輪廻血戦 Golden Blood

kisaragi

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第六章 とある星の光り方

四の幕 夢心地

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 テレビ出演を切っ掛けに鏡一狼は家を出ることになった。
 それは単なる切っ掛けだ。
 どうやら父は鏡一狼との勝負に負けたらしい。
 分かっていた結果だが千明は反対することもなく荷物を纏めて鏡一狼のマンションに引っ越した。

 生きているのか。死んでいるのかさえ分からない。そんな人形を拾ったのは千明だ。
 今でも明確に覚えている。

 遠い昔。満月の夜。
 暁千明は深い、深い森の中で生きているのか死んでいるのか分からない少年を見つけた。
 今時珍しい袴で色は上が白で下は水色。
 友達と鬼ごっこの最中に見付けた。虚ろな瞳の少年を。
 背は千明より高い。髪は黒。肌も所々汚れている。

「ねぇ、何してるの?」

 千明は恐る恐る声をかけた。
 長い時間、木の間から覗いていたが少年は瞬き一つしなかった。本当に人形だろうかと思い始めた頃、千明も道に迷っていたことに気が付く。日は暮れ、カラスの鳴き声に驚いて少年の近くへと走る。

「君も迷ったの?」

 しばらく千明は少年の側で怯えていた。カラスの鳴き声に、何処からか聞こえる鐘の音に。

「帰り道が分からないんだ」

 泣く寸前だったが千明は根性で絶えた。すると少年の腕がするすると上がり、指がどこぞの方向を指差す。

「そっちなの?」

 無言。
 千明は立ち上がり、少年の腕を引っ張った。

「一緒に行こう。きっと父さんと母さんが君の家も探してくれるよ」

 そして歩いた。
 少年が指した方向をひたすら歩いた。
 途中、何かに追われている気配がして千明は焦った。必死に走るが、何かは分からない。
 等々、涙が溢れた。

「ごめん、辿り着けないかも」
「ごめん、……謝った」

 その時、初めて少年が声を発した。

「……え?」
「謝った。解除」

 そして少年の瞳は綺麗な翡翠色だったのだと千明は知る。何か、風のような何かが少年を纏い、追っていた何かが散っていく。それは小さな星が砕けるような、綺麗な光景だった。

 そして沈黙。

「いなく、なった……君がやったの?」
「……」

 無言が続く。とにかく千明は少年が人形ではないことを知る。そして、涙を拭って少年の手を握った。

「絶対に、家に辿り着くから」

 しばらく二人で山道を歩いた。

「俺は暁千明。難しい暁に千と日と月で千明。君は?」
「桜小路鏡一狼」
「なんか長げぇ名前」
「会話を閉ざさず、真っ直ぐに進む」
「分かった。君の両親は?」
「食べた」
「……え?」

 千明は一瞬、足を止める。しかし足を止めると後ろの気配が近付いて来るのだ。慌てて駆ける。

「き、君は両親を食べたかったの?」
「食べたく無かった」
「じゃあ、それは食べさせられた、っていうんだよ。どうして?」
「……分からない」
「……え?」
「記憶がない」
「記憶喪失なの?」
「違う。記憶がない」
「でも、……両親を食べたのは分かるの?」

 もう文字だけだった。理解しているのは、言葉だけだった。それでも握った手は放さない。

「分かる。臭いと、食感で」
「……そう」
「もうすぐ着きます。手は放した方がいい」
「駄目だよ。連れていくって言った」
「振り返ったら、……君はこわい」

 どうにも少年の言葉は片言だった。恐らく千明より歳上だろう。それなのに、言葉を発するタイミングがどうにも遅い。
 明かりが見えた。家の明かりだった。本当に着いたのだ。

