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第44話 入学式前日 中半

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 聖花の支度が終わったすぐ後、待っていたかのように一人のメイドが部屋の中へと入室した。
 ヴィンセントが呼んでいるから付いて来いとのことだ。

 一体何事だろうかと思いつつも、聖花はその場から立ち上がると、メイドに続いて部屋を後にした。
 対するアデルはと言うと、いつの間にか何処かへと立ち去ってしまっていて其処にはいない。他に仕事があるらしいし、そもそも彼女は同行できないようだ。

 メイドに連れられて辿り着いた場所はダイニングルームだった。聖花が未だに立寄ったことのない場所の一つであるこの部屋は、余りに質素で使用感が感じられなかった。
 埃が落ちているという訳でもないが、長年この部屋を利用していないことだけは確かだ。 
 掃除はされど、他に手を施した形跡がない。
 
 先に席に着いていたヴィンセントを一瞥して、軽く挨拶を交わす。殆ど義務的なもので、それに深い意味はない。

 聖花は不審に思いつつも、促されるままに席へと着いた。
 程なくして、食卓に料理が運ばれて来る。ダイニングルームへと入った時から薄々察してはいたものの、本当に今さら一緒に食事をするつもりなのか。
 そう聖花は警戒した。

 彼が何を考えているのか理解出来ないし、するつもりも聖花にはない。が、何か思惑があることだけは確かである。
 でなければ、わざわざ今日に来てやっと、食事を共にする必要などないのだから。
 まさか今になって二人で食卓を囲むことになろうとは。
 
 メイドは控えてはいるものの、安心感よりは警戒心が勝った。何を言い出すのか今か今かと待ち構えつつも、難なく食事を進める。
 少しだけ動きがぎこちないかとしれないが、それも些細なレベルである。
 よく観察しないと分からない程度だ。


「調子はどうだ」

「問題ありません」

「それは良かった。……勉強は順調か?教師からも聞いておるが、本人から聞く方が良いだろう」

 料理が一旦運び終えた所でヴィンセントが話を始めた。まだ部屋にメイドも居ることであるし、いきなり本題には入らないようだ。
 あくまで表面上の話を進める。


(いっその事、早く用件を話してくれないかしら)

 聖花は内心溜息をついた。
 確かに初めは食事を共にしたいという気持ちも少なからずあった。けれども日が経つにつれ、そんな気持ちは薄れていった訳で、今はそんなことどうでも良い。

 そもそも、最近はアデルも傍にいてくれたことだし、食事において不満はなかった。むしろ、裏の多い義父と共に食事を摂る方がストレスだ。
 余計な緊張感があって、部屋で食べる時よりよっぽど息苦しい。今更突き動かされるものもない。

 後で呼び出せば良いのに。そう聖花は感じた。今更そんな事をするくらいであれば、他にやり方があるだろうと。
 食事の時間くらい好きにさせて欲しい所である。

 けれども口には出さない。そんな事をして万一機嫌を損ねたら大変だ。
 きっと、彼にとって貴重な駒である聖花に危害が及ぶことはない。けれども、その怒りの矛先が関係のない者に向くかもしれない。
 それがアデルに及ぶことだってあるのだ。

 暫くして、ヴィンセントはメイドを全員部屋から下げた。
 それから、授業でのことや魔術のことなど、色々と詮索し始めた。

 それくらいなら特に問題はない。
 けれども、パーティーでのことを聞かれた時は、流石の聖花も焦りを覚えた。
 一向に指摘されなかったものだから、てっきり見られていないものかと油断していたのだ。

 考えてみれば、監視役メイドを王宮内に置けない以上、駒を監視するのも彼の役目である。余計な行動を起こした時、問い詰めることが出来るように。
 他のことに気が取られ、聖花はすっかり失念していたが、あの時の不審な動きをヴィンセントに見られていても何ら不思議はない。
 即ち、彼女の脇が甘かったということだ。

 聞かれた内容は至ってシンプルで、パーティーの日、第二王子と何かあったのかという質問である。
 というのも、やはり聖花とアーノルドの不審な動きを見られていた。聖花が抜け出し、続けてアーノルドが後を追うようにパーティーホールから出て行ったその様を。

 何時もは催事を投げ出さない彼がパーティーを抜ける真似をした事に驚きを感じているようだった。
 おまけに、共犯関係である聖花。彼女の存在がヴィンセントの中で繋がった訳である。

 きっとそれは、事情を知った上で、二人を観察していないと気が付かないことであろう。

 ヴィンセントは、アーノルドから何も聞いていないようだった。
 聖花の予想通り、やはり二人は完全な協力関係ではなく、個々に目的があって行動している。それは火を見るより明らかだ。

 兎に角、その疑問に関して、聖花は偶然だと誤魔化し通すことにした。
 恥ずかしい話、手洗いに行った際、何かを誤解したアーノルドが追ってきたと説明して無理やり納得させる。だから報告しなかったのだと。
 どうせアーノルド本人が真実を話さない限り、露呈することはあるまい。そしてそれが伝えられることはない。

 疑念と信用が半々と言うところだろうか。ヴィンセントは顔の彫りを一層深くして、"成る程"と小さく呟いた。
 けれども彼には確認する手立てがない訳で、詰まる所、彼女の証言を信用することしか出来ないのだ。
 相変わらず穴がある男である。

