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第15話 帝国で暮らすアレシア(2)
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アレシアは朝起きると、寝室に入ってきたネティに言った。
「おはよう、ネティ。今日は神殿へ行きましょう」
茶色い髪に茶色い目をしたネティは、その控えめな様子や、やさしい表情もあって、まるで小動物のような感じもするが、実際は芯の強いしっかり者だ。
目を見開いた彼女は、内心、まぁさっそく……と思ったかもしれない。
しかしすぐ笑顔になると、アレシアを浴室へ案内した。
「サラさんにも伝えてきましょう」
アレシアが浴室から出ると、ネティは居間に朝食の支度を整えていた。
サラの姿はない。
「外出になるので、服を着替えると言っていましたわ。すぐ戻るはずです」
朝食のテーブルからは、お茶の香りが漂っていた。
アレシアはまだ室内着にしている、生成りの麻のドレス姿だった。
にこにこしながら、朝食の席に着く。
食事のメニューは、基本的にリオベルデと変わらない。ただ、帝国で採れるさまざまな果物や、質の高いチーズやヨーグルトなどが食卓に載るようになった。
アレシアの前に並んでいるのは、熱いお茶、果物のプレート、白くて丸い小さなパン、チーズのプレート、それに新鮮な卵とチーズを使ったオムレツだった。
アレシアは食前の祈りを上げると、さっそく食べ始める。
「お味はいかがですか?」
着替えを済ませて戻ってきたサラがアレシアに声をかけた。
「とてもおいしいわ。ありがとう」
アレシアはサラを見つめる。
柔らかい金髪はいつもと同じように、襟足でまとめられていたが、侍女服を着ていないせいで、ちょっと別人のように見える。
茶色い瞳の色に合わせたかのような、落ち着いた色合いのワンピースを着ていた。
街着らしく、丈は短めで、ブーツを履いた足首が見えている。
「アレシア様、エドアルドに報告はしてきましたので、お支度ができましたら、いつでも出かけられます。ただ、距離は取りますが、護衛は付きます。場所によっては、一緒に歩く場合もありますので、ご了承くださいね」
アレシアはうなづいた。
「任せるわ」
「神殿に連絡はしてあります。神殿主様とお会いになれますよ」
「嬉しいわ、支度は時間はかからないからすぐできるわ。食事が済んだらすぐ行きましょう」
そんなわけで、アレシアを中心とした一行は、さっそく、宮殿から敷地内を抜けて行ける通路を使って、女神神殿分院へと向かっていた。
「10時だから、もう神殿は開いているはずよ。巫女達が参拝者のお話を伺っているところだと思うの」
アレシアはリオベルデの女神神殿で姫巫女としての務めを果たしていた時と同じく、真っ白な麻の長衣に、同じく白の絹のチュニックを重ね、カイルから贈られた金刺繍が施された飾り帯を腰に巻いている。
プライベートな時間以外は、アレシアは常に姫巫女としての正装姿が基本だ。
ただし、今日は外を歩くのにも適した、革のサンダルを履いていた。
そのサンダル姿に、自分の予感が当たっている気がして、ネティは密かに息を吐いた。
アレシアは、時間があれば、神殿だけでなく他も見て回ろうと思っているに違いなかった。
(サラさんは、よく気が付くわね)
ネティは感心する。
サラはアレシアの斜め一歩先を歩いているが、アレシアと同じか、少し若いくらいの年齢に見えるし、案外かわいらしい顔立ちをしているが、ワンピースの上に着た上着の下には短剣を身に付けているのを、ネティは知っている。
警護の騎士達とも連絡がよく取れているし、宮殿内のことにも通じている。サラは侍女というよりもアレシアの護衛として付けられているのだろう、とネティは思った。
宮殿から庭に巡らされた回廊を歩くと、やがて女神神殿分院の入り口に着いた。
門には神官と巫女達を従えて、背の高い白髪の男性が立っているのが見えた。
「オリバー先生。お変わりないご様子で何よりです」
アレシアの顔が綻んだ。
「姫巫女アレシア様」
オリバーは穏やかな笑顔でアレシアを迎えた。
かなりの高齢のはずだが、細身で引き締まった体はすっと伸び、動作も危なげがなく、とても老人には見えない。
