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1 強制退去

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木花 佐久夜このはな さくやは、自分が住んでいる木造アパートの前で呆然と立っていた。

築55年、木造二階建で、家賃は月五千円。風呂は無し、トイレは共同。16歳の彼が、一人で誰の援助も無く、自活して生活するには、十分な物件だった。

両親は物心ついた時には、他界していた為、親戚の家で世話になっていたのだが、いつも肩身の狭い思いをしていた。

高校入学し、アルバイトができる様になって、佐久夜は親戚の家を出た。狭くても、風呂が無くても、プライベートな空間があると言うだけで、佐久夜には天国だったのだけど、今、目の前の光景は、自分の部屋が外から丸見えの状態になっていた。

アパートの前に停まる数台の消防車が、佐久夜の部屋が何故外から見えるのかを物語っていた。

「木花君…」
「大家さん…こ、これって」

佐久夜を見かけ、煤だらけの顔をした家主の老婆が、申し訳なさそうな表情をして、ゆっくりと近づいて来た。

「木花君…見ての通りじゃ。本当に申し訳ない。台所で油を火にかけたまま、離れてしもうて…慌てて水をかけたら、あっと今に火事になってしもうた。すぐに119番したんじゃが、アパートにも燃え移ってしもうたんじゃ」

出火元のアパートの隣家は、家主の家で同じく木造建築の平家だった。全焼し消し炭となっている。

家主といえども、ご年配の一人暮らし。最近は物忘れがひどくなったと言っていた。

「幸い、怪我人も一人も出ていないし、実はいつ取り壊そうかとも考えとったんじゃ」
「ハァ…」
「それで…木花君には…すまんのやけど…このまま退去って事にさせてもらいたい」
「ハァ!?」

深々と佐久夜に頭を下げる老婆。

「本当に申し訳ない!もちろん、今すぐとはいかんけど、金も保険金が降りたら渡す。どこか、木花君の事情も知っとるけど、どうか知り合いの家か親戚の家かしばらく世話になって欲しい」

煤だらけで、一気に老け込んだ様子の家主。佐久夜は、言われるがまま、了承してしまった。

放水でビショビショに濡れてしまった私物を同じくビショビショのカバンに詰め込んでいく。服やカバンは乾かせば問題ない、制服は今着ているから無事だった。教科書や体操服は、学校に置きっぱなしだったからよかった。消防士が見守る中、焼け跡からまだ使えそうな物をカバンに押し込んでいった。

「さて、これからどうしよう」

ポケットに手を突っ込むも、3,547円の小銭しか持ち合わせていない。バイト代は、給料日まで入ってこない。それまで、3,547円で過ごさなければならない。

佐久夜を同情して、消防士の一人が近くのコンビニで飲料水とおにぎり二つを恵んでくれた。涙が出そうなほど嬉しかった。

「ありがとうございます」

佐久夜は、深々と頭を下げてお礼を言った。

とりあえず、完全に日が暮れる前に、寝泊まり出来そうな場所を探す為、佐久夜は、ビショビショのカバンを持って、アパートから立ち去った。










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