27 / 30
27 飛翔する嵐
しおりを挟む
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「またかよ!? さっきからこんなんばっかじゃねぇか!!」
嵐を纏うモノが挨拶代わりに猛烈な暴風の息吹を放つ。
俺の身体が地面から浮かび上がり、ザクロを抱えたまま近くの天幕に激突した。
痛みは薄いがとにかく衝撃が強い。脳がシェイクされ乗り物酔いのような感覚に陥る。
「勇者様命ノ恩人」
「ザクロ、お前は相性が悪すぎる一旦引け」
あまりにも風が強すぎて空を飛ぶのは無理だ。
では地上から、とも言えない。発現した竜巻が邪魔をしている。
『これは……ちょっと厳しいかも。せめて地上に降りてくれないと攻撃が届かないよ』
ノムの大地の力でも近付くのは難しいようだ。
嵐を纏うモノは存在そのものが天災だ。コットスのまやかしの風とは比べ物にならない。
台風の目という明確な弱点もなく。地上の者はただ空の覇者の暴虐を眺めるしかない。
まさかコットスが魔王獣を隠し持っていたとはな。
これまで使わなかったのも味方部隊に被害が出るからか。
コイツは移動するだけで土地が吹き飛んでしまう威力を持っている。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「くそっ、安全地帯から吠えやがって。情けないぞ!」
言葉が通じない相手に挑発しても意味がないが。
俺たちの攻撃を完全に無効化されて、成す術がない。
「ヒメノ、どうやらお困りのようね」
ルーシーが背後に立っていた。吹き荒ぶ嵐をものともしていない。
手に握られた核が光輝いている。心臓を貫いた際に奪い取っていたのか。
「精霊核は取り戻したわ。風を担う者として、あんな獣に負けないから!」
「だったら、俺たちのやる事は一つだな?」
「ええ、君に私のすべてを預けるわ。有効に使って!」
【精霊融合】
ルーシーの風の力が合わさり俺の背中に一対の羽が生えた。
『狭いわね……ノム、もう少し場所を開けて』
『嫌だよ。ここはボクの場所でもあるんだから』
「人の身体の中で喧嘩すな」
上空では嵐を纏うモノが暴れ回っている。世界樹の枝木が折られていく。
しかし効率はかなり悪い。あのペースでは完全破壊に数日は掛かるだろう。
魔王獣も頭脳は獣並みか。今のうちに目障りな飼い主の方をぶっ潰しておくか。
「フハハハハ、嵐を纏うモノよ。構わんすべてを滅ぼすノダ!」
「コットス、往生際が悪いぞ」
自由な風を手にした俺が、愛剣と槍を携えて双頭巨人と対峙する。
地面を力強く踏み込み翼を広げ突撃する。迎え撃つ巨人が拳を振るった。
「させんぞおおおおオオ!」
「遅いッ!」
拳を躱して剣で斬り付ける。鈍い切れ味だが確実に効いている。
翼を翻しルーシーの槍で膝を貫く、コットスは残された風の残滓で逃れようとする。
強引に俺を吹き飛ばそうとするが、ビクともしない。心強い大地と風が味方をしてくれる。
『今の私たちに、この程度の風は通用しないわ。まるでそよ風のようね』
「さっきの一撃で楽に死ねなかったのが運の尽きだな。この世の地獄を、その身に味わいやがれ!」
勢いに任せて顔面を殴りつける。続けて踵落とし。空中で回転蹴りを加える。
――顔が二つで弱点も二倍だな。反対側にもう一セット、新たな力を身体に馴染ませていく。
愛剣で鼻を叩き折って、おまけで【氷の槍】を鼻穴に突っ込む。
「ゴオオオオオオオオオオオオオ」
双顔巨人がマヌケ顔を晒しながら叫び声を上げる。
「まだ終わりじゃないぞ。【双土剛腕撃】!!」
拳をゴーレムで強化して得意のインファイトに持ち込む。
翼で制御しながら何度も殴りつける。殴りつける。殴りつける。
咲のような圧倒的な攻撃力がない代わりに、俺はひたすら手数で攻め続ける。
