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16 初戦果
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「ワウ」
一仕事を終えた茶色狼が俺の前で大人しく座り、次の指示を待っている。
この大人狼は、エンシェントゴーレムから名前を取って、エゴームと名付けられた。
浄化された聖遺物の大槌は、【大地神の槌】という名称に。唯一扱えるエレナが命名した。
「ふぅふぅ……疲れた。し、しんどい……」
元々体力が少ないうえ今日は久々に本気を出した為か、エレナの息が荒い。
帰り道、壁に何度も身体を預けては汗を拭いていた。俺は地図を描く手を止める。
「エレナお疲れ、歩くのが辛いなら俺の背中に乗るか?」
俺はというと、最後の一撃くらいしか出番がなかったので、体力は有り余っていた。
現在はマイトと協力してダンジョン地図を描いている。報酬は少しでも多い方が良いからな。
ガルムとサイロも、倒した魔物から取れる魔石をポーチに入れて、たくさん運んでくれていた。
「だ、だだだだ大丈夫だよっ! わた、私、絶対、重いから。それに汗もかいてる、汚いよ……!」
「わふっ!? くすぐったいですエレナ様! あんっ尻尾は、尻尾はダメですぅ! ひゃあっ、大槌と杖が重いですぅ! 背中が壊れるっ!?」
エレナは顔を真っ赤にさせて、リンネの尻尾に隠れてしまった。
重いのはエレナではなく、その装備だと思うのだが。本人は小さいし。
周囲の視線を気にしながら布で汗を懸命に拭い、自分の匂いを確かめている。
「……何なに、あの可愛い反応。汗なんて気にしないでいいのにね。私なんてもうベトベト~」
フェールは汗で張り付いた服を引っ張っては、手で仰いで胸元に風を送る。
「……フェールさんは自身の性別を偶には思い出してください。おじさんみたいですよ」
「ん……オルガ、代わりにか細い私を背負って、限界なの♪」
マイトに指摘され、フェールは少し考える素振りを見せてから耳元で甘え声を出す。
態度はおじさんっぽくても、女性としての体付きは凶悪だった。てか、本当に汗臭いな。
「お前は常人を遥かに凌駕する体力馬鹿だろ。自分で歩け!」
即お引き取り願う。リンネとガルムが後ろで鋭い眼つきで睨んでいた。
「酷ーい、人をラングラルのような筋肉馬鹿と同列に扱わないでよー!」
と、戦闘後の余韻にそれぞれが浸りながら、無事に出口まで到着する。
隠しダンジョンから抜け出すと時刻は夕方。何とか夜までには目的を果たせた。
狭い洞窟内で凝り固まった身体を伸ばし、深く息を吐いて、緊張をほぐしていく。
「今日は……大戦果だったね……?」
興奮気味にエレナが感想を述べた。こんな達成感を味わうのは本当に久々だ。
【鍋底】では失敗ばかりを繰り返してきただけに、大変気分が良い。癖になりそう。
「とはいえ、稼ぎが少ないから生活の質は変わらないんだよな。世知辛い」
「聖遺物を回収しただけで終わったもんね~。魔石も大した数にならなかったし」
俺たちの発見が早かったのか、魔物もそこまで住み着いていなかった。
結果、探索が楽になって良かったのだが、対して実入りが悪くなるという。
少人数の五人パーティでもこれなのだ。クラン一つ維持するのが如何に過酷かわかる。
聖遺物を売りに出せば、しばらく遊んで暮らせるだけの金銭は手に入るだろう。
が、元が闇の聖遺物だけに、簡単に手放すのもなんだか抵抗があるのだ。
何より世界に一つしかない武器。冒険者としては独り占めにしたいという欲がある。
手に入れた宝の価値が高ければ高くなるほど、出費が増し荷物が増える。冒険者のサガなのだ。
