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2 最狂の力

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「あー、あそこにブタさんもいる! わーい!」
「ちょっ、咲様、お待ちくださいいいいいい!」

 地獄のような光景を目の当たりにして、放心していたのも束の間。
 咲が一人で走り出してしまった。ニケさんも泣きながら外へ飛び出す。

 咲にとってこの世界はアニメやゲームの延長なんだろう。しかしこれは確かに現実なんだ。
 突き刺す敵意も、耳を裂く叫びも、鼻につく匂いも。否応に死の危険を意識せざるを得なかった。
 ふと、俺は足元に転がっていた剣を見つける。本能がそうさせたのか、導かれるまま手に収まった。

「お前は俺を必要としているのか? これは――アイツの贈り物か」

 一瞬だが、暗黒世界で出会った仮面の人物の姿が脳裏をよぎった。
 何故彼女と結び付いたのか自分でもわからないが、女神よりは信用できる気がした。
 今は錆びついているが、かつては荘厳たる剣だったんだろう。装飾に面影が残っている。

「グルルルルルルルルルルル」
「……どうやら、俺もお前が必要みたいだ。頼むぞ、相棒!」

 目の前に現れた獰猛な獣を前にして剣を構える。重さは感じない。
 真剣を扱うのも、命の盗り合いも初めてだ。だが、俺の身体は俊敏に動く。
 
 牙を剥き出しにして飛び掛かってきた獣を、カウンターの要領で頭蓋を叩き割る。
 両手に残った感触を振り払い、思いっ切り獣の横っ腹を蹴り飛ばした。亡骸が瓦礫の山に埋まる。
 
「ん、倒したのか? 案外、簡単だったな。もしや俺には……殺しの才能でもあったのか?」

 いくらなんでも上手く行き過ぎている気がするが。
 この状況が既に常識外れなのだ。今さら自身の変化に驚く意味もない。
 そういうものなんだと考えた方が利口だ。つまり俺はそこそこ強いらしい。

 剣に付着した汚れを拭って、俺は咲とニケさんを探しに向かう。

「二人はどこに行ったんだ……くそっ、そろそろリアルな死体も見慣れてきたぞ……!」

 犠牲者の亡骸を踏まないよう避けながら探し回る。
 どうも村を襲っている魔物は総勢三十五体いるようだ。
 獰猛な獣に、武器を持った鼻の尖った小人、中型の豚面。

 その奥にはリーダー格の超大型の巨人が潜んでいるはずだ。

「……俺もとうとう頭がおかしくなってきたか。まぁ、使えるものは全部使ってやるけどな」
 
 【千里眼】と呼べばいいのか。遠くの光景を見渡す力を俺は手にしていた。
 女神から与えられた力の影響か、もしくはこの剣の恩恵か。どちらかは知らないが。
 せめてもう少し説明があっても良かっただろ。ぶっつけ本番で学べってとんだブラック企業だな。

「こ、来ないでください! え、えっと――【氷の槍アイスニードル】!」

 前方でニケさんが咲を庇いながら、生み出した青色の魔法陣より鋭利な槍を放つ。
 にじり寄っていた魔物を頭から貫いた。彼女は俺たちを召喚しただけあって魔法を使えるらしい。

「ここは私が命に代えても足止めしますので、早く咲様を……! 素早いハウンドドッグが来ます!」

 ニケさんの献身的な台詞。だがその必要はない。 
 俺は彼女の動きをトレースして、片腕を宙に掲げる。
 それが最善手だと判断したからだ。そのまま同じ言葉を紡ぐ。

「えっと、これでいいのか。【氷の槍アイスニードル】」
「グギャアアアアアアアアアアアアア」

 魔物たちの叫び声が木霊する。俺の周囲を豪雨の如く氷の槍が降り注いだ。
 ニケさんが先程使った魔法を遥かに上回る。いや、もはや別物と化していた。
 赤く染まった氷群から漂う冷気に晒されながら、俺の熱もゆっくりと冷めていく。

「えっ? な、何ですかコレは!? 姫乃様ってもしかして大賢者様……?」

 驚くニケさんの隣で、俺は冷静に状況を把握していた。
 確かあの自称女神は俺には技術力を授けるとか言ってたな。

 ニケさんが使った魔法に、遠くを見渡せる能力。
 なるほど。他者の異能スキルを使いこなせるという訳か。

 そして、咲が受け取ったのは――――純粋な力。

「ワンちゃん、抱っこしてあげる!」

 ちょうど目の前で、氷の雨から逃れたハウンドドッグが咲に迫っていた。
 咲は嬉しそうに両腕を広げて、獰猛な魔物の頭をその小さな身体で抱きしめた。

「ギャウイイイイイイイイ」
「わぁ! 暴れちゃダメ!」

 ハウンドドッグが苦しそうにもがいている。
 抱擁から逃れようとするも、咲の身体はビクともしていない。
 体格差は優に三倍以上あるのにも関わらずだ。全身から煙が漂っていた。

 文字通り身体が溶けていく。最終的にハウンドドッグは灰となって消えてしまった。

「……お兄ちゃん、ワンちゃん溶けちゃった」
「あわわわ……!」

 悲しそうな表情で灰を掬う咲。その様子を震えながら見つめるニケさん。
 驚きのあまり口が開きっぱなしだ。……かくいう俺も似たようなものだが。

「もう一回! ワンちゃん!!」

 ――ギャウイイイイイイイイイイ

「もー、じゃあブタさん!!」

 ――ブオエエエエエエエエエエエ

 俺の愛する妹の手によって、ここに新たな地獄が幕を開けていた。
 咲が触れた瞬間、魔物は肌が焼け、もがき苦しみながら消滅していく。
 それが咲にはどうしても許せないのか。標的を変えては魔物の数を確実に減らしていく。