「ドララララララララララララララララララララララ」
「グオッ、ゴホッ、ガハッ、どあああああああアア!?」
放たれる無数の拳が巨体を沈める。が、攻めは緩めない。
心臓を貫かれてもゴキブリの如くしぶとく生き残った野郎だ。
それこそ、数千発の拳を叩き込まなければ安心できないだろう。
ここが地獄の一丁目だ。村の犠牲者の分も合わせて喰らいやがれ。
「ドララララララララララララララララララララララ」
「ぐおおおおおおおおおおオオ――――」
「ドララララララララララララララララララララララ」
「ゴホッ……グ……ふ………………」
「ドララララララララララララララララララララララ」
「……………………………………………」
「ドララララララララララララララララララララララ」
「……………………………………………」
「ドララララララララララララララララララララララ」
「……………………………………………」
「ドララララララララララララララララララララララ」
『ちょっと、ヒメノ! もう倒して――』
「ドララララララララララララララララララララララ」
『さすがにこれ以上は体力の無駄――ノムも何か言いなさいよ』
「ドララララララララララララララララララララララ」
『ねぇねぇお兄さん。もう終わってるみたいだけど』
「ドララララララララララララララララララララララ」
『ん~集中して聞こえていないみたい』
「ドララララララララララララララララララララララ」
『サクが後ろで手を振っているわ。こんな残酷な場面、見せられないわね』
「ドラララララララララララララララララララららら…………らぁっ!!」
『あ、終わった』
「ぜぇぜぇ……疲れた」
『それもそうでしょ……!』
数千発は体力的に無理だった。敵は原型を失っている。
当然返事はなく、その後コットスが立ち上がる事は二度となかった。
「次の相手はどこだ!?」
『ちょっと落ち着いて。頭に血が上りすぎよ!』
「あ、ああ、そうだな。悪い、少々調子に乗り過ぎたようだ」
『少々……? これ以上を想像したくないんだけど……』
ルーシーのおかげで正気に戻れた。
異世界人の俺は慣れない戦場の空気に酔いやすい。
ある種のゾーン状態に陥っていた。まっ敵は倒したし文句はないだろう。
「このまま嵐を纏うモノを倒しに行くぞ」
『私、魔王獣より君の方が恐ろしく感じるんだけど?』
「よかったじゃないか。これで奴と対峙しても物怖じせずに済むな」
『その考え方前向きすぎない……?』
頭の中でツッコまれながら翼を動かし、空の支配者、嵐を纏うモノと肉薄する。
「グルルルルギャアアアアアアアアアア」
暴風の息吹を直前で回避、髪の毛が数本抜けていく。
『気を付けて、私とノムの力を合わせてもあの息吹に触れたら身体をバラバラに引き裂かれるわよ!』
「わかってる。注意して避ければいいんだろ?」
『そ、その通りだけどさぁ。それだけって、君、恐怖は微塵も感じないの!?』
「邪魔なものは元の世界に置いてきたからな」
『それ、人としてどうなの……?』
『ルーシー、お兄さんに常識は通用しないよ』
翼を縮めて一直線に突っ込んでいく。
感覚で息吹を躱しながら。剣を強く握る。
「どらあああああああああああ!」
「グギャアアアアアアアアアアア」
大きな飛膜を斬りつけた。嵐を纏うモノが悲鳴を上げる。
竜巻が四方から接近してくる。俺はすかさずノムの力を放出する。
「させるか、【岩石の巨人兵】」
巨大な四体のゴーレムが竜巻を迎え撃つ。
嵐を纏うモノは小型の不可視の風の刃を射出した。
同じくルーシーの力を引き出し【風の刃】で相殺する。
『凄い、私の力が数倍にも増幅されている。これが勇者の力なのね』
「どうした。魔王獣ともあろう存在が、この程度で終わりなのか!?」
