上 下
20 / 30

20 兄の葛藤

しおりを挟む
「あれはハルピュイアさんです! 私たちを助けに来てくれたんですね!」

 奇襲をかけたハルピュイアたちがガーゴイル軍団と接触。
 空中で激しい戦闘が始まっていた。鉄槍と鉄槍がぶつかり合う。
 最初の一人が谷底に落ちていくも、恐れず果敢に立ち向かっている。

「ザクロガ落トサレタ! オノレ魔王軍メ、仲間ノ仇ダ!!」
「ギィイイー!」
「後ロヲ取ッタゾ!」

 どうやら既に連戦を重ねているのか。ハルピュイアたちはかなり疲弊している。
 それでも優位に戦えているのは。後方で指示を出している翠髪の少女のおかげだろう。

「ハルピュイアを率いているのは風の精霊か?」
「そうだね。あの翠髪と小さな翼はルーシーで間違いないよ」

 矢の雨があがり、代わりにガーゴイルが落ちてくる。
 空中戦での勝者が決まった。ふと、風の精霊と視線が合った。

「オーク――人質を――いるわ! あの――カトプレ――を狙って!」
「ん……?」

 ここから距離があるので内容は聞き取り辛いが。
 今、良からぬ指示が風に乗って聞こえてきたような。

「おい、ハルピュイアたちが武器を持ってこっちに来てないか?」
「……これは困ったね。ボクたちが魔物の人質にされていると勘違いしているみたいだ」
「ど、どうするんですかぁ!? ひゃあ!?」

 カトプレパスに槍が刺さる。ハルピュイアたちが矢を放っていた。
 聖獣が暴れ荷台が大きく傾く。オークとゴブリンたちも転がっていく。

 ノムが慌てて外に身を乗り出した。

「ルーシー! 誤解だよ、ボクたちは人質じゃない!」
「……えっ!? ノム、どうして貴女がここに!?」
「とにかく、ここにいる魔物には手を出さないで。ボクたちの味方だから!」
「――――ッ! 全員、攻撃止め! 今すぐ止めて! あれは味方よ!?」 
 
 風の精霊が指示を出すも、血気盛んな兵は簡単には止まらない。
 更に不運にもカトプレパスと荷台を繋げる轅が音を立てて割れてしまう。
 支えがなくなった荷台が重力に惹かれ、崖に向かってゆっくりと傾き出した。
 
「やばっ、今すぐ荷台から降りろ! このままだと谷底に落ちるぞ!? 物資は捨てていい!!」
「お兄ちゃん、落ちちゃう!」
「咲!」

 逃げ遅れた咲を抱きかかえる。激しい振動で身体が大きく揺れた。
 それでも何とか、先に降りていたニケさんに咲を受け取ってもらう。あと卵も。
 立て続けの振動で俺は身体を支えきれず後ろに倒れる。荷台のスピードが上がった。

 ザザ――――ザザザザ

「ぐ……最悪だ。ここで眩暈かよ」

 恒例の耳鳴りに襲われ、降りるタイミングを逸してしまった。

「ああ、姫乃様も早く降りてください! 早くこちらへ!」
「お兄ちゃん、やだ、お兄ちゃん! 咲を置いてかないで!」
「……わりぃ、これはちょっと間に合いそうにないわ」
「どうしてそこで諦めるんですか!! いつもの余裕はどうしたんですか!?」

 ニケさんが必死にこちらに駆け寄ってくる。
 このままだと彼女も巻き添えを喰らうだろう。

「ハイオーク、ニケさんを拘束しろ」
「ブオ!」
「私は嫌ですっ、こんな所でお別れなんて嫌ですよぉ、姫乃様ぁ!!」

 拘束され大袈裟に泣き叫ぶメイドさんに、俺は力強く親指を立てる。

「大丈夫だ。俺は死なない。咲、ニケさんの言う事をしっかり聞いて、お利口さんにしておけよ?」

 一瞬の無重力状態を味わったあと。
 俺の身体が荷台ごと谷底へと誘われていく。

「おにいちゃああああああああああああん!」
「姫乃様あああああああああああああああ!」

 ◇

 全身に重たい感覚が襲いくる。肺の空気を吐きだす。
 女神の力でも吸収しきれない衝撃で内臓が悲鳴を上げる。
 それでも気絶すらしない辺り、完全に俺は人間を辞めていた。 

「いってぇ……死なないだろうとは思ってたけど。何度も経験したくはないな……」

 岩に体重を預けながら立ち上がる。
 まだ身体の節々に痺れが残っているが、それだけだ。
 そのうち走れるようにもなるだろう。ゆっくりと歩き出す。

 谷底はかなり深く、見上げると白い霧で覆われている。
 これでは助けを呼ぶのも難しい。自力で戻るしかないだろう。
 幸運にも壊れた荷台がすぐ隣にあり、無事な物資をいくつか手に入った。

 目の前には小さな川が流れている。本格的に行動するのは明日からだな。
 魔法で火を付けて芋を焼く。残念ながら塩は紛失したのでそのままで喰うしかない。

「くうぅ……生還した後の飯は旨いなぁ……! 涙でないはずの塩気すら感じるぜ」
「――今しがた死に掛けたばかりなのに、お兄さんは呑気だね」
「うわっ、驚いた! ノム、お前も落ちてきたのか?」

 自然と隣に座っていたので、気付くのがワンテンポ遅れてしまった。
 ノムはジト目で俺を見ていた。何となく一人では食べ辛いので芋を半分渡す。

「ハフハフ。お兄さんでも驚く事があるんだね。そっちにボクは驚いたよ」
「……お前は、俺を化物か何かと思ってないか?」
「似たようなものでしょ。まぁボクの役目はそんなお兄さんを助ける事だから。地の底でも付き合うよ」
「それは助かる。一人でこの崖を登るのは苦労しそうだからな」
「登るのは確定なんだね……やっぱり普通ではないよ」

 二人で芋を食しながら今後の方針を固めていく。
 残された咲とニケさんも心配だが、今は自分の事で精一杯だ。
 ノムが咲を置いてここに来たという事は、上の戦いはひとまず片付いたんだろう。
 
「サクたちはルーシーに任せておけば問題ないよ。あの子は根は真面目だし、きっと丁重に扱ってくれるはずだから。先にピスコ村に向かっているんじゃないかな」
「その真面目な連中に勘違いで攻撃されたんだが? 危うく全滅しかけたんだぞ」
「仕方ないよ。今のご時世、魔物との混成部隊だなんて、事前に説明しなきゃ誰も信じないだろうし」
「……はぁ、運が悪いのはニケさんだけじゃなかったか」

 ガーゴイルに襲われていなければ事情を説明する暇もあったんだろうが。 
 ハルピュイアだって魔物なんだし、俺たちが味方だと見ればわかりそうなものなんだが。
 よぽど魔王軍に対して恨みが募っていたのか。そういえば助けにきた連中は皆ボロボロだった。

「ピスコ村は、もしかするとかなりマズい状況にあるのかもな」
「……お兄さん。今は余計な事を考えず、身体を休めるのを優先させるべきだよ」

 ノムは至極冷静だった。淡々と成すべき事を提示している。
 俺と同じ結論に達していても、正しく優先順位を付けているのだ。
 冷たく聞こえるが、あえて口に出す辺り優しい子だ。俺もそれが間違いだとは思わない。 

「精霊のルーシーが前線に立って戦っているんだ。すぐに全滅するような事はないよ」
「それでも犠牲は出るだろうけどな。一体、何人生き残っているのやら」
「君たち兄妹がどれだけ強くても、零れる者は必ず出てくる。全員は救えない」

 これまでわざと見て見ぬ振りをしてきた事実をノムに伝えられ。
 壊れたベッドに横たわりながら。歯痒さを誤魔化すように俺は唇を噛む。

「……最初からわかってはいたが。現実はゲームのように上手くいかないもんだな」

 全員生存プレイを目指して、死者が出ればリセットだなんて。
 そんな都合のいい能力はない。女神の力も俺と咲にしか効果を及ぼさない。
 初めはそのつもりもなかったのに、気が付けば居場所が生まれ、守るべき者が増えた。