「こ、これが新たな勇者様の力……! あわわわ、恐ろしいです……!」
「……ちょっとやり過ぎじゃないか?」

 最初は力と聞いて、怪力にでもなっているのかと思った。
 が、これはそんな低い次元の話ではない。触れるだけで殺すって。

 俺もとてつもない力を手に入れたもんだと内心己惚れていたが。
 咲の力はその更に上をいっていた。小手先の技術なんて必要ないほどに。 

「お兄ちゃん。咲の手、変になっちゃった」

 周囲の魔物をひと通り灰に変え、小さな破壊神様が帰ってきた。
 灰で汚れた手のひらを俺たちに向ける。触れても大丈夫なんだろうか?

「ひぃぃぃ、咲様、私も溶けちゃいますぅ! 触ったら駄目――あら?」 
「お姉ちゃんうるさい!」

 ニケさんの身体をポカポカと叩く咲。
 どうやら最狂の力も人間には通用しないようだ。

 ズドン、ズドン

 村全体を揺るがす振動。燃え上がる住家の崩れる音が続く。
 新たに現れた魔物は、俺たちを遥か上空から見下ろしている。

「あれは……サイクロプス……!」

 筋肉隆々の肉体。大きな一つ瞳。
 手に握っているのは大木でできた棍棒。
 それはすべてを破壊し得るだけの力を、その姿に秘めていた。

「魔王軍でも特に攻城戦に特化した巨人です。まさかこんな小さな村を滅ぼす為だけに……!?」
「でけぇ……ビル四階分くらいか? てっ、そんな悠長な事を言ってる場合じゃないな」

 こんな巨人が暴れれば、この村どころか俺たちまでペシャンコだ。
 強大な力を手にしたとはいえ、身体は以前とまったく変わっていない。

 もしかしたら目には見えていないだけで、耐久面でも強化されている可能性があるが。
 リスクを冒してまでコイツで確かめたいとは思わない。本当、何から何まで説明不足で困る。

「ニケさんや、何か巨人に有効な魔法とか持っていないのか? このままだとマズいぞ」
「私は本職の魔法使いじゃないんです。姫乃様の方が、私より強力な魔法を使えるんじゃないですか?」
「それが、どうやら無から何かを生み出すまではできないみたいなんで」 
「……はい? 何の話ですか?」

 俺も新しい魔法が使えないかと、頭の中で模索しているのだが。
 異能スキルは想像で生み出す事はできないようだ。あくまで【模倣コピー】できるだけか。
 
 一か八かであの巨人に【氷の槍アイスニードル】を当てるか?
 しかし一撃で有効打を与えないと、逆上した巨人の矛先がこちらに向く。

「お兄ちゃん。大きなおじさんにニンジンさんあげていい?」
「咲、どうしたんだそれ?」
「お兄ちゃんの袋に入ってたよ?」

 咲は夕食のカレーに使うはずだった人参を両手に持っていた。
 一旦部屋に戻っていたらしい。買い物袋も一緒に転移してきたんだな。

「おじさん、ニンジンさん食べれるかな?」
「どうだろうな。あの巨人に好き嫌いはなさそうだけど」

 サイクロプスに餌付けがしたいみたいだ。俺の妹は本当に優しい子だなぁ。

「ちょ、ちょっとお二人はどうして和んでいるんですか!? 危機的状況なんですよ!?」
「そう言われましても、今のところできる事がないからなぁ……」

 運がいい事に相手はさほどこちらに興味を示していない。
 所詮小さな虫けらとしか捉えていないのだろう。建物ばかり破壊している。
 いっそ倒せないなら無視して逃げるか、それとも本当に餌付けして慣らすか?
 
 ――――魔物って人に懐くのだろうか。

「お兄ちゃん、おじさんのお顔遠いよ? どうやってニンジンさんあげる?」
「投げれば届くんじゃないか?」
「そんな投げ遣りな、ここからあの巨人までかなりの距離があるんですよ?」

 確かにここからサイクロプスまで数百メートルは離れている。 
 更にあの巨体だ、顔まで届かせようと思ったら相当な力が必要だろう。

 そうだな。暴れるハウンドドッグを封じ込めた咲なら、届きそうな気がする。

「うーん、えいっ!」

 ブゥ――――――――――――ン

 可愛らしい掛け声と共に猛烈な突風が吹いた。
 衝撃波を生み出しながら、ニンジンが弾丸となって射出される。

「きゃああああああああああああ!?」
「うおっ!? すげっ!?」

 吹き飛ばされないようにその場に屈む。
 どうやら例に漏れず身体能力も向上しているらしい。
 何故なら隣でニケさんが耐え切れず転がっていったからだ。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 ニンジンの爆発音が巨体の叫び声と重なる。見事に顔面に激突した模様。
 大きな腕から離れた棍棒が青空の中をクルクルと舞っている。あ、近くに落ちるなこれ。

 ドゴ――――――――――ン

 予測通り、すぐ脇の地面に突き刺さる。衝撃のあまり身体が数秒宙に浮いた。

 砂煙が巻き上がり、それが風で流される頃には村に静けさが戻った。
 サイクロプスを最後に魔物たちは全滅した。つまり俺たちは勝利したのだ。 

 俺は頭を抱えていた。
 
 咲は楽しそうに笑っていた。
 
 ニケさんは気絶していた。

「おじさん、ニンジンさん嫌いみたい」
「……俺もあんまり好きじゃない」
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