「それでは僕はここで失礼します。今日は貴重な体験ができました。明日は早朝から雑貨屋でお仕事なので。親父さんに借りた物を返さないと!」
「ありがとう、助かったよマイト。使った道具代分はあとで稼いで返すからな」
「いえいえ、あれは試作品ですし、僕が勝手にやった事ですから。先輩にそんな気を遣わせる訳にもいきません。はい。またお会いできる日を心待ちにしています! 次も冒険に誘ってくださいね!」
元気よく返事をしてマイトが帰っていく。最年少なのにできた後輩だ。
次に会った時は彼に気を遣わせない程度に、何か別の形でお礼を考えておこう。
「……フェールちゃんは、これからどうするの?」
「ん~。私はマイトちんと比べると、真面目に生きるのが面倒だし、二人がいないクランなんてつまんないから。適当に一人でブラブラして余生を過ごそうかな」
「とんだ正直者だな……」
「あはは……」
後輩のやる気のなさに力が抜ける。後ろで思わずエレナも苦笑していた。
「そ、れ、と、も。もう一度オルガが私の面倒を見てくれる? 以前は手取り足取り手伝ってくれたよね。朝のおはようから、夜のおやすみまで」
「昔のお前は本当に何もしない、何もできなかったからな」
「いひひ、そうでしょそうでしょ。懐かしいなぁ」
良き思い出話だと言いたげに、フェールは語っているが……。
「あのな、笑い事じゃないぞ? 言葉を話せない赤ん坊じゃないんだから、いい加減親離れしてくれ。俺たち一応、同い年だろ。着替えの手伝いって……本来異性にやらせるものじゃないぞ」
事情を知らない人が聞けば、色々と誤解を受けそうな発言だが。
当然、エレナにも手伝ってもらっている。まったく、これまで甘やかしすぎたか。
「オルガ、もう一度一緒に暮らそうよ~。私が頑張って、生活費を稼いでくるからさぁ~」
「俺までダメ人間に引きずり込む気か。ええい離しなさい! 汗が、汗がつくから!」
「のんびりベタベタ自堕落に生きようよ~」
フェールが本人曰く、自慢の胸を強調し俺の腕にくっついてくる。
「お、大きいです……何故、我のモノはぺったんこなのでしょうか? 過去の我に問いたい……」
それを見ていたリンネがぷっくりと頬を膨らませ、比較し彼我の戦力差に嘆いていた。
「なーんて、冗談だよ。マイトちん一人を【鍋底】に置いておくのも心配だし、放っておくとあの馬鹿と喧嘩しそうだから。やっぱり、大人しく私の古巣に帰るとするよ。これ以上、オルガに汗臭い女と思われたくないしね」
名残惜しそうに離れると、フェールは茶化しながら片目を閉じた。
「……悪い。【鍋底】を追い出された俺が言えた義理じゃないが、マイトの事をよろしく頼む。アイツは妹さんの薬の件もあるから、グラディオに目を付けられる訳にはいかない。何とか【鍋底】に居場所を作ってやってくれ。現状、他にGランククランがないからな」
「あいあい。可愛い後輩くんの面倒は、この私にお任せあれ。――オルガの方こそ気を付けて」
フェールは、リンネの姿を瞳に映しながら。真剣な表情で俺を見つめてくる。
「……わかってるさ。言葉にはあまり出していないが、お前にもいつも感謝している。ありがとな」
「ふへへ。どういたしまして」
不器用な笑い声を発しつつ、朱くなった頬を誤魔化しながらフェールが走り去っていく。
「わんわう! うぅ~!」
「へっへっ、わうわう~♪」
ガルムたちが尻尾を振って俺の足にしがみついてきた。褒めて欲しいようだ。
新たに加わったエゴームは座ったまま、飛び跳ねるちびっ子たちを目で追っている。
「ワウ」
のっそりと動き出すと、ガルムとサイロの前に立ち、俺の代わりに遊び相手となってくれた。
