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第12話 アレシアの輿入れ(2)

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 カイルが待っていたのは、謁見の間だった。
 彫刻の施された大きな扉の前には、騎士が2人、両側に立っている。
 エドアルドが騎士にうなづくと、扉がさっと開かれた。

「皇帝陛下、リオベルデ王国王女にして姫巫女アレシア・リオベルデ様を……」
 エドアルドの言葉は、まるで被せるように叫ばれた一言によって、かき消された。
 
「そんな女、国に送り返してしまえ!」

 ランス帝国の若き皇帝は、1段高いところにある、豪奢ごうしゃな皇帝の椅子に座ってはいなかった。

 こちらからは背中しか見えないが、1人の男性にまるで掴みかかる勢いで近づき、まさに口論の真っ最中、といった様子だった。

「陛下!」

 たまらずエドアルドが声を上げると、皇帝はようやくエドアルドに気づき、顔を上げる。
 謁見の間に立つ、立派な装いをした男は、次の瞬間にまさに部屋に入ろうとしていたアレシアの姿に気づき、ぎくりとしたように声を止めた。

 アレシアはゆっくりと男の様子を眺める。

 艶のある黒髪。グレーの瞳は青みがかった色で、とても美しい。
 背が高く、身に付けている黒に近い濃紺のチュニックがよく似合っていた。襟元と裾には、青い糸で丁寧な刺繍が施されている。
 確かに若いけれど、堂々とした男性だと思った。

 整った顔立ちだ。でも、けして軟弱な感じはせず、男性的な美しさがある。
 そう思っていたアレシアは、一瞬だけ、カイルと目が合った。
 冷たく、表情もない……。

 歓迎している様子は少しもなさそうだ、そう考えたアレシアは、しかし、カイルの目に一瞬現れた後ろめたい表情に気づいた。

 そのままアレシアがじっと見ていると、カイルは不機嫌そうにそっぽを向き、そのまま部屋を出て行ってしまったのだった。

「陛下……陛下……」

 真っ青になったエドアルドがカイルの後を追うが、カイルは大きな歩幅で、一気に歩き去ってしまった後だった。

「も、申し訳ございません。姫巫女様におかれましては、改めて皇帝陛下とのお顔合わせの機会をご用意いたしますので、今はこのまま、姫巫女様のお部屋へお戻りいただきます。まずは、ゆっくり、旅の疲れを癒してくださいませ」

「お心遣い、感謝いたします」

 そう述べたアレシアを、カイルと口論をしていた男が遮った。
 年配の男性で、カイルの父親ほどの年齢に見える。

 一見してわかるほどの、豪奢ごうしゃで金のかかった身なりをした男だった。
 再び、口を開こうとしたエドアルドを無造作に制すると、アレシアに尊大な様子で声をかけた。

「また改めてご挨拶をいただくと思うが……私は宰相のヘンリ・オブライエン。カイルの叔父に当たる」

 皇帝の妻になるために来た、しかも1国の王女に対して、ご挨拶をいただく、と言い切ったオブライエンに、しかしアレシアは表情も変えず、丁寧に礼を取った。

「オブライエン公爵。リオベルデ王国第1王女、女神神殿で姫巫女を務めるアレシア・リオベルデでございます」

 オブライエンは鮮やかな緑の目を細めて、アレシアを眺めた。
 アレシアの深い青の瞳は、揺らぐこともなく、一切感情を載せていない。

「小国の姫にしては、しっかりとした方のようだ。気分屋のカイルには案外ぴったりかもしれんな」

 アレシアはそれに対しては何も返さず、静かにオブライエンの前に立っていた。

「姫巫女様。お部屋にご案内いたします。陛下との顔合わせはまた改めて」
 アレシアはエドアルドの言葉を最後まで聞いた後、鷹揚おうようにうなづいた。

「お心遣い、感謝いたします。公爵閣下、それでは」

 そのままエドアルドはオブライエンに礼を取ると、アレシアを促して退室した。

 アレシアを部屋に案内したエドアルドは、そのまま真っ直ぐに皇帝の執務室へ向かった。

 すでに午後5時を回り、普段ならカイルは執務室を後にしている。
 夜には大抵、外国からの客人を迎えた晩餐会や、帝国の貴族達が主催する、さまざまな会への出席などがあるからだ。

 一旦自室に戻り、少し休憩を取った後、夜の予定のために着替える。そんな毎日を送っていた。
 執務室のドアを開けると、そこにはぼんやりと窓から外を眺める、カイルの姿があった。

「陛下。先程のあれは一体? 説明していただけますか」
 ひんやりとしたエドアルドの声に、カイルはため息をついた。

「……あれから、アレシアはどうだった?」
「オブライエン公爵が大喜びで、アレシア様に挨拶を『してやって』ましたよ。もちろんそうは言っていませんでしたが、目に見えてそんな態度でした」

「アレシアは」
「姫巫女様は一切表情を変えることはありませんでしたね。凛とした態度で、ご自身で名乗られた後は、公爵には一言もお話にはなりませんでした」
「そうか」

「陛下。……カイル様?」
「アレシアが国に帰りたい、と言っても止めるな」
「はい?」

「今日の夕食も1人で取らせろ。私はしばらく、彼女には会わない。オブライエンも放っておけ。好きなようにさせろ」
「カイル様!」

「……アレシアが何か不自由をしていないか、気をつけてやってくれ。必要なものは何でも揃えろ。それから、彼女はどこに行こうが自由にさせていい。だがその行動は逐一報告するように。護衛も兼ねて、サラを付けているんだからな」

 エドアルドがついに苦笑した。
「……カイル様。どっちなんですか」

 カイルはふいっと顔を背けた。
 ほっそりとした、アレシアの姿を思い起こしていた。
 成長し、成人したアレシアは、まるで1輪の純白の百合の花のようだった。
 華奢で細いのに、揺らぐことがない。凛として、品があり。

 美しかった。予想以上に。
 そして、強い目をしていた。
 変わることのない、深い青の瞳は、まるで宝石のよう。

 背中に流れる銀色の髪は、どこか人間離れしていて、精霊族の姫君のようでもあった。
 創世の女神の祝福を受けた、銀髪の姫巫女。

「皆、死んだ」
 カイルが呟く。
「私の母も、父の全ての側室達も、私の異母兄弟達も。エレオラ様も。そして父も」
 カイルの声が微かに震えた。

「自分の周りにいると、大切な人は死ぬ」

 エドアルドとカイルは静かに向き合っていた。
「父上は『皇家の呪い』と言っていた」

 幼い頃、預けられていた農園で、カイルは幸せな時間を過ごしていた。
 しかし、そんな幸せな時間は長く続かなかった。

 カイルの母はカイルが幼い頃に死亡していた。父の側室達も。4人の異母兄弟姉妹が次々に死んだ。そして皇后エレオラが。
 ついに皇帝が崩御した時、カイルが預けられていた農園に、皇宮からの迎えが来たのだった。

「エレオラ様は『姫巫女であるあの子が必要になる』と仰っていた。でも、私はアレシアが死ぬのを見たくない」
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