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第31話 カイルの答え

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 それから3日後、カイルはエドアルドを従えて、オブライエン公爵邸へと向かった。

「カイル様!」

 カイルが玄関に着くと、笑顔のアレキサンドラに迎えられた。
 アレキサンドラは淡いクリーム色の布地に、赤いバラの刺繍を施したドレス姿だった。

 お茶会ということで、ドレスの丈も短めで、軽々とした印象を与えた。
 長く豊かな赤い髪はゆるく巻かれた上で、ハーフアップにまとめられている。

「カイル様、ようこそお越しを。お待ちしておりました」
 アレキサンドラは淑女の礼カーテシーを取った。

「陛下、アレキサンドラはそれはあなたのお越しを心待ちにしていて、今日のお茶会のメニューもすべて自分で決めたのですよ。我が家の可愛い女主人なのです」

 オブライエン公爵もカイルに正式な礼を取ると、室内へと案内した。
 カイルはオブライエンに促されて、アレキサンドラのエスコート役を務める。
 あと少しで客間に着く、という時に、アレキサンドラがささやくような声でそっと言った。

「カイル様、あなたの答えがどんなものであれ、わたくしはあなたを心からお慕いしております。どうかそれは覚えていてくださいませ」

 カイルがアレキサンドラを見ると、そこにはいつもの自信満々な彼女の姿ではなく、かすかに震える、年相応な少女の姿があった。

「わかった」
 カイルは短く答えると、オブライエン公爵が待つ客間へと足を踏み入れた。

 お茶会は素晴らしかった。

 アレキサンドラはカイルのために、香り高いアールグレイの紅茶を用意し、お茶菓子もことさらに甘いものではなく、バターの香りが濃いショートブレッドクッキーや、新鮮なリンゴを使った手作りのジャムを挟んだフィンガークッキー、バターとレモンの香りが溶け合うマドレーヌなどを用意していた。

 新鮮なキュウリとハムを使ったサンドイッチなど、甘くないものも多い。
 アレキサンドラが気を配って、菓子やお茶が切れないようにしていて、お茶会は和やかに進んだ。

 しかし、ついにオブライエン公爵が、話を切り出した。

「さて、それでは、陛下ももうお気づきかと思いますが、今日はアレキサンドラとの婚姻について、お返事をいただきたく存じます」

「前にも言ったが、私には婚約者がいる。近いうちに、アレシアと結婚式を挙げるつもりだ」

 オブライエンは苦笑した。

「そのような。物分かりのない若者のようなことはおっしゃいますな。その巫女姫様とは、婚約解消をすればよろしい。幸いにもまだ、結婚式を挙げていないわけですし。陛下もあのお方ではと、ためらっておられるのでしょう? 先日の夜会の際には、貴族達の物笑いの種になったそうではないですか」

「オブライエン、私はアレシアと結婚する、と言っている」
 カイルは冷たい声で返すと、アレキサンドラに向き合った。

「このようなことになって、大変申し訳ないと思っています。しかし、あなたとは結婚しません」

 アレキサンドラの目が、大きく見開かれた。

「あなたは大切な従姉妹であり、私が帝都に来て以来、ずっと良くしてくださる、古くからの友人でもあると思っています。けれど、あなたを妻として愛することはできません」

「あの方を、愛していらっしゃると……?」
「この場で、あなたにお伝えする必要はない」
 次の瞬間、アレキサンドラの目から、大きな涙が溢れ落ちた。

「カイル殿! さすがに我が娘への無礼は許されませんぞ!?」

 オブライエンは怒りで真っ赤になり、カイルの目の前に指を突きつけた。
 しかし、アレキサンドラはそんな父をはっきりとした態度で制した。

「お父様、もういいのです。わたくしは……わたくし達ははっきりとカイル様に意思を伝えましたわ。その上でのお返事なのです。それ以上お怒りにならないでください」
「アレキサンドラ!」

 アレキサンドラはカイルにうなづいた。
「これで失礼する」
 カイルは無表情のまま、オブライエンとアレキサンドラを後に、宮殿へと戻った。

 その夜、1人静かに自室にこもっていたアレキサンドラは、深夜に響いたノックの音にはっと顔を上げた。

「アレキサンドラ様、こんな時間に失礼いたします」
 アレキサンドラ付きの侍女がそっとアレキサンドラに声をかけた。

「お父様が書斎でお待ちです」
「わかったわ」

 アレキサンドラは立ち上がった。
 午後に着ていたクリーム色のドレスはすでに着替えている。
 今は室内着のゆったりとしたドレスとガウンを着て、髪もすでにおろしているが、それで構わないだろう。
 普段ならもう、就寝している時間なのだ。

「お父様」
 アレキサンドラが書斎のドアを叩くと、すぐにオブライエンの声がした。

「お入り」
「失礼いたします」

 オブライエンは書斎の暖炉の前に立っていた。
 彼もまたガウン姿だった。

「こんな時間にすまなかったね。でも大事な話があるのだよ」

 そう言うと、オブライエンはガウンのポケットから、平たく、小さな黒い容器を取り出した。
 それは複雑な意匠が施され、まるで携帯用の練り香水入れのような形をしていた。

「アレキサンドラ、今日のことで、お前が気落ちしていないか、とても心配していてね」
「お父様。大丈夫ですわ。何よりも、カイル様の本当のお気持ちがわかって、それはそれで良かったと思いますの」

 アレキサンドラは苦しそうな微笑みを見せた。

「アレキサンドラ、お前は本当に、立派な貴婦人だ。お前の母上にこんなに立派に育ったお前を見せてやりたいよ」
「お父様」
「だが、お前は誰よりもこのランス帝国の皇后に相応しい」
「……お父様? 何を、仰っているのですか?」

 オブライエンはアレキサンドラに黒い容器を渡した。
「これを使って、無事皇后になった暁には、皇帝を殺害するように」

 オブライエンの言葉に、アレキサンドラは顔を青ざめた。

「お父様!!」
「あの姫巫女は私に任せなさい。宮殿にあの女の居場所はない。私が排除しよう。……お前はカイル様を手に入れるのだ」

 愕然とするアレキサンドラにオブライエンは微笑む。
 アレキサンドラの緑の瞳とオブライエンの緑の瞳が見つめ合った。

「心配するな。父がお前を全力で支えよう。お前は皇后だ。帝国はお前のもの。いずれ、お前には新たな夫を見つけてやる。そして生まれた子どもがいずれ、帝国皇帝となるのだ。そう、皇帝の血統が我がオブライエン家に正式に移る時が来たのだから」

 オブライエンは暗い目をして、アレキサンドラを見つめた。
「さあ、ではその薬の使い方を教えようか。それは『黒の封印』と呼ばれて、代々の皇帝からその子供に伝えられてきたものだ……」
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