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27 飛翔する嵐

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「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「またかよ!? さっきからこんなんばっかじゃねぇか!!」

 嵐を纏うモノが挨拶代わりに猛烈な暴風の息吹エアロブラストを放つ。
 俺の身体が地面から浮かび上がり、ザクロを抱えたまま近くの天幕に激突した。
 痛みは薄いがとにかく衝撃が強い。脳がシェイクされ乗り物酔いのような感覚に陥る。

「勇者様命ノ恩人」
「ザクロ、お前は相性が悪すぎる一旦引け」

 あまりにも風が強すぎて空を飛ぶのは無理だ。
 では地上から、とも言えない。発現した竜巻が邪魔をしている。

『これは……ちょっと厳しいかも。せめて地上に降りてくれないと攻撃が届かないよ』

 ノムの大地の力でも近付くのは難しいようだ。
 嵐を纏うモノは存在そのものが天災だ。コットスのまやかしの風とは比べ物にならない。
 台風の目という明確な弱点もなく。地上の者はただ空の覇者の暴虐を眺めるしかない。
 
 まさかコットスが魔王獣を隠し持っていたとはな。
 これまで使わなかったのも味方部隊に被害が出るからか。
 コイツは移動するだけで土地が吹き飛んでしまう威力を持っている。
 
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオ」
「くそっ、安全地帯から吠えやがって。情けないぞ!」

 言葉が通じない相手に挑発しても意味がないが。
 俺たちの攻撃を完全に無効化されて、成す術がない。
 
「ヒメノ、どうやらお困りのようね」

 ルーシーが背後に立っていた。吹き荒ぶ嵐をものともしていない。
 手に握られた核が光輝いている。心臓を貫いた際に奪い取っていたのか。

「精霊核は取り戻したわ。風を担う者として、あんな獣に負けないから!」
「だったら、俺たちのやる事は一つだな?」
「ええ、君に私のすべてを預けるわ。有効に使って!」

 【精霊融合】

 ルーシーの風の力が合わさり俺の背中に一対の羽が生えた。

『狭いわね……ノム、もう少し場所を開けて』
『嫌だよ。ここはボクの場所でもあるんだから』
「人の身体の中で喧嘩すな」

 上空では嵐を纏うモノが暴れ回っている。世界樹の枝木が折られていく。
 しかし効率はかなり悪い。あのペースでは完全破壊に数日は掛かるだろう。
 魔王獣も頭脳は獣並みか。今のうちに目障りな飼い主の方をぶっ潰しておくか。

「フハハハハ、嵐を纏うモノよ。構わんすべてを滅ぼすノダ!」
「コットス、往生際が悪いぞ」

 自由な風を手にした俺が、愛剣と槍を携えて双頭巨人と対峙する。
 地面を力強く踏み込み翼を広げ突撃する。迎え撃つ巨人が拳を振るった。

「させんぞおおおおオオ!」
「遅いッ!」

 拳を躱して剣で斬り付ける。鈍い切れ味だが確実に効いている。
 翼を翻しルーシーの槍で膝を貫く、コットスは残された風の残滓で逃れようとする。
 強引に俺を吹き飛ばそうとするが、ビクともしない。心強い大地と風が味方をしてくれる。

『今の私たちに、この程度の風は通用しないわ。まるでそよ風のようね』
「さっきの一撃で楽に死ねなかったのが運の尽きだな。この世の地獄を、その身に味わいやがれ!」

 勢いに任せて顔面を殴りつける。続けて踵落とし。空中で回転蹴りを加える。
 ――顔が二つで弱点も二倍だな。反対側にもう一セット、新たな力を身体に馴染ませていく。

 愛剣で鼻を叩き折って、おまけで【氷の槍】を鼻穴に突っ込む。

「ゴオオオオオオオオオオオオオ」

 双顔巨人がマヌケ顔を晒しながら叫び声を上げる。

「まだ終わりじゃないぞ。【双土剛腕撃そうどごうわんげき】!!」

 拳をゴーレムで強化して得意のインファイトに持ち込む。
 翼で制御しながら何度も殴りつける。殴りつける。殴りつける。
 咲のような圧倒的な攻撃力がない代わりに、俺はひたすら手数で攻め続ける。

