3 / 61
何でもない日常 Ⅲ
しおりを挟むそこには大鎌を携えた死神が立っていた。
安具楽と名乗る男は顔は見えないが口元が笑っており、まるで遊園地に行く子供のような足取りで吸血鬼に近づいてくる。
タン… タン… タン…
それは小気味とよくコンクリートの地面に響き渡り、距離は約二十メートルほどにまで狭まってきた……
本来、人間が吸血鬼などの存在に対して遅れをとることなどまずあり得ない。吸血鬼は人間の倍以上の身体機能を有しており、再生能力まで持ち合わせているためまず死なない。さらに個体ごとに"呪い"と呼ばれる特殊能力がそれぞれ基本一つはあるため、まさに鬼に金棒と言った状態だ。
しかし、人間の中にはその異形の者たちに対する異能を秘めた存在も一定数いる。それが教会に属する『粛清隊』と呼ばれる、対異端・異形の者を粛清するという戦闘組織である。彼らは"祝福"と呼ばれる異能を有しており、身体機能を上げたり、暗闇でも物が良く見える能力などがある。 それは人が持ちうる可能性の具現であり、神秘に例えられる生命の限界でもある。
対して、今、目の前にいる"異端狩りの千堂"と呼ばれる一派は"奇跡"と呼ばれる異能を使用する。その力は"祝福"に比べると全く違う理で働いている。
『物を斬る』という"祝福"があった場合、それは『人が斬ることができる可能性のある物なら何でも斬ることができる』という解釈になるのだが、"奇跡"の場合、『物であるなら何でも斬ることができる』という解釈になる。
つまり、人の可能性の具現が"祝福"とするなら、"奇跡"は概念そのものに対する具現。人であって人ならざる奇跡を起こす超能力者。それがどういうわけか、"異端狩りの千堂"と呼ばれる集団には備わっているのだ。
「………くっ!」
吸血鬼はすぐさま反転して夜の空に飛び立とうとする。
"異端狩りの千堂"の一派であるだけでまずいのにその中のエリートともなれば吸血鬼が束になっても敵うかどうか怪しい存在。それに一人で立ち向かうなどリスクが高過ぎるからだ。だが、逃げるだけなら何とかなる。
ここは建設途中の建物でビルのニ十階ほどの高さの屋上。いくら相手が強かろうと所詮は人間。空に逃げ込めば逃げることなど容易い。そう思っていたのだが……
「させねぇよ!」
安具楽がそう言った瞬間、両足の膝から下の感覚がなくなった。なんだ!?
下を見ると膝から下が斬られている!そんなっ!何の音もしなかった!
「ひでぇなぁ、こっちは自己紹介までしたんだぜ?こんなこと普段ならありえねぇ。俺たち千堂は基本知られたら仲間以外は殺すっていう掟があんだからよぉ?特別サービスだってのに……」
安具楽という男は興が冷めたような口ぶりで大鎌の柄のところを肩にポンポンと叩いている。
「ぐ、ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
遅れて痛みが足に襲ってくる。くそっ!でもこの程度ならすぐに回復する…
そう思っていたのだがなかなか再生しない。何故だっ!?
「ああ、なんで再生しないのかって?そりゃ、お前らみたいな再生能力を持つバケモノ相手にするのなんてザラだからな。この大鎌にはな、再生阻害の効果がついてんのさ。てか俺らが持つ武器はみんなそうだぜ?知らんかった?」
マジかー、といった風な表情で吸血鬼を見つめる。この安具楽には相変わらず緊張感というものがない。それはさっきの屋敷での自分の姿を見ているようでとても皮肉めいていた。
「………つまんないねぇ。お前の"呪い"は何なのさ?使ってみろよ?待っててあげるからさぁ!」
早く!早く!と吸血鬼が攻撃してくるのを今か今かと待ち構えている。こんなにも自分を手玉にしてくる人間は吸血鬼にとって初めての事だった。同じ吸血鬼や異形の者と戦った経験は何度かある。それは互いに死闘を繰り広げるほどの激戦と呼べるものだったのにこの戦いはなんだ?実力差が圧倒的で意味不明過ぎてわけがわからない!!
