……ギャップ萌えで死にそう!」
「ギャップ……」
「私も身を委ねます。どうぞ、お好きに」
琥珀は俺のベッドの上、するすると羽織っていたシャツを肩から落とす。
意識していなかった彼女のボディライン。俺はそっと、琥珀の後ろの髪を束ねている紐をほどいた。綺麗な銀髪が月の光を反射して光る。瞳は輝く黄金。その色はまさに。
「琥珀」
「……え?」
「……お?」
「今、今! 名前で呼びましたよね!!」
「あ、そうか。お前、琥珀か」
「そうです! もっと、もっとちゃんと呼んで下さい!!」
琥珀は変に俺に迫っていた時よりよっぽど生き生きとした表情をしていた。なら、まぁ、いいかな、と俺は思った。
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