「ドララララララララララララララララララララララ」
「グオッ、ゴホッ、ガハッ、どあああああああアア!?」

 放たれる無数の拳が巨体を沈める。が、攻めは緩めない。
 心臓を貫かれてもゴキブリの如くしぶとく生き残った野郎だ。
 それこそ、数千発の拳を叩き込まなければ安心できないだろう。

 ここが地獄の一丁目だ。村の犠牲者の分も合わせて喰らいやがれ。

「ドララララララララララララララララララララララ」
「ぐおおおおおおおおおおオオ――――」
「ドララララララララララララララララララララララ」
「ゴホッ……グ……ふ………………」
「ドララララララララララララララララララララララ」
「……………………………………………」
「ドララララララララララララララララララララララ」
「……………………………………………」
「ドララララララララララララララララララララララ」
「……………………………………………」
「ドララララララララララララララララララララララ」
『ちょっと、ヒメノ! もう倒して――』
「ドララララララララララララララララララララララ」 
『さすがにこれ以上は体力の無駄――ノムも何か言いなさいよ』
「ドララララララララララララララララララララララ」
『ねぇねぇお兄さん。もう終わってるみたいだけど』 
「ドララララララララララララララララララララララ」 
『ん~集中して聞こえていないみたい』
「ドララララララララララララララララララララララ」
『サクが後ろで手を振っているわ。こんな残酷な場面、見せられないわね』
「ドラララララララララララララララララララららら…………らぁっ!!」
『あ、終わった』 
「ぜぇぜぇ……疲れた」
『それもそうでしょ……!』

 数千発は体力的に無理だった。敵は原型を失っている。
 当然返事はなく、その後コットスが立ち上がる事は二度となかった。

「次の相手はどこだ!?」
『ちょっと落ち着いて。頭に血が上りすぎよ!』
「あ、ああ、そうだな。悪い、少々調子に乗り過ぎたようだ」
『少々……? これ以上を想像したくないんだけど……』

 ルーシーのおかげで正気に戻れた。
 異世界人の俺は慣れない戦場の空気に酔いやすい。
 ある種のゾーン状態に陥っていた。まっ敵は倒したし文句はないだろう。

「このまま嵐を纏うモノを倒しに行くぞ」
『私、魔王獣より君の方が恐ろしく感じるんだけど?』
「よかったじゃないか。これで奴と対峙しても物怖じせずに済むな」
『その考え方前向きすぎない……?』

 頭の中でツッコまれながら翼を動かし、空の支配者、嵐を纏うモノと肉薄する。

「グルルルルギャアアアアアアアアアア」

 暴風の息吹を直前で回避、髪の毛が数本抜けていく。

『気を付けて、私とノムの力を合わせてもあの息吹に触れたら身体をバラバラに引き裂かれるわよ!』
「わかってる。注意して避ければいいんだろ?」
『そ、その通りだけどさぁ。それだけって、君、恐怖は微塵も感じないの!?』
「邪魔なものは元の世界に置いてきたからな」
『それ、人としてどうなの……?』
『ルーシー、お兄さんに常識は通用しないよ』

 翼を縮めて一直線に突っ込んでいく。
 感覚で息吹を躱しながら。剣を強く握る。

「どらあああああああああああ!」
「グギャアアアアアアアアアアア」
 
 大きな飛膜を斬りつけた。嵐を纏うモノが悲鳴を上げる。
 竜巻が四方から接近してくる。俺はすかさずノムの力を放出する。

「させるか、【岩石の巨人兵ジャイアントアイアンゴーレム】」

 巨大な四体のゴーレムが竜巻を迎え撃つ。
 嵐を纏うモノは小型の不可視の風の刃を射出した。
 同じくルーシーの力を引き出し【風の刃ウインドカッター】で相殺する。

『凄い、私の力が数倍にも増幅されている。これが勇者の力なのね』
「どうした。魔王獣ともあろう存在が、この程度で終わりなのか!?」
「ガア……グルルルルル。グゥ」

 嵐を纏うモノは目を見開いて驚愕する。俺たちはすべての攻撃をやり過ごした。
 魔王獣は生まれて初めて恐怖を感じているのだろう。食物連鎖の頂点に君臨する獣。
 絶対強者が堕ちる日が来たのだ。

