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一章 エルフの森を切り拓け

2話 エルフの村で囚人生活-3

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「重一。行きましょう」

 渋るオレに対し、アイラは何故か乗り気だ。

「なんでだよ」

「彼女が地図で示していた付近、そこに『天賦の玉』の気配を感じるんです」

 真剣な目。……なるほど、そのためにこの世界に来たわけだしな。それを言われると、行かざるを得ないか。

「オークってどれくらい強いんだ」

「まぁ……ちょっと鍛えた男の人じゃ、十人いようが二十人いようが相手にならないわね」

「それ、オレ囮にすらなれない気がするんだが」

「って思ってたから、村の人たち実質死刑宣告するなんて酷いなぁって思ってたところなのよ。でもアンタが『職』持ちなら話は別ね。囮だけじゃなくて殲滅を手伝って貰うわ。ふふ……囚人に何が出来るのかしらないけど」

「うるせぇ。……アイラ、その気配は本当なんだろうな」

 小声で問うと、彼女はコクリと頷く。

「はい、私の女神センサーにビビッと反応アリです」

 そう言って前髪を一本つまんで立たせるアイラ。随分と古いセンサーの表現だこと。

「それにオークでしたら、私も戦力になれますし」

 アイラが戦力? まぁ、女神なんだから魔法とか使えるんだろうか。

「魔法とかそういうのは、私苦手なんで」

「じゃあどうするんだよ」

「大きい盾と斧で戦います」

「ゴリッゴリの前衛職!? 女神だろお前!」

「女神がおしとやかな魔法を使わないといけないなんて決めごとは無いでしょう。私の本職は前衛のタンクですよ」

 まぁ、百九十センチもあるんだからそっちの方がそれっぽいと言えばそれっぽいが……。
 とはいえ、ドSでも女神は女神。そこそこ強いんだろう。
 問題は……。

「普通の人じゃ囮にもならないんだろ? 大丈夫なのかよ、エルリンは」

「あら、あたしが普通だなんていつ言ったのかしら? この村には一人『職』があるエルフがいるって言ったでしょう?」

 彼女はどや顔で弓矢を構える。

「あたしは何に見える?」

「弓兵?」

「ビンゴ。あと回復魔法も使えるから、前衛は頼んだわよ」

 だから彼女にオークの殲滅を依頼されたというわけか。
 オレは納得しつつ、アイラを見上げる。

「『天賦の玉』を見つけたらどうするんだ?」

「私が魔法を使えば、あなたに『天賦の玉』が移ります。オークが取り込んでいることは無いと思いますので、オークを倒した後にその辺を捜索しましょう」

「ねぇ、さっきから言ってるその『天賦の玉』って何?」

 小声で会話しているつもりだったが、聞こえていたらしい。

「私たちの村に伝わる魔道具の伝承のようなものです。虹色の魔力の塊なんですが、ご存じですか?」

 しれっと嘘をつくアイラ。見た目は本当なのかもしれないが。

「知らないわね。村長なら知ってるかも?」

「であれば、オーク退治をしてその周辺探索の後に伺いましょう。……エルリンさん、盾と斧はどこかで手に入りますか?」

「あ、それなら武器屋に行けばあると思うわ。ツバルキンさんなら甲冑も用意してくれるわよ。……意味ないと思うけど」

 苦笑するエルリン。

「なんで意味ないんだ?」

「甲冑なんて来てても、オークの攻撃を防いだりできないからよ」

「じゃあ盾を使っても意味ないじゃねえか」

「盾は技を使えますので。では、行きましょう」

 そしてじゃらっ、と鎖をどこからともなく取り出すアイラ。
 ……それを武器にして戦うつもりなのか?

「いえ、あなたの首輪につけるんですよ? 他の村人にも囚人であることが分かりやすい方が都合がいいでしょう」

「なんでだよ!」

 ちょっと嬉しそうにいそいそとオレの首輪に鎖を繋げるアイラ。本当にこの女は、この趣味だけでもどうにかならないのか!

