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第7話 温かな居場所
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一体あの少女は誰だったのか?という疑問が、聖花の頭の中をぐるぐるとループする。
アナスタシアの言ったことがただの勘違いだったら良かった。が、何とも言えない恐怖が聖花を支配した。
身体は小刻みに震え出し、急激に聖花の顔色が悪くなる。
そんな聖花の尋常でない様子に、アナスタシアらはすぐに気が付いた。
彼女らが心配で声を掛けても、聖花は反応しない。混乱でそれどころではないようだった。
リリエルが聖花を支え、アナスタシアはダンドールを呼びに行く。ダンドールは話を中断して彼女の元へと駆け寄った。
無作法だと罵る者もいたが、世間体を気にしている場合ではない。事態は一刻を争うのだ。
ダンドールはアナスタシア達から手短に事情を聞いた。それから、聖花の身柄を引き継いだ。
聖花を馬車に乗せ、本邸まで急いで帰る。錯乱しないように気をつけて。
道中、聖花は無言で俯いていて、ダンドールは心配げに聖花を見ることしか出来なかった。
悲壮感の漂う空気は、まるで葬式のようだった。
静かな車内にフクロウの鳴き声だけが嫌に響き渡った。
◆
ヴェルディーレ家に着くなり、ダンドールはマリアンナの部屋へと向かった。その手には我が子が抱えられている。
聖花は途中で意識を失ったのか、彼の腕の中で眠っていた。まるで死んでいるかのようだ。
‥‥‥青白い顔がそう思わせてくれる。
そうして部屋に着いたら、ダンドールはマリアンナをそっと寝具の上に乗せた。
ふつう娘とはいえ、女性の部屋に軽々しく入ってはいけない。が、緊急を要する事態だった為に、メイド達も止めようとはしなかった。
そもそも、暴走した彼を一介のメイドが容易に止めることは出来ない。
部屋を後にしたダンドールがメイド達に手際良く指示を飛ばす。事前に混乱を避ける為だ。
そうしていると、誰かが勢い良く玄関の扉を開いた。ルアンナだ。
貴婦人たちのみが集まるパーティーにルアンナはひとり参加していた。が、騎士団からの連絡により、急ぎ帰ってきたのだ。
慌てた様子のルアンナは家に到着するや否や、マリアンナの部屋へと向かった。メイと共に中に入る。
マリアンナの痛々しい姿を見て、ルアンナは下唇を噛んだ。私が付いていれば、と。
結局、ルアンナはマリアンナの傍から一晩中離れず、彼女のことを看続けた。
メイが「後は私に任せてお眠り下さい」と進言したも、ルアンナは聞き入れなかった。むしろ「私が見ているので貴女は下がって」と言われた始末だ。
メイのいなくなった部屋でルアンナは嘆きごとをいくつか呟いた。が、今更後悔しても遅いので、敢えて前向きに思うことにした。これからに繋げれば良いのだと。
ルアンナは今にも目から溢れ出そうな涙をグッと堪えながら、マリアンナに布団を優しく掛けた。蒼白い顔を隠すかのように。
両親がここまでマリアンナに過保護であるのは、単にルアンナと顔がよく似ているからでもなく、末っ子だからでもない。
最もたるのは、マリアンナが唯一甘えを知る子供だったからである。
ギルガルドはそもそも甘える機会などなかった。後継者として厳しく育てたからだ。
対するフィリーネは物心ついた頃、甘えることを止めた。
それどころか、甘えを許さず自分に厳しくなった。貴婦人たちの凛とした所作に憧れを抱いたからだ。
だが、そんな2人とマリアンナは違った。
彼女は物心着く前も後も両親に変わらず甘え、感情を厭うことなく表に出してくれる子供だったのだ。
その結果、ルアンナら両親が重度の過保護になるのはそう時間が掛からなかった。2人とも気が付いたらマリアンナに
毒されていたのである。
実際に、ダンドールはマリアンナを自宅という安全な檻に閉じ込めた。対するルアンナは作法を自ら教えたり、失敗を注意しなかったりした。
マリアンナからの反発もなく、むしろ甘んじる彼女のせいで更に過保護が加速していたのだ。本人は知る由もないが。
そして、今回の一件だ。
本来は何事もなく終わるかと思われていたし、何か起こる前にダンドールが駆けつけるつもりだった。
幸いにも、作法はマリアンナの身体に馴染んでいた。従って、聖花自身が何かを仕出かすこともなかった。
が、結局最後には、予期せぬ出来事に巻き込まれてしまったのだから報われない。
「、、、おかあ、…さん?わたし、は……」
外がすっかり明るくなった頃、聖花が不意に声を出した。この世界の呼び方ではない。
目を覚ました聖花は体を怠そうに擡げる。冷や汗をかいていたのか、頬が湿っている。
「っ…………!!マリー!
