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第1話 プロローグ

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 ある交差点で、突然それは起こった。

 はいつものように、単にそこを通り過ぎようとしただけだった。
 普段と違うことと言えば、たった少し浮かれていたくらいだ。
 友人に借りたゲームを手に、彼女は軽やかな足取りで我が家へと向かっていた。

 だが、それは唐突に終わりを告げた。
 いきなり悲痛な叫び声が聞こえてきたかと思うと、彼女の身体は宙を舞っていた。
 初めは何が起きたか分からず、彼女はただ混乱するだけだった。
 彼らの言葉を聞くまでは。


「女の子が轢かれたぞ!!」

 その一言で彼女は瞬時に自分のことだと理解した。
 不思議と頭の回転は早かった。

 彼女の周りに大勢の人々が集まる。
 群衆は、安否を心配して駆け寄ったり、あまりのショックで呆然としていたり、興味本位で観に来たりと様々だ。
 不謹慎にもカメラを構えている者さえいた。


(あぁ、痛い…)

 彼女は状況を知った途端、身体中に痛みが走ったが、不思議と落ち着いていた。
 体が微動だにせず、遂には上手く声も出すことが出来なくなってしまった。




ーーーねぇねぇ聖花、このゲームお薦めだよ~。
   新しい乙女ゲームで面白いよ!



 ぼんやりと意識が離れていく中、彼女、郡聖花こおりせいかは、友達との会話を思い出していた。
 丁度この日交わした会話だった。

 その友達は、彼女にとって一番の大切な人で、笑顔がとっても似合う素敵な人だ。
 聖花は少なくとも、そう記憶している。



ーーー貸してあげるから今度感想聞かせてよ、約束ね!!



 そんな幻聴に「ごめん、返せないや」と心の中で謝りつつ、彼女は、自身の逃れられない最期を悟っていた。
 痛みも自然と引いていき、考えることさえままならなくなってきた時、最後の力を振り絞りゆっくりと目を閉じた。

 大騒ぎしている雑踏の叫び声など彼女の耳には全く入らない。
 そうして、薄れ行く意識の中で、大切な唯一の親友のことを思い出しながら、彼女は静かに息を引き取った。





 ある屋敷の一室で、少女は心地良さそうに眠っていた。
 清潔で高級感のある布団が首元まで掛けられている。


「んうぅ‥‥」

 その少女は不意に唸り声を上げ、ゆっくりと目を開いた。
 すぐ真上に天井が見える。
 否、それは天井などではなくベットの頭の部分で、天蓋が取り付けられている。

 そこで、今度は起き上がってみた。
 少し日が差しているのか、眩しい光が少女をほんのりと照らす。
 そのまま、辺りを呆然と見回した。

 ランプやドレッサー、キャビネットなどの家具が彼女の目に映る。
 まるで中世ヨーロッパのような装飾の数々は、彼女に衝撃を与えるのには十分だった。

 更に、一つのことに気が付く。
 

(身体が、どこも痛くない‥‥‥)

 唖然として、身体のあちこちを見回すも、どこにも傷が見当たらない。
 有るとすれば、脳裏にこびりついたの記憶くらいだ。


「……ここは何処??」

 少女ーー聖花が呟いた。
 天国にでも行ってしまったのだろうか、とさえ思っていた。

 しばらく放心状態でいた聖花は、扉からのノックの音で我に返った。

 誰だろうか、と扉を凝視していると、あろうことか見知らぬ女が部屋の中に入ってきた。
 その女は、黒と白が基調の服を見にまとっており、20にも満たないような顔立ちをしている。


、失礼いたします。なかなかお返事が頂けないので入らせて頂きました。さて、起きておられますか?」

 女がゆっくりと近付いてくる。
 聖花の方へと向かって一歩一歩。


「あなたは、どちら様ですか、?」

 聖花は女の足を止めようと、質問に質問を返す。
 少し脅えて声が震えている。
 

「‥‥?‥お嬢様、寝惚けていらっしゃるのですか?私はお嬢様の専属侍女であるメイと申しますが、、、、」

 不思議そうな顔でメイは答えだ。
 主の様子を見て面白がっているのか、微笑を浮かべている。
 害意は感じない。
 
 メイは聖花の変化に気づいていないのか、用意していた白湯を笑顔で聖花に差し出した。
 
 そんな表情を見て、聖花は何故だか受け取らない訳にはいかなくなった。
 遠慮がちに受け取り、控え目にそれを口に含んだ。

 丁度よい温度の白湯が彼女の喉を潤していく。
 不思議と心も温まった、気がしていた。

 ふと、友達が語っていた話を思い出す。


ーーーこの乙女ゲームはね、異世界に転生した子の話なんだ!


(異世界…転生……)

 聖花は頭の中で、そう静かに呟いた。
 そんなこと現実である筈ないと思いながらも、この状況を見て自然と腑に落ちる。
 、余程のことがない限りありえない。
 誘拐にしても、高級感のある部屋に連れさらわれる意味も分からない。

 加えて、彼女は一つのことに気がついた。
 彼女自身のことについては少しは思い出せる。
 けれども友達や家族など、他人についての記憶をこれといって呼び起こせないことだ。
 記憶にもやが掛かったかのように、思い出そうとしても振り払うことができない。

 しかも、の事さえ分からない。
 ある種の記憶喪失といっても過言ではない状態だ。


「メイ、さん?ちょっと不思議に思うかもしれませんが、私について教えて欲しいです」

「お嬢様‥‥??本当にどうされましたか?失礼ですが、頭をお打ちになられたのではないでしょうか。医者の方を呼びましょうか、、?」

 聖花がについて遠慮がちに聞くと、メイは驚いたように目を丸くした。
 本気で心配している様子だった。
 聖花は医者を呼ばれたら困るので、全力で否定する。


「……お嬢様、‥‥いえ、マリアンナ・ヴェルディーレ様はルアンナ奥様とダンドール伯爵様との第三子のお方です」

 何とか踏みとどまったものの、メイは怪訝な顔をして答えた。
 聖花は何かが引っかかり、まだ半分も話しきれていないメイの話に、つい口を挟んだ。

「えっ?マリアンナって………どこかで‥‥」

「何処かも何も、他ならぬお嬢様のお名前ですよ?」

 聖花が聞き覚えのある名前に困惑していると、声に漏れていたようだ。
 メイが間髪入れずに突っ込んだ。

 聖花の疑問を残したまま、その場では結局何も分からず仕舞いに終わってしまった。















しかし、彼女の記憶の片隅には確かにそれは残っていた。



ーーー『異国の国の聖女』の主人公はね、
   マリアンナって言う名前なの。


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