「ガア……グルルルルル。グゥ」
嵐を纏うモノは目を見開いて驚愕する。俺たちはすべての攻撃をやり過ごした。
魔王獣は生まれて初めて恐怖を感じているのだろう。食物連鎖の頂点に君臨する獣。
絶対強者が堕ちる日が来たのだ。
『お兄さん、奴が逃げるよ!』
「逃がすかよ」
世界樹を放棄し背中を向ける魔王獣を横から追い抜き。
勢いのまま大きく弧を描いて垂直からミサイルの如く着弾。
翼竜の頭蓋を槍で刺し貫く。硬いな、だが一度喰らい付いたらもう離さんぞ。
「さぁて、次は貴様の番だ……俺の前に立ちはだかった事を後悔させてやるよ」
「ギャ、ギャアアアアアアアアアアアアア」
『およそ勇者の台詞とは思えない……魔王軍より恐ろしい……君が味方で本当に良かった……!』
俺の低い声に脅され、嵐を纏うモノの咆哮は悲鳴そのものだった。
槍を少しずつ奥へと刺し込んでいく。戦いは終わり、拷問へと移り変わった。
魔王獣のちっぽけな命は、俺の機嫌一つで失われるだろう。選択次第で助けてやってもいい。
「――俺に忠誠を誓え。さもなくば手が滑って奥深くを貫いてしまうかもよ。どんな気分だろうなぁ、脳みそが徐々に槍で埋まる感覚というのは。楽には死ねず、正常ではいられないだろうな?」
「ギュイ、ギュイイイイイイイイイイイイイ」
『う、嘘……魔王獣が命乞いしている……?』
小動物に似た鳴き声で、嵐を纏うモノは大人しく地面に降りた。
「安心しろ。俺は仲間を丁重に扱うからな。槍は抜いてやる」
「クルルルキューン」
嵐を纏うモノが頭から血を噴き出しながら俺の身体を舌で舐めている。
独特の獣臭が酷いが、ご主人様として大きな器で受け止めてやる。
必死にご機嫌を伺っていると思うと可愛いものだ。あとで止血もしてやらないと。
「わー! 大きな鳥さんだ! おっき~!」
新しいペットに咲が大はしゃぎだ。クルクルと周囲を回っている。
ニケさんも大人しい魔王獣に驚きながらも『姫乃様なら当然の結果ですね』と軽く流した。
「勇者兄妹の事……甘く見てたかも。はぁ、私の方が精神的に疲れる……! 過労死しそう」
「その気持ち、わからなくもないかな。でも時期に慣れると思うよ。ボクがそうだったし」
逃げるように分離したルーシーが青い顔をしていた。ノムがその身体を支えている。
「どうした? そんなに辛かったのか? 一応、手加減していたんだが」
前回ノムの時に無理をしすぎて、魔力を食い尽くしそうになったので。
今回は手加減しながら力を解放した。そのせいでコットスごときに時間を掛けてしまったが。
俺の発言を聞いて、ルーシーは今日何度目かになる大袈裟な驚きを表していた。
「手を抜いてこれって……! もう君が直接、魔王を倒した方が早いんじゃない……?」
「それができたら苦労はしないんだがなぁ」
俺も一度は考えた事があるが、敵の本拠地も不明だし。
探し回っている間にも生き残っている人々が危険に晒され続ける。
魔王を倒しても人類が滅びれば負けなのだ。地道に地盤を固めていくしかない。
「まっ、これで俺たちのやり方はわかってくれただろう?」
地面に座り込みジト目で俺を見上げているルーシーに手を差し伸べる。
「ええ……覚えたわ。ヒメノは勇者とは別の、魔王に近い何かって事がね……!」
「何だそれ、変な含みを持たせるな。俺が鵜呑みして本当に魔王になったらどうするんだ」
「まだそちらの方が今より救いがあるかもね。君って種族の差とか細かい事は気にしなさそうだし」
「褒めてるのか貶してるのか微妙なラインだな……」
「さぁ、どちらでしょうね?」
そんなくだらない冗談を呟きながら、ルーシーは俺の手を掴んだ。
万人受けしない勇者であるのは確かだが、一応人類の味方のつもりなんだぞ。
「それでも――私にとって君は理想の勇者様だった。ありがとう、助けてくれて……感謝している」