「あ、ちょっと待って。行くのは明日よ」

「え? 完全に今から行く流れだと思ってた」

「私もです」

 エルリンはため息をついて、首を振る。

「この牢屋の中じゃ分からないかもしれないけど、外は既に真っ暗なのよ。夜はモンスターの時間よ、人間やエルフじゃ太刀打ちできないわ」

 まぁ、夜に戦っても良いことは無い。それはオレもよく知っている。
 ただそれは、あくまで正々堂々正面から戦う時の話だ。

「だが、向こうの拠点に当たりはつけてるんだろ? 相手が強いのなら、寝ているところに火をつけたり、花火を投げ込んだり……夜襲の方がいいんじゃないか?」

 族のチーム同士で抗争をしていた時は、自分たちはそれを受ける側だったが……だからこそ、その怖さをよく知っている。
 しかし、オレの案を聞いたエルリンはドン引きしている。

「アンタ……変態な上に、誇りも無いの?」

「いや変態じゃねえよ! あと、これはメンツの戦いじゃねえんだろ? なら、誇りもクソもねえだろ」

 メンツを守るための戦いと、そうでないものを守る戦いがある。
 オレが族をやっていた時も、メンツを守るためならタイマンが基本だった。しかし街を守るための戦いや、後輩、同じ学校の女子を守るための戦いであればなんでもやった。
 守るモノの優先順位はつけるべきだ。

「なんというか、曇りのない目で言われるとビックリするわ……。何にせよ、あいつらは夜だから寝てるってことは無いわ。だからと言って昼間に寝てるってことも無いけど」

 オークは休息無しで動けるのか。
 そんな生き物がいるんだな――と感心しつつ、オレはその場に座り込む。

「なるほどな……それじゃあ、エルリン。やっぱオレをここから出してくれ」

「はぁ? なんでよ」

「なんでも何も、オレがちゃんと戦力になった方がお前も助かるだろ? それなら、少しでも『職スキル』の練習をして、ちゃんとした場所で食事と睡眠を摂って明日に備えるべきだ。違うか?」

 これ以上廊下にいたくないというのもあるが、相手の方が強かろうとオレは男。女を守る義務がある。
 であれば、少しでも『職スキル』を練習しておくべきだ。
 エルリンは少しだけ迷った表情になってから……いったん、牢屋の鍵を閉めた。アイラと一緒に。

「な、なぜ私まで」

「いや、夫婦なんでしょ? ちょっと我慢してて。あたしは村長に聞いてくるわ」

「でも、ここから出て練習するのはいい判断かもしれませんね。この通り、彼の手綱はキッチリ握っておきますから、そうしてくださると助かります」

「比喩じゃなくてマジで手綱を握るヤツがどの世界にいるんだよ!」

「ここにいますが」

「オレは遠回しにやめてくれって言ってるんだよ!」

 がうと噛みつくと、なぜかやれやれみたいな顔になるアイラ。なんでオレが譲歩してもらう側みたいになってるんだ。

「でも牢屋の中ですか……仕方ないですね、重一。そこに四つん這いになってください」

 ため息をつくアイラ。オレは言われた通り、地面に手をついて――

「よいしょ」

「っとあぶねぇ! オレを椅子にしようとしやがったな!?」

「ちょっと、急に動かないでください。こけちゃったらどうするんですか」

「知らねえよ人を椅子にしようとした奴に、優しくしてやると思うなよ!?」

「あ、取りあえずあたしは行ってくるわね」

 ささっとエルリンが消える。面倒ごとの気配を察知して逃げたか。

「じゃあ分かりました。壁際に座ってください」

「は? おう」

 壁際にあぐらをかくと、アイラはオレの太ももの上に頭を乗せた。

「膝枕で許してあげます」

「……なんか体よく使われたな。まぁいいや。それにしてもアイラ、妙に嬉しそうだな」

 別に彼女と付き合いが長いわけでは無いが、それでも表情の変化くらいは分かる。

「ええ。やっと……第一歩を踏み出せたので。それよりも、重一。『職スキル』の練習を初めておきませんか?」

「ん? ああ、そうだな」

 アイラに促されるまま『職スキル』の練習をすること数分。エルリンが駆け足気味にオレたちの牢屋の方へ戻ってきた。

「ごめん、遅くなっちゃった。手錠をかけてだったら良いって許可出たわ。あと、泊まるところはあたしの家限定ね。そっちの方が安心だって」

「結局手錠はかかりっぱなしなのか。……まぁ、牢屋から出してもらえるだけマシだな」

 オレは苦笑して、すっと手を出す。まぁ、こんな灰色の部屋に押し込められることに比べたら、手錠くらい別にいいか。
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