『お兄さん、奴が逃げるよ!』
「逃がすかよ」

 世界樹を放棄し背中を向ける魔王獣を横から追い抜き。
 勢いのまま大きく弧を描いて垂直からミサイルの如く着弾。
 翼竜の頭蓋を槍で刺し貫く。硬いな、だが一度喰らい付いたらもう離さんぞ。

「さぁて、次は貴様の番だ……俺の前に立ちはだかった事を後悔させてやるよ」
「ギャ、ギャアアアアアアアアアアアアア」
『およそ勇者の台詞とは思えない……魔王軍より恐ろしい……君が味方で本当に良かった……!』

 俺の低い声に脅され、嵐を纏うモノの咆哮は悲鳴そのものだった。
 槍を少しずつ奥へと刺し込んでいく。戦いは終わり、拷問へと移り変わった。
 魔王獣のちっぽけな命は、俺の機嫌一つで失われるだろう。選択次第で助けてやってもいい。
 
「――俺に忠誠を誓え。さもなくば手が滑って奥深くを貫いてしまうかもよ。どんな気分だろうなぁ、脳みそが徐々に槍で埋まる感覚というのは。楽には死ねず、正常ではいられないだろうな?」
「ギュイ、ギュイイイイイイイイイイイイイ」
『う、嘘……魔王獣が命乞いしている……?』 
 
 小動物に似た鳴き声で、嵐を纏うモノは大人しく地面に降りた。

「安心しろ。俺は仲間を丁重に扱うからな。槍は抜いてやる」
「クルルルキューン」

 嵐を纏うモノが頭から血を噴き出しながら俺の身体を舌で舐めている。
 独特の獣臭が酷いが、ご主人様として大きな器で受け止めてやる。
 必死にご機嫌を伺っていると思うと可愛いものだ。あとで止血もしてやらないと。

「わー! 大きな鳥さんだ! おっき~!」

 新しいペットに咲が大はしゃぎだ。クルクルと周囲を回っている。
 ニケさんも大人しい魔王獣に驚きながらも『姫乃様なら当然の結果ですね』と軽く流した。

「勇者兄妹の事……甘く見てたかも。はぁ、私の方が精神的に疲れる……! 過労死しそう」
「その気持ち、わからなくもないかな。でも時期に慣れると思うよ。ボクがそうだったし」

 逃げるように分離したルーシーが青い顔をしていた。ノムがその身体を支えている。

「どうした? そんなに辛かったのか? 一応、手加減していたんだが」

 前回ノムの時に無理をしすぎて、魔力を食い尽くしそうになったので。
 今回は手加減しながら力を解放した。そのせいでコットスごときに時間を掛けてしまったが。
 俺の発言を聞いて、ルーシーは今日何度目かになる大袈裟な驚きを表していた。

「手を抜いてこれって……! もう君が直接、魔王を倒した方が早いんじゃない……?」
「それができたら苦労はしないんだがなぁ」

 俺も一度は考えた事があるが、敵の本拠地も不明だし。
 探し回っている間にも生き残っている人々が危険に晒され続ける。
 魔王を倒しても人類が滅びれば負けなのだ。地道に地盤を固めていくしかない。

「まっ、これで俺たちのやり方はわかってくれただろう?」

 地面に座り込みジト目で俺を見上げているルーシーに手を差し伸べる。

「ええ……覚えたわ。ヒメノは勇者とは別の、魔王に近い何かって事がね……!」
「何だそれ、変な含みを持たせるな。俺が鵜呑みして本当に魔王になったらどうするんだ」
「まだそちらの方が今より救いがあるかもね。君って種族の差とか細かい事は気にしなさそうだし」
「褒めてるのか貶してるのか微妙なラインだな……」
「さぁ、どちらでしょうね?」

 そんなくだらない冗談を呟きながら、ルーシーは俺の手を掴んだ。
 万人受けしない勇者であるのは確かだが、一応人類の味方のつもりなんだぞ。

「それでも――私にとって君は理想の勇者様だった。ありがとう、助けてくれて……感謝している」

 ルーシーは取り戻した風の力で浮かぶと、表情を隠しながら俺の胸に飛び込んだ。 

「ちゅっ」
「……へ?」

 そして最後に油断した俺は、頬に熱い口づけを貰ったのだった。
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