上 下
20 / 49

第17話 逡巡と希望

しおりを挟む
(どうしよう・・・・・。
 私は、どうしたらいいの‥‥‥)

 アーノルドが聖花の元を去って数時間が経過した。

 彼女は長い間、その場に膝をついて佇んでいた。
 石で出来た床は冷ややかでザラッとしている。


(転生して、‥‥‥正直、初めは混乱してた。
周りが何かも全然分からなくて。
でも、今は・・・・・・。)

 アーノルドと会うまで、聖花は何もかもがどうでも良くなっていた。

 彼女を慈しんでくれた父親ダンドールと母親《ルアンナ》。
 手を焼いて可愛がってくれたフィリーネ
 彼女を少し気に掛けているギルガルド
 そして、ここで初めて出来た温かい友人たち‥‥‥。

 短い間ではあったものの、彼らは聖花に数え切れない程の思い出を与えてくれた。
 元々打たれ弱かった彼女も、彼らのお陰で自身の致命的な弱点を忘れることができた。 

 けれど、そんな彼らはここにはいない。

 まさかこんなことになるとは、聖花は想像さえしなかった。
 『魂の入れ代わり』が起こるなど、一体誰が予想できただろうか。

 故意にも引き起こされた事件。
 ダンドール達から向けられた敵意の籠もった眼差しや殺意。

 余りのショックに耐えきれず、友人や家族、自分の気持ちに至るまで、全てを投げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。

 聖花は、アーノルドの言葉を思い出す。
 目の前に垂らされた一縷の希望。

 何者かに居場所を奪われ、傷つけられて、すっかり心がズタボロになっていた彼女には、彼の囁きが不思議と胸の奥底に突き刺さったのだ。
 それは何故だか、彼女を救ってくれるようにさえ感じた。

 息を潜めるように、呼吸を整える。
 聖花は段々と気持ちが安定していくのを感じた。

 そして、思考を巡らせる。
 

(何故、こんなことになったのか?
 ‥‥そんなこと考えても無駄、ね・・・・。

 そう言えば、本来の彼女マリアンナは何処に行ってしまったのかしら。
 もし私と入れ替わっているのだとしたら、今頃彼女は、私の代わりに事故で亡くなっている‥‥‥?他のところにいるのかも。

 『カナデ』、確かアーノルドはそう言っていた。
 どこか引っ掛かる名前。彼女は一体何者?
 彼は、街で知り合ったと言っていたし、彼女の身分も知らないようだから其処まで深い関係じゃないのかも。

・・彼がどうして私を助けようとするのかが理解できない。
 でも、たとえ何か彼に考えがあったとしても・・・、

 ‥‥‥‥私は、私のことをする)

 彼女は、頭の中で一通り考えを整理する。
 すっかり静まり返った牢の中、ゆっくりと顔を上げた。

 そんな彼女の瞳は生気を取り戻したように輝いている。
 決心が着いたのである。

 彼女は考えた。

 外に出たらまた、別の人間としてやり直せるのかもしれない。
 外に出たら、『カナデ』と会って決着がつけられるかもしれない。 
 外に出たら、元に戻る方法が見つかるかもしれない。
 外に出たら、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 もしそうであるなら、先ずはここから脱出しなければならない。
 そして、彼女の欠点も克服する必要がある。

 一見、強くなったように見える。
 しかし今の彼女は、希望と言う名の原動力に突き動かされているに過ぎない。
 根本的な性質自体は何ら変わっていないのだ。

 ただ脱出出来ただけにしても、直ぐににまた何時か捕われてしまうことだろう。
 そんな状態で、アーノルドが用意した『居場所』でも上手くやっていけるかどうか。

 あの事件をキッパリと切り捨てる程の衝動や気持ちを生み出すようなモノが必要になってくる。

 
「ーーーーーー」

「‥?」

 丁度その時、何かの気配が彼女のすぐ側で感じられた。
 聖花は思わず、そのを探すかのように、辺りをキョロキョロと見渡した。

 しかし、誰もいない。


(誰か、‥‥‥いた?)