転がったり背中に乗ったり、やんちゃな二匹に囲まれても動じず、大人の余裕を見せるのだった。
しばらくして、全員のお腹から空腹を知らせる音が鳴る。リンネが耳を垂らし両手で顔を覆い隠す。
「……ふふ、仲が良いね。みんなたくさん運動したもんね」
「はしたないお腹で申し訳ございません……うぅ、お恥ずかしい」
「わん!」
「リンネは今日もビーフシチューがお望みかな? そろそろ俺たちも冒険者ギルドに戻ろうか」
「わふっ!? びーふしちゅう!」
大好物の名を聞くや否や、リンネが即座に目を輝かせる。
ご機嫌な様子で俺の腕を取ると、疲れも忘れて走り出すのだった。
◇
「調査の結果、前時代の魔法道具は見つかったが、肝心の聖遺物は見つからなかったそうだ。はぁ……無駄な時間だったな。まだその辺で魔石を集めていた方が利益が出るだけマシだ」
「そうか。まっ、重傷者もでなくて良かったんじゃないか? 上出来だと思うが」
「怪我を恐れて冒険者なんてやってられるかってんだ。帳簿に赤字が増える方がダメージが大きいぞ、くそったれー!」
冒険者ギルドに戻ると、調査隊も帰還し集まっているところだった。
成果は芳しくなかったようで、【蛇の足】ホーガンもやけ酒を呷っている。
大規模調査では無謀な輩が暴走するケースが多く、怪我人がとにかく多発する。
「だから俺は最初からこの調査は無駄だと言ったんだ。【龍の角】に今さらお宝なんて眠ってねーよ!」
「嘘を付け嘘を! お前最初から乗り気だったじゃねぇか!? 聖遺物は俺の物だってなっ!」
「本当は誰か隠し持ってるんじゃねーか? ホーガン、お前こっそり盗んでそうな悪面してんな!?」
「人を顔で判断すんじゃねぇ!? これは両親から譲り受けた大事なもんだっ!!」
「ガハハハ、もっと酒を持ってこーい! 大馬鹿者同士の喧嘩をつまみに飲む酒は美味いッ!」
「ラングラルの兄貴! これ以上は大赤字ですぜ!」
「んなつまらん事をいちいち気にすんな! 失敗した時こそ楽しく騒ぐのが一番だからなぁ!」
「さすが兄貴だ! 器がちげーぜ!」
「「「「兄貴ッ! 兄貴ッ!!」」」」
冒険者は負けず嫌い揃いなのだ。エステルでは死者はそうでないが。
競合者が一ヵ所に集まれば、気が大きくなる輩も増えるというもので。
今も責任の押し付け合いが始まっている。よく毎回飽きないものだと思う。
【鋼の華】はいつも通り、変な盛り上がりを見せていた。これはこれでうるさい。
「今宵は俺たちの、初の魔神再封印成功を祝して、乾杯だな」
俺は氷水の入ったグラスを持ち上げて、仲間に向けて乾杯の音頭を取る。
落ち込んでいる調査隊には悪いが、こちらは無事、お目当ての物を回収したのだ。
「我はこの瞬間をずっと心待ちにしておりました!」
「わう~ん!」
「へっへっ、くんくんくんくん」
さっそくリンネが、ビーフシチューを豪快に頬張っている。
その様子を、ガルムとサイロが後ろ足で立って羨ましそうに眺めていた。
すぐにホットミルクの入った皿を用意すると、喜々としてそちらに向かっていく。
そんな中、エゴームがじっと俺の顔を見つめていた。
大人の彼女には、新鮮な鹿肉の入った皿を置いてあるのだが。
「ん? どうしたんだ、食べないのか? 遠慮しなくていいんだぞ」
「ワウ!」
俺の声を聞いて、エゴームが肉を食べ始めた。許可が出るまで待っていたらしい。
利口な子だ。モフモフの体毛を撫でると、エゴームが親愛の証として鼻を舐めてくれる。
「そういえば、再封印によって俺もエンシェントゴーレムの異能が扱えるようになったんだよな?」
「はい。エゴームが【大地の神盾】を。主様に仇なす凶刃を折る、鉄壁の守りを発揮する事でしょう」
