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8 前哨戦

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「おーいいぞ! もっと頑丈に補強するんだ、アリ一匹も通さないようにな!」
「ゴブちゃんがんばれー! ブタさんがんばれー!」
「ギギ! ウギ!」
「ブオオオ、ブウ!」

 咲の声援を受けて、張り切るゴブリンたちが石や瓦礫を運んでくる。
 それを屈強なオークたちが受け取り、せっせと門の前に積み上げていく。
 見るみるうちにセントラーズ側の関所を埋めるようにバリケードが形成されていた。

「姫乃様……私たち、本当にこのまま砦で迎え撃っても大丈夫なんでしょうか?」

 その様子を、砦を一望できる崖の上から眺めていたニケさんが不安そうに語る。

 今のこちらの人員はゴブリンが六十七体、新戦力のオークが八体。
 対してセントラーズに駐屯する魔王軍第三潜水部隊とかいう連中は、
 婆様の情報が確かだとすると、総戦力は一千を優に超える水陸混合部隊だ。

 不安になるのも当然だろう。まともに戦っても普通は勝てないな。

「市街地戦では咲の力は生かせないし、野戦では物量に圧倒される、ゲリラ戦は体力的に無理。だったら籠城作戦しかないんだよ、消去法的に」
「それってただの博打では? 自信ありげに語られるので何か策があるのかと……!」
「策か? 殴って、叩いて、ボコる!」
「姫乃様、それは策じゃなくて手段です……!」

 元々の戦力差を考えたら何をやっても博打だろうに。
 ニケさんは勇者を戦略兵器か何かと勘違いしてないか。

「ともかく敵総大将をやっちまえば、勝ったようなもんだから。気楽に気楽に」
「それも単なる推測ですよね? 咲様の力が及ばなかったらどうするんですか!?」
「咲がんばるー!」

 俺たちが勝利するには、咲の魔王に匹敵する力で敵部隊を懐柔する必要がある。
 ゴブリンやオークを見てわかったが、魔物は優れた力を持つ者に従う性質があるようだ。
 なら、こちらは敵将を圧倒的な実力でねじ伏せて、どちらの格が上か見せつけてやればいい。

「ははは、失敗した時は砦を放棄して逃げ帰ろう。その為の籠城作戦でもある!」
「うぅ……私、足の速さには自信がないです……!」

 ◇

「敵はまだ来てないですか……?」
「眼には映ってないな。念のため海の方も見てるが。心配なら降りて確かめてくるか?」
「や、やめておきます……わ、私はここで心の準備を……はぁ……はぁ」

 崖から周囲を監視し続けて一時間、これでニケさんとの会話も五度目だ。
 緊張しているのか、同じ質問ばかりが飛んでくる。彼女の卵を撫でる手が震えている。

 俺はというと、どこか気分が高揚してしまっている。
 これから命を賭けた戦いが始まるというのに、負ける気がしない。
 この感情も女神から与えられた力による影響なんだろうか。どっちでもいいが。

 俺はどんな世界であろうとも愛する妹の咲を守り通す。この決意だけは揺るがない。

「お姉ちゃん。手のひらに人を描いたら? おまじない!」
「えっ、手のひらに人を描くんですか!? ひぃ……何て恐ろしい異世界の儀式なんでしょう。で、ですがご命令とあらば……!」
「まて、指で描くだけだぞ?」
「…………」

 短剣を取り出して手に刻み込もうとしていたニケさん。
 後ろに立っていた婆様が、慌てて杖で彼女の頭を叩いた。

「痛い、痛いですって! 冗談に決まっているじゃないですか! そこまで私は馬鹿じゃないです!」
「…………」
「何ですか婆様? なになに……ふむふむ。えっ、昔から頭は悪い? そんな……婆様まで……!」
「お姉ちゃん、人の字はこう描くんだよ?」 

 咲が得意げにニケさんに文字を教えている。女神の翻訳は文字にも適応されるか。
 俺はその様子を眺めながら【千里眼】を維持し続ける。和やかな雰囲気になってきた。

 オークを仲間に加えた事で、俺たちは迎撃に使えるポイントをいくつか抑えた。
 砦に隣接する切り立った崖の上に陣取れたのも、オークが裏道を案内してくれたおかげだ。
 ここからなら街までの広大な平野を見渡せる。数で劣る分、地形はかなり有利を取れている。

