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25 偵察

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「オルガ先輩、危険な役割を押し付けてしまってごめんなさい」

「構わないさ。可愛い後輩に頼られるのって嬉しいものなんだぞ」

 一時間ほど仮眠を取って、体力を取り戻した俺はクランハウスの外に出ていた。
 屋根から地上を見下ろすと、おびただしい数の感染者たちが辺りをうろついている。
 バリケード手前で詰まって動けていないが、この守りもどこまで持つか、過信はできない。

 作戦を練るにしても、まずは敵を知らなければいけない。
 クイーンの居場所に女王を守る兵士の数、秘められた戦闘能力。
 現状、足りない情報が多すぎる。一度敵の中枢に接近を試みる必要があった。

 その重要で危険な役目に俺は名乗りを上げたのだ。
 マイトの立場上、他クランの人物に頼むのは難しいだろう。
 ラングラルは立場の差を気にしていないようだが、全員がすぐに適応できる訳じゃない。

 せっかくまとまった雰囲気を壊さないように、俺たちは独自に仕事を果たす。

「マイトちんは気にせず妙案を捻りだしておいて。面倒な頭脳労働は任せたよ~!」
「ワウ」

 同行してくれるフェールとエゴームが、準備を終えて戻ってきた。

「主様……。我はここで無事を祈る事しかできないのですね……」

 リンネは袖を噛みながら、別れを惜しんでいた。

「この先は敵の数も多いし、斥候は少ない方がいい。今度は転んでも助ける余裕はないからな」

 リンネはよく転ぶので、クランハウスでお留守番になった。
 神獣の彼女が敵の支配を受けてしまうと、再封印ができなくなる。
 本人も運動神経の鈍さは理解しているのか、強くは同行を望まなかった。

「代わりにエゴームがついて来てくれるんだ。リンネの魂はちゃんと傍に居てくれる」

「エゴーム、我が主様をしっかり御守りするのですよ?」
「ワウ!」 

 リンネはエゴームの首元を撫でて送り出す。

「く~ん」
「わう~」

 ガルムとサイロも、エゴームの身体へ前足を伸ばししがみついてる。
 身体の大きいエゴームが姿勢を下げると、鼻をくっつけて愛情表現を交わした。
 
「僕たちはこのまま建物の屋根を伝って敵の動きを確かめます。どうかオルガ先輩にも、感染者たちの反応の差異を直接その目で確認してもらいたいのです」

「……感染者に能力の差が生じている現象か」

「はい。闇の聖遺物がどれほど強力な魔力を秘めていようと、千を超える数の配下を同時に操るのに頭脳一つでは無理があるんです。つまり、段階的に支配強度を変えていると予測できます。簡単な単一命令で動かされている人々が殆どだと思いますが、クイーン周辺は手強い感染者が組織的に揃っているはずです」

「なるほど。マイトはクイーンが操る感染者たちの支配強度が何段階に分かれているのか、そしてその役割を知りたいんだな。敵の内情を知れば、取るべき策もまた自ずと浮かんでくる」

「その通りです。さすがオルガ先輩です、ご理解が早くて助かります!」

 一人ずつ個人を操るのではなく、集団にまとめて一つの命令を与えているのだ。
 その命令次第ではどこかに付け入る隙が見つかるだろう。改めて重要な任務である。

「それでは皆さん、お気をつけて!」

「ああ、三人とも欠けずに戻ってくると約束するよ」
 
「んじゃ、行ってくるね~! お留守番よろしくっ」

「主様とフェール様にご武運を」

 バリケードを乗り越えて、俺たちは市街地へと出る。
 さっそく、感染者たちの叫び声が響き渡りこちらに接近してきた。
 大通りには数十の感染者たちが集まっている。路地からも湧いて出てくる。

「ぐ、ガ、あああぁ……!」
「お、おおおう、うゴおおお!」

「うえ……何度見ても気味が悪い。まるでアンデッドだよ」

 支配強度が低すぎて、生物の反応だけを頼りに動いているか。

「俺たちの目的は情報収集だ。無駄な戦闘は避けるぞ」

「あいあい。護衛はするから、妨害はオルガとエゴームちんに任せた!」
「ワウ!」

 俺たちは一気に感染者たちの荒波を走り抜ける。
 エステルの地理は頭に刻まれているので、道に迷う事はない。
 放置された露店や、花壇を盾にして、感染者との距離を取っていく。

 ――――シュッ

「オルガ、危ない!」

 不意打ちに飛んできた矢を、フェールが剣で防ぎ止める。
 中央公園へと続く道を塞ぐように、感染者の一団が待ち構えていた。

「ここから支配強度が上がっている。クイーンへ確実に近付いている証拠だ!」

「侵入者……撃退、する」

 明確な意思を持つ集団が、前衛と後衛に別れ持ち場を守っている。
 先頭に立つ軍服を着た兵士たちが槍を構え、足並みを揃えて接近してくる。
 後方で弓兵たちが矢を引き絞っている。魔法使いも何人かが詠唱を開始した。

「エゴーム、同時に防ぐぞ!」
「ワオーン!」

 一斉に放たれた矢の雨と魔法弾を、三つの【大地の神盾】で隙間なく受け止める。
 入れ替わり接近してきた兵士を、フェールが剣の持ち手で殴りつけた。砕けた歯が飛び散る。
 