「な、ならば期待に応えようではないかっ!」
「お?いいね、いいねぇ~。でも膝から下がないってのにどうすんのかな~?」
膝の部分を地面につけながらも器用に立っている吸血鬼は安具楽を一睨みした後、その"呪い"を発動させる!
「くらうがイイッ!」
そう吸血鬼が叫んだ瞬間、吸血鬼から黒い霧が全方位に噴射される!それは直径五十メートル程まで広がり、屋上全体を包み込んだ。
「うわっ!気持っちわりぃーなぁ~おいっ!黒い霧で……毒だな、これ」
しかし、安具楽はその黒い霧の正体を看破した瞬間に、その大鎌で周囲の空間を切り裂く。すると風圧で黒い霧は吹き飛んでいった。
しばらくすると、黒い霧はだんだんと薄れていき、そこには安具楽だけが茫然とその場に立ち尽くしていた。
「………まぁ、逃げるわなぁー。こんな能力持ってたら逃走にはもってこいだろうし。だから今まで死にそうになっても逃げられたんだろうけどさぁー……」
安具楽はふぅ…とため息をつくとニヤっと薄気味悪い笑みをしたまま夜空に呟く。
「………俺たち千堂は一度対峙した敵の位置はわかるようになってんだぜ?でなきゃこの稼業が成立しねぇ。マーキングはもうしてんだ。あとはお前が巣穴に戻るのを俺は待ってりゃいいんだからよ」
安具楽は屋上の端の方に移動する。その目線の先には吸血鬼の住処、神道邸がある方向。安具楽は目を細めながらポンポンと、またも大鎌の柄で肩を叩いていた……
神道美紀が安具楽と対峙していた頃、ヒカリは一階の風呂場に来ていた。一度は行ったこともある場所だったので、すんなりと行けたのだが、そこには二人の影も形もなかったのだ。
「ここじゃないのなら……あとはキッチンか。そこにいなかったらやっぱりどこかの客間ってことになるんだろうけど……とりあえず一階全部をまわってみる必要があるな…」
ポケットの中にはナイフとフォークが二本ずつ。それが今のヒカリが使える数少ない武器。チャリチャリと金属同士がぶつかり合ってきれいな音を立てている。
風呂場は建物の端の方に位置しているため、他を探すとなるとこのまま反対側の端まで調べていけばいい。しかし、そこは長い廊下となっているため隠れるところが一切ない。もしゼノが巡回していた場合はすぐ近くの部屋に入るくらいしか選択肢はないのだが、その場合は音で気づかれているだろう。
「………でも迷っている暇はない」
ヒカリは急がないといけない。早くしないと吸血鬼が戻ってきてしまう。そろりそろりとなるべく音を立てないように移動していく。右足……、左足……、右足……
それはまるで盗人のような忍び足ではあったが、確実に移動をしていく。外を見ると雲一つない満月。無風であるため、聞こえてくる音はどこでなっているのかわからない柱時計のコツコツという音とヒカリ自身の息遣いのみ。
「……部屋を一つ一つ開けて確かめてもいいんだけどね……それだと時間がいくつあっても足りないよ……」
五分程で屋敷の中央部分まで到達した。それでも客間以外の部屋は見当たらない。そしてさらに五分程して廊下の端辺りまで来た時、薄暗闇の中、客間とは違った形のドアの前に到着した。
「……これはそれっぽいな」
客間とは違い両開きのドア。材質も木材ではない金属的なもので作られている。
ヒカリはドアの前まで近づき、そっと耳を押し当ててみるが音はまったく聞こえない。このままでは埒《らち》が明かないのでそっとドアを開けてみる。