ただ、長く伸びた白い髪とひげが、オリバーの年齢を示しているようだった。
オリバーが両手を合わせて、腰を落とす正式な礼を取るのを受けて、神官と巫女達も全員、アレシアに礼を取った。
神官も巫女達も姫巫女の正装をし、姫巫女の証である銀色の長い髪を背中に流したアレシアの姿に、声は出さないものの、強い印象を受けたようで、目を離せない、そんな感じに見えた。
何しろ、アレシアはリオベルデ王国の緑の谷にある女神神殿にいる姫巫女なのだ。
帝国でその姿を見られるとは彼らも思っていない。
「姫巫女様、ようこそ帝国までおいでくださいました。まずは神殿をご覧になりたいでしょう。ご案内いたします。さあ、どうぞこちらへ」
かなりの高齢にも関わらず、まっすぐピンと伸びた背中。堂々としたオリバー師に付いて聖堂に入ると、参拝のために来ている人々が息を呑んでアレシアを見つめた。
「銀色の髪! まるで女神様みたい!」
幼い少女が興奮したように叫んだ。
リオベルデでは祭壇の前に用意されている姫巫女のための椅子は、ここでは誰も座る者はなく、空だった。
巫女達は左右それぞれに分かれ、壁際に用意されている椅子に座って、参拝客の話を聞き、共に祈りを捧げていた。
アレシアは祭壇の前に立つと、膝を着いて、女神に祈りを捧げた。
聖堂の中なので、ネティとサラはアレシアから離れて、入り口の脇に控えている。
アレシアがオリバーを振り返る。
「私も皆様のお話を伺っても良いでしょうか?」
聖堂内がざわめいた。
リオベルデの女神神殿は、創世の女神が世界を創造した地と伝えられている。そんな女神の祝福を受けたとされている、銀髪の姫巫女と話せるかもしれない、人々のそんな期待が感じられた。
「姫巫女様の仰せの通りに」
オリバーは頭を垂れ、神官と巫女は速やかに参拝の人々の誘導を始めたのだった。
アレシアは午前中いっぱいを、聖堂で人々の話を聞き、共に祈ることに費やした。
午後になると、オリバーはアレシアに声をかけ、神殿主の執務室へと案内した。
執務室に入ると、まずは熱いお茶が用意された。
アレシアはオリバーと共に長椅子に座り、ネティとサラは壁に沿って置かれた椅子に座る。
執務室の扉の外には、護衛の騎士2人が立っている。
お茶に続いて、白い丸いパンと、果物が軽食として出された。
2人は食前の祈りを捧げると、お茶を手に取った。
オリバーはまず、感に堪えないようにほっと息を吐いた。
「本当に大きくなられましたな……ご立派にご成長されて。エレオラ様も、エリン様も、もし姫君に会うことが叶ったなら、さぞかしお喜びになられたでしょう」
神殿では多くの神官と巫女もいたが、ここではオリバーとアレシアの2人きりである。オリバーは神殿主としての表向きの顔ではなく、アレシアにとって懐かしい、オリバー先生の表情になっていた。
「国王陛下からお手紙をいただきまして」
オリバーが口を開いた。
「姫巫女様が帝国にいらっしゃるとのご連絡でした」
オリバーはまるで何かを思い出すかのように、遠い目をした。
「姫君3歳の頃に決まった縁組が、こうして実現するとは……。亡くなられたエレオラ皇后は最後まで、姫巫女様とカイル様のことを考えておられました。この神殿は緑の谷の神殿の分院。姫巫女様のために、できる限りのお力になりましょう。いつでも私にお話ください。この婚姻は」
オリバーはためらうように、一瞬言葉を途切らせた。
「この婚姻は、多くの命を救うものと、私達は考えています」
アレシアは、結局その日は、オリバーから神殿付属の孤児院と治療院をざっと案内してもらった。
治療院では、神官達が薬草を調合して薬を作るのだ。
アレシアはもっと見て行きたがったが、オリバーは詳しく見るには時間もかかるので、また改めてにしましょう、と提案した。
そこで、神殿を出たアレシアは、姫巫女姿のまま、のんびりと神殿の外を歩き始めた。
飾り帯を除けば、神殿の巫女とほぼ同じ服装をしているが、アレシアの髪は長い銀髪。
どうしてもすぐ人の目に付きやすいのだった。
先皇后のエレオラが亡くなってからもう10年以上の年月が経ち、リオベルデ王国から嫁いだ王女の記憶はすでに薄れている。
