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12 妹とメイドさん

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「えっ!? アンタたち冒険者なの? よく生きてこの街に入って来られたねぇ……。もしかして外にいた魔物に捕まったのかい?」

 この街一番の安宿である海運亭にて、恰幅のいい女将さんが目を丸くしていた。
 魔族に支配された土地で、冒険者を自称する人物なんてかなり怪しいもんだろう。
 
 だが、女将さんは優しい眼差しで咲を見ていた。
 こういう時に可愛い年少の子を連れていると話が早くて助かる。 

「若い男女が子供一人を連れて……アンタたちも苦労したんだねぇ……!」
「えっ!? 私はまだ母親って歳じゃ――ムグッ、ちょ、姫乃さムァ!?」
「あーはいそうです。俺とこの人は夫婦で大きな娘がいるので同じ部屋を一つお願いします」

 ニケさんのお喋りな口を塞いで、さっさとチェックインを済ませる。
 せっかく勘違いしてくれたのだ。このまま押し通した方が説明の手間が省ける。
 ちなみに偵察に向かった婆様の分の宿は取らなくていいらしい。逞しすぎるだろ。

「えー? お兄ちゃん、お姉ちゃんと夫婦なの~? 咲やだなぁ」
「娘が父親にお兄ちゃん……? お姉ちゃんと夫婦……? それによく見たら母親は従者の格好だし。アンタたち一体……」
「ははは……ま、まあね。これには深い事情があってだな」

 女将さんは色々と誤解しているようだが訂正するのも面倒だ。
 咲は不満そうにカウンターを叩いていた。ニケさんは為すがままになっている。
 女性を後ろから羽交い絞めにしているんだが、このメイドさん恐ろしく一部分がデカい。

「そうね。こんなご時世だもの。きっと誰にも言えない辛い事があったんだね……いいよ何も聞かないから泊まっていきな。二階の突き当りの部屋ね」
「ありがとう助かるよ」
「ありがと~!」

 器の大きな女将さんから鍵を受け取り二階へ上がる。
 海運亭は安宿の割には綺麗な内装で手入れもしっかりされてあった。
 俺たち以外のお客はいないのか、静寂な廊下を歩いて目的の扉を開ける。

「ひゃあ、ほ、本当に一人部屋です。ベッドが一つしかありません! ど、どうしましょう!?」
「適当に流れで」
「姫乃様……私、従者ですけど、一応異性なんですよ……?」
「わーい! ベッドだぁ、ベッド~!」

 質素なワンルームにベッドが一つ。机や椅子等の調度品はデザインの統一性がなく。
 無駄に大きなクローゼットが壁面に設置されていた。カーテンを開けると前の通りがよく見える。

 咲はベッドの上に飛び乗ると、ピョンピョンとウサギさんのように跳ねた。
 そのたびに天井から埃が、建物自体は古いのか。下の階に誰もいなくて良かった。

「お兄ちゃん! 咲、真ん中がいい!」
「まだ陽は浅いけどもう寝るのか?」
「ううん、ベッドで遊ぶの!」

 コロコロコロ。ベッドの上でシーツを身体に巻き付けくねくね動く咲。

「見てみて、いもむしさん~」
「あぁー咲様! シーツがぐちゃぐちゃになっているじゃないですかぁ!」
「ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ」
「姫乃様も見てないで止めてくださいよ~!」

 あぁ~癒される。
 最近、血生臭い戦いばかりだったし、この日常感が堪らない。

「俺もやるぞ~」
「きゃー! 食べられる~」
「も、もうっ楽しそ――じゃなくて、あとで綺麗にしわを伸ばさないと駄目なんですからねっ!」

 芋虫さんを抱きかかえて俺もコロコロゴロゴロ転がる。
 参加すればいいのに、ニケさんは少し羨ましそうな目で見ていた。
  
 ◇

 海運亭を出て、俺たちは朝に通りがかった時に賑わっていた市場を目指す。
 ベッドで遊ぶのも楽しかったが、寝るにはまだ早かった。暇潰しの街探索だ。

「では、カレーの具材を探しましょうか! えっと手持ちは――」
「おー! じゃがいもさんっ、にんじんさんっ!」
「そういえばそんな話もあったな。完全に忘れていたぞ」

 旅の主目的の一つであるカレー作り。
 咲をその気にさせる冗談かと思っていたが、意外と真剣に考えていたのか。
 ニケさんは財布から綺麗な硬貨を取り出し、手に乗せて頭の中で計算している。