「……あの自在に形を変える盾? オルガくん、もうテイマーというより魔法士みたいだね」
それどころか本職が扱うものよりも、より強大な能力だ。
あくまで借り物の力なので、今以上の発展性がないのが欠点だが。
「順当に便利な異能が手に入ったな。盾なら危険性は少なく力の調節も容易い。【神腕】以上に頼る機会がありそうだ。エゴーム、今後ともよろしく頼む」
「ワウッ!」
エゴームが凛々しい顔付きで頷く。
「くぅん……?」
その隣でサイロが、口元からミルクを垂らし困り眉を更に下げてしょげていた。
「……あ、いや。もちろん【神腕】にも今後変わらず頼らさせてもらうぞ? 当然だ!」
「きゅんきゅん♪ へっへっ、ぺろぺろぺろぺろぺろぺろ」
喜びに満ちたサイロがしがみついてくる。ミルクの匂いで包まれた。
「うぅぅ、わうわん!」
そこへガルムが乱入し喧嘩が始まる――前にエゴームが前足をポンッと頭に乗せ止める。
ガルムが驚き後ろにひっくり返った。すかさずサイロが柔らかいお腹に乗っかってじゃれつく。
「わうっ、はぐはぐ」
「わむわむ」
「ワウゥ」
ちびっ子二匹が甘噛みし合う様子を、エゴームは微笑ましそうに見守っていた。
「モフモフがいっぱい……可愛い……よぉ」
一連の流れを見て、我慢できずエレナも一番懐いているサイロと遊び出す。
抜け出してきたガルムは俺の背中に飛びついた。エゴームが心配そうに目で追っている。
「お前らは気楽でいいよなぁ……こっちは無駄足だったっていうのに」
酔っ払いホーガンがこちらの席にまでやってきた。
大人の狼であるエゴームに視線を落として、俺を見る。
「オルガ……お前、昨日の今日で契約獣が増えてないか? こんな大人狼連れてなかっただろ?」
「気にするな。俺はテイマーだからな、隠し子のようなものだ」
「そういうもんか」
「え、それで……納得するんだ」
一仕事を終えた茶色狼が俺の前で大人しく座り、次の指示を待っている。
この大人狼は、エンシェントゴーレムから名前を取って、エゴームと名付けられた。
浄化された聖遺物の大槌は、【大地神の槌】という名称に。唯一扱えるエレナが命名した。
「ふぅふぅ……疲れた。し、しんどい……」
元々体力が少ないうえ今日は久々に本気を出した為か、エレナの息が荒い。
帰り道、壁に何度も身体を預けては汗を拭いていた。俺は地図を描く手を止める。
「エレナお疲れ、歩くのが辛いなら俺の背中に乗るか?」
俺はというと、最後の一撃くらいしか出番がなかったので、体力は有り余っていた。
現在はマイトと協力してダンジョン地図を描いている。報酬は少しでも多い方が良いからな。
ガルムとサイロも、倒した魔物から取れる魔石をポーチに入れて、たくさん運んでくれていた。
「だ、だだだだ大丈夫だよっ! わた、私、絶対、重いから。それに汗もかいてる、汚いよ……!」
「わふっ!? くすぐったいですエレナ様! あんっ尻尾は、尻尾はダメですぅ! ひゃあっ、大槌と杖が重いですぅ! 背中が壊れるっ!?」
エレナは顔を真っ赤にさせて、リンネの尻尾に隠れてしまった。
重いのはエレナではなく、その装備だと思うのだが。本人は小さいし。
周囲の視線を気にしながら布で汗を懸命に拭い、自分の匂いを確かめている。
「……何なに、あの可愛い反応。汗なんて気にしないでいいのにね。私なんてもうベトベト~」
フェールは汗で張り付いた服を引っ張っては、手で仰いで胸元に風を送る。
「……フェールさんは自身の性別を偶には思い出してください。おじさんみたいですよ」
「ん……オルガ、代わりにか細い私を背負って、限界なの♪」