それでも、銀髪の少女が女神神殿の姫巫女であるのはすぐ察せられる。物珍しい視線で、人々はアレシアを眺めていた。
「おはよう、ネティ。今日は神殿へ行きましょう」
茶色い髪に茶色い目をしたネティは、その控えめな様子や、やさしい表情もあって、まるで小動物のような感じもするが、実際は芯の強いしっかり者だ。
目を見開いた彼女は、内心、まぁさっそく……と思ったかもしれない。
しかしすぐ笑顔になると、アレシアを浴室へ案内した。
「サラさんにも伝えてきましょう」
アレシアが浴室から出ると、ネティは居間に朝食の支度を整えていた。
サラの姿はない。
「外出になるので、服を着替えると言っていましたわ。すぐ戻るはずです」
朝食のテーブルからは、お茶の香りが漂っていた。
アレシアはまだ室内着にしている、生成りの麻のドレス姿だった。
にこにこしながら、朝食の席に着く。
食事のメニューは、基本的にリオベルデと変わらない。ただ、帝国で採れるさまざまな果物や、質の高いチーズやヨーグルトなどが食卓に載るようになった。
アレシアの前に並んでいるのは、熱いお茶、果物のプレート、白くて丸い小さなパン、チーズのプレート、それに新鮮な卵とチーズを使ったオムレツだった。
アレシアは食前の祈りを上げると、さっそく食べ始める。
「お味はいかがですか?」
着替えを済ませて戻ってきたサラがアレシアに声をかけた。
「とてもおいしいわ。ありがとう」
アレシアはサラを見つめる。
柔らかい金髪はいつもと同じように、襟足でまとめられていたが、侍女服を着ていないせいで、ちょっと別人のように見える。
茶色い瞳の色に合わせたかのような、落ち着いた色合いのワンピースを着ていた。
街着らしく、丈は短めで、ブーツを履いた足首が見えている。
「アレシア様、エドアルドに報告はしてきましたので、お支度ができましたら、いつでも出かけられます。ただ、距離は取りますが、護衛は付きます。場所によっては、一緒に歩く場合もありますので、ご了承くださいね」
アレシアはうなづいた。
「任せるわ」
「神殿に連絡はしてあります。神殿主様とお会いになれますよ」
「嬉しいわ、支度は時間はかからないからすぐできるわ。食事が済んだらすぐ行きましょう」
そんなわけで、アレシアを中心とした一行は、さっそく、宮殿から敷地内を抜けて行ける通路を使って、女神神殿分院へと向かっていた。
「10時だから、もう神殿は開いているはずよ。巫女達が参拝者のお話を伺っているところだと思うの」
アレシアはリオベルデの女神神殿で姫巫女としての務めを果たしていた時と同じく、真っ白な麻の長衣に、同じく白の絹のチュニックを重ね、カイルから贈られた金刺繍が施された飾り帯を腰に巻いている。
プライベートな時間以外は、アレシアは常に姫巫女としての正装姿が基本だ。
ただし、今日は外を歩くのにも適した、革のサンダルを履いていた。
そのサンダル姿に、自分の予感が当たっている気がして、ネティは密かに息を吐いた。
アレシアは、時間があれば、神殿だけでなく他も見て回ろうと思っているに違いなかった。
(サラさんは、よく気が付くわね)
ネティは感心する。
サラはアレシアの斜め一歩先を歩いているが、アレシアと同じか、少し若いくらいの年齢に見えるし、案外かわいらしい顔立ちをしているが、ワンピースの上に着た上着の下には短剣を身に付けているのを、ネティは知っている。
警護の騎士達とも連絡がよく取れているし、宮殿内のことにも通じている。サラは侍女というよりもアレシアの護衛として付けられているのだろう、とネティは思った。
宮殿から庭に巡らされた回廊を歩くと、やがて女神神殿分院の入り口に着いた。
門には神官と巫女達を従えて、背の高い白髪の男性が立っているのが見えた。
「オリバー先生。お変わりないご様子で何よりです」
アレシアの顔が綻んだ。
「姫巫女アレシア様」
オリバーは穏やかな笑顔でアレシアを迎えた。
かなりの高齢のはずだが、細身で引き締まった体はすっと伸び、動作も危なげがなく、とても老人には見えない。
ただ、長く伸びた白い髪とひげが、オリバーの年齢を示しているようだった。
オリバーが両手を合わせて、腰を落とす正式な礼を取るのを受けて、神官と巫女達も全員、アレシアに礼を取った。