 それからはその話題について触れられることはなく、あっという間に彼との朝食は幕を閉じた。
 収穫はなく、聖花にとっては無意義な時間だった。

 ずっと気を張っていて疲れたが、聖花にはこの後のフェルナンの訪問が気掛かりだった。
 最終日ということで、彼が何か仕出かすかもしれない。それに、彼女自身お願いしたいことがあったのだ。

 彼が家に訪ねて来るまで、聖花は書庫で参考書を読み耽っていた。こんな短時間で他にすることもない。
 彼と対面する部屋で待つ事も考えたが、あそこは狭く、みっちりと本に囲まれて一人では息が詰まる。
 だからこそ蔵書の多く、広々とした書庫へと行ったのだ。

 暫く経って、フェルナンが来たと連絡が入った。
 聖花は早々に読書を切り上げ、先回りして部屋へと向かった。ここ最近、何時もそうしている。

 常々、メイドたちの態度は以前よりも大分ましになった。聖花の反撃故か、メイド長の処置故か、あからさまに聖花に嫌がらせをする者が少なくなったのである。
 相変わらず素っ気ないのに変わりはないし、陰口は時々耳に入るものの、多くの者が罰を恐れ、彼女を遠巻きに見ている程だ。
 これは大きな進歩である。

 そうしている内に聖花は授業部屋へと辿り着いた。
 先に席へと着いて、フェルナンの入室を静かに待ち続ける。まるでずっと待っていたと言わんばかりの表情だ。

 時を待たずして、フェルナンは部屋へとやって来た。何処か危うい雰囲気を纏う彼は、何時ものように妖しげな笑みを浮かべて席へと着いた。挨拶を交わす。
 慣れとは恐ろしいもので、聖花がそれで顔をいちいち赤くすることはない。
 これよりも危険な色気を放つ彼を知っているから。
 
 授業とはいえ、入学前日ともなれば復習がメインだ。出された課題を見てもらい、間違えた所を重点的に復習する、至って平凡な授業。
 比較的平穏・・だ。

 そうしつつも、聖花はを切り出すタイミングを伺っていた。
 あまり授業には集中出来ず、いつ言おうかと考えるばかりだ。


「………セイカ・・・嬢?」

 不意に、フェルナンが彼女の名前を呼んだ。確かに彼女の名前を呼んでいる筈なのだが、何故か"カナデ"と言っている気がする。
 ハッとして聖花が顔を上げると、にっこりと微笑んだフェルナンと視線が合った。目は笑っておらず、空気が重い。


「授業中だよ。他のことを考えている場合じゃない」

「……申し訳ございません」

「学園では気を付けてね。ところで…、一体どんなことを考えていたのかな?」

 聖花をじっと見つめて、フェルナンは怪しげに笑った。言動と言い、態度と言い、一つ一つがいちいち艶めかしい。
 これで教師なのだから、人は見かけによらないものである。おくびにも出さないが、男娼と言われた方がまだ信じられるレベルだ。


「先生の思うようなことは、何も」

「ふふ。僕が何を想像していたって?説明して欲しいな」

「説明するようなことではございません」

「………」

「……それよりも、!お話したいことがあるのですが宜しいですか?」

 聖花の返答に対して、フェルナンが口を挟もうとした。どうせろくな事でないのは明白である。
 だから、敢えて彼女は声を上げた。話題を一刻でも早く切り替えたかったのだ。

 兎に角、折角授業が中断した訳で、言うならば今である。
 聖花は生唾を飲み込み、やがてして本題を切り出そうとした。


「……ん?どうしたの急に。何処か分からないところでも?」

「いえ、そうではなく‥‥‥‥」

 あっけらかんとするフェルナンに、思わず聖花は口籠って、内心焦りを覚えた。こんな時に授業の質問とでも思っているのか。
 わざわざ話を切り替えたのに、いつもと変わらない音調トーンで返されて、調子が狂いそうになる。
 折りが悪いとは言え、もう少し緊張感を出して欲しいものだ。
 一瞬、何を言えば良いのかが分からなくなる。

 そんな彼女の様子を一瞥し、フェルナンは考えるような仕草をした。
 それから直ぐに顔を上げる。


「話してくれないと分からないな。ほら、僕に話してごらん?何か悩みがあるのなら、相談して欲しいな。
教師が生徒を助けるのは当然、だからね?」

 にっこりと含みある笑みを浮かべる彼に、聖花は思わず慄いた。絶対に裏がある、と。
 突如として正義感を見せてきたフェルナン(自称)教師に、彼女は疑いの眼を向けた。
 これまた、元の顔立ちと相まって色気が増している。わざとやっているのだったら止めて欲しい所だ。

 と、いうか、思わず"貴方がそれを言うか"と突っ込みそうになったが、すんでの所で彼女は言葉を飲み込んだ。此処でそんな事を言うのはNGだ。
 そもそもの悩みの一因がフェルナン本人であることに彼は気付いていないのか。疑問は残る所だが、聖花は敢えて聞かないことにした。


「本当に助けてくれるのですか?」

「勿論、僕に出来ることなら任せてよ」

 確認の為に聞き返すと、彼は迷いなく頷いた。

 言質は取った。だからといい、相談した所で意味がないことは分かり切っている。
 そんな事で約束脅しを取り下げてくれる程、彼は甘くないだろう。もしそうであれば、そもそも話を持ち掛けない筈だ。
 けれども何を期待したのか、聖花は口をゆっくりと開いた。


「ありがとうございます。
 ……では、以前の話そのものをなかったことにして下さい」

「‥‥‥以前の話、とは?」

 聖花がそう言うと、フェルナンは声をより一層低くした。
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