マイトに指摘され、フェールは少し考える素振りを見せてから耳元で甘え声を出す。
態度はおじさんっぽくても、女性としての体付きは凶悪だった。てか、本当に汗臭いな。
「お前は常人を遥かに凌駕する体力馬鹿だろ。自分で歩け!」
即お引き取り願う。リンネとガルムが後ろで鋭い眼つきで睨んでいた。
「酷ーい、人をラングラルのような筋肉馬鹿と同列に扱わないでよー!」
と、戦闘後の余韻にそれぞれが浸りながら、無事に出口まで到着する。
隠しダンジョンから抜け出すと時刻は夕方。何とか夜までには目的を果たせた。
狭い洞窟内で凝り固まった身体を伸ばし、深く息を吐いて、緊張をほぐしていく。
「今日は……大戦果だったね……?」
興奮気味にエレナが感想を述べた。こんな達成感を味わうのは本当に久々だ。
【鍋底】では失敗ばかりを繰り返してきただけに、大変気分が良い。癖になりそう。
「とはいえ、稼ぎが少ないから生活の質は変わらないんだよな。世知辛い」
「聖遺物を回収しただけで終わったもんね~。魔石も大した数にならなかったし」
俺たちの発見が早かったのか、魔物もそこまで住み着いていなかった。
結果、探索が楽になって良かったのだが、対して実入りが悪くなるという。
少人数の五人パーティでもこれなのだ。クラン一つ維持するのが如何に過酷かわかる。
聖遺物を売りに出せば、しばらく遊んで暮らせるだけの金銭は手に入るだろう。
が、元が闇の聖遺物だけに、簡単に手放すのもなんだか抵抗があるのだ。
何より世界に一つしかない武器。冒険者としては独り占めにしたいという欲がある。
手に入れた宝の価値が高ければ高くなるほど、出費が増し荷物が増える。冒険者のサガなのだ。
「それでは僕はここで失礼します。今日は貴重な体験ができました。明日は早朝から雑貨屋でお仕事なので。親父さんに借りた物を返さないと!」
「ありがとう、助かったよマイト。使った道具代分はあとで稼いで返すからな」
「いえいえ、あれは試作品ですし、僕が勝手にやった事ですから。先輩にそんな気を遣わせる訳にもいきません。はい。またお会いできる日を心待ちにしています! 次も冒険に誘ってくださいね!」
元気よく返事をしてマイトが帰っていく。最年少なのにできた後輩だ。
次に会った時は彼に気を遣わせない程度に、何か別の形でお礼を考えておこう。
「……フェールちゃんは、これからどうするの?」
「ん~。私はマイトちんと比べると、真面目に生きるのが面倒だし、二人がいないクランなんてつまんないから。適当に一人でブラブラして余生を過ごそうかな」
「とんだ正直者だな……」
「あはは……」
後輩のやる気のなさに力が抜ける。後ろで思わずエレナも苦笑していた。
「そ、れ、と、も。もう一度オルガが私の面倒を見てくれる? 以前は手取り足取り手伝ってくれたよね。朝のおはようから、夜のおやすみまで」
「昔のお前は本当に何もしない、何もできなかったからな」
「いひひ、そうでしょそうでしょ。懐かしいなぁ」
良き思い出話だと言いたげに、フェールは語っているが……。
「あのな、笑い事じゃないぞ? 言葉を話せない赤ん坊じゃないんだから、いい加減親離れしてくれ。俺たち一応、同い年だろ。着替えの手伝いって……本来異性にやらせるものじゃないぞ」
事情を知らない人が聞けば、色々と誤解を受けそうな発言だが。
当然、エレナにも手伝ってもらっている。まったく、これまで甘やかしすぎたか。
「オルガ、もう一度一緒に暮らそうよ~。私が頑張って、生活費を稼いでくるからさぁ~」
「俺までダメ人間に引きずり込む気か。ええい離しなさい! 汗が、汗がつくから!」
「のんびりベタベタ自堕落に生きようよ~」