ルーシーは取り戻した風の力で浮かぶと、表情を隠しながら俺の胸に飛び込んだ。
「ちゅっ」
「……へ?」
そして最後に油断した俺は、頬に熱い口づけを貰ったのだった。
「またかよ!? さっきからこんなんばっかじゃねぇか!!」
嵐を纏うモノが挨拶代わりに猛烈な暴風の息吹を放つ。
俺の身体が地面から浮かび上がり、ザクロを抱えたまま近くの天幕に激突した。
痛みは薄いがとにかく衝撃が強い。脳がシェイクされ乗り物酔いのような感覚に陥る。
「勇者様命ノ恩人」
「ザクロ、お前は相性が悪すぎる一旦引け」
あまりにも風が強すぎて空を飛ぶのは無理だ。
では地上から、とも言えない。発現した竜巻が邪魔をしている。
『これは……ちょっと厳しいかも。せめて地上に降りてくれないと攻撃が届かないよ』
ノムの大地の力でも近付くのは難しいようだ。
嵐を纏うモノは存在そのものが天災だ。コットスのまやかしの風とは比べ物にならない。
台風の目という明確な弱点もなく。地上の者はただ空の覇者の暴虐を眺めるしかない。
まさかコットスが魔王獣を隠し持っていたとはな。
これまで使わなかったのも味方部隊に被害が出るからか。
コイツは移動するだけで土地が吹き飛んでしまう威力を持っている。
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「くそっ、安全地帯から吠えやがって。情けないぞ!」
言葉が通じない相手に挑発しても意味がないが。
俺たちの攻撃を完全に無効化されて、成す術がない。
「ヒメノ、どうやらお困りのようね」
ルーシーが背後に立っていた。吹き荒ぶ嵐をものともしていない。
手に握られた核が光輝いている。心臓を貫いた際に奪い取っていたのか。
「精霊核は取り戻したわ。風を担う者として、あんな獣に負けないから!」
「だったら、俺たちのやる事は一つだな?」
「ええ、君に私のすべてを預けるわ。有効に使って!」
【精霊融合】
ルーシーの風の力が合わさり俺の背中に一対の羽が生えた。
『狭いわね……ノム、もう少し場所を開けて』
『嫌だよ。ここはボクの場所でもあるんだから』
「人の身体の中で喧嘩すな」
上空では嵐を纏うモノが暴れ回っている。世界樹の枝木が折られていく。
しかし効率はかなり悪い。あのペースでは完全破壊に数日は掛かるだろう。
魔王獣も頭脳は獣並みか。今のうちに目障りな飼い主の方をぶっ潰しておくか。
「フハハハハ、嵐を纏うモノよ。構わんすべてを滅ぼすノダ!」
「コットス、往生際が悪いぞ」
自由な風を手にした俺が、愛剣と槍を携えて双頭巨人と対峙する。
地面を力強く踏み込み翼を広げ突撃する。迎え撃つ巨人が拳を振るった。
「させんぞおおおおオオ!」
「遅いッ!」
拳を躱して剣で斬り付ける。鈍い切れ味だが確実に効いている。
翼を翻しルーシーの槍で膝を貫く、コットスは残された風の残滓で逃れようとする。
強引に俺を吹き飛ばそうとするが、ビクともしない。心強い大地と風が味方をしてくれる。
『今の私たちに、この程度の風は通用しないわ。まるでそよ風のようね』
「さっきの一撃で楽に死ねなかったのが運の尽きだな。この世の地獄を、その身に味わいやがれ!」
勢いに任せて顔面を殴りつける。続けて踵落とし。空中で回転蹴りを加える。
――顔が二つで弱点も二倍だな。反対側にもう一セット、新たな力を身体に馴染ませていく。
愛剣で鼻を叩き折って、おまけで【氷の槍】を鼻穴に突っ込む。
「ゴオオオオオオオオオオオオオ」
双顔巨人がマヌケ顔を晒しながら叫び声を上げる。
「まだ終わりじゃないぞ。【双土剛腕撃】!!」
拳をゴーレムで強化して得意のインファイトに持ち込む。
翼で制御しながら何度も殴りつける。殴りつける。殴りつける。
