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第1章 オークランド王国編
第19話 黒の竜王の誕生(1)
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「行くのか?」
「…………」
ドレイクがそう問いかけると、黒い髪の青年が、黙ってうなづいた。
ドレイク自身も黒髪。
遠目から見ると、2人の黒髪の青年は、まるで兄弟のようにも見える。
しかし、ドレイクの方は、鍛え上げた体には筋肉が付き、身長も高い。
髪は風に吹きさらしのボサボサで、動作も荒っぽく、とても上品な、とは言い難い。
一方、もう1人の青年は、同じ黒髪でも、まるで女性のように艶やかで、濃い色の肌に鮮やかな青い瞳、という印象的な容貌をしていた。
どことなく捉え所がなく、ミステリアス。
いまだ少年のような繊細さを持った彼は、同じく美貌の青年、もう1人の学友であるユリウスともまた違った美しさを持つ青年だったのだ。
彼の名前は、アルファイド・ガラニエル。
隣国アルワーンの第2王子である。
ドレイクと同い年の彼は、10歳の頃に、オークランドに留学に来てすでに8年。
その間、アルファイドはドレイクの学友として、2人はまるで兄弟のように育ったのだった。
「アルファイド、お前は、本当に帰国したいのか?」
黙っているアルファイドに業を煮やして、なおもドレイクが言う。
「殺されるかもしれないのに?」
アルファイドは、はぁっと息を吐いた。
「国王命令なら、逆らうわけにいかないだろう」
そう言うと、アルファイドはふい、と横を向いてしまった。
「母には……」
ドレイクが言い淀むと、アルファイドはうなづいた。
「サリア様にはもちろん挨拶をしていく」
「わかった」
それだけ会話を交わすと、ドレイクとアルファイドは並んで王城へと歩き始めた。
背後には、それぞれを警護する騎士が従う。
その年、ドレイクはついに18歳を迎えた。オークランドでは成人の年だ。
この1年で、ドレイクはあらゆることを経験することになる。
その始まりは、10歳から勉強を共にしてきた学友、アルワーン王国の第2王子、アルファイドの突然の帰国だった。
その頃には体調が不安定だったサリアを心配げに見つめていたアルファイドの姿を、ドレイクは今でも覚えている。しかし。
戦争は突然始まった。
アルファイドがアルワーンに帰国して、わずか1ヶ月。
あっという間に、隣国アルワーン王国の軍が、国境へ攻め入った。
そして不運なことに、開戦早々、オークランド王は負傷して、前線からの離脱をやむなくされた。
急ぎ王城に戻った国王は手当てを受けるが、重症。
戦場で受けたケガが炎症を起こし、国王は起き上がることもできなくなってしまった。
床に伏す国王の隙を狙い、隣国アルワーン王国の軍が国境から内陸の街へと進軍を開始した。
その第1報を聞いて、ドレイクは動揺した。
父王はケガにより動けず、唯一の王子である自分は、成人を迎えたばかり。
好戦的なアルワーン王国は戦って勝てる相手か?
独立を失い、降伏するしかないのか?
国の重鎮達が集まっての会議は、荒れに荒れた。
ドレイクは、父の統治のもと、磐石だと思われたオークランド王国が揺れるのを、為す術もなく見守るしかなかった。
「ドレイク王子殿下。この国を継ぐのは、御身より他にありません。どうぞ安全な場所への退避を」
会議場の大臣達が一斉に、ドレイクを見つめた。
父の意識はなく、王妃である母も、病床にある。
何かするなら、もうドレイクしか残されていない。
「私は王城を離れる」
ドレイクは宣言した。
会議場がしん、と静まり返った。
「私が戻るまで、持ちこたえよ。それが私の命令だ」
将軍達がドレイクの言葉に動揺する。
「それは、安全な場所に退避される、という意味でしょうか?」
「殿下、一体、殿下はどうされるおつもりなのですか!?」
「トルモル岩山へ向かう」
ドレイクの言葉に、一同は声を失った。
誰もが、ドレイクが生まれた時の、精霊女王の予言をまざまざと思い出したからだ。
『オークランドを失う危機が訪れる。命は救えないが、国は救える』
それはすなわち、国王、王妃の命は救えない、ということ。
しかし、オークランドにはまだ希望があるのだ。
「我が名はドレイク。竜と名付けた父母の想いは、我が受け止める。いいか。どんな手を使ってでも、持ちこたえよ」
ドレイクは、凍りついたように動けない人々の間を縫って、城の外に出る。
そして、城で最速の馬に跨った。
帰りのことは考えない。
精霊女王の予言が正しければ、竜との契約が為されれば、ドレイクは、竜とともに帰還することになる。
ドレイクのもう1人の学友。
幼馴染のユリウスが絶望した顔で立っているのが見えた。