目を覚ましたのね、良かった、よかった……」
ルアンナが歓喜の声を上げた。ずっと我慢していた涙が溢れ、自然と頬をつたる。
「あ、、、ぁ…、さっき、女の子が、奥が見えない黒い目をした、女の子が、わたし、私のことを覗き込むように、見ていたの。真っ暗な、他に何もない空間で。ずっと、ずっと…………」
ルアンナの安心も束の間、聖花が再び錯乱状態に陥った。
目を見開き、手で顔を覆っている。その身体はガタガタと震えていた。
ルアンナは、マリアンナを優しく抱き締めた。彼女を包み込むかのように。
「マリー、落ち着いて…。そんなの、ただの夢よ、私が貴女の傍にいるから、大丈夫だから」
聖花の心を解すように、ルアンナはゆるりと耳元で囁く。
段々と、聖花の震えが小さくなっていく。少しずつ落ち着いて来たようだ。
(心地好くて、優しい声……)
聖花はルアンナに身を委ねた。不思議と温かい気持ちになる。
聖花はあまり覚えていないが、前世で親の愛情なく育った彼女にとって、これ以上ない安らぎだった。
ルアンナの胸の中で聖花は幼い子供のように、声が枯れるまで泣きじゃくった。その様はまるで本当の親であるかのようだった。
聖花が泣き疲れて再び眠った後、ルアンナがようやく部屋を出た。次に聖花が起きた時、消化に良い料理を部屋へと運ぶようメイドに言いつけて。
無理にマリアンナを移動させる訳にはいかない、という彼女なりの配慮だ。
ダンドールはというと、「マリアンナが起きた」と聞き付けた瞬間、直ぐにでも彼女の部屋に駆け付けたかった。
が、彼女の容態を見よう訪れると、先客のルアンナに却下されたのだ。「女性の部屋にそう頻繁に入って良いものではありませんので」と。
実際のところ、ルアンナが独り占めしたかっただけだ。
再び聖花が起きたことを確認すると、料理が次々に運ばれてきた。ルアンナもやってくる。
どんな時もやはり腹は空くもので、ふわりと空間内に広がる風味豊かな香りが聖花の食欲を刺激した。先程までは何も受け付ない状態だったのに、だ。
じっと見てくるルアンナを横目に、聖花は直ぐに全て食べ尽くした。
それを見て、ルアンナは安堵したように微笑んでいた。
食器をメイに手渡し、柔らかな毛布の上に聖花は仰向けに寝転ぶ。ルアンナは聖花の食事を見届けると帰ってしまったので今はいない。
落ち着いてきたところで、聖花はひとり考える。
ーー昨夜会った少女自身も夢か、はたまた幻だったのか
それを考えている内に、聖花に眠気が襲いかかった。疲れが溜まっているのだろう。
そうして聖花は再び深い眠りに落ちた。
それを見計らったかのように、何かが聖花の側を蠢く。ソレは、彼女の様子を確認すると何かを呟き、何事もなかったかのように部屋から消えていった。
そうして、彼は何事もなかったかのように中断していた業務を再開した。
聖花が気が付いた頃には、友達二人がお見舞いに来ていた。アナスタシアとリリエルだ。
アナスタシアの言ったことがただの勘違いだったら良かった。が、何とも言えない恐怖が聖花を支配した。
身体は小刻みに震え出し、急激に聖花の顔色が悪くなる。
そんな聖花の尋常でない様子に、アナスタシアらはすぐに気が付いた。
彼女らが心配で声を掛けても、聖花は反応しない。混乱でそれどころではないようだった。
リリエルが聖花を支え、アナスタシアはダンドールを呼びに行く。ダンドールは話を中断して彼女の元へと駆け寄った。
無作法だと罵る者もいたが、世間体を気にしている場合ではない。事態は一刻を争うのだ。
ダンドールはアナスタシア達から手短に事情を聞いた。それから、聖花の身柄を引き継いだ。