「相手が兵士なら、死なない程度に痛めつけても大丈夫でしょ!」 

 あまり良くはないが、こちらも手加減をしていられる相手ではない。
 あらかじめ宿しておいた【神腕】をぶつけて、後方の部隊を巻き込んで吹き飛ばす。

「グ、ガああ、はは、排除……すす、する……!」

 しかし支配は痛みも恐怖も無に帰す。命ある限り何度だって立ちはだかってくる。

「このまま脇道に逸れて迂回し、中央公園を目指そう。そこにクイーンが潜んでいる可能性が高い」

 追いかけてくる集団を【大地の神盾】で足止めしながら、狭い小さな路地を通る。
 抜けた先にも感染者が、強度は低いのか武器は持っていない。ただし、数は二十を超えている。

「目の前、右から二人目は民間人、それに左奥の三人も。右斜め後ろは――全員かっ! くそっ、ここは観光名所だったか!? 冒険者の方が少ないぞ!」

「あーあー! 一度に言われても覚えきれないよ!? 忙しい! フェールちゃん大忙し!!」

「ワウワウ、ウゥ……ワウ?」

 誰を殴って、誰を見逃すか、瞬時に計算を強要され脳が沸騰しそうだ。
 ある程度民間人を無視して無傷で突破しながら、俺たちは中央を目指し続ける。
 が、強度の高い感染者の集団がその都度邪魔をしてくるので、なかなか辿り着けない。
 
「はぁはぁ……ちょっと、疲れてきたかも……どこもかしこも敵だらけで、休む暇がないよ」

 隣で並走するフェールが息を荒らげ始めた。こんな姿は俺は初めて見る。
 運動量に大きな差があれど、彼女が先に体力が尽きるだなんて考えられない。

「――顔が赤いぞ、まさか、熱がぶり返してきたんじゃないだろうな?」 

「やっぱり……そうなのかな? 自分では暑くてわかんないんだよねぇ」

 手を伸ばして額に触れると、すぐ異変に気付けるほど熱い。高熱だ。
 朝からここまで無理をし続けていたから。どうして気を遣ってやれなかったのか。

 ずっと傍に居たはずなのに、自分の不甲斐なさに腹が立ってくる。

「くっ、どこかに休める場所はないか……! よし、あそこの角の家を目指そう」

 近くにあった空き民家を借りて、扉を閉め、机などで封じ込める。
 外は感染者の群れが殺到していた。中に侵入しようと何度も扉を叩いてくる。

『ああぁあ……グあああ、ああああああ!!』

「外がうるさいな。持ち主には無断で悪いが、水を持ってきたぞ」

「あ、ありがと……はぁ……生き返るよ」
「ワウワウ」

 壁を背に倒れた彼女の隣に座り、俺は手ぬぐいで汗を拭いてやる。
 エゴームも身体が冷えすぎないようにと、身を寄せて心配そうに見つめている。

「どうして言わなかった。お前、悪化していたのに隠して無理について来たんだな?」

「だって、私は……オルガの役に、立ちたいんだよ……。それにちょっと身体が怠くても……私以上に戦える人は、この街にいないでしょ? みんなから頼られてるって……わかるもん」

「馬鹿、とは言えないよな。最近は俺もお前に頼り過ぎていた、力不足ですまない」

「ううん嬉しいよ。私は【守り人】だもん。唯一の取り柄が、役に立つんだから……」
「ワウゥ……ワゥ」

 意識が朦朧としているのか、舌足らずで子供っぽい口調。
 俺の肩に寄り掛かって目を閉じている。少しでも休ませてやりたい。

『あああ、ヴァああああ!! があアあああああああ!!』

 だが、無情にも扉を壊そうとする感染者の動きは止まらず。
 俺とエゴームは意を決して、応戦する構えを取っていたのだが。

『あらあら、命に代えても主君を守護するのが【守り人】だというのに。発熱程度で倒れるだなんて情けないですね。……仕方がありません。愚妹に代わって、わたくしが手を貸して差し上げましょう』

 ――声が聞こえた。凛々しい女性のものだ。どことなく懐かしさを憶える。

「……フェール、何か言ったか?」

「へっ、何も言ってないけど……? もしかして侵入された!?」

 短時間でも眠っていたのか、瞬きをさせてフェールは立ち上がった。
 ふと、外が急に静かになった事に気付く。恐るおそる、俺は扉から確認する。

「んなっ――――」

 絶句した。驚くべき事に、俺たちを追っていた感染者たちが全員倒れ伏していたのだ。
 痙攣している。死んではいない、気を失っているだけだ。傷も浅く、戦闘の痕跡もない。

 俺たちが空き家に隠れてから僅か数分の出来事で、一体何があったというのか。

「……もしかして、オルレアン傭兵団の英雄様が駆け付けて来てくれたのかな?」

 倒れている兵士を眺めながら、フェールが舌を巻いていた。
 彼女が真っ先にその人物を思い浮かぶほどの、手際の良さらしい。

「元Sランク冒険者か……果たして本当にそうだろうか?」
「クンクン、クンクンクン……ワウゥ……!」

 エゴームが鼻をしきりに動かしている。
 体調が優れないフェールは気付いていないようだが。
 微かに甘い香水の匂いが漂っている。それが風に誘われて霧散していく。

「……とにかく今はこの状況を利用しよう。フェール、悪いがあと少しだけ我慢してくれ」

「うん、ちょっと休んで元気になったし。私は大丈夫だよ」
 
 俺はあえて香水には触れず、エゴームと一緒にフェールを支えながら歩き出す。
 これで中央公園までの道は一時的に開かれた。邪魔が入る前にクイーンの元を目指そう。
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