あの毒舌で、口の減らない男が、言葉を失って立っている。
しかし、ドレイクもまた、そんなユリウスに声を掛けることはできなかった。
ドレイクは伝説を信じ、竜の加護を求め、精霊の国に続くとされるトルモル岩山へと向かった。
* * *
トルモル岩山はオークランド西南端、海岸から海の中に浮かぶ、小さな黒い島にそびえていた。
周囲は切り立った崖が続いていて、崖面にぽかりと開いた、いくつかの洞窟が見えた。
岩だらけの海岸に降りる道は、崖を切り開いて作られており、長く細い道が、どんどん下へと続くのだった。
まるで海の中に落ちていくようで、小道を降りながら、さすがのドレイクも、どこか不安定な心地を味わった。
「潮が引けば、歩いて渡れます」
ドレイクは地元の老人にそう言われ、島を前に待つことにした。
ところが具合の悪いことに、その日から嵐になり、海の水は引く気配を見せない。
ようやく潮が引いて、島までの道が現れたのは、それから数日後のことだった。
人間の世界で、1番精霊国に近い場所。
しかし、この小さな島の周囲には、時折、黒く大きな翼を持った生き物が空を飛ぶ姿が見える、ということで、人々は恐れ、島に近づく者はない、と教えられた。
ドレイクがトルモル岩山に登る、と言った時、村の人々は驚いたが、ドレイクを止めようとはしなかった。
ドレイクは村長に馬を託した。
「落ち着いたら、馬を引き取りに人を寄越す」
そう言ったドレイクに、村長は「ご安心ください。確かにお預かりしましょう」と言ってくれたのだった。
そして今、ドレイクは1人きりだった。
黒い島に上陸し、ひたすらトルモルと呼ばれる岩山を登る。
王城を出てから、すでに何日経っているか。
オークランドは持ちこたえているのか。
それすらもわからない。
ドレイクはただひたすらに、岩山を登る足に集中しようとしていた。
そしてついに辿り着いた頂上。
「精霊国の女王モルガンよ、精霊国を守る伝説の竜よ。平和を求める我が祈りに応えたまえ」
「…………」
ドレイクがそう問いかけると、黒い髪の青年が、黙ってうなづいた。
ドレイク自身も黒髪。
遠目から見ると、2人の黒髪の青年は、まるで兄弟のようにも見える。
しかし、ドレイクの方は、鍛え上げた体には筋肉が付き、身長も高い。
髪は風に吹きさらしのボサボサで、動作も荒っぽく、とても上品な、とは言い難い。
一方、もう1人の青年は、同じ黒髪でも、まるで女性のように艶やかで、濃い色の肌に鮮やかな青い瞳、という印象的な容貌をしていた。
どことなく捉え所がなく、ミステリアス。
いまだ少年のような繊細さを持った彼は、同じく美貌の青年、もう1人の学友であるユリウスともまた違った美しさを持つ青年だったのだ。
彼の名前は、アルファイド・ガラニエル。
隣国アルワーンの第2王子である。
ドレイクと同い年の彼は、10歳の頃に、オークランドに留学に来てすでに8年。
その間、アルファイドはドレイクの学友として、2人はまるで兄弟のように育ったのだった。
「アルファイド、お前は、本当に帰国したいのか?」
黙っているアルファイドに業を煮やして、なおもドレイクが言う。
「殺されるかもしれないのに?」
アルファイドは、はぁっと息を吐いた。
「国王命令なら、逆らうわけにいかないだろう」
そう言うと、アルファイドはふい、と横を向いてしまった。
「母には……」
ドレイクが言い淀むと、アルファイドはうなづいた。
「サリア様にはもちろん挨拶をしていく」
「わかった」
それだけ会話を交わすと、ドレイクとアルファイドは並んで王城へと歩き始めた。
背後には、それぞれを警護する騎士が従う。
その年、ドレイクはついに18歳を迎えた。オークランドでは成人の年だ。
この1年で、ドレイクはあらゆることを経験することになる。
その始まりは、10歳から勉強を共にしてきた学友、アルワーン王国の第2王子、アルファイドの突然の帰国だった。
その頃には体調が不安定だったサリアを心配げに見つめていたアルファイドの姿を、ドレイクは今でも覚えている。しかし。
戦争は突然始まった。
アルファイドがアルワーンに帰国して、わずか1ヶ月。
あっという間に、隣国アルワーン王国の軍が、国境へ攻め入った。
そして不運なことに、開戦早々、オークランド王は負傷して、前線からの離脱をやむなくされた。
急ぎ王城に戻った国王は手当てを受けるが、重症。
戦場で受けたケガが炎症を起こし、国王は起き上がることもできなくなってしまった。
床に伏す国王の隙を狙い、隣国アルワーン王国の軍が国境から内陸の街へと進軍を開始した。
その第1報を聞いて、ドレイクは動揺した。
父王はケガにより動けず、唯一の王子である自分は、成人を迎えたばかり。
好戦的なアルワーン王国は戦って勝てる相手か?