聖花を馬車に乗せ、本邸まで急いで帰る。錯乱しないように気をつけて。
道中、聖花は無言で俯いていて、ダンドールは心配げに聖花を見ることしか出来なかった。
悲壮感の漂う空気は、まるで葬式のようだった。
静かな車内にフクロウの鳴き声だけが嫌に響き渡った。
◆
ヴェルディーレ家に着くなり、ダンドールはマリアンナの部屋へと向かった。その手には我が子が抱えられている。
聖花は途中で意識を失ったのか、彼の腕の中で眠っていた。まるで死んでいるかのようだ。
‥‥‥青白い顔がそう思わせてくれる。
そうして部屋に着いたら、ダンドールはマリアンナをそっと寝具の上に乗せた。
ふつう娘とはいえ、女性の部屋に軽々しく入ってはいけない。が、緊急を要する事態だった為に、メイド達も止めようとはしなかった。
そもそも、暴走した彼を一介のメイドが容易に止めることは出来ない。
部屋を後にしたダンドールがメイド達に手際良く指示を飛ばす。事前に混乱を避ける為だ。
そうしていると、誰かが勢い良く玄関の扉を開いた。ルアンナだ。
貴婦人たちのみが集まるパーティーにルアンナはひとり参加していた。が、騎士団からの連絡により、急ぎ帰ってきたのだ。
慌てた様子のルアンナは家に到着するや否や、マリアンナの部屋へと向かった。メイと共に中に入る。
マリアンナの痛々しい姿を見て、ルアンナは下唇を噛んだ。私が付いていれば、と。
結局、ルアンナはマリアンナの傍から一晩中離れず、彼女のことを看続けた。
メイが「後は私に任せてお眠り下さい」と進言したも、ルアンナは聞き入れなかった。むしろ「私が見ているので貴女は下がって」と言われた始末だ。
メイのいなくなった部屋でルアンナは嘆きごとをいくつか呟いた。が、今更後悔しても遅いので、敢えて前向きに思うことにした。これからに繋げれば良いのだと。
ルアンナは今にも目から溢れ出そうな涙をグッと堪えながら、マリアンナに布団を優しく掛けた。蒼白い顔を隠すかのように。
両親がここまでマリアンナに過保護であるのは、単にルアンナと顔がよく似ているからでもなく、末っ子だからでもない。
最もたるのは、マリアンナが唯一甘えを知る子供だったからである。
ギルガルドはそもそも甘える機会などなかった。後継者として厳しく育てたからだ。
対するフィリーネは物心ついた頃、甘えることを止めた。
それどころか、甘えを許さず自分に厳しくなった。貴婦人たちの凛とした所作に憧れを抱いたからだ。
だが、そんな2人とマリアンナは違った。
彼女は物心着く前も後も両親に変わらず甘え、感情を厭うことなく表に出してくれる子供だったのだ。
その結果、ルアンナら両親が重度の過保護になるのはそう時間が掛からなかった。2人とも気が付いたらマリアンナに
毒されていたのである。
実際に、ダンドールはマリアンナを自宅という安全な檻に閉じ込めた。対するルアンナは作法を自ら教えたり、失敗を注意しなかったりした。
マリアンナからの反発もなく、むしろ甘んじる彼女のせいで更に過保護が加速していたのだ。本人は知る由もないが。
そして、今回の一件だ。
本来は何事もなく終わるかと思われていたし、何か起こる前にダンドールが駆けつけるつもりだった。
幸いにも、作法はマリアンナの身体に馴染んでいた。従って、聖花自身が何かを仕出かすこともなかった。
が、結局最後には、予期せぬ出来事に巻き込まれてしまったのだから報われない。
「、、、おかあ、…さん?わたし、は……」
外がすっかり明るくなった頃、聖花が不意に声を出した。この世界の呼び方ではない。
目を覚ました聖花は体を怠そうに擡げる。冷や汗をかいていたのか、頬が湿っている。
「っ…………!!マリー!
目を覚ましたのね、良かった、よかった……」
ルアンナが歓喜の声を上げた。ずっと我慢していた涙が溢れ、自然と頬をつたる。
「あ、、、ぁ…、さっき、女の子が、奥が見えない黒い目をした、女の子が、わたし、私のことを覗き込むように、見ていたの。真っ暗な、他に何もない空間で。ずっと、ずっと…………」
ルアンナの安心も束の間、聖花が再び錯乱状態に陥った。
目を見開き、手で顔を覆っている。その身体はガタガタと震えていた。
ルアンナは、マリアンナを優しく抱き締めた。彼女を包み込むかのように。
「マリー、落ち着いて…。そんなの、ただの夢よ、私が貴女の傍にいるから、大丈夫だから」
聖花の心を解すように、ルアンナはゆるりと耳元で囁く。
段々と、聖花の震えが小さくなっていく。少しずつ落ち着いて来たようだ。
(心地好くて、優しい声……)
聖花はルアンナに身を委ねた。不思議と温かい気持ちになる。
聖花はあまり覚えていないが、前世で親の愛情なく育った彼女にとって、これ以上ない安らぎだった。
ルアンナの胸の中で聖花は幼い子供のように、声が枯れるまで泣きじゃくった。その様はまるで本当の親であるかのようだった。
聖花が泣き疲れて再び眠った後、ルアンナがようやく部屋を出た。次に聖花が起きた時、消化に良い料理を部屋へと運ぶようメイドに言いつけて。
無理にマリアンナを移動させる訳にはいかない、という彼女なりの配慮だ。
ダンドールはというと、「マリアンナが起きた」と聞き付けた瞬間、直ぐにでも彼女の部屋に駆け付けたかった。
が、彼女の容態を見よう訪れると、先客のルアンナに却下されたのだ。「女性の部屋にそう頻繁に入って良いものではありませんので」と。
実際のところ、ルアンナが独り占めしたかっただけだ。
再び聖花が起きたことを確認すると、料理が次々に運ばれてきた。ルアンナもやってくる。
どんな時もやはり腹は空くもので、ふわりと空間内に広がる風味豊かな香りが聖花の食欲を刺激した。先程までは何も受け付ない状態だったのに、だ。
じっと見てくるルアンナを横目に、聖花は直ぐに全て食べ尽くした。
それを見て、ルアンナは安堵したように微笑んでいた。
食器をメイに手渡し、柔らかな毛布の上に聖花は仰向けに寝転ぶ。ルアンナは聖花の食事を見届けると帰ってしまったので今はいない。
落ち着いてきたところで、聖花はひとり考える。
ーー昨夜会った少女自身も夢か、はたまた幻だったのか
それを考えている内に、聖花に眠気が襲いかかった。疲れが溜まっているのだろう。
そうして聖花は再び深い眠りに落ちた。
それを見計らったかのように、何かが聖花の側を蠢く。ソレは、彼女の様子を確認すると何かを呟き、何事もなかったかのように部屋から消えていった。
そうして、彼は何事もなかったかのように中断していた業務を再開した。
聖花が気が付いた頃には、友達二人がお見舞いに来ていた。アナスタシアとリリエルだ。
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