輪廻血戦 Golden Blood

kisaragi

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第三章 Decrescent

目録 とある教師の日常

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 その男の名前は鳩里 桂一。
 ただし、本名とは限らない。

 藤堂高校の教師である。
 三年生の担任もしており担当教科は数学。しかし現代文や古文も得意なので補習で生徒に教えることがある。

 黒髪に眼鏡。時折、上杉 英治に似ていると言われるが桂一はあそこまで仕事に対して非情でもないし切羽詰まってもいない。良く言えば達観している。悪く言えばのんびりしている。

 しかし朝はいつも早く出勤する。これは癖だ。
 眼鏡は朝倉 宗滴と違い度入りである。

 そんないつも通りの朝、目の前には上杉 尋也が校門の前にいた。

 全くもって高校とは不釣り合いの男だ。


 桂一の年齢は上杉 尋也と同じ年で高校も同じだ。
 しかし桂一は尋也とは契約していない。
 単純に人間関係としての相性が悪い。能力としても相性が悪い。

 鳩里 桂一の血統は風だ。風と音波の相性は悪い。

 鳩里 桂一はずっと月臣との契約を望んでいた。
 彼の力は風を無視した光による矢の攻撃だ。敵にさえならなければ相性が良い。

 しかし桂一の契約者は素人の少女だった。

 早朝に高校に行くのは習慣だ。朝の空気は清々しい。

 誰もいない朝の学校が好きだった。だから教師になったのかもしれない。

 しかし、その日は校門の前に上杉 尋也が立っていた。

 ふわりとした茶髪。色は地味でも洒落たジャケット、スーツを見る度にこの男は本当に警察官か、と桂一は疑うが、この男は歴とした警視庁機動隊部隊長である。

「おっひさー。元、学年首席の鳩里 桂一君」
「お久し振りです。元、生徒会長の上杉 尋也さん」
「やだ、他人行儀~!」
「不法侵入に何をもてなせと」
「良いじゃん。悪友同士さ」

 桂一は顔をしかめる。

「何か用ですか?」
「おめでと。新しい魂送師が見付かったんだって?」
「ド素人の少女ですよ。期待する方が可笑しいですね」
「お前が教えれば良いじゃん」
「朝倉 宗滴の方が適任でしょう」
「……お前はそうやって自分の血統を隠す訳ね」
「能ある鷹は爪を隠します」
「ま、良いんでねぇの? お前的には残念だったな」
「わざわざ、そんなことを言う為にここに来たのですか?」
「まさか。俺も一応、上杉の人間なんでね、偵察ぐらいするさ」
「……貴方の弟。このままでは補習で夏休みが潰れますよ」
「わざわざあんがとさん。ま、アイツのことはアイツに任せれば大丈夫。しかし桂一は良かったのか?」
「良かった、良くないの問題ではありません」

 桂一の周囲には風の壁が出来ていた。

 つまり機嫌は最悪だった。

 しばし朝の清々しい空気と共に静寂が訪れる。

「ま。彼女の霊力は問題ありませんよ」
「そうかい」
「本人無自覚ですけど」
「で、どうすんの?」
「一応、導きますよ。校内にいる間は」
「お前なぁ」
「そういう契約ですから」

 それが教師としての仕事だ。

「俺としては、あのお嬢ちゃんとツッキーの違いが分からねぇよ」

 ツッキー。本人が聞いたら怒りそうなあだ名である。

「ツッキー……あのですね。千年単位で己が人間ではないと自覚している魂送師と自分が人間かどうかも分かっていない魂送師。どちらが優秀かは聞くまでもありません」


「……そうですよね」

 気が付けば天草 千束が立っていた。尋也に気を取られ過ぎて気が付かなかったのだ。

「あ~、あ。俺、知らね」

 と、上杉 尋也はそそくさと逃げた。こういう時ばかり逃げ足は速い。

 天草 千束と二人きり。微妙に気まずい時間が流れる。

 これはまずい。いくら気に食わないと言えど。彼女はこの高校の生徒だ。そして桂一は教師なのだ。

「……こほん、あの、まぁ。色々危険な目にも会いますから……」
「……私、ちゃんと魂送師について勉強して来たんです。桜小路さんに色々教わって」
「彼なら問題ないでしょう」
「私、……私も人間ではない、って聞きました。けど……すみません。私の記憶がないせいで、私が何だったのか思い出せないんです」
「……それは怖いでしょう」