ギィィィィ………
不気味な音が室内に響き渡る。室内をのぞき込むと中には誰もいない。所々に何かの光源があるため、うっすらとしているが室内の雰囲気は見ることはできた。思った通りここはキッチンのようで、大きな食洗器や調理台などの器具が広がっている。
「………よし、とりあえず中に…」
「まさか本当に戻ってくるとはね」
ヒカリが言い終わらないうちに部屋の中がパッと明るくなる。
「うぅっ……」
突然明るくなったことからヒカリは目が順応しきれていない。右手で電灯から目元を守ろうとしたが防げなかったようだ。
「お帰りなさいませ、千堂ヒカリ様。我が主は現在外出中ですので私がお相手をつとめさせていただきます。しかし、未だに信じられませんね、あなたが"異端狩りの千堂"などとは……」
「い、異端狩り…?何のことだ!」
明るさに慣れてきた千堂は正面を向く。そこには執事服のゼノ、一番奥のガラスで仕切られている部屋には台の上に黒霧と五条が横たわっている。
「……そうですよね。あなたは知る筈がないのです。あなたの記憶には確かに高校生の記憶しかない。よく考えたらおかしかった。あなたは高校に上がる前は何をしていたのです?」
「な、なにを言っている……ぼ、僕の中学は千の宮中学で……あれ?」
おかしい。経歴は言える。学校の名前や友達の名前、先生の名前。でも……顔が思い出せないっ!
「………おかしい、思い出せない。いや、そもそも僕は誰なんだ?」
「ふむ、あなたにも色々と事情がありそうですね。記憶操作か……ところであなたの今の住まいは?」
「………き、教会だ。丘の上にある………」
なるほど、といった表情でゼノは納得した顔をしている。なんだ!それがどうした!!
「粛清隊の仕業のようですね。千堂の名前に操作された記憶。これはなんとやっかいな……」
「赤嶺教会が何だっていうんだ!神父様は僕の事を孤児の頃から面倒を見てくださっている!」
僕は表現しきれない怒りで頭が真っ白になっていた。神父様が何か絡んでいるというのか!あの方はそんな酷いお方ではない!
「赤嶺教会について知っていることは?」
「赤嶺教会の人は……僕に優しくしてくださっている……名前は……赤嶺善導。そうだ、名前もわかる!顔もはっきりとっ!」
そうだっ!教会の人達に悪い人達なんかいないっ!
「ではその他は?思い出や教会のエピソードなんかは?」
「そ、それは………思い…だせない…!?」
ば、ばかな!そんな筈はない!そんな筈あるものか……
「これはどうしましょうかねぇ…後々敵にまわることも考えられますが、教会に利用されているだけの可能性もありますし……うん?」
ゼノは急に頭上を見上げる。そこには天井しかないのというのに。どうしたんだ?
「どうやら主が戻ってきたようです。仕方がありません。あなたにもついてきてもらいますよ?」
「ど。どうして僕がお前なんかについていかないといけないんだ!」
「従わなければあの二人を殺すまで。それにもうあなたは詰んでいる。主が戻ってきた今、あなたの取るべき選択肢はもうないのです」
「くっ……わ、わかった。だったらあの二人を家に帰すと約束しろっ!」
そうだ、最悪僕だけでいい、犠牲になるのは。もう嫌なんだ、人が死ぬのは!
あ、あれ?なんでだ?僕はなぜそう思ったんだ?今?