 ザザザ――――ザザ

「ん……また耳鳴りか」

 刹那、世界が歪んだ。立ち眩みに似た感覚。
 一度は暗黒世界で体験した現象だ。俺は隠れて額を抑える。

「姫――? ――――――ですか?」

 それでも目聡いニケさんが駆け付けてくる。が、何も聞こえない。冷や汗が流れる。
 錆びた剣に薄っすらと光が灯っている。何かが来ると――――全身が危険を察知した。

「マズイ、全員避けろ!!」
「え?」
「お兄ちゃん?」
「――――!!」

 俺はすぐ隣にいたニケさんを地面に押し倒す。
 同時に婆様が咲を抱えて垂直に飛び上がったのが見えた。
 次元が歪み、周辺の岩や木々が弾け飛んだ。隙間から生物が這い出てくる。

「ザザ――――ザ――ザザザザザ」

 耳鳴りと類似した鳴き声で怪物が産声を上げている。
 人の身体と魔物の身体が融合したかのようなシルエットだ。
 ただし上手く共存できておらず、下半身がスライムのように溶けている。
 頭部が複数あり角も尻尾もあらゆる器官が剥き出しで、悍ましく不愉快だ。
 
「な、何ですか……? この魔物は、私の記憶にはありません!」
「ニケさんが知らないのであれば、俺にもわからないな」
「お兄ちゃん、この子、きもちわるい。こわいよ」

 異世界人の俺たちでも、存在してはならない存在であるのはわかる。
 コイツもまたゲームでいうバグだ。見た目からして自然の摂理から反している。
 俺はすかさず剣を振りかざす。光を帯びた凶器が切れ味を増し敵の器官を軽々と砕いた。
 
「ザザ――――ザ――――」
「どうやら俺の相棒には、コイツの特攻属性が付いているようだな」
「ひやぁっ! 危うく耳が吹き飛びかけました。お、恐ろしいです……!」

 肉体鞭をしならせ空気を切り裂く怪物。鞭は素早く捉えきれない。
 ニケさんが瞬時に首を動かして避けた。動体視力と危機回避能力が高い。
 運だけでこの過酷な世界を生き抜いていた訳ではないらしい。認識を改めるべきか?

「ひぃ、腰が抜けてもう動けないです……! 姫乃様、お助け下さい……!」
「ニケさんはニケさんだったな……。そのまま大人しく頭を下げておいてくれ」
「はぁいっ!」

 震えて丸くなるニケさんの前で俺は鞭を叩き斬った。すぐにおかわりが生える。
 本体を刺さないと終わらないか。再生の隙を突いて接近、急所らしき場所を斬りつけていく。 
 複数ある首を刎ね落とし、心臓っぽい器官を砕くも、まだ敵の動きは止まらない。
 
「姫乃様! 後ろです!」
「何っ!?」
 
 背中で怪物の鳴き声よりも大きなニケさんの叫び声が届いてくる。
 調子に乗って懐に入り込みすぎた。飛び散った肉片が重なり分裂していたのだ。
 生物の常識とかけ離れた反撃手段。回避する余裕はないか。痛みを覚悟で歯を食い縛る。

「…………」

 だが衝撃は一向に訪れなかった。俺の前で婆様が咲を背負い短剣を握っていた。
 見ると怪物に大きな風穴が空いている。すげぇな、やっぱりこの人は只者じゃない。

「おー! はやーい! つよーい!」
「婆様助かった。咲も救ってくれたし、アンタは恩人だ!」
「…………」

 気にするなとばかりに無言で首を横に振る婆様。渋くてカッコいいじゃないか。
 顔は見えないが歴戦の女戦士なんだろうな。手のひらには赤黒い石が収められている。
 それを俺に見せつけて、次に剣を指していた。怪物の体内から奪った物か。

「そうか、これが奴の急所か」

 受け取った赤黒い石を地面へ転がし、力いっぱいに剣で叩く。
 すると本体と分身体が光の粒子となって消えていく。急所は共有らしい。

「ザ――ザ――」

 剣が怪物の粒子を吸収して、纏っていた光も失った。 
 それは一時の悪夢であったかのように痕跡を残していない。

「何だったんだ今のは、本当にこれで終わりなのか? まるで手応えがなかったが」
「とても、寒気を感じました……その、魔物と対峙した時の恐怖とはまるで別物の……!」
「…………」
「きらきらきれいだったね!」

 この世界に巣食う悪夢は魔王だけではないのか。
 俺も、ニケさんも、婆様も、ただその場で立ち尽くす。
 唯一事態を把握していない咲だけが手を叩いて喜んでいた。

「姫乃様も婆様も助けていただきありがとうございます。――って、姫乃様、今の状況は!?」
「ん? たった今倒してひと段落ついたところだろ。ニケさん、恐怖のあまりについにボケたか?」
「違いますよ! もうあの怪物の事は忘れてください! 私たちの最初の目的、サハギンですよ!」
「あ、そういえばそんなのもいたな」