 静かな学校が間延びして見える。彼女の鞄を持つ手は震えていた。

 自分が人間ではない何かだったら。それを知らずに今まで生きていたのだとしたら。
 それが分からないほど桂一は融通の利かない男ではない。

「……はい」
「知りたいですか?」
「……分かりません。……けれど、……その。魂送師の力は大まか杖の複雑さで分かるそうです。私のこれは相応に複雑な方らしく弱い魂送師ではないと桜小路さんは言っていました」

 彼女はネクタイピン型に収納された杖を取り出す。確かに彼女の杖は二重の円だ。桂一と宗滴、二人いるから、この形なのだろう。

「貴女はこのまま魂送師になるのですか?」
「……分かりません。正直、私にそんな資格があるのか……」
「資格なんて。なるか、ならないかの選択ですよ」

 桂一はそんな彼女を見て溜め息を吐く。何故、彼女はこうも消極的なのだろう。

「……あの。私と契約してから何か不具合はありますか?」
「いいえ。貴女は元々、強い霊力の持ち主です。狩師二人を服従出来るぐらいには」
「……鳩里先生は……私が何者か知っているのですか?」

 彼女は驚いたような表情で桂一を見た。

「ええ」
「……どうして」
「どうして言わなかったのか、ということでしょうか? 貴女が知らなかったからです。知らないのなら自分で思い出すべきだと思いました」
「私が魂送師だと知っていても契約するのが嫌だったんですか?」
「それは違います。……知らないのなら、そのまま普通の人間として生きていく未来もあるのではないかと思ったからです。おそらく宗滴もそう思ったでしょう」

 桂一は眼鏡の位置を直しながら言った。

「……そんなこと」
「何故、上杉家がこんなことをしたのか分かりませんが魂送師は記憶をリセットされ家族という舞台装置まで完成している。この時代を違和感なく生きる為なのか。それとも他の目的があるのか分かりませんが」
「舞台装置……」
「貴女が人間ではない、ということはそういうことです。……駄目ですね。やはり私には向いていない。宗滴の方が優しく丁寧に教えてくれる筈です。……まぁ。校内に集まる悪霊は私がどうにかしますのでゲートの開き方ぐらいは誰かに習ってください」

 桂一はそのまま足を進めた。

 生徒と教師という関係のせいか、それともそれは言い訳なのか、どうにも彼女に対しての接し方が未だに分からなかった。

「……待って下さい!」

 彼女の強い声に呼び止められる。

「何か?」
「藤棚の霊が……悪霊になります」
「そうですね」
「皆で話し合った結果。なるべく傷付けないで魂送しようという話になりました」
「構いませんが……もうすぐこの高校全体を飲み込みますよ」
「……はい。だから彼女がこれ以上、堕ちないように彼女の混沌の意識の中にそれぞれ役割を持って侵入することにしました」

 彼女から一冊の本を渡される。それは台本の様だ。中央に無機質な明朝体で名前がある。

「……これは?」
「先生の役です」
「役? ……女性ですね」
「……あの。霊の記憶に一人教師がいて、その教師は先生しかいなくて……」

 桂一は何となく話が見えて来た。
 何故、上杉 尋也が朝から現れたのか。
 つまり、あの悪霊の記録を再構築したのは上杉 尋也だ。彼だけの力では不可能だから、もしかしたら桜小路 鏡一狼も関わっているのかもしれない。

「つまり悪霊の周囲で皆で演劇でもするというのですか」
「……はい」
「いいでしょう。高校の中の悪霊を狩ること。それが私の仕事です」
「……先生!」
「……はい?」
「……私、いつかちゃんと思い出して、鳩里先生と朝倉先輩の魂送師にちゃんとなります」
「……期待していますよ」

 桂一はひらひらと片手を振った。彼女がなる、と決めたのなら、それを反対する理由はない。

 快晴だった空が曇り出す。

「あー、また!」

 彼女は急いで飛び出し転んだ。

「……大丈夫ですか?」
「いたた……はい。いつも転ぶけど傷は直ぐ治るんです!」

 彼女の膝元の血は直ぐに止まった。

 彼女は雨を嘆いたが、これが天草 千束の力なのだ。浄化の雨。

 彼女はいつ気が付くのだろう。己が人間ではなく人魚だと。
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