神官も巫女達も姫巫女の正装をし、姫巫女の証である銀色の長い髪を背中に流したアレシアの姿に、声は出さないものの、強い印象を受けたようで、目を離せない、そんな感じに見えた。
何しろ、アレシアはリオベルデ王国の緑の谷にある女神神殿にいる姫巫女なのだ。
帝国でその姿を見られるとは彼らも思っていない。
「姫巫女様、ようこそ帝国までおいでくださいました。まずは神殿をご覧になりたいでしょう。ご案内いたします。さあ、どうぞこちらへ」
かなりの高齢にも関わらず、まっすぐピンと伸びた背中。堂々としたオリバー師に付いて聖堂に入ると、参拝のために来ている人々が息を呑んでアレシアを見つめた。
「銀色の髪! まるで女神様みたい!」
幼い少女が興奮したように叫んだ。
リオベルデでは祭壇の前に用意されている姫巫女のための椅子は、ここでは誰も座る者はなく、空だった。
巫女達は左右それぞれに分かれ、壁際に用意されている椅子に座って、参拝客の話を聞き、共に祈りを捧げていた。
アレシアは祭壇の前に立つと、膝を着いて、女神に祈りを捧げた。
聖堂の中なので、ネティとサラはアレシアから離れて、入り口の脇に控えている。
アレシアがオリバーを振り返る。
「私も皆様のお話を伺っても良いでしょうか?」
聖堂内がざわめいた。
リオベルデの女神神殿は、創世の女神が世界を創造した地と伝えられている。そんな女神の祝福を受けたとされている、銀髪の姫巫女と話せるかもしれない、人々のそんな期待が感じられた。
「姫巫女様の仰せの通りに」
オリバーは頭を垂れ、神官と巫女は速やかに参拝の人々の誘導を始めたのだった。
アレシアは午前中いっぱいを、聖堂で人々の話を聞き、共に祈ることに費やした。
午後になると、オリバーはアレシアに声をかけ、神殿主の執務室へと案内した。
執務室に入ると、まずは熱いお茶が用意された。
アレシアはオリバーと共に長椅子に座り、ネティとサラは壁に沿って置かれた椅子に座る。
執務室の扉の外には、護衛の騎士2人が立っている。
お茶に続いて、白い丸いパンと、果物が軽食として出された。
2人は食前の祈りを捧げると、お茶を手に取った。
オリバーはまず、感に堪えないようにほっと息を吐いた。
「本当に大きくなられましたな……ご立派にご成長されて。エレオラ様も、エリン様も、もし姫君に会うことが叶ったなら、さぞかしお喜びになられたでしょう」
神殿では多くの神官と巫女もいたが、ここではオリバーとアレシアの2人きりである。オリバーは神殿主としての表向きの顔ではなく、アレシアにとって懐かしい、オリバー先生の表情になっていた。
「国王陛下からお手紙をいただきまして」
オリバーが口を開いた。
「姫巫女様が帝国にいらっしゃるとのご連絡でした」
オリバーはまるで何かを思い出すかのように、遠い目をした。
「姫君3歳の頃に決まった縁組が、こうして実現するとは……。亡くなられたエレオラ皇后は最後まで、姫巫女様とカイル様のことを考えておられました。この神殿は緑の谷の神殿の分院。姫巫女様のために、できる限りのお力になりましょう。いつでも私にお話ください。この婚姻は」
オリバーはためらうように、一瞬言葉を途切らせた。
「この婚姻は、多くの命を救うものと、私達は考えています」
アレシアは、結局その日は、オリバーから神殿付属の孤児院と治療院をざっと案内してもらった。
治療院では、神官達が薬草を調合して薬を作るのだ。
アレシアはもっと見て行きたがったが、オリバーは詳しく見るには時間もかかるので、また改めてにしましょう、と提案した。
そこで、神殿を出たアレシアは、姫巫女姿のまま、のんびりと神殿の外を歩き始めた。
飾り帯を除けば、神殿の巫女とほぼ同じ服装をしているが、アレシアの髪は長い銀髪。
どうしてもすぐ人の目に付きやすいのだった。
先皇后のエレオラが亡くなってからもう10年以上の年月が経ち、リオベルデ王国から嫁いだ王女の記憶はすでに薄れている。
それでも、銀髪の少女が女神神殿の姫巫女であるのはすぐ察せられる。物珍しい視線で、人々はアレシアを眺めていた。
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