「私の独断では判断できませんが……、そうですね。最大限の配慮は致しましょう。少なくとも二人の安全は守られるように掛け合ってみます。これでよろしいですか?」
「い、今はそれが限界か………ああ、それでいい…」
「ではついてきてください」
ゼノは警戒することなく僕の目の前を通っていく。そうして色々と混乱しながらも僕とゼノはキッチンの部屋から黒霧と五条を置いて出ていった……
ついた先は屋敷の屋根の上だった。
そんなものがどこにあったのか、外からではわからなかったが、梯子が三階の非常階段のところからかけてあり、そこからよじ登ったのだ。
「ご、ご主人様!どうしたのです!?その怪我は!!」
ゼノは屋根の上に上がるとすぐさまさっきの吸血鬼に近寄っていく。よく見ると足が膝から下がない。
「………"異端狩りの千堂"だ……。"一の鎌"だと名乗っていた……」
「ま、まさかっ!こんな辺鄙な町に"一の位"が来るなんて……そんなバカな!」
千堂?とヒカリは首をかしげる。さっきから僕の名苗字が出てきているが、どういう事なのだろうか?
「そ、それでゼノ?なぜ奴がここにいる?いや、いるのは構わんがなぜ仕留めておらんのだ?」
「そ、それが実は……」
「………歪みねぇ」
突然、誰の者かもしれない男の声が響く。
「こんな近いとこに居やがるとはなぁ。簡易的な結界が張ってあんな?」
屋根の奥の方、ゼノと吸血鬼の先の方に大鎌を持った死神のような男がそこにいた。
「用のないやつはこの場所がわからねぇようになってのか……はは!こりゃおもしれぇ!張ったのはお前だな?」
大鎌の男はゼノを見てそう言った。ゼノは結界なんてものを張ることができるのか?
「なんか二人増えてるしよー、どうせ殺すけど名乗っておくか。千の道は鎌の道っ!"異端狩りの千堂"!"一の鎌"!千堂安具楽!どうぞよろしくぅ!」
大鎌の男はその巨躯に似合わないチャラさでそう挨拶をした。
「お?なんだ、人間もいるじゃねぇか。おい、お前!こいつら殺すからよ!お前はとっとと家に帰んな?」
どうやらあの安具楽という男はゼノと吸血鬼にだけ用があるようだ。しかし、僕はまだ混乱していた。こいつらには聞きたいことが山ほどある。まだこの場を離れるわけにはいかない!
「ああん?黙っちまってよぉ…こいつらの仲間ってわけでもなさそうだし…。まぁいいや、先にこの二人を始末してからでも……」
「ま、待ってくれ!僕は吸血鬼の仲間じゃないけど聞きたことがあるんだ!」
僕は声を張り上げて安具楽の注意をこちらに向ける。
「うん?なんだ?吸血鬼に聞く事なんざあるわけないだろう?お前名前は何ていうんだ?」
「僕は千堂。千堂ヒカリだ!」
「はぁ?千堂?」
それは一瞬のことだった。安具楽が一瞬消えたと思ったら安具楽は僕の横に立っていたのだ。今どうやって移動した!?二十メートルはあったぞ!?
「お前新顔か?いや、俺たちは横のつながりはあんま把握してねぇけどよ。じゃあ刻印見せてみろよ?」
「こ、刻印?」
「ああ、体のどこかにあんだろ?俺らのシンボルがよ。俺のはここだ」
そういうと安具楽という男は後ろを向き、襟足を襟足を上にかきあげると首筋には逆十字のマークが緑色でつけられていた。
「お前の刻印はどこだ?つーか、得物はなんだよ?丸腰じゃねーか。無くしたのか?うん?いや、あるようだな」
安具楽はそういうと僕のポケットの方を見つめてくる。そこにはナイフとフォークが二本ずつ入っている。
「………ナイフ使いか?」
「い、いや、僕は………」
「まぁ名乗らなくてもいいけどよぉ。じゃあ刻印はどこよ?」
「そ、そんなものはないよ……」
「嘘つけ!お前千堂なんだろう?じゃあある筈だ!こんなとこにいるんだからよぉ?千堂の関係者じゃなきゃおかしいだろうが、あぁん?」
安具楽という男はめちゃくちゃヒカリに近づいてくる。それはもうヤクザが借金を取り立ててくるように。
「もういいわ、こっちで調べるからよ。お前みたいなやつはだいたい……お、やっぱあんじゃん」
すると安具楽はヒカリの両手を無遠慮につかむと手のひらを上に向けた。そこには、赤色の逆十字のマークが両手にはっきりと描かれていた。
「な、なんだこれ!?こんなもの僕は知らない!」
「あん?知らないってことはないだろう?実際あるんだし……ていうか赤か。刀剣の部類だな……」
「ト、トウケン?」
「俺様のは緑だから鎌だろう?黄色が斧、青が弓、紫が毒、白が槍、黒はその他ってとこだな。やっぱお前新人だろう?なってないねぇ、最近の上のやつらはよぉ……」
はぁ…と安具楽は盛大にため息を吐く。そんなことも教えてないのか?といった風だ。
でも僕は僕で意味が分からなかった。こんなマークが知らないうちに僕につけられていたなんて!風呂場のときには確かにそんなものはなかった!