「手持ちは大丈夫なのか?」
「へ、平気です! お二人に年上の甲斐性というものをお見せしますよ!」
「無理しなくていいぞ……?」

 拳に力を入れて張り切るニケさん、また空回りしないといいけど。

 市場は昼間になっても人が多く手を繋いでいないとはぐれてしまいそうだった。
 当然だが他の冒険者の姿はなく売られている物も食品ばかり。武器は置いていない。
 一応既存のお金は使えるようで、あとは街で労働すると貰える専用の紙幣が出回っていた。

 途中、市場を巡回しているオークとすれ違う。
 小さく槍を振ってくれた。彼らもしっかり仕事をこなしてくれているようだ。

「結局、魔王軍から解放した事は街の人に伝えないんですね」
「ああ、それで騒ぎが広がれば、他の連中が攻めてくるだろうしな」

 大陸のほぼ全土を掌握されている状況で、一つの街を解放しただけでは焼け石に水だ。
 すぐに各地から魔物の軍勢を送り込まれるだろう。さすがに二人で守り切る自信はない。

 なので表向きはリヴァルホスに今まで通り街を管理してもらう事となっている。
 元々大した政策も行わず自由にさせているみたいだし。現状維持で問題なかった。

「カレー楽しみだね!」
「そうだな。カレールウとか置いてあれば便利だけど、ある訳ないよなぁ」
「そこは従者にお任せください、完璧に再現して咲様を喜ばせてみせます!」
「大した自信だ。ニケさんに期待してみよう」
「お姉ちゃんがんばれ~!」

 つまるところ面倒事は全部サハギンに任せ、俺たちは悠々自適に買い物を楽しむ予定だった。

 ◇

「うぅ……す、ずいまぜん……私、従者失格でず……!」
「お姉ちゃん、泣かないで?」

 セントラーズの端にある船着き場でしゃがみ込むニケさん。
 数分前はあれだけ張り切っていたのに、今では目に大粒の涙。

「まさか、市場に入ってすぐ財布をすられるとはな……」 
「めんぼぐないでず……」

 豊富な食材に目移りしていたところ、後ろから誰かに盗られたらしい。
 俺も少しは注意しておくべきだったと反省している。平和ボケしていた。

 宿の代金は既に払っているので大丈夫だが。
 あそこは夕食しか出ないので少し困ったことになる。
 朝と昼はサハギンたちに頼んで魚でも捕ってきてもらうか。

「今日は先に宿に帰って休んだ方がいいと思うぞ? ドラゴンの卵も置いてきたんだろ?」
「お姉ちゃん、おサイフは咲が探すよ?」 
「はい、ぞうじます……ごめんなざい」

 ニケさんはトボトボと背中を丸めて帰っていった。
 財布はもう諦めた方がいいかもな、土地勘もない場所で探しても時間を無駄にするだけだし。
 こうしてみると魔物よりも人間の方が厄介だ。下手に敵対すると今後は協力を得られないしな。

「しかし可哀想だったな……何とか元気づけてあげたいな」
「お姉ちゃん……」
「おお、そこに居られるのは勇者殿ではないですか、こんな所でどうかしましたかな? 何かお困りですか?」

 声がした方を見ると、リヴァルホスが部下を引き連れ海から顔を覗かせていた。
 仕事もしないで海底で鍛錬でもしていたんだろうか。脳筋サボり魔たちめ。

「市場で財布を落としてな。困っているんだ」
「なるほど……では勇者殿にこちらを献上しましょう」

 リヴァルホスが命令すると部下の一人が海から大きな袋を投げつけてきた。
 中を覗くと金色に輝く硬貨がギッシリと詰まっている。テレビとかで見る金銀財宝だ。

「わー、すごいきれい!」
「これ全部が本物の金貨か? お前ら金持ちだったのか!」
「それは街を占領した際に一番大きな屋敷にあったものです。正直、我々には必要のない物でして」

 リヴァルホスは興味が無さそうに語る。
 海の中では金貨も石ころと同じ扱いだった。 

「いらないなら持ち主に返した方がよくないか?」
「ハハハ、屋敷の者は皆、我が愛槍が貫きました故。持ち主がおりませぬ」
「あぁ、そうかい……」

 随分と生々しいな。一応、コイツらも戦争っぽい事はやっていたのか。
 過去の戦いについては俺たちに関係のない話だ、聞かなかった事にしておこう。

「と、いう訳なので是非貰ってください。旅のお供ができない我々のせめてもの償いです。では!」 

 リヴァルホスはそのまま海に潜ってしまった。
 彼らサハギンは陸上の生活に長くは耐えられないので、旅に連れていく事はできない。
 それを気にしていたみたいだな。こういうところでは生真面目な連中だ。

「お兄ちゃん! お金持ちだね!」
「そうだな……ちょっと多すぎるよなぁ」

 貰った金貨袋を両手で拾い上げる。
 かなり重たい。これなら盗られてもすぐに気付くだろう。
 てか大丈夫だろうか。使っても元の持ち主に呪われたりしないよな?