独立を失い、降伏するしかないのか?
国の重鎮達が集まっての会議は、荒れに荒れた。
ドレイクは、父の統治のもと、磐石だと思われたオークランド王国が揺れるのを、為す術もなく見守るしかなかった。
「ドレイク王子殿下。この国を継ぐのは、御身より他にありません。どうぞ安全な場所への退避を」
会議場の大臣達が一斉に、ドレイクを見つめた。
父の意識はなく、王妃である母も、病床にある。
何かするなら、もうドレイクしか残されていない。
「私は王城を離れる」
ドレイクは宣言した。
会議場がしん、と静まり返った。
「私が戻るまで、持ちこたえよ。それが私の命令だ」
将軍達がドレイクの言葉に動揺する。
「それは、安全な場所に退避される、という意味でしょうか?」
「殿下、一体、殿下はどうされるおつもりなのですか!?」
「トルモル岩山へ向かう」
ドレイクの言葉に、一同は声を失った。
誰もが、ドレイクが生まれた時の、精霊女王の予言をまざまざと思い出したからだ。
『オークランドを失う危機が訪れる。命は救えないが、国は救える』
それはすなわち、国王、王妃の命は救えない、ということ。
しかし、オークランドにはまだ希望があるのだ。
「我が名はドレイク。竜と名付けた父母の想いは、我が受け止める。いいか。どんな手を使ってでも、持ちこたえよ」
ドレイクは、凍りついたように動けない人々の間を縫って、城の外に出る。
そして、城で最速の馬に跨った。
帰りのことは考えない。
精霊女王の予言が正しければ、竜との契約が為されれば、ドレイクは、竜とともに帰還することになる。
ドレイクのもう1人の学友。
幼馴染のユリウスが絶望した顔で立っているのが見えた。
あの毒舌で、口の減らない男が、言葉を失って立っている。
しかし、ドレイクもまた、そんなユリウスに声を掛けることはできなかった。
ドレイクは伝説を信じ、竜の加護を求め、精霊の国に続くとされるトルモル岩山へと向かった。
* * *
トルモル岩山はオークランド西南端、海岸から海の中に浮かぶ、小さな黒い島にそびえていた。
周囲は切り立った崖が続いていて、崖面にぽかりと開いた、いくつかの洞窟が見えた。
岩だらけの海岸に降りる道は、崖を切り開いて作られており、長く細い道が、どんどん下へと続くのだった。
まるで海の中に落ちていくようで、小道を降りながら、さすがのドレイクも、どこか不安定な心地を味わった。
「潮が引けば、歩いて渡れます」
ドレイクは地元の老人にそう言われ、島を前に待つことにした。
ところが具合の悪いことに、その日から嵐になり、海の水は引く気配を見せない。
ようやく潮が引いて、島までの道が現れたのは、それから数日後のことだった。
人間の世界で、1番精霊国に近い場所。
しかし、この小さな島の周囲には、時折、黒く大きな翼を持った生き物が空を飛ぶ姿が見える、ということで、人々は恐れ、島に近づく者はない、と教えられた。
ドレイクがトルモル岩山に登る、と言った時、村の人々は驚いたが、ドレイクを止めようとはしなかった。
ドレイクは村長に馬を託した。
「落ち着いたら、馬を引き取りに人を寄越す」
そう言ったドレイクに、村長は「ご安心ください。確かにお預かりしましょう」と言ってくれたのだった。
そして今、ドレイクは1人きりだった。
黒い島に上陸し、ひたすらトルモルと呼ばれる岩山を登る。
王城を出てから、すでに何日経っているか。
オークランドは持ちこたえているのか。
それすらもわからない。
ドレイクはただひたすらに、岩山を登る足に集中しようとしていた。
そしてついに辿り着いた頂上。
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