「で?どうする?お前があいつら仕留めんの?」
安具楽はゼノと吸血鬼の二人の方を、まるでヒッチハイクをするような動きで指し示す。
「お前の獲物だってんなら俺は手を出さねぇぜ?掟だからな。早い者勝ちだ、結局この世はよぉ。それともあれか?倒しきる自信がないのか?」
あんな奴ら雑魚の内だろぉ?と安具楽はあきれた表情で僕を見つめてくる。そ、そんなこと言われても僕にはそんな力はないし…
「手伝ってやってもいいんだぜ?下の者を助けるのは上の者として当然の義務だ。俺たちは家族みたいなもんなんだからさぁ」
安具楽という男は最初はめちゃくちゃ怖かったが、どうやら人間にはかなり優しい性格のようだ。けれど、僕はどうしようか迷っていた。ゼノと吸血鬼の方を見ると半ば諦めているような、そんな苦悶の表情を浮かべている。それはそうだろう。僕が彼らを助ける義理なんてこれっぽっちもない。
でも、僕には確かめたいこともあるんだ。僕の事について少なくともゼノは心当たりがあるようだし、その千堂についても僕はまったく知らない。だから………
「い、いや、大丈夫だ。僕がやる」
「ふーん?大丈夫だってんなら止めはしねぇよ?でも、俺の事をこいつらに話しちまったからなぁ。なるべく殺さないといけねぇんだが……できんの?」
「ああ、問題ない。何とかしてみる。いや、絶対にする!」
ほぅ……と安具楽は感心したように僕を見つめてくる。
「絶対なんてこと言われちゃあ、認めてやんねーとな!後輩を信じるのも上の者の務め!じゃあ頑張んなっ!またどっかであったらそん時はよろしくぅ!」
そういうと安具楽は大鎌を肩に担いだまま町の方向にものすごい速さで走り去ってしまった。
嵐のような男だった。急に現れて急にいなくなった。でも僕にとってはここからが本番なのかもしれない……
「な、何故だ!何故我らをかばった!」
吸血鬼は僕に向かって叫んでくる。僕はゆっくりと吸血鬼たちの方へ歩いていく。
「………約束したからね、そこのゼノさんと。黒霧と五条を助けてくれるって。それに聞きたいこともあるからさ。どうだろう?少しの間だけ休戦してくれないだろうか?」
「きゅ、休戦だとぉ!舐めるのも大概にしろっ!我らを誰だと心得ておる!」
「ご、ご主人様!どうか私からもお願いです!」
吸血鬼は取り乱しており、ゼノはそれを全力で抑えようとしている。それでも僕は歩くスピードを落とさない。距離はもう十メートルほどまで近づいている。
「千堂の者と今戦ったらご主人様といえど死んでしまいます!それに彼は私達にとって敵になる可能性は少ないと考えます!」
「我が負けると申すか!たったガキ一匹に!それに敵ではないと?そんなわけはなかろう!」
「彼は教会に記憶を操作されている可能性があるのです!教会にいいように操られているのかもしれません!」
吸血鬼はなにぃ?と僕を睨めつけている。もう僕と吸血鬼の距離は目と鼻の先にまで来た。吸血鬼は足が治り始めているようで、足首の方まで再生しているようだった。
「ああ、僕は自分が知りたい。知らなくちゃいけないような気がするんだ。だから……敵の敵は味方というだろう?少なくとも僕はお前たちと敵にはなりたくないんだ……」