「それでお姉ちゃんになにかおかえししよ? いつもありがとうって!」

 咲にしては珍しい提案。
 この子は意外と人見知りする方なのだ。
 魔物とは仲がいいが、あれはペットとして見ているので例外だ。

「そうだな、お兄ちゃんも賛成。ニケさんに何かプレゼントしよっか?」
「うん! 咲、お姉ちゃんに元気出してほしい!」

 そうか。俺が何かするまでもなく、ニケさんを結構気に入っていたんだな。

 ◇

 海運亭に戻った俺と咲は、ニケさんが起きるまでの間に色々と準備を進めた。
 しばらくすると、目が覚めたのか二階から階段を下りてくる音が聞こえてきた。

「あ、あれ? お戻りになられていたんですか? ……申し訳ございません、少し寝てしまっていて。従者なのにご主人様の気配に気が付かなくて……!」
「おはよ~、お姉ちゃんこっちこっち!」
「わわ、ど、どうしたんですか? そ、それにこの香りは……!」

 ニケさんは咲に引っ張られ階段を駆け下りてくる。
 そして、俺がいる一階のロビーにある机の前で立ち止まった。

「お姉ちゃん、しゃがんでしゃがんで!」
「えっ、あっ、はい」

 突然の出来事に混乱している様子だ。傍から見ていると面白い。

「目つぶって?」
「こ、こうですか? んんー」
「開けていいよ!」

 ニケさんが目を開けた、咲は楽しそうに手を後ろに組んでいる。
 その視線を追って、どうやら頭に何かがついているのに気が付いたようだ。

「こ、これは……!?」
「お星さまの髪飾り! お兄ちゃんと選んだの、お姉ちゃん似合ってるっ!」
「あ、あの、そのえっと……姫乃様……?」

 ニケさんは恐るおそる、隣に座っている俺の方を見た。
 ドッキリだとでも思っているんだろうか。
 そういえば、出会ってから彼女を驚かせてばかりいたな。

「まっ色々お世話になっているし? ちょっとした臨時収入があったし? 咲がどうしてもって言うから……そこそこ似合ってると思うぞ」

 少ししどろもどろになってしまったが、大体間違った事は言っていない。
 ニケさんの髪を留めているお星様は、いつも俺たちを導いてくれる彼女を連想させた物。

 ちょっと子供っぽかったかもしれないが、悪くないんじゃないか。
 考えてみたら妹以外の女性にプレゼントなんて生まれて初めてだ。意識すると緊張してきたな。

「あ、その、うっうぅ……わ、わだじ……わだじ……うぅ、うぇえ、ゴホッゴホッ」
「……大丈夫か?」

 泣きそうなのか吐きそうなのかどっちだ。

「わ、私、咲様に嫌われていると……思ってました……から……もう何がなんだかわからなくて……」
「だってお姉ちゃんうるさいもん。でも、嫌いじゃないよ? ギュー」

 咲が小さな身体でニケさんを抱きしめた。
 うらやま――――しいけど、今日ばかりは譲ってあげよう。

「私に、そんな資格なんてないのに……なのに、お二人はこんなにもお優しくて……姫乃様ぁ……!」
「ちょ!? 鍋熱いから! 危ないから!!」

 咲を抱えたまま、ニケさんが椅子に座っている俺にまで飛び込んできた。
 机の上には今日の目的の品も置いてある。こぼれないよう断固死守。

「お姉ちゃん一緒にカレー食べよっ、二人で作ったの~!」
「それっぽい材料を選んだだけだから、再現できているか微妙だけどな」

 適当に市場で仕入れて、女将さんから厨房を借りて咲と頭を悩ませながら作ったカレーだ。
 スパイス選びとか初めてだったし、白米もないし。正直、あまり期待できるものでもないけど。

「ありがどうございまず……これは……一生の宝物でず……」

 涙を拭いて頭のお星様を撫でるニケさん。
 その嬉しそうな顔が見られただけで、もうお腹一杯だな。

「アンタたち、本当に仲がいい夫婦ねぇ」

 隅っこで女将さんが微笑ましそうに眺めていた。

 ――ちなみにカレーは美味しくはなかった。
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