フェールが本人曰く、自慢の胸を強調し俺の腕にくっついてくる。
「お、大きいです……何故、我のモノはぺったんこなのでしょうか? 過去の我に問いたい……」
それを見ていたリンネがぷっくりと頬を膨らませ、比較し彼我の戦力差に嘆いていた。
「なーんて、冗談だよ。マイトちん一人を【鍋底】に置いておくのも心配だし、放っておくとあの馬鹿と喧嘩しそうだから。やっぱり、大人しく私の古巣に帰るとするよ。これ以上、オルガに汗臭い女と思われたくないしね」
名残惜しそうに離れると、フェールは茶化しながら片目を閉じた。
「……悪い。【鍋底】を追い出された俺が言えた義理じゃないが、マイトの事をよろしく頼む。アイツは妹さんの薬の件もあるから、グラディオに目を付けられる訳にはいかない。何とか【鍋底】に居場所を作ってやってくれ。現状、他にGランククランがないからな」
「あいあい。可愛い後輩くんの面倒は、この私にお任せあれ。――オルガの方こそ気を付けて」
フェールは、リンネの姿を瞳に映しながら。真剣な表情で俺を見つめてくる。
「……わかってるさ。言葉にはあまり出していないが、お前にもいつも感謝している。ありがとな」
「ふへへ。どういたしまして」
不器用な笑い声を発しつつ、朱くなった頬を誤魔化しながらフェールが走り去っていく。
「わんわう! うぅ~!」
「へっへっ、わうわう~♪」
ガルムたちが尻尾を振って俺の足にしがみついてきた。褒めて欲しいようだ。
新たに加わったエゴームは座ったまま、飛び跳ねるちびっ子たちを目で追っている。
「ワウ」
のっそりと動き出すと、ガルムとサイロの前に立ち、俺の代わりに遊び相手となってくれた。
転がったり背中に乗ったり、やんちゃな二匹に囲まれても動じず、大人の余裕を見せるのだった。
しばらくして、全員のお腹から空腹を知らせる音が鳴る。リンネが耳を垂らし両手で顔を覆い隠す。
「……ふふ、仲が良いね。みんなたくさん運動したもんね」
「はしたないお腹で申し訳ございません……うぅ、お恥ずかしい」
「わん!」
「リンネは今日もビーフシチューがお望みかな? そろそろ俺たちも冒険者ギルドに戻ろうか」
「わふっ!? びーふしちゅう!」
大好物の名を聞くや否や、リンネが即座に目を輝かせる。
ご機嫌な様子で俺の腕を取ると、疲れも忘れて走り出すのだった。
◇
「調査の結果、前時代の魔法道具は見つかったが、肝心の聖遺物は見つからなかったそうだ。はぁ……無駄な時間だったな。まだその辺で魔石を集めていた方が利益が出るだけマシだ」
「そうか。まっ、重傷者もでなくて良かったんじゃないか? 上出来だと思うが」
「怪我を恐れて冒険者なんてやってられるかってんだ。帳簿に赤字が増える方がダメージが大きいぞ、くそったれー!」
冒険者ギルドに戻ると、調査隊も帰還し集まっているところだった。
成果は芳しくなかったようで、【蛇の足】ホーガンもやけ酒を呷っている。
大規模調査では無謀な輩が暴走するケースが多く、怪我人がとにかく多発する。
「だから俺は最初からこの調査は無駄だと言ったんだ。【龍の角】に今さらお宝なんて眠ってねーよ!」
「嘘を付け嘘を! お前最初から乗り気だったじゃねぇか!? 聖遺物は俺の物だってなっ!」
「本当は誰か隠し持ってるんじゃねーか? ホーガン、お前こっそり盗んでそうな悪面してんな!?」
「人を顔で判断すんじゃねぇ!? これは両親から譲り受けた大事なもんだっ!!」
「ガハハハ、もっと酒を持ってこーい! 大馬鹿者同士の喧嘩をつまみに飲む酒は美味いッ!」
「ラングラルの兄貴! これ以上は大赤字ですぜ!」
「んなつまらん事をいちいち気にすんな! 失敗した時こそ楽しく騒ぐのが一番だからなぁ!」