吸血鬼は立ち上がる。もうすっかり治ってしまったようだ。ゼノは二人の会話をハラハラしながらも口出しせずに見守っている。吸血鬼は少し悩んだ後、
「………本当に記憶がないのか?」
「ああ、確かなのは高校生の記憶しかない」
「……………」
「どうだろうか?」
「………私が貴様を今殺すとは考えなかったのか?」
「それが普通だろうね。でもさ、よく考えたらおかしいことでもなかったんだ。吸血鬼が人を殺すのは当たり前だ。僕は自分や自分の知り合いが殺されそうになっていたからお前たちが憎かったけれど、お前たちはお前たちで生きる為にしていたことだ。だからお前たちが戦うというのであれば戦うよ。でも、仲良くできるのならさ………」
僕は右手を吸血鬼に差し出す。おそらく吸血鬼が僕を殺そうと思ったなら一瞬で事が済むだろう。それでも今はこうするしかない。その時はその時でその運命を受け入れよう。
「僕はお前たちと手を組みたいんだ。頼むよ」
さぁ、どうする?
吸血鬼は尚も悩んでいるようだったがやがて意を決したように喋りだす。
「………ああ、そうだな……、今はそれがいいのかもしれん……」
「じゃあ、休戦…」
「だがまだダメだ。信用できない。もう少し時間が欲しい。そうだな……明日、明日またこの屋敷に来い。今日はもう遅いがまた明日学校があるのだろう?その帰りに来るがいい」
「……わかった。返事を急かすつもりはないよ」
僕は出した手を引っ込める。仕方ない。まだまだ時間はあるのだからゆっくりと時間をかけて調べていけばいいだろう。
「本当は明日の朝送り届けたいところだがな。こういう状況だ。もう帰るが良かろう」
「く、黒霧と五条はどうする?」
「安心しろ。ゼノが送り届ける。場所は二人の記憶からわかるからな。ゼノは戦闘能力は低いがその辺の便利な能力を複数持ち合わせている特殊個体だ」
なるほど、僕の予想は当たっていたわけだ。でも記憶を読み取ったり結界を張ったりと結構有能なんだな…
「では千堂様。どうかお気をつけて。明日は私が直々にお迎えに上がります。それと……ありがとうございました。助けていただいて……」
「別に助けたわけでもないさ。これは取引。対等にいこう。それと僕のことはヒカリでいいよ」
「………で、ですが…」
「じゃあ僕もゼノって呼び捨てにするから。それならいいでしょ?」
「………ええ、わかりました。ではヒカリ。また明日」
「うん、また明日ね、ゼノ」
こうして僕は梯子を下りて玄関に向かう。本当は二人を担いで家まで送り届けたいが、二人を担いで運ぶのはやっぱり無理がある。あの吸血鬼が約束を反故にして二人を襲うことも十分考えられたけど、なんだか不思議とあの二人ならしないだろうな、という確信があった。
夜はさらに更けていく。玄関を出て門へ向かう。ここに来た時はカラスの大群がいたのだが、今はいない。今までの現実が仮初めのものだったと知った少年は歩みを止めずに町へと歩き出す。教会が記憶操作なんてしているとなれば帰る場所は敵地だ。全てを知るまで気を休めてはならない。
少年は覚悟を決める。もう過去の幻想には戻れない。ここから先は非情な現実だけが待っているだろうという予感が少年の心の中を埋め尽くしていた…。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる