上 下
15 / 30

15 魔王獣

しおりを挟む
「ボクについて来て」

 歩き出したノムを追って森の奥を進んで行く。
 彼女はぬかるんだ地面を軽やかな足取りでスキップしている。
 足をつけた部分が石となって固まっていた。おかげで俺たちの足取りも軽くなる。

「それで、その魔獣ってのはそんなに強いのか?」

 移動がてら暇なのでノムに話しかける。
 精霊が俺たちに依頼するんだ。彼女の手に負えない凶悪な魔物なんだろう。
 まぁ魔物であれば咲の【消滅イクリプス】でどうとでもなりそうだが。甘い考えか?

「君たちは、魔王獣と呼ばれる魔獣たちを知っているかな?」
「何だそれ。また物騒な名前が出てきたな」
「この世界では有名な話だよ」

 さも知っていて当然のように言われても、俺も咲もこの世界についての知識はない。
 召喚されてから今日まで戦闘や移動続きで、落ち着いて教えてもらう機会も少なかったしな。
 
 こういう時は黙ってニケさんの反応を見るに限る。

「まさか、魔王が復活させたという古の魔獣ですか!? 西の大陸ハウルストを滅ぼした闇へと誘うモノカースエンドドラゴンや三大国家連合軍を壊滅させた嵐を纏うモノハイテンペストドラグーンなどが有名ですが……」
「次から次へと凶悪な肩書きの連中が出てくるな。終盤のボスラッシュか?」
「かっこいい―! 咲も見たいみたい!!」

 リヴァルホスの名が霞んでくるほどの圧倒的な名前力。
 残念ながら、ドラゴン相手にサハギンでは太刀打ちできない。
 咲は大はしゃぎでニケさんの話を聞いていた。俺も見てみたいぞ。

「王国の英雄たちが束になっても敵わなかった、魔王軍最強と謡われる四大魔将軍に勝るとも劣らない魔獣たちです……こ、この森にそのうちの一体が住み着いているんですか……?」

 顔面を蒼白とさせて震えだすニケさん。
 彼女の震えの強さに応じて、状況の重さが判断できる。
 魔王獣か。一体、咲の攻撃を何発耐えられるんだろうな。

 あと何気に四大魔将軍とかも出てきたけど。魔王軍の戦力多すぎだろ。

「とりあえず、今はその魔王獣の話は置いておくとして。まずは君たちに見せたい物があるんだ」

 代わり映えのしない景色を歩きながら眺めていると。
 魔の森の中心に位置するらしい、大きな泉の前に辿り着く。
 泉といっても泥土で覆われ相変わらず土地は死んでいるが、休憩するには十分な場所だ。

 ノムはこちらを向いて、腕を大きく伸ばす。

「さぁ出ておいで。ボクの友人たち」

 その瞬間――

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ』

 ――森の全域を低く大地をならす声が響いていく。
 
 深い濃霧の中をドミノ倒しの如く連鎖していき。
 そして、複数の巨大な生き物と思われる眼光が浮かび上がる。

「ひぃ、で、出たああ! 魔王獣うううう!?」
「わー! わー!」

 ニケさんが泣き叫びながら、俺の背中に隠れる。
 そのスピードは一瞬、転移能力を所持しているのかと思わせるほどに手慣れていた。
 大きな胸がバネのように縮んで弾む。咲も真似してニケさんの後ろに隠れた。団子状態だ。

「フフッ、よく見てよ。この子たちが魔王獣に見える?」

 ノムは悪戯っぽく微笑んだ。

 霧が部分的に晴れて、前に飛び出してきたのは両耳の辺りに大きな角が生えた毛むくじゃらの顔。
 像のような太い四肢、尻尾。見上げないと全貌が把握できないほどの巨大な体躯。

「先の大戦で魔王軍が戦術兵器として導入した魔獣だよ。戦後、扱いに困ったのか放棄されてここに住み着いちゃったんだ」
「カトブレパスです! 魔王獣ほどではありませんが、かなり強力な魔獣ですよ! 目を見てはいけません、石にされてしまいます!」
「ふーん。大きな牛みたいだな。って、ニケさん何で目を塞ぐんだ?」
「お牛さんだー! 可愛――――お姉ちゃん暗いよ?」
「私は見てはいけないって言いましたよね!?」

 俺と咲の視界を両手で必死に塞ぎだすニケさん。
 仮にも味方の精霊が対策も講じず、危険な魔獣を紹介するとは思えないんだがな。

「この子たちは平気だよ。この森で僕の聖素をふんだんに取り込んだからすごく人懐っこいんだ。――聖素というのは女神様や、僕たち精霊を構成する血液みたいなもので、人間にも微量だけど含まれてるよ。君たち兄妹の力の源も同じだね」

 そう言ってカトプレパスの頭を優しく撫でるノム。自分もやりたいと咲も別の子を撫でだす。
 咲が触れても【消滅】が発動しない。彼女の話は本当らしい、要は魔獣から聖獣になったと。
 俺たちが宿しているらしい聖素とやらに反応しているのか。甘え声で頬擦りしてくれる。

『ムオオオオオオオオ』
「へー、モサモサしてて気持ちがいいな。おーよしよしいい子だ」

 俺も一緒になって撫でてみたが、中々愛嬌がある。
 瞳を覗けば石化されるというが、毛が太すぎて肝心の眼が見えない。
 ノムに飼い慣らされて野生の牙が抜けたんだろうか。もはや愛玩動物だ。

「どうしてお二人はそう柔軟に対応できるんですか……!?」 

 ニケさんは相変わらず、今度は木の裏に隠れている。
 彼女は小心者だなぁと思うのと同時に、自分がおかしいのだという事に気付いた。
 この世界に来てから俺たちは危機感というか、恐怖心がどうも薄い気がする。
 
 女神の力で精神まで人外になってしまったか。
 だからどうしたって話だが。とにかく、いい出会いができた。

「コイツを物資運搬に使えば長距離移動も可能になるな。仲間もこれまで以上に連れていける」
「おー、お牛さんをお馬さんにするの? 乗りたーい!」

 カトプレパスをここで飼殺すのは非常にもったいない。
 是非うちの荷物持ちとして採用したい。数もそれなりに揃っているし。
 
 俺は隣にいるノムの顔を伺う。

「もちろんそのつもりで紹介したんだ。ボクともども自由に使っていいよ」

 ノムは首を縦に振った。
 気前のいい精霊だ。それに彼女も同行してくれるらしい。
 謎が多い子だがその実力は折り紙付き。これで一気に戦力が跳ね上がる。

「でもその前に、ボクの依頼を果たしてもらうよ?」
「ん? ああ、そういえばそうだったな。で、肝心の魔獣はどこにいるんだ?」
「もうすぐ来るよ――――ほら、あそこ」

 ノムがそう言って、人差し指を出した時だった。

 ズドドドドドドドーーーーーーーーーーン

「うおお!? なななななんだぁ!?」
「にぎゃあああああああああああ!?」
「わーーーーーーーーーーーーーい!」

 地面の岩盤を砕く炸裂音。一瞬世界が崩壊したのかと錯覚するくらい大地が揺れ動いた。
 恐怖心が薄いと自覚した俺ですら、心臓が跳ね上がるほどに驚いた。咲もひっくり返っている。

 遠くの方で木々が次々と上空に吹き飛ばされていた。そして周囲に泥の雨を降らしていく。

 ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ

「な、なななんですかこの音は!? こわ、こわ、怖いですっ何かが近付いてきます!!」
「……ッ! 全員近くに集まれ! 囲まれるぞ!!」
「おー、また泥でべちょべちょだー」

 衝撃波と共に立ち込めていた濃霧が一瞬にして晴れる。
 咄嗟に眼を使い対象を視野に捉えるもごく一部分しか映らない。
 
 カトプレパスの比ではない巨大生物だ。

 ズゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾゾ

 高速でうねりながら動き回るそれは網目模様で彩られ、水を出すのに使うホースにも見える。
 現実世界に照らし合わせれば直ぐに思い浮かぶ生物、だがその大きさ故に理解が追いつかなかった。

「ヘビさんだー! おっきいヘビさん!」

 そう――――蛇だ。 
 超巨大な蛇が俺たちの前に突如として現れたのだ。
 ここまで大人しく眺めていたノムが、初めて口を開いた。

「奴はここアウルランド大陸南西にあった聖都イザラールを一夜にして壊滅させた魔獣――大地を喰らうモノバシリスク。さて、一緒に魔王獣退治といこうか」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

月が導く異世界道中extra

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  こちらは月が導く異世界道中番外編になります。

器用貧乏の意味を異世界人は知らないようで、家を追い出されちゃいました。

武雅
ファンタジー
この世界では8歳になると教会で女神からギフトを授かる。 人口約1000人程の田舎の村、そこでそこそこ裕福な家の3男として生まれたファインは8歳の誕生に教会でギフトを授かるも、授かったギフトは【器用貧乏】 前例の無いギフトに困惑する司祭や両親は貧乏と言う言葉が入っていることから、将来貧乏になったり、周りも貧乏にすると思い込み成人とみなされる15歳になったら家を、村を出て行くようファインに伝える。 そんな時、前世では本間勝彦と名乗り、上司と飲み入った帰り、駅の階段で足を滑らし転げ落ちて死亡した記憶がよみがえる。 そして15歳まであと7年、異世界で生きていくために冒険者となると決め、修行を続けやがて冒険者になる為村を出る。 様々な人と出会い、冒険し、転生した世界を器用貧乏なのに器用貧乏にならない様生きていく。 村を出て冒険者となったその先は…。 ※しばらくの間(2021年6月末頃まで)毎日投稿いたします。 よろしくお願いいたします。

悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~

こばやん2号
ファンタジー
とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。 それを不憫に思った女神が、異世界で生き返る権利と異世界転生定番のチート能力を与えてくれた。 かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。 果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!? ※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。

彼女をイケメンに取られた俺が異世界帰り

あおアンドあお
ファンタジー
俺...光野朔夜(こうのさくや)には、大好きな彼女がいた。 しかし親の都合で遠くへと転校してしまった。 だが今は遠くの人と通信が出来る手段は多々ある。 その通信手段を使い、彼女と毎日連絡を取り合っていた。 ―――そんな恋愛関係が続くこと、数ヶ月。 いつものように朝食を食べていると、母が母友から聞いたという話を 俺に教えてきた。 ―――それは俺の彼女...海川恵美(うみかわめぐみ)の浮気情報だった。 「――――は!?」 俺は思わず、嘘だろうという声が口から洩れてしまう。 あいつが浮気してをいたなんて信じたくなかった。 だが残念ながら、母友の集まりで流れる情報はガセがない事で 有名だった。 恵美の浮気にショックを受けた俺は、未練が残らないようにと、 あいつとの連絡手段の全て絶ち切った。 恵美の浮気を聞かされ、一体どれだけの月日が流れただろうか? 時が経てば、少しずつあいつの事を忘れていくものだと思っていた。 ―――だが、現実は厳しかった。 幾ら時が過ぎろうとも、未だに恵美の裏切りを忘れる事なんて 出来ずにいた。 ......そんな日々が幾ばくか過ぎ去った、とある日。 ―――――俺はトラックに跳ねられてしまった。 今度こそ良い人生を願いつつ、薄れゆく意識と共にまぶたを閉じていく。 ......が、その瞬間、 突如と聞こえてくる大きな声にて、俺の消え入った意識は無理やり 引き戻されてしまう。 俺は目を開け、声の聞こえた方向を見ると、そこには美しい女性が 立っていた。 その女性にここはどこだと訊ねてみると、ニコッとした微笑みで こう告げてくる。 ―――ここは天国に近い場所、天界です。 そしてその女性は俺の顔を見て、続け様にこう言った。 ―――ようこそ、天界に勇者様。 ...と。 どうやら俺は、この女性...女神メリアーナの管轄する異世界に蔓延る 魔族の王、魔王を打ち倒す勇者として選ばれたらしい。 んなもん、無理無理と最初は断った。 だが、俺はふと考える。 「勇者となって使命に没頭すれば、恵美の事を忘れられるのでは!?」 そう思った俺は、女神様の嘆願を快く受諾する。 こうして俺は魔王の討伐の為、異世界へと旅立って行く。 ―――それから、五年と数ヶ月後が流れた。 幾度の艱難辛苦を乗り越えた俺は、女神様の願いであった魔王の討伐に 見事成功し、女神様からの恩恵...『勇者』の力を保持したまま元の世界へと 帰還するのだった。 ※小説家になろう様とツギクル様でも掲載中です。

召喚されたけど要らないと言われたので旅に出ます。探さないでください。

udonlevel2
ファンタジー
修学旅行中に異世界召喚された教師、中園アツシと中園の生徒の姫島カナエと他3名の生徒達。 他の三人には国が欲しがる力があったようだが、中園と姫島のスキルは文字化けして読めなかった。 その為、城を追い出されるように金貨一人50枚を渡され外の世界に放り出されてしまう。 教え子であるカナエを守りながら異世界を生き抜かねばならないが、まずは見た目をこの世界の物に替えて二人は慎重に話し合いをし、冒険者を雇うか、奴隷を買うか悩む。 まずはこの世界を知らねばならないとして、奴隷市場に行き、明日殺処分だった虎獣人のシュウと、妹のナノを購入。 シュウとナノを購入した二人は、国を出て別の国へと移動する事となる。 ★他サイトにも連載中です(カクヨム・なろう・ピクシブ) 中国でコピーされていたので自衛です。 「天安門事件」

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

処理中です...