「さすが兄貴だ! 器がちげーぜ!」
「「「「兄貴ッ! 兄貴ッ!!」」」」
冒険者は負けず嫌い揃いなのだ。エステルでは死者はそうでないが。
競合者が一ヵ所に集まれば、気が大きくなる輩も増えるというもので。
今も責任の押し付け合いが始まっている。よく毎回飽きないものだと思う。
【鋼の華】はいつも通り、変な盛り上がりを見せていた。これはこれでうるさい。
「今宵は俺たちの、初の魔神再封印成功を祝して、乾杯だな」
俺は氷水の入ったグラスを持ち上げて、仲間に向けて乾杯の音頭を取る。
落ち込んでいる調査隊には悪いが、こちらは無事、お目当ての物を回収したのだ。
「我はこの瞬間をずっと心待ちにしておりました!」
「わう~ん!」
「へっへっ、くんくんくんくん」
さっそくリンネが、ビーフシチューを豪快に頬張っている。
その様子を、ガルムとサイロが後ろ足で立って羨ましそうに眺めていた。
すぐにホットミルクの入った皿を用意すると、喜々としてそちらに向かっていく。
そんな中、エゴームがじっと俺の顔を見つめていた。
大人の彼女には、新鮮な鹿肉の入った皿を置いてあるのだが。
「ん? どうしたんだ、食べないのか? 遠慮しなくていいんだぞ」
「ワウ!」
俺の声を聞いて、エゴームが肉を食べ始めた。許可が出るまで待っていたらしい。
利口な子だ。モフモフの体毛を撫でると、エゴームが親愛の証として鼻を舐めてくれる。
「そういえば、再封印によって俺もエンシェントゴーレムの異能が扱えるようになったんだよな?」
「はい。エゴームが【大地の神盾】を。主様に仇なす凶刃を折る、鉄壁の守りを発揮する事でしょう」
「……あの自在に形を変える盾? オルガくん、もうテイマーというより魔法士みたいだね」
それどころか本職が扱うものよりも、より強大な能力だ。
あくまで借り物の力なので、今以上の発展性がないのが欠点だが。
「順当に便利な異能が手に入ったな。盾なら危険性は少なく力の調節も容易い。【神腕】以上に頼る機会がありそうだ。エゴーム、今後ともよろしく頼む」
「ワウッ!」
エゴームが凛々しい顔付きで頷く。
「くぅん……?」
その隣でサイロが、口元からミルクを垂らし困り眉を更に下げてしょげていた。
「……あ、いや。もちろん【神腕】にも今後変わらず頼らさせてもらうぞ? 当然だ!」
「きゅんきゅん♪ へっへっ、ぺろぺろぺろぺろぺろぺろ」
喜びに満ちたサイロがしがみついてくる。ミルクの匂いで包まれた。
「うぅぅ、わうわん!」
そこへガルムが乱入し喧嘩が始まる――前にエゴームが前足をポンッと頭に乗せ止める。
ガルムが驚き後ろにひっくり返った。すかさずサイロが柔らかいお腹に乗っかってじゃれつく。
「わうっ、はぐはぐ」
「わむわむ」
「ワウゥ」
ちびっ子二匹が甘噛みし合う様子を、エゴームは微笑ましそうに見守っていた。
「モフモフがいっぱい……可愛い……よぉ」
一連の流れを見て、我慢できずエレナも一番懐いているサイロと遊び出す。
抜け出してきたガルムは俺の背中に飛びついた。エゴームが心配そうに目で追っている。
「お前らは気楽でいいよなぁ……こっちは無駄足だったっていうのに」
酔っ払いホーガンがこちらの席にまでやってきた。
大人の狼であるエゴームに視線を落として、俺を見る。
「オルガ……お前、昨日の今日で契約獣が増えてないか? こんな大人狼連れてなかっただろ?」
「気にするな。俺はテイマーだからな、隠し子のようなものだ」
「そういうもんか」
「え、それで……納得するんだ」
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