「凄い! 君のおかげだ!」

 千明は喜んで振り返った。
 瞬間、目に移ったのは血だらけの少年だった。髪も、袴も、手も。暗くて見えなかっただけなのだ。

「…………っ!」
「だからいった」

 千明は叫びたい衝動を必死で抑える。噎せる臭いに吐き気を抑える。地面に這いつくばって、必死に涙を抑える。

「さよなら」
「……待って! 行かないで!」
「なんで」
「君のおかげで家に、着いた。だから、お礼がしたい」
「いらない」
「したいんだ、待って!」

 千明は血が付き、腐りかけた着物を掴んだ。このままだと、少年は死んでしまう。そう思ったからだ。

「じきにしぬ。さいごに誰かと会話が出来て良かった。ありがとう」
「……待って言ってんだろ! 鏡一狼!」

 段々と少年の言葉が聡明になる。千明は自分の手が血に濡れるのも構わず少年の腕を掴んだ。

「君の家族も怖がる」
「……俺の家族が、そんなんで怖がるかよ。来いって言ったら、来い!」

 千明の瞳に少年は揺らいだ。

「良いのかな?」
「いいんだよ!」

 そうして踏み入れた暁家の明かりは鏡一狼には眩しすぎた。
 玄関前でそのままパタリと倒れた。

 少年の髪は柔らかな焦げ茶色だった。洗えば肌も綺麗な象牙色で、しかし、痩せ細り手足には拘束の跡がある。流石に父母姉は驚いたが桜小路鏡一狼という名は本名らしく、彼の家が、一族が惨殺されていたことは調べれば直ぐに分かった。
警察は鏡一狼の身柄の確保を要求したが、彼にはまだ立って、話せる程の体力はない。
 鏡一狼は一ヶ月程、何があったのか分からず、目が覚めると、目の前には強面の男性がいて、ただ固まるしかなかった。

「本当に生きておった」

 鏡一狼の瞳は綺麗なグリーン。

「……」
「言葉は喋れるか?」
「少しだけ」

 見回すと、鏡一狼は大きな和室に綺麗な布団の上で寝ていた。

「何か食えるか?」
「……肉はたべられない」

 鏡一狼は必死に言葉を発する。手を上げると、何か透明な管が付いている。

「それは点滴だ」
「てんてき」
「……血管から直接栄養を送っている」
「……けっかん、ちょくせつ」

 必死に漢字に変換しようとしたが、言葉の意味が分からず、頭を抱える。

「ああ、すまん、すまん」
「……誰?」
「千明の父、だ。自分の歳は分かるか?」
「分からない」
「何故だ?」
「記憶が数年程、なくなっています。小学生でした。他は分かるか、分かりません」
「……分かった。そう焦るな。君のことを少し調べさせてもらった。桜小路鏡一狼。本名だな」

 鏡一狼は頷いた。

「他の家族は……他殺で間違いないな」

 鏡一狼はもう一度頷く。

「桜小路鏡一狼、桜小路という一家、家族、一族、全員か?」
「……はい」
「何故、君は生きておった」
「……父さんが、桜小路家の……真髄を無くしてはいけないと俺に術をかけました」
「……術?」
「桜小路家は陰陽師です。その全ての術を俺に……封印しました」
「何故、陰陽師が殺されるんじゃ?」
「……桜小路家は古い一族で……特別な……術を持っていたから」

 上手く言えず、咳が出た。鏡一狼に水を差し出す。

「飲めるか?」

 頷いて鏡一狼は少しずつ口に含む。久し振りの水だ。咳き込みながらゆっくり飲む。

「その門外不出の術を守る為に俺には呪いがかかっています。もう少し、詳しく調べるならまともに言葉を発することが出来るようになるまで待つべきです。そうでないなら殺してください」
「……父上が必死に君を守ったんじゃろ? そんなこと言うもんじゃない」

 ピシャリと鏡一狼の頬を叩いた。

「……いたい」

 鏡一狼はその叩かれた頬を撫でて呆然としている。そんな彼を見て深く息を吐いた。

「千明がお前さんを随分気に入っておる。安心して休め」
「……はい」

 また一ヶ月、鏡一狼は眠っていた。
 時々水を飲み、果物を少しずつ食べ、後は眠っているだけだった。千明は気になって仕方がなく、ちらちらと覗いては色々な物を置いて去って行った。

 また、目覚めた時、点滴を変えている時だった。

「どうしてこんなにしてくれるのでしょう」

 ゆっくり起き上がる。その時には少年、と呼ぶよりは青年、と呼ぶに正しい。美しい髪と、瞳を持つ美貌の青年だった。

「わしの息子を助けてくれたからのう」
「ですが、それ以上に面倒だと分かっているのでしょう。俺は面倒です」
「それだがな、お前さんは暁家、ウチで面倒見ることになった」
「……え?」
「お前さんの、一家、一族惨殺事件は既に白紙になっている」
「……俺の名を暁にするのはおすすめしません」
「何故だ?」
「俺の家族を殺した犯人がいるからです。きっと俺も探しているでしょうし、あなた方に迷惑がかかると思います」
「ならそれでいい。暁家にならぬというなら、桜小路として生きるんじゃな。それがお主の望みじゃろ」
「……」