 たった二人ではどうしても手が足りない。だが、力を借りれば犠牲者は増え続ける。
 覚悟ができているかと問われれば微妙だ。戦争なんてつい最近まで遠い世界の話だった。

 俺たちが戦いの場で遊び半分になってしまうのも、ある種の現実逃避なんだろうな。

「正直、ちょっと悔しいかな。己惚れだとしても、異世界で俺も何者かになれる気がしたんだが」

 何となく呟いた言葉は、この世界を訪れて初めて出した弱音だった。
 俺は選ばれた存在じゃない。実際は咲一人が勇者としてこの世界に呼び出されていた。
 偶然そこに居合わせただけのオマケだ。勇者だって、ニケさんが勝手に言い出しただけで。

「お兄さんはよくやってるよ。元々この世界は手遅れだったんだ。それを、人々に一掴みの希望を与えてくれただけで、ボクは誇れるものだと思うよ」
「なんだ、ノムはもう諦めているのか?」
「そうは言わないけど。仮に上手くいかなかったとしても、誰も責めないよとだけ伝えておきたくて」
「そうか。お前は俺の味方でいてくれるんだな」
「うん……お兄さん、くすぐったいよ」
「ちょうどいいところに頭があったからな」

 いつも咲にしているように、ノムの頭を強く撫でる。

 誰かに優しくされるのは嬉しくはあるが。
 それでも俺は、本物の勇者である咲のお兄ちゃんであり。
 偽物だとしても勇者として扱われている。人に頼られる立場なのだ。

 視線を感じる間は、常に前を向いて大胆不敵に笑っていないといけない。
 だってそうだろう? それが希望の象徴の仕事だから。お兄ちゃんの役目だから。
 
 しばらくの間、無言の時間が続いていた。
 きっと霧の向こうでは異世界の月が浮かんでいる頃だろう。
 昔の俺は月が苦手だった。それは無力だった過去を思い出すから。
 今でも苦しくなる時がある。だけど、忘れてはならない大切な存在なのだ。

「変な話をして悪かったな。俺らしくなかった」

 俺は目を閉じて大きく深呼吸をする。そして迷いを振り切る。目を開ける。
 
「寧ろ安心したよ。お兄さんは女神様に作られた勇者なんかじゃなく、普通の異世界の人なんだね」
「そんなにおかしく見えたか?」
「あまりにも戦い慣れしているから。心が壊れてしまったのかと心配していたんだ」
「男のくだらない意地だ。内面が追い付かないから、外見だけでも取り繕っている」

 こんな血生臭い世界で、弱音を吐くような人間に誰も安心してついて来ないだろう。
 強がりだろうが声を出す。口が悪いのは元からだが、この世界に来てからより一層酷くなった。

「今日の話は内緒にしてくれよ。周囲を不安にさせるだけだからな」
「うん。わかった。でも――そんな甘さをボクにだけ見せてもらえるのなら。ボクも君を支えてあげたいという気持ちが強くなるよ。ん、大丈夫だよ。決して一人にはしないから。これからもボクに甘えてくれていいんだよ?」

 ノムは隣で優しく微笑んでいた。手を握ってくれる。
 包容力のある言葉に、小さいながらも母性を感じ取れる。
 男の理想の女性像を天然で演じている。悪気がないのが厄介だ。

「……ノム、お前ダメ男に貢ぐタイプだろ? 将来、変な男を捕まえて泣くなよ」
「意味は分からないけど、それも褒め言葉として受け取っておくよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

完結【進】ご都合主義で生きてます。-通販サイトで異世界スローライフのはずが?!-

ジェルミ
ファンタジー
32歳でこの世を去った相川涼香は、異世界の女神ゼクシーにより転移を誘われる。 断ると今度生まれ変わる時は、虫やダニかもしれないと脅され転移を選んだ。 彼女は女神に不便を感じない様に通販サイトの能力と、しばらく暮らせるだけのお金が欲しい、と願った。 通販サイトなんて知らない女神は、知っている振りをして安易に了承する。そして授かったのは、町のスーパーレベルの能力だった。 お惣菜お安いですよ?いかがです? 物語はまったり、のんびりと進みます。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

処理中です...