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「自慰……」

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 リナリはハルトリードと婚約してから、妙に体がおかしい。
 急に熱くなったり、あの日の事を思い出すと、じくじくとどこか奥が切なく燻るようになった。
 初恋の人からの、熱の籠った言葉と目線。指と舌の感触。未だ体に残っているようで、そわそわするのだ。

 ここで、病気かもしれない。と誰かに相談するほどリナリは無知ではなかった。あれ程の事をされたのだ。原因など分かり切っている。
(ハルト様に、言って……)
 今日、婚約者であるハルトリードと会う約束をしている。その時にさらっと何気なく言ってみるつもりだった。
(そう。恥ずかしがるから、恥ずかしいのよ。あんな、色々、されたし、見られ、たし……今更だわ)
 リナリは開き直ってみた。
 しかし未だ正しく乙女であるリナリは、簡単に羞恥心は捨てられない。



 しどろもどろに紡がれる事情を聞いたハルトリードは、むっつり顔を真っ赤に染め上げ、よりむっつりに磨きがかかった。
「リナリ……」
 感情を押し殺したような呻きが名を呼ぶ。
 リナリは、それがどのような感情かまでは分からないものの、悪くは想われていないと感じた。
 羞恥心を捨てられないリナリもまた、真っ赤になり、俯いた。

「つまり、身体が疼く……?」
「うずく……? そう、かもしれません」
 疼く、と言われて、妙にしっくりきた。
 リナリが頷くと、静かな部屋に喉が鳴る音が聞こえた気がした。

「じゃあ、つかって……みる?」


 その後、お互い照れつつも軌道修正して普通のお茶会のような時間を過ごした。
 仕事や友人の話、共通の知人であるピネアの話。休みの日は内に籠るか外に出るか。
 愛用する香水のメーカーブランド。
 食べ物の好き嫌いは無い。
 紅茶より珈琲。
 本は創作より歴史書が好き。などのいろんな共通点も見い出せた。
 たっぷりと時間をかけて健全に仲を深め、しかしどこか艶を伴った空気が満ちていた。


 ハルトリードに送ってもらい家に着くと、預かったものを一人、部屋で広げてみた。
 リナリは悪い事をしている気分になった。背徳感で気もそぞろになりながら、受け取ったものを見ている。
(これ、が……ハルト様のあれに感覚を……)
 まだ大丈夫だと思いつつ、おそるおそる触ってしまう。

 受け取った魔道具は、最初にリナリが見せてもらったものと同じ、小さな振動付きのものだ。ただ、少し細長く先が丸まって全体が曲線を描いている。
 ハルトリード曰く、「体積表面積理論をなんやかんやして」ということらしい。リナリはよく分からなかったので、そこを簡略化して、分かりやすく説明してくれた。


「感覚の承認ですか?」
「そう。女性がこれを、中で……使うと、あらかじめ魔力を登録した他の人間にその感覚が届く」
 リナリは、必死に考えた。
「この魔道具が触れた感覚、を? どこに伝え……」
 気付いて真っ赤になったリナリに、ハルトリードはおずおずと頷いた。
「女性の中、の感覚を、承認した男の……あれ、が遠隔で受け取る。理論は説明したら長くなるけど、そういう事」
 女性側と男性側両方の合意で、その魔道具は発動する。それをしなくとも普通の振動付きの魔性具としても使えるらしい。
「基本的には女性の自慰のための魔性具」
「自慰……」
 思わずオウム返しをしてしまい、ハルトリードを盛大に赤面させてしまった。目を見開きじっとリナリを見て、まるでその光景を想像しているかのような。
 だが、すぐに目線は下に外された。

「実際に使うのは女性だけど、使わせるのは男。遠距離にいる恋人とか、特に……実際体を繋げられない相手から要請を送ってもらって、男側も自慰をするための」
「女性側には感覚は伴わないんですか?」
「この魔性具に関しては、そう。だから、購入者は主に男が多い」
「なる……ほど」


 そんな会話を思い出して、リナリは、何となく釈然としなかった。
 別にこの道具を使う事に抵抗があるのではなく、わざわざ、と思ってしまって、顔が火照った。
 リナリとハルトリードは、別に「体を繋げられない」関係ではない。触れられない距離にいるのでもない。
 婚約したばかりで体裁が悪いというだけ。
 リナリは自分からそれを言い出せず、結局その魔性具を受け取った。しっかりとハルトリードの魔力が込められたものを。
「後で使用感を聞きたい」とのお言葉を貰って。

 湯浴みを終え、いざ就寝となって、リナリは隠していた魔性具を出した。
(自慰……)
 リナリには初めての経験だ。
 普通はどうしていいか分からないが、今のリナリは思い出せる。ハルトリードが触れて、舐めて、快感を引き出したそのやり方を。
(ハルト様)
 リナリは、想像した。
 もし今からこれを使い、承認要請を彼の元へ送ったら。彼はどう感じるのだろうかと。

 好きだ、と言われた。
 確かにその言葉にリナリは感激し、歓喜して、泣きたくなった。
 嘘だとは、その場の流れでの言葉だとは思えなかった。思いたくなかった。

 そんなハルトリードは果たして、承認して、リナリの感触を感覚として受け取るのだろうか。それに手伝って貰いながら、一人で、高めるのだろうか。

(やだ……なにこれ)
 リナリは男性の自慰の詳細などは知識がない。しかしハルトリードがそれをする、と想像するだけでも、身体が疼いてくる。下腹の奥が、切なくなって仕方が無かった。

 ハルトリードがしたように、下腹部、その中心を、リナリは自分で触ってみた。ベッドの中で、シーツに包まるようにして。
(あれ、何も感じない……)
 割れ目を指でゆっくり沿わせてみたが、あの時のような内から炙られる切なさや心地よさを感じなかった。
(ハルト様にされたらあんなに……なったのに)
 目を閉じてあの時の感覚、目線を思い出すと、あの疼きが湧き上がる。
 リナリはを掴んだ。

(ハルトさま……)
 あの時を思い出せばいいのだと気付いた。
 触れられた、見られた、舐められた、かわいいと、言われた。
 それだけでリナリは潤ってしまった。

 そっと、表面感覚の魔性具を手にして。
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