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第十章 Strawberry Moon
第二限目 生き残る最善の方法
しおりを挟むさて、些か妙なことになった。
消えた泉頼。血塗れの少女。彼女から詳しく話を聞くしかない。
「貴女、怪我は?」
「ない……けど」
桂一は振り向き、少女を持ち上げる。
「ちょ、お前、汚れるぞ!!」
「構いません。貴女、その姿で自宅に戻るのですか?」
桂一の言葉に類は固まる。
血だらけの制服。死んだ妹。
「そ……それは」
「落ち着くまで、仕方ありません。私が保護しましょう」
「え!?」
慌てている少女を見て月臣は言った。
「桂一は藤堂の教師だ。安心して保護されるといい」
「貴女は藤堂の生徒ですね?」
その言葉に類は首肯く。
「……生存者がいて良かった」
桂一はぽつり、と呟いた。
「俺はとりあえず、今回魂送した魂の記録から泉頼という人間を探す。多少、君の血統からも探るが構わないか?」
類はその明るく、少し癖っ毛の短い髪の青年を知っていた。桂一と同じ藤堂の新任の教師だ。
「ええと、……はい」
「君はまだ精神が錯乱している。しばらくしてから、もう一度確認はする。それまでは桂一の側にいた方がいい。何が起こっているのかも分からないのだろう?」
月臣の言葉に類は首肯く。
しかし、月臣の瞳は類を的確に捉えた。海色の瞳が。
「しかし桂一に恐怖はない。妹の敵討をした人間だからと言って、そこまで信用するのか? その男は君の妹を殺した人殺しと同じ人殺しだぞ。結果はどうであれ」
その問に類は何も答えることは出来なかった。
「その辺にしてあげなさい。貴方が言った通り、彼女はまだ何も理解していない」
桂一の言葉に月臣はため息を深く吐く。
「良いだろう。彼女は君に任せよう。上杉に報告してもいいが、この状況だと芳しくはない。もう少しこちらで探るが」
「ええ。お願い致します」
「しかし珍しい。桂一。君はもっと、自分の因果を遂行する、情などどうでもいいただの殺人鬼殺しだと思ったが、少々違ったようだ」
月臣のネクタイが風に靡く。
桂一の家はただの都内のマンションだ。
もちろん、実家という場所はあるがそこは秘境であり、どこの地図にも載っていない。泉類は桂一に背負われながらそのマンションに到着する。
「あの……鳩里先生……」
背負われながら、類はこの男は本当に鳩里桂一だろうか、という疑念が過る。
類の知る桂一はただの普通の教師だ。
あまり生徒に関心を持つタイプの教師ではなく、何事も傍観している、という印象が強い。担任の教師なのに、ほとんどのことは生徒に任せ、かといって放任的かと言われればそうではない。不思議な教師なのだ。
ただ、どこか漂うベテランの空気に生徒は誰もが彼を信用していた。月臣のような人気者ではないが確固たる地位を持った教師、というのが類の印象だ。
誰かを特別視することはなく。
誰かに肩入れすることはない。
しかし、まるで他人事のような空気で人に接することはない。
不思議な教師。
「着きましたよ。何もないのですがね」
「え……あ、あの」
「貴女の話を聞くだけです。後、その血をどうにかしましょう。後は追々」
類は頷いた。
マンションの中に入った瞬間、類はしばらく玄関の前に立たされた。
「家中、血だらけになるのは困るので、先に風呂ですよ。準備しますから、しばらくそこにいて下さい」
「……はい」
「しかし、困りました。女性物の衣服などあったでしょうか」
そう呟きながら、桂一は家の電気のスイッチを押し風呂の準備に取り掛かっていた。
内装は普通のマンション。フローリングの2LDK。玄関からリビングまでの短い廊下とキッチン。寝室。至って普通のマンション。
類にはまだ現実が理解、いや認識が出来ていなかった。血だらけの自分の体。
何が起こったのか。何故、こんなことになったのか。
「出来ましたよ」
「早い……ですね」
「自動ですからスイッチを押すだけです。服はシャツしかないのですが」
類は固まる。
「変な気は毛頭起こしませんよ。私は生徒にだけは手を出しません。神という存在がいるのなら誓って」
「わ、分かったよ!」
「風呂場まで運びます。よろしいでしょうか?」
仕方なく類は頷いた。
「血の付いた制服は全て捨てて下さい」
「……分かった」
「時間は気にしませんから。お好きなだけどうぞ」
と、類は脱衣場の中に押し込まれた。
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