 怪物も明らかに無視してはならない事象であったが。
 触れてはいけないものを扱うかの如くニケさんが話題を逸らす。
 確かに考えても埒が明かない。今は目の前の事に集中すべきだろう。

「おっ……来てるぞ。敵の団体さんが」
「どこですか!? あっ、本当に来てます! 地平線の向こうに黒い塊が!!」

 遥か前方に黒旗を担いだ魔物の集団。いちいち数えるのも億劫になる規模の軍勢だ。
 先頭を切るのはハウンドドッグの群れ。その背後には武装したオークとゴブリンの集団。
 
 更に最奥には一際大きな灰色の――

「――ハイオークです! オークの中でも特に武勇の優れた種なんです!」
「色違いの亜種か。こういうのは行動パターンが変わる程度で実際は大した事がないんだよなぁ」
「油断しては駄目ですよ、ハイオークの一撃は素手で大岩をも砕いてしまうんです!」

 大岩程度なら最初に戦ったサイクロプスの方は住家を足で踏み潰していたと思うんだが。
 しかし幸か不幸か、怪物のおかげでニケさんも緊張が吹き飛んだらしい。余裕が生まれている。 
 咲も婆様におんぶされてご機嫌だし、婆様の実力も知れた。これは楽に敵を撃退できるかもな。

 改めて見ると思ったよりは陸上戦力が少ない。目算で三百を下回るくらいか。
 事前に一千強の部隊と聞いていたがサハギンの姿もなく、主力部隊ですらないと。
 砦を攻めたのは俺と咲の二人だけだったから、主力を送らずとも制圧できると踏んだか。
 
 戦力の逐次投入とは甘い考えだ。四方を囲まれない限りは俺も咲も止まらないぞ?

「この程度なら、軽い準備運動にはなるかね」
「お兄ちゃん、ドッチボールの続き?」
「ここなら球も補給し放題だぞ!」
「やった! きれいな石さん見つけた!」

 待機させておいた味方のオークとゴブリンには武器を何個か持たせてある。
 砦に置いてあった物だ。門のバリケードを越えようとした連中に槍と矢をお見舞いする。
 あとは俺の魔法も使えば砦の守りは十分だろう。それまでに咲の爆撃で一気に数を削り取る。

「よーし、まずは挨拶代わりの一発だ!」
「それー!」

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアア』

 咲の投げた石が遠方の敵集団に吸い込まれ命中。
 統率の取れた行進が仇となって、一度に数十体が消滅した。
 相変わらずこの不自然な命中精度は女神の力だろうか? 案外、咲の才能かもしれない。

「咲様、かるーくですよ? かるーく。本気で投げたら駄目ですからね!?」
「うん、かるーく、ぽい!」

 今回は不安定な崖上からの狙撃なので、咲には加減をしてもらっている。
 本気の投擲だと足場が崩壊する可能性があるからな。全員地上へ真っ逆さまになる。

「…………」
「姫乃様! 婆様によるとハウンドドッグの群れが砦に接近してきたようです!」

 あの動きの速い犬の魔物か。真下への狙撃は難しそうだな。

「零れた連中は俺と味方の魔物たちで片付ける、咲の事は頼んだぞ」
「お、お任せください! 姫乃様もどうかご無事で!」
「お兄ちゃん、がんばれ~!」

 二人の声援を受け、俺は崖を裏道から急降下で滑り砦の関所まで走った。
 襲撃を受けているというのに、ゴブリンたちは呑気に槍で遊んでいた。招集をかける。

「敵が来るから、バリケードを登ってくる連中を槍と弓で追い払ってくれ!」
「ウギ? ウガガ?」
「あーもう。言葉が通じないのは面倒だな。わかったわかった。今、絵に描くから」

 急いで砂地に門を登ろうとする犬の絵を描く。
 ゴブリンとオークはそれを見て、全員首を傾げた。

「ウギギ?」
「ブオ、ブウ? グブブ」

 絵を消される。

「おい、何をするんだ!」
「グギグ! ギ!」

 ゴブリンが槍で地面を掘る、俺よりも上手い図ができあがった。
 全員それを見て納得する。どうやら俺の絵は下手くそでダメ出しを受けたようだ。 

「ブブ!」
「笑うな!」

 俺が怒ると各自逃げるように持ち場についた。
 咲を相手じゃないと本来の地の性格が出てくるらしい。

「グルルルルルルルルルル」
「ったく……馬鹿やってるから何匹か登って来たじゃないか!」

 目の前にバリケードを越えてきた獰猛な獣の姿。
 俺は相棒を構える。異形の怪物が相手でないと切れ味は棍棒以下になるが。
 砦に備わっている武器はオークの体格に合わせてあったので、これしか選択肢がない。

 今後とも、コイツとは長い付き合いになりそうな予感がする。
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