 鏡一狼はにわかに頷いた。

「ただの、代わりという訳ではないがお主にはこれをやってもらう」

 布団の側に置いてあった碁盤を扇子で示した。

「……囲碁」
「知っておったか。ウチは……暁家は碁の一門でな」

 青年は頷いた。

「千明も朋子もまるで才能が無くてのう。お主も才能が無ければそれでいい。しかし、一門には入ってもらう」

 青年はもう一度頷く。

 暁千明には囲碁の才能はない。しかし古くから続く犬神、暁家の血を引いていた。
 だからと言う訳ではないが千明はずっと鏡一狼の側にいた。弟分、式神、どう呼ばれても構わない。
 その人は泣けばいい。泣いて、誰かにすがって、悲しめばいい。それなのに、それさえせず、誤魔化さず、ただ生きている。それは己のせいなのかも知れない。
 悔しくなる。
 自分でも、変えることは出来ない。


 やはり不思議な若い碁打ちに世間の興味は向いた。
 新聞や、ネットの情報は酷いものだった。
 新しいシンクにドンッと拳をぶつける。
 朝、彼は起こさなければ起きない。しかし、彼は起きた。乱れた髪に、黒のシャツ。ジャージ。

「おはよ~」
「おはようございます」
「あれ、早いね。確か部活休みでしょ」
「週末は実家に戻るんで作り置きを」
「そっか」

 鏡一狼は伸びをして椅子に座った。

「……あのねぇ! もっと適当に出来なかったんすか!」

 あんな不思議なことをすれば興味は当然、鏡一狼に向く。

「しょうがないじゃん。あの子、本物だったんだ」
「それにしたって」

 千明はダイニングキッチンに新聞を投げ付ける。また、好き放題書いたものだ。鏡一狼は興味無さげにその新聞を広げる。

「あらら。興味が俺に来ちゃったか」
「あること、無いこと。……まぁ、確かにイケメンだし、力はあるけど! 碁の試合でインチキなんか」
「まぁ、出来ないしね。しばらくすれば分かるし静かにしてれば興味は薄れるよ」
「そうやって達観してますけど」
「それより、千明、夢は見た?」
「……俺と会話する気、あるのかよ」
「あるとも。俺にとってはね、こんな記事より千明の夢の方が興味あるんだよ」

 また、淫乱な言い回しだ。しかし、これが鏡一狼である。千明は勝手に魔性と呼んでいる。

「……見てませんけど。多分」
「それは困ったな」
「は?」
「いや、朝食にしよう。今日は和風がいいな」
「……良かったっすね。和風です」

 とは言うものの、メニューは葱の味噌汁、厚焼き玉子、市販の昆布のみだ。鏡一狼は肉類全般は食べない。時期によっては断食状態までなる。今日は丁寧に土鍋で米を炊けば簡単なおかずは食べるだろう。

「ああ、休みだけど補習なんだ」

 だから起きたのか。そんな様子で良く県内有数の進学校に通えるものだ。

「昼は?」
「簡単に済ますよ」

 彼の簡単、はゼリー飲料である。つまり夜はちゃんとした物を食べてもらわなければならない。

「今度の夜は揚げ出し豆腐がいいな」

 珍しいこともあるものだ。鏡一狼が自らリクエストするなんて。

「はい」

 鏡一狼は進学校らしい、濃紺の学ランに銀のボタンの制服を着て千明に合鍵を投げ渡し家を出た。

 鏡一狼のマンションと千明の実家は近い。そうした方がいいだろうと彼が選んだのだ。電車一本で着く。千明は週末には実家に帰るようにと散々言われているので仕方なく戻るのだが、居心地は鏡一狼のマンションの方がいい。簡単な私服で電車に乗る。車内は休日ということもあって、乗車人数は少ない。しかし、女性が多く何となく千明は立っていた。

「ねぇ、夢は見た?」
「……は?」

 一瞬、自分に話しかけられたのだろうか、と思った。目の前に少女がいる。えらく、グレーの、髪の長いセーラー服の女子だ。一度無視をしようかと思ったが、その女子が噂の神通力の少女だと知る。

「……お前っ!」
「夢は見た?」

 同じ問いを繰り返される。千明は鏡一狼が本物だ、と言っていたことを思い出す。

「見てねぇよ」

 千明はどちらかと言えば目付きが悪い方だ。初対面で気楽に話しかけられる様なタイプではない。

「その夢、もう食べられちゃったんだね」
「あのな、普通は初対面の人間には自己紹介するもんだ。俺は暁千明。鏡一狼さんに勝手に何かするなよ」

 もうすぐ電車が止まる。千明は言いたいことを口早く言った。

「……その内、現実に侵食される」
「……はぁ?」

 電車が止まった。
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