 懐かしいような、どこか不思議な雰囲気を彼女は感じ取った。

 他の人が先程まで、すぐ近くで見ていた。
 普通は有り得ないことであるが、聖花は直感的にそう感じた。
 しかも、聖花が入っている牢屋の中から。
 
 その時、彼女は古びた鏡に目が行った。
 その鏡の辺りには薄暗い靄のようなものがほんの一瞬だけ掛かっているように見えた。


(あ・・・・・、鏡が‥‥)

 聖花は鏡の中をチラ、と視線が吸い込まれるかのように見た。


「おにい、さま・・・・・?」

 下からな上に薄暗い空間であったから、全ては見えなかったし、其れがはっきりと誰かは彼女には分からなかった。
 が、何故か考える前に彼女の口からは、告げていた。

 気配が消えてしまったのか、それとも彼女の幻影か。
 その言葉に対する返事は勿論なく、彼女の台詞は虚空の中に虚しく消え去った。

 それでも彼女は、ギルガルドに再び会って、このことを話したい、そう強く思った。

 もう一つ、彼女が思い出したことがある。

 の時、彼はその場に居なかった。
 彼の性格のこともあるだろう。
 しかしもしかしたら、何かを知っているのかもしれない。
 
 聖花はギルガルドのことを思い、一種の期待を胸に抱いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

いつか会えることを願って

瑠渡
恋愛
公爵令嬢フーミリアは恋をした。 お父様と視察で訪れた辺境での出会い。 隣国より、婚約話が来たが、忘れられないフーミリアは、断って欲しいと詰め寄る。 お父様との言い合いに負けてしまうが……………おとなしいフーミリアはこのまま嫁ぐのか? 2部構成 短編から長編に変更

婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~

扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。 公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。 はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。 しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。 拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。 ▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ

影の王宮

朱里 麗華(reika2854)
恋愛
王立学園の卒業式で公爵令嬢のシェリルは、王太子であり婚約者であるギデオンに婚約破棄を言い渡される。 ギデオンには学園で知り合った恋人の男爵令嬢ミーシャがいるのだ。 幼い頃からギデオンを想っていたシェリルだったが、ギデオンの覚悟を知って身を引こうと考える。 両親の愛情を受けられずに育ったギデオンは、人一倍愛情を求めているのだ。 だけどミーシャはシェリルが思っていたような人物ではないようで……。 タグにも入れましたが、主人公カップル(本当に主人公かも怪しい)は元サヤです。 すっごく暗い話になりそうなので、プロローグに救いを入れました。 一章からの話でなぜそうなったのか過程を書いていきます。 メインになるのは親世代かと。 ※子どもに関するセンシティブな内容が含まれます。 苦手な方はご自衛ください。 ※タイトルが途中で変わる可能性があります<(_ _)>

ヤンデるサイコで乙女なゲームの世界にこんにちは

恋愛
ヤンデレ、サイコデレ、一時ハマった乙女なゲーム達。 その中でも大好きだったサイコホラーの乙女なゲーム。 あら?名前なんだっけ? 確か主人公は普通を主張する、けれどやっぱりチートな可愛い女の子だった。 ピンク色の髪って時点で普通からは掛け離れているけど。 そんな主人公の恋のお相手は四人のイケメンとラスボスな隠しキャラ。 ハッピーが監禁 アンハッピーが無理心中 唯一の救いがノーマルな友人エンド 途中で何度か怖いシーンが出てくるのだけどそれすら絵師様の腕が良すぎて破滅すら受け入れたくなる美しさ。 そうそう、このわたくしの義理の兄、ラファエルもこのゲームの中ではラスボス的な攻略対象キャラなのよ。 そう、もう、わかるはずだ。 私は兄ラファエルに邪魔者認定を頂き、サクッと殺される。 主人公がラファエルのルートに入ったその瞬間、サクッと殺される役の妹、ウラリーに転生してしまったのだ。 前世のオタ友よ、なんでもいい!私が助かる方法を、教えてー! ───────── R15は保険です。

処理中です...