咲のような圧倒的な攻撃力がない代わりに、俺はひたすら手数で攻め続ける。
「ドララララララララララララララララララララララ」
「グオッ、ゴホッ、ガハッ、どあああああああアア!?」
放たれる無数の拳が巨体を沈める。が、攻めは緩めない。
心臓を貫かれてもゴキブリの如くしぶとく生き残った野郎だ。
それこそ、数千発の拳を叩き込まなければ安心できないだろう。
ここが地獄の一丁目だ。村の犠牲者の分も合わせて喰らいやがれ。
「ドララララララララララララララララララララララ」
「ぐおおおおおおおおおおオオ――――」
「ドララララララララララララララララララララララ」
「ゴホッ……グ……ふ………………」
「ドララララララララララララララララララララララ」
「……………………………………………」
「ドララララララララララララララララララララララ」
「……………………………………………」
「ドララララララララララララララララララララララ」
「……………………………………………」
「ドララララララララララララララララララララララ」
『ちょっと、ヒメノ! もう倒して――』
「ドララララララララララララララララララララララ」
『さすがにこれ以上は体力の無駄――ノムも何か言いなさいよ』
「ドララララララララララララララララララララララ」
『ねぇねぇお兄さん。もう終わってるみたいだけど』
「ドララララララララララララララララララララララ」
『ん~集中して聞こえていないみたい』
「ドララララララララララララララララララララララ」
『サクが後ろで手を振っているわ。こんな残酷な場面、見せられないわね』
「ドラララララララララララララララララララららら…………らぁっ!!」
『あ、終わった』
「ぜぇぜぇ……疲れた」
『それもそうでしょ……!』
数千発は体力的に無理だった。敵は原型を失っている。
当然返事はなく、その後コットスが立ち上がる事は二度となかった。
「次の相手はどこだ!?」
『ちょっと落ち着いて。頭に血が上りすぎよ!』
「あ、ああ、そうだな。悪い、少々調子に乗り過ぎたようだ」
『少々……? これ以上を想像したくないんだけど……』
ルーシーのおかげで正気に戻れた。
異世界人の俺は慣れない戦場の空気に酔いやすい。
ある種のゾーン状態に陥っていた。まっ敵は倒したし文句はないだろう。
「このまま嵐を纏うモノを倒しに行くぞ」
『私、魔王獣より君の方が恐ろしく感じるんだけど?』
「よかったじゃないか。これで奴と対峙しても物怖じせずに済むな」
『その考え方前向きすぎない……?』
頭の中でツッコまれながら翼を動かし、空の支配者、嵐を纏うモノと肉薄する。
「グルルルルギャアアアアアアアアアア」
暴風の息吹を直前で回避、髪の毛が数本抜けていく。
『気を付けて、私とノムの力を合わせてもあの息吹に触れたら身体をバラバラに引き裂かれるわよ!』
「わかってる。注意して避ければいいんだろ?」
『そ、その通りだけどさぁ。それだけって、君、恐怖は微塵も感じないの!?』
「邪魔なものは元の世界に置いてきたからな」
『それ、人としてどうなの……?』
『ルーシー、お兄さんに常識は通用しないよ』
翼を縮めて一直線に突っ込んでいく。
感覚で息吹を躱しながら。剣を強く握る。
「どらあああああああああああ!」
「グギャアアアアアアアアアアア」
大きな飛膜を斬りつけた。嵐を纏うモノが悲鳴を上げる。
竜巻が四方から接近してくる。俺はすかさずノムの力を放出する。
「させるか、【岩石の巨人兵】」
巨大な四体のゴーレムが竜巻を迎え撃つ。
嵐を纏うモノは小型の不可視の風の刃を射出した。
同じくルーシーの力を引き出し【風の刃】で相殺する。
『凄い、私の力が数倍にも増幅されている。これが勇者の力なのね』
「どうした。魔王獣ともあろう存在が、この程度で終わりなのか!?」
「ガア……グルルルルル。グゥ」
嵐を纏うモノは目を見開いて驚愕する。俺たちはすべての攻撃をやり過ごした。
魔王獣は生まれて初めて恐怖を感じているのだろう。食物連鎖の頂点に君臨する獣。
絶対強者が堕ちる日が来たのだ。
『お兄さん、奴が逃げるよ!』
「逃がすかよ」
世界樹を放棄し背中を向ける魔王獣を横から追い抜き。
勢いのまま大きく弧を描いて垂直からミサイルの如く着弾。
翼竜の頭蓋を槍で刺し貫く。硬いな、だが一度喰らい付いたらもう離さんぞ。
「さぁて、次は貴様の番だ……俺の前に立ちはだかった事を後悔させてやるよ」
「ギャ、ギャアアアアアアアアアアアアア」
『およそ勇者の台詞とは思えない……魔王軍より恐ろしい……君が味方で本当に良かった……!』
俺の低い声に脅され、嵐を纏うモノの咆哮は悲鳴そのものだった。
槍を少しずつ奥へと刺し込んでいく。戦いは終わり、拷問へと移り変わった。
魔王獣のちっぽけな命は、俺の機嫌一つで失われるだろう。選択次第で助けてやってもいい。
「――俺に忠誠を誓え。さもなくば手が滑って奥深くを貫いてしまうかもよ。どんな気分だろうなぁ、脳みそが徐々に槍で埋まる感覚というのは。楽には死ねず、正常ではいられないだろうな?」
「ギュイ、ギュイイイイイイイイイイイイイ」
『う、嘘……魔王獣が命乞いしている……?』
小動物に似た鳴き声で、嵐を纏うモノは大人しく地面に降りた。
「安心しろ。俺は仲間を丁重に扱うからな。槍は抜いてやる」
「クルルルキューン」
嵐を纏うモノが頭から血を噴き出しながら俺の身体を舌で舐めている。
独特の獣臭が酷いが、ご主人様として大きな器で受け止めてやる。
必死にご機嫌を伺っていると思うと可愛いものだ。あとで止血もしてやらないと。
「わー! 大きな鳥さんだ! おっき~!」
新しいペットに咲が大はしゃぎだ。クルクルと周囲を回っている。
ニケさんも大人しい魔王獣に驚きながらも『姫乃様なら当然の結果ですね』と軽く流した。
「勇者兄妹の事……甘く見てたかも。はぁ、私の方が精神的に疲れる……! 過労死しそう」
「その気持ち、わからなくもないかな。でも時期に慣れると思うよ。ボクがそうだったし」
逃げるように分離したルーシーが青い顔をしていた。ノムがその身体を支えている。
「どうした? そんなに辛かったのか? 一応、手加減していたんだが」
前回ノムの時に無理をしすぎて、魔力を食い尽くしそうになったので。
今回は手加減しながら力を解放した。そのせいでコットスごときに時間を掛けてしまったが。
俺の発言を聞いて、ルーシーは今日何度目かになる大袈裟な驚きを表していた。
「手を抜いてこれって……! もう君が直接、魔王を倒した方が早いんじゃない……?」
「それができたら苦労はしないんだがなぁ」
俺も一度は考えた事があるが、敵の本拠地も不明だし。
探し回っている間にも生き残っている人々が危険に晒され続ける。
魔王を倒しても人類が滅びれば負けなのだ。地道に地盤を固めていくしかない。
「まっ、これで俺たちのやり方はわかってくれただろう?」
地面に座り込みジト目で俺を見上げているルーシーに手を差し伸べる。
「ええ……覚えたわ。ヒメノは勇者とは別の、魔王に近い何かって事がね……!」
「何だそれ、変な含みを持たせるな。俺が鵜呑みして本当に魔王になったらどうするんだ」
「まだそちらの方が今より救いがあるかもね。君って種族の差とか細かい事は気にしなさそうだし」
「褒めてるのか貶してるのか微妙なラインだな……」
「さぁ、どちらでしょうね?」
そんなくだらない冗談を呟きながら、ルーシーは俺の手を掴んだ。
万人受けしない勇者であるのは確かだが、一応人類の味方のつもりなんだぞ。
「それでも――私にとって君は理想の勇者様だった。ありがとう、助けてくれて……感謝している」
ルーシーは取り戻した風の力で浮かぶと、表情を隠しながら俺の胸に飛び込んだ。
「ちゅっ」
「……へ?」
そして最後に油断した俺は、頬に熱い口づけを貰ったのだった。
0
お気に入りに追加
170
あなたにおすすめの小説
悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。
かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
賢者が過ごす二千年後の魔法世界
チドリ正明@不労所得発売中!!
ファンタジー
魔法研究に熱心な賢者ジェレミー・ラーク。
彼はひょんなことから、世界の悪の根源である魔王グラディウスと邂逅してしまう。
ジェレミーは熾烈な戦闘の末に一騎打ちにより死亡したと考えられていたが、実は禁忌の魔法【強制冷凍睡眠(コールドスリープ)】を自身にかけることで一命を取り留めていた。
「目が覚めたら、魔法が発展して栄えた文明になっているんだろうなあ……」
ジェレミーは確かな期待を胸に、氷の世界に閉ざされていく。
そして、後に両者が戦闘を繰り広げた地は『賢者の森』と呼ばれることになる……。
それから二千年後、ジェレミーは全ての文明や技術が発展しまくったであろう世界で目を覚ました。
しかし、二千年後の世界の文明は、ジェレミーと魔王の戦いの余波により一度滅びかけていたことで、ほとんど文明は変化しておらず、その中でも魔法だけは使い物にならないレベルにまで成り下がっていた。
失望したジェレミーは途端に魔法への探究心を失い、これまでの喧騒から逃れるようにして、賢者の森の中で過ごすことを決める。
だが、自給自足のスローライフも彼にとっては容易すぎたのか、全く退屈な日々が続いていた。
そんな時、賢者の森に供物として一人の少女が捧げられることで物語は動き始める。
ジェレミーは二千年前の殺伐とした世界から打って変わって平和な世の中で、様々な人々と出逢いながら、自由気ままに生きていくのであった。
天才女薬学者 聖徳晴子の異世界転生
西洋司
ファンタジー
妙齢の薬学者 聖徳晴子(せいとく・はるこ)は、絶世の美貌の持ち主だ。
彼女は思考の並列化作業を得意とする、いわゆる天才。
精力的にフィールドワークをこなし、ついにエリクサーの開発間際というところで、放火で殺されてしまった。
晴子は、権力者達から、その地位を脅かす存在、「敵」と見做されてしまったのだ。
死後、晴子は天界で女神様からこう提案された。
「あなたは生前7人分の活躍をしましたので、異世界行きのチケットが7枚もあるんですよ。もしよろしければ、一度に使い切ってみては如何ですか?」
晴子はその提案を受け容れ、異世界へと旅立った。
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います
霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。
得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。
しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。
傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。
基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。
が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる