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章間なう⑫
炎帝剣と敬礼と剣
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天川編 5話
「おはよー、明綺羅君。今日は朝からお仕事だよー」
「お、おはよう。明綺羅君。昨日はよく眠れた?」
「おはよう、アキラ。なんだ、顔色が悪いな……大丈夫か?」
「おはよぉ、アキラぁ」
「おはようございますわ! ……あら、皆さん揃ってらっしゃいますのね」
ブリリアントとの会議から数日後――天川はたまには一人で寝たいな、と思いながら目を覚ました。
「……おはよう」
複雑な心境で皆に挨拶する。
皆がベッドにもぐりこんでくることをブリリアントにそれとなく相談したら、なんとキングサイズのベッドとそれを置いても余る部屋をあてがってくれた。
おかげで重なり合いながら寝ることは無くなったが――違う、そうじゃないと言いたい。
「わたくしもアキラ様と同じベッドで寝たいですわ」
そう言ってため息をつくティアー王女。今でさえ寝苦しい上にこう……肌色と柔らかさで天川明綺羅のエクスカリバーを納刀するのに必死なのだから、さらに女体を追加するのは勘弁して欲しい。
その肌色も――パジャマの桔梗、ネグリジェの呼心、セクシーな下着のラノールさん、布切れ一枚無いヘリアラスさんと、順々に面積が広がっていっている。
桔梗以外はまともな服じゃ無いのは、本当にどうにかならないものか。
「ネグリジェはちゃんとしたお洋服だよ」
呼心に心を読まれた。
「まぁ、それはいいですわ。今日は第一騎士団の第八、第九、第十部隊の皆様が戻られる日ですわ。マナバさんが戻られましたし、ラノールさんは行きませんと」
「分かっています、ティアー王女」
とはいえ、その前に朝ご飯だ。
洗面所で顔を洗って、女性陣も部屋着になり――そして部屋の一角に用意してあるテーブルに、メイドさんが持ってきてくれた朝食を並べる。
ベーコンエッグにサラダ、そしてかぼちゃ? らしきものの冷製ポタージュスープだ。飲み物は紅茶とコーヒーを選べるが、天川はコーヒーを選ぶ。
「アキラ様も出迎えられるんですよね」
「ええ。一度、お目にかかりたいですから」
ラノールさんの提案で、天川はマナバさんたちの部隊が戻ってくる……簡単な式典に参加させてもらうことになった。
第一騎士団にも様々な任務があるらしく――マナバさんの率いていた部隊は、アルゴルのペウス要塞でAランク魔物の大群を全滅させた後、別の街でSランク魔物を討伐したらしい。
その功績を称えるということで、今日は式典が開かれるんだそうだ。
「凄いんですね、マナバさんは」
ベーコンエッグを齧りながら言うと、ラノールさんは少し誇らしげに頷く。
「ああ。本来であれば私よりも先に団長をやるべき人だからな。本人の実力も去ることながら、指揮能力も高い。Sランク魔物の討伐だって、既に何度も経験がある」
「へー、そんな凄い人がなんで団長をやらなかったんですか?」
ポタージュが気に入ったのか、桔梗の分を掬おうとして彼女にブロックされている呼心が首を傾げる。
言えばサービスワゴンから出してもらえるんだからそんな卑しいことをするんじゃない……。
「実はあの人、結婚してから何度も『娘が風邪を引いたから』とかで、遠征任務を断りまくっているんだ。娘さんを溺愛するのは良いんだが――その態度のせいで、団長は任せられないとオーモーネル大臣が言っててな。本人も団長はやりたくないらしいから、副団長に収まっている」
それはまた……。
「じゃあ、なんでアルゴルの戦いには赴いたんですか?」
天川が訊くと、ラノールさんは今度は苦笑する。
「最近は娘さんも反抗期らしくてな。もう一回好きになってもらえるように、仕事に精を出しているんだそうだ。でも――やっぱり団長職は忙しいからやりたくないらしいな」
「えっ、忙しいんですか?」
呼心がかなり驚いたように目を見開くと、ラノールさんはがくっとずっこけた。
「これでも、騎士団の採用人事や、部下の育成、各地の報告書をまとめて今後の方針を決めたりとか……色々仕事あるんだぞ?」
他にも経理とか財務とか、ラノールさんは朝と夜以外は基本的にずっと仕事をしている。手伝えたらと思わなくは無いが、流石にそこは手伝わせては貰えない。
「えー……明綺羅君のベッドに潜り込むだけのエッチなお姉さんじゃなかったんですね」
「ココロ、今日はお前も騎士団の練習に参加するか? 私の仕事を間近で見れるぞ」
「あ、遠慮します」
サクッと手を挙げる呼心。ここまでくるとラノールさんも怒る気になれなかったのか、やれやれと首を振ってから話を戻す。
「というわけでマナバさんは、娘に良いところを見せたいが、朝から晩まで仕事をする団長職はやりたくないらしい」
子煩悩、ここに極まれりという感じだが――天川も結婚して娘が出来たら、そんな風になるのだろうか。
天川は女兄妹はいなかったので分からないが……父親が娘にデレデレしている姿を想像したら、ちょっと笑ってしまう。
「で、でも……自慢のお父さんですね。第一騎士団の副団長で、Sランク魔物を討伐したなんて」
桔梗の言う通り、いくら反抗期でも自慢の父親だろう。ちなみに彼女はスプーンで呼心と攻防している間に、サラダのミニトーマイトをヘリアラスさんに盗られている。今のうちに、メイドさんにお代わりをお願いしておこう……。
「まぁ、そうだな。あの人には私もだいぶ世話になった。実はマナバさんは左利きでな。剣の間合いが右利きと全然違うんだ。アキラも稽古をつけてもらうと良い。勉強になるぞ」
天川は剣をラノールさんからしか習っていないので詳しいことは言えないが、確か剣道は左利きでも握りは変わらないと聞いた覚えがある。
しかし剣術では違うのか。
「あの人は我流だからな。しかし、話していると懐かしさがこみあげてきた。今日は久しぶりに会えてうれしいよ」
可愛らしく微笑むラノールさん。
……別に付き合ったりなんかしていないのに、彼女が他の男の人の話をしながら嬉しそうに笑うのは、なんとなくモヤッとする。
嫉妬なんてすると思っていなかった天川は、自分の感情にちょっと驚く。
「なんだアキラ、嫉妬か?」
そんな天川の表情を読んだか、さっきの百倍嬉しそうに笑うラノールさん。天川は苦笑に見えるように笑みを作り、彼女に返した。
「嫉妬なんてしてませんよ」
「アキラは、自分に自信があるものねぇ」
「いやヘリアラスさん、そういうわけじゃ……」
あはは、と皆で笑う。
「でもマナバさんが魔物の大群を倒してらっしゃるわけですから……一本くらい、新造神器を持ち帰っているかもしれませんわね」
ティアー王女がふっと思い出したようにそんなことを言う。確かにその可能性が無いとは言えないかもしれない。
そんな彼女のセリフを聞いて――ふっと数日前の志村の言葉を思い出した。
『天川殿、あの神器使ってみないで御座るか?』
先代勇者アルタイルの神器。
それを解析した志村は、そう言って真っすぐ天川を見つめてきた。
『なんで、俺なんだ』
『そりゃ、先代の神器を使うのは今代の勇者で御座ろう』
志村らしいセリフだが、それが本心じゃないことはすぐに察せられた。
『……お前が貰うんだろ?』
『そうで御座るよ。でも、アレは魔法だけ貰えればそれで良いんで御座る。神器そのものは、お主に使わせる方が良いと思うんで御座るよ』
魔法だけ貰う……。
その言葉の意味は分からなかったが、突っ込んで聞いても志村は答えてくれなかった。
『使えるようになるまでは結構時間がかかると思うで御座るから、考えておいて欲しいで御座るよ』
そう言って会話を締めた志村の顔は、自信ありげな表情を浮かべており――
「アキラ様!」
――はっ、とティアー王女の声で現実に引き戻される。
「どうされましたか? ボーッとしていましたが」
「寝起きは顔色が悪かったが……具合でも悪いのか?」
「い、いえ」
笑顔を返す。顔色が悪かったのはたぶん、寝苦しかっただけだ。
「それで、何の話でしたか」
「もう、明綺羅君ったら。難波君たちが式典の前には来れないって言ってたから、お出迎えは私たちだけだねって話をしてたんだよ」
「そういえばそうだったな」
アンタレスで住むようになった難波と井川は、 必ず毎朝城に出勤しているのだが、今日は白鷺たちも連れてくるということでちょっと遅れるようだ。
彼らがいないと女性比率が高すぎるので、早く合流してもらいたい。
「しかし白鷺か……久々に会うな」
武者修行に行った彼は、神器を手に入れたと聞いている。どれほど強くなっただろう――かなり楽しみだ。
そうこうしているうちにサービスワゴンから運ばれてきたお代わりを食べ終えた天川達は、準備のために立ち上がる。
「では、わたくしは式典の準備が御座いますから……お出迎えはお願いいたしますね?」
ティアー王女に頷いて、天川たちは準備を始めるのであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「だからポーズはこうで御座る、こう」
「む、難しいですね……。えっと、本当にこのポーズをしないと使えないんですか? おれ、今年で三十二歳なんですけど……」
「えっ……し、シローク長官。そこそこ歳だったんで御座るな」
「まぁ、妻も息子もいますしね。……でも何で、こんなポーズをとる必要が?」
「神器解放する呪文を簡略化するに際して、こうなったんで御座る。無理矢理起動してるようなもので御座るから、本当は解号が凄く長くなるんで御座るよね」
「はぁ……念のため、後でその長い呪文を教えて貰っても?」
「ほら、もう一回練習で御座る」
天川がシローク長官を迎えに行くと――そこには、見知った眼鏡が。二人は何故か鏡の前で、ポーズを一生懸命練習している。
若干話しかけづらい空気だったものの――時間も押しているので、天川は後ろから二人に声をかける。
「えっと、シローク長官。そろそろ、マナバさんの部隊が戻られます」
「おや、もうそんな時間ですか」
シローク長官はややホッとした表情でこちらを振り向く。志村もこちらを向くと、おおと手を振る。
「お疲れで御座る、天川殿。もうちょっと時間あると思ってたんで御座るが」
右手の腕時計を見る志村。彼は右利きなのに、何故そちらに腕時計をしているのか――と聞いたら、手首のスナップで撃てる麻酔銃が仕込まれているからだとか。
全身に常に武器を携帯しておかないと落ち着かないらしい。
「何をしていたんだ?」
「拙者が改造した『新造神器ネクスト』は、シローク長官に貸与することになったで御座るからな。使い方を説明してたんで御座るよ」
なるほど。
シローク長官は少し恥ずかしそうにしながら――志村から受け取ったであろう、メカメカしい長剣を腰に提げる。この前の話で出ていた、『炎狩の帝』。
ラノールさんが倒した、モルガフィーネの持っていた武器だ。
「改造後の名前は炎帝剣ソルレイドで御座る」
笑って説明する志村。自分の発明品を見せびらかしている時の彼は、結構楽しそうだ。
「……今更ながら、本当にいいのか?」
昔、志村が言っていた――『何をしているのか分からないことがアドバンテージである』という発言。
それに則るならば、今回の件は絶対に断るべき案件だったはずだ。
しかし志村はフッと笑う。
「先代勇者の神器と、王族の特別な『職』。どちらも、アドバンテージの一つを手放しただけの価値はあるものだったで御座る」
志村がそれほど言うのか――。
改めて、先代勇者の神器に興味が湧いてくる。
「それに、解析しようとしたら、死ぬように改造しておいたから大丈夫で御座る」
「やり過ぎじゃないか?」
「それで昨日、技術班の人間が二人意識不明です」
「もう被害が出ている!?」
しかも意識不明って。
シローク長官は困ったように笑いながら、ポリポリと頬をかく。
「ちゃんと説明したんですけどね。一切言うことを聞かない若手が、さっそく『職スキル』と魔法を使って……」
「ボーン、で御座る」
片手で爆発のジェスチャーをする志村。そんな軽く言っていいことなんだろうか……。
「その後すぐに彼が現れて、応急処置してくれましたからね。アレが無かったら、本当に死んでいたかもしれません。まぁ、彼らは命令違反の常習者でしたからね。いい薬になったでしょう」
割り切った発言のシローク長官と、ちょっと苦笑気味の志村。
「まさか初日から契約を破るとは思わなかったで御座る」
「それに関しては本当に申し訳ありません」
シローク長官が少し申し訳なさそうな表情で謝罪し、 志村はそれを受けてやれやれと笑った。なんというか、独特の空気感が流れるな彼らは……。
「っと、そういえばマナバさんの部隊が戻られるんでしたね。行きましょう」
「おっと、その前に。天川殿、『照魔境』のアップデートは済ませたで御座るよ」
そう言って、虫眼鏡のついた杖をポンと渡してくれる。彼曰く、今までは虫眼鏡の部分で見ると魔族のシルエットが映るだけだったが――今回のアップデートで、魔族を見ると杖が虹色に光るようになったらしい。
「助かる」
「積極的に使うで御座るよ。今日も騎士団の部隊が戻ってくるんで御座ろう? その中に魔族が紛れているかもしれないで御座るからな」
志村はそう忠告してくるが、今日帰ってくるのは第一騎士団の精鋭のようなものだ。特にマナバさんは副団長。
そうそう魔族が中に入っていることもあるまい。
「肝に銘じておくよ。じゃあ、シロークさん行きましょうか」
シローク長官と共に部屋を出て、ラノールさんたちの待つ正門の方へ。
既にラノールさんと呼心たちは揃っており――後はマナバさんたちを待つばかりとなっている。
「遅くなりました」
シローク長官が敬礼すると、ラノールさんも敬礼で返す。
「いえ、我々も今揃ったところですし――マナバさんの部隊もまだです」
背筋が凛と伸びた二人。
「お待ちしておりましたわ。……お兄様はこういう時こそ仕事すべきだと思うんですけどね!」
ちょっと怒り気味のティアー王女。確かに、あの二重人格王子はどこに行ったんだ。
第一騎士団と第二騎士団の方々も既に並んでおり――その一番前にいるのが、なんとなくプレッシャーだ。
「堂々としていればいい。ココロの言う通り、君たちは王都動乱を解決した救世主なのだから」
微笑むラノールさん。そう言われると、胸を張らないわけにはいかない。
「む」
門の向こうから、足音が聞こえてくる。自然と天川の背筋も伸びた。
門兵さんが重たそうな扉を開けると――騎士団の人たちの姿が見えた。
その真ん中に立っている、四十代くらいの男性。彼がきっとマナバなのだろう。身長は百九十センチくらいあり、ガッシリとした体つき。だというのに、腰に提げた剣は細身のレイピアだ。いったいどんな戦い方をするのだろうか。
その風貌も――垂れ目でにこにことした優しい目。ナマズ髭が、おちゃめな雰囲気も醸し出している。
そして、離れた位置からも感じる『圧』と強さ。なるほど、確かに副団長に相応しい男なのだろう。
ただ、ラノールさんに匹敵するかと言われると……。
(まぁ、いいか)
ラノールさんがコツコツと石畳を歩いて、マナバさんの元へ。立ち止まり、お互いに視線を合わせる。
「副団長、マナバ・バーバラ。ただいま帰還しました」
左手で敬礼するマナバさん。そんな彼を見て、ラノールさんもキッチリ敬礼を返した。
「ご苦労」
お互いが手を降ろし――先にマナバさんが微笑んだ。
「やれやれ、今回は長かった」
「……十分に休んで、と言いたいところだがな。そうもいかない」
「ははは、式典だろう? 部下から聞いているよ。やれやれ、これじゃあ今日は飲みに行けないな」
穏やかに話すマナバさん。そんな彼らを見て背後の団員達も、皆笑顔で和やかな雰囲気が流れている。
しかし、魔族を倒した凱旋だというのだから……もう少し、派手に出迎えても良かったのではないだろうか。
天川がそう思った瞬間、スッと背筋に寒い物が走った。
一体なんだ――そう彼が思った瞬間、ラノールさんが少しだけ目を細める。
「アキラ。『照魔鏡』を使え」
ラノールさんの短い言葉。
だが――なんでそんなことを、という思いが頭によぎった。
相手はSランクに匹敵する実力者。変身して魔族が入れ替わっているなんて、そんなことがあるのだろうか。
ドクンと心臓が跳ねる。体の汗が冷たい物に変わる。
「あの、ラノールさん?」
「我が騎士団では――」
彼女の様子を不審に思ったか、マナバさんは怪訝な顔でラノールさんに語り掛ける。しかし彼女はそれに応えず、剣に手をかけて腰を落とした。
「――敬礼は、必ず右手なんだ」
天川は咄嗟にマナバさんに『照魔鏡』を掲げる。次の瞬間、その杖が虹色に光り出し――
「――魔族ッ!」
「飛竜剣!」
ギュルン!
ラノールさんの剣に炎が宿り、神速の一撃が魔族に振り下ろされる。
しかし、マナバさん――否、彼の姿を借りた魔族は跳躍してそれを回避し、やれやれと首を振った。
「往生すんぜぇ……。せっかく長々と時間かけてここまで来たってのになぁ。んまぁ、しゃーねーわな。おら、おめーら。姿ぁ現せ!」
そう魔族が言った瞬間。真上から悍ましい気配が漂ってきた。
何が――そう思って見上げると、雲を突き抜けて魔物たちが降ってくる。
「グオオオ!!」
「ガァァァアア!」
「グギアアアア!」
数十体の魔物が――マナバさんに化けていた魔族の後ろに降り立った。そこにいた騎士団の面々は、咄嗟に左右に散って躱す。
「な、なんなんだ一体!」
地面に降り立った。アックスオークやハンマーオーガ、ロアボアやカノンウルフ、ランスゴブリンロード。
天川の知る魔物だけでなく、見たことない魔物が現れる。王城の前は一気に、魑魅魍魎の地獄絵図と化した。
一体――一体、何が起きている!?
「馬鹿な! あの日以降、空の探知は強化しているはずだ!」
「こ、こいつら雲のさらに上から降ってきています!」
「そんなところ、ドラゴンくらいしか飛べません!」
「ドラゴン……!? ただでさえ魔物の数が多いのに!」
「総員、抜刀! 第八、第九部隊は街へ向かう道を抑えろ! 第二部隊、第三部隊! 空中警戒部隊に連絡! 魔物の追加を許すな! 他は敵を囲え! 王城にも街にも魔物を逃がすな! 何体魔物がいようが関係ない! 全部斬るぞ!」
ざわめく騎士団の面々を一喝するラノールさん。シローク長官もドラゴンがいるかもしれないと言っているのに落ち着いている。それを見て、マナバさんに変身していた魔族は楽しそうに四股を踏んだ。
「さぁ、オメーら暴れろぉ! オレも暴れっからよぉ!」
瞳孔をかっぴらき、獰猛な笑みを浮かべる魔族。そして彼は体をどす黒く光らせると、グングン大きくなっていく。
一瞬で見上げるほどの体躯となった魔族。その肉体は鈍い金色に光っており、胸の部分だけ青く点滅している。
右腕はとげの付いた鉄球になっており、左手には鎌を握っている。全体的にロボットのような――金属製のゴーレムのような外観だ。
頭の部分だけピラミッド型になっており、その四つの面に一つずつ眼球が浮かぶ。
「デカすぎる、だろ……」
二十メートルは超えた。ズズン……と歩いただけで、地面が陥没する。
「貴様……何者だ!」
ラノールさんが怒鳴りつけた。巨大なゴーレムは体を揺すって――天川達に向けて鉄球を振り下ろした。
咄嗟に天川、ラノールさんで受け止める。ただ殴られただけなのに、重い。見た目通り――否、それ以上の重さに押しつぶされそうになってしまう。
「「がっ……!」」
地面が陥没する。ラノールさんと同時に苦悶の声が漏れた。これは一人じゃ押しつぶされてしまっていたかもしれない。
でも今は、二人だ。
「アキラ……! 合わせろ!」
「はいっ!」
ギュィィィン!
ラノールさんの体が青白く光る。天川も光の刃を、腕の中に生み出した。
「『音越え』の力――飛竜剣!」
「エクスッ、カリバァァァァァ!!!!」
ギュガッ!
空気が破裂する音とともに、巨大ゴーレムの体を吹っ飛ばす。バランスを崩した巨大ゴーレムはその場に尻もちをつき……大声で笑い出した。
「がっはっはっは! 思ったより楽しめそうだな!」
「楽しむだと……ッ!?」
ラノールさんがにらみつけるが、巨大ゴーレムはゆっくりと立ち上がって両腕を構えるように上げた。
「いやぁ、オメーらも往生してんねぇ。そういや、さっき名前聞かれたから答えるとするか。オレぁ、オージョー。デススターゴーレモンのオージョーだ! よろしくな! んで、じゃあな!」
名乗ると同時に、胸の部分が真っ赤に染まる。そして次の瞬間、赤熱化した部分から真っ赤な熱線が照射された。
王城を消し飛ばす角度で――!
「おはよー、明綺羅君。今日は朝からお仕事だよー」
「お、おはよう。明綺羅君。昨日はよく眠れた?」
「おはよう、アキラ。なんだ、顔色が悪いな……大丈夫か?」
「おはよぉ、アキラぁ」
「おはようございますわ! ……あら、皆さん揃ってらっしゃいますのね」
ブリリアントとの会議から数日後――天川はたまには一人で寝たいな、と思いながら目を覚ました。
「……おはよう」
複雑な心境で皆に挨拶する。
皆がベッドにもぐりこんでくることをブリリアントにそれとなく相談したら、なんとキングサイズのベッドとそれを置いても余る部屋をあてがってくれた。
おかげで重なり合いながら寝ることは無くなったが――違う、そうじゃないと言いたい。
「わたくしもアキラ様と同じベッドで寝たいですわ」
そう言ってため息をつくティアー王女。今でさえ寝苦しい上にこう……肌色と柔らかさで天川明綺羅のエクスカリバーを納刀するのに必死なのだから、さらに女体を追加するのは勘弁して欲しい。
その肌色も――パジャマの桔梗、ネグリジェの呼心、セクシーな下着のラノールさん、布切れ一枚無いヘリアラスさんと、順々に面積が広がっていっている。
桔梗以外はまともな服じゃ無いのは、本当にどうにかならないものか。
「ネグリジェはちゃんとしたお洋服だよ」
呼心に心を読まれた。
「まぁ、それはいいですわ。今日は第一騎士団の第八、第九、第十部隊の皆様が戻られる日ですわ。マナバさんが戻られましたし、ラノールさんは行きませんと」
「分かっています、ティアー王女」
とはいえ、その前に朝ご飯だ。
洗面所で顔を洗って、女性陣も部屋着になり――そして部屋の一角に用意してあるテーブルに、メイドさんが持ってきてくれた朝食を並べる。
ベーコンエッグにサラダ、そしてかぼちゃ? らしきものの冷製ポタージュスープだ。飲み物は紅茶とコーヒーを選べるが、天川はコーヒーを選ぶ。
「アキラ様も出迎えられるんですよね」
「ええ。一度、お目にかかりたいですから」
ラノールさんの提案で、天川はマナバさんたちの部隊が戻ってくる……簡単な式典に参加させてもらうことになった。
第一騎士団にも様々な任務があるらしく――マナバさんの率いていた部隊は、アルゴルのペウス要塞でAランク魔物の大群を全滅させた後、別の街でSランク魔物を討伐したらしい。
その功績を称えるということで、今日は式典が開かれるんだそうだ。
「凄いんですね、マナバさんは」
ベーコンエッグを齧りながら言うと、ラノールさんは少し誇らしげに頷く。
「ああ。本来であれば私よりも先に団長をやるべき人だからな。本人の実力も去ることながら、指揮能力も高い。Sランク魔物の討伐だって、既に何度も経験がある」
「へー、そんな凄い人がなんで団長をやらなかったんですか?」
ポタージュが気に入ったのか、桔梗の分を掬おうとして彼女にブロックされている呼心が首を傾げる。
言えばサービスワゴンから出してもらえるんだからそんな卑しいことをするんじゃない……。
「実はあの人、結婚してから何度も『娘が風邪を引いたから』とかで、遠征任務を断りまくっているんだ。娘さんを溺愛するのは良いんだが――その態度のせいで、団長は任せられないとオーモーネル大臣が言っててな。本人も団長はやりたくないらしいから、副団長に収まっている」
それはまた……。
「じゃあ、なんでアルゴルの戦いには赴いたんですか?」
天川が訊くと、ラノールさんは今度は苦笑する。
「最近は娘さんも反抗期らしくてな。もう一回好きになってもらえるように、仕事に精を出しているんだそうだ。でも――やっぱり団長職は忙しいからやりたくないらしいな」
「えっ、忙しいんですか?」
呼心がかなり驚いたように目を見開くと、ラノールさんはがくっとずっこけた。
「これでも、騎士団の採用人事や、部下の育成、各地の報告書をまとめて今後の方針を決めたりとか……色々仕事あるんだぞ?」
他にも経理とか財務とか、ラノールさんは朝と夜以外は基本的にずっと仕事をしている。手伝えたらと思わなくは無いが、流石にそこは手伝わせては貰えない。
「えー……明綺羅君のベッドに潜り込むだけのエッチなお姉さんじゃなかったんですね」
「ココロ、今日はお前も騎士団の練習に参加するか? 私の仕事を間近で見れるぞ」
「あ、遠慮します」
サクッと手を挙げる呼心。ここまでくるとラノールさんも怒る気になれなかったのか、やれやれと首を振ってから話を戻す。
「というわけでマナバさんは、娘に良いところを見せたいが、朝から晩まで仕事をする団長職はやりたくないらしい」
子煩悩、ここに極まれりという感じだが――天川も結婚して娘が出来たら、そんな風になるのだろうか。
天川は女兄妹はいなかったので分からないが……父親が娘にデレデレしている姿を想像したら、ちょっと笑ってしまう。
「で、でも……自慢のお父さんですね。第一騎士団の副団長で、Sランク魔物を討伐したなんて」
桔梗の言う通り、いくら反抗期でも自慢の父親だろう。ちなみに彼女はスプーンで呼心と攻防している間に、サラダのミニトーマイトをヘリアラスさんに盗られている。今のうちに、メイドさんにお代わりをお願いしておこう……。
「まぁ、そうだな。あの人には私もだいぶ世話になった。実はマナバさんは左利きでな。剣の間合いが右利きと全然違うんだ。アキラも稽古をつけてもらうと良い。勉強になるぞ」
天川は剣をラノールさんからしか習っていないので詳しいことは言えないが、確か剣道は左利きでも握りは変わらないと聞いた覚えがある。
しかし剣術では違うのか。
「あの人は我流だからな。しかし、話していると懐かしさがこみあげてきた。今日は久しぶりに会えてうれしいよ」
可愛らしく微笑むラノールさん。
……別に付き合ったりなんかしていないのに、彼女が他の男の人の話をしながら嬉しそうに笑うのは、なんとなくモヤッとする。
嫉妬なんてすると思っていなかった天川は、自分の感情にちょっと驚く。
「なんだアキラ、嫉妬か?」
そんな天川の表情を読んだか、さっきの百倍嬉しそうに笑うラノールさん。天川は苦笑に見えるように笑みを作り、彼女に返した。
「嫉妬なんてしてませんよ」
「アキラは、自分に自信があるものねぇ」
「いやヘリアラスさん、そういうわけじゃ……」
あはは、と皆で笑う。
「でもマナバさんが魔物の大群を倒してらっしゃるわけですから……一本くらい、新造神器を持ち帰っているかもしれませんわね」
ティアー王女がふっと思い出したようにそんなことを言う。確かにその可能性が無いとは言えないかもしれない。
そんな彼女のセリフを聞いて――ふっと数日前の志村の言葉を思い出した。
『天川殿、あの神器使ってみないで御座るか?』
先代勇者アルタイルの神器。
それを解析した志村は、そう言って真っすぐ天川を見つめてきた。
『なんで、俺なんだ』
『そりゃ、先代の神器を使うのは今代の勇者で御座ろう』
志村らしいセリフだが、それが本心じゃないことはすぐに察せられた。
『……お前が貰うんだろ?』
『そうで御座るよ。でも、アレは魔法だけ貰えればそれで良いんで御座る。神器そのものは、お主に使わせる方が良いと思うんで御座るよ』
魔法だけ貰う……。
その言葉の意味は分からなかったが、突っ込んで聞いても志村は答えてくれなかった。
『使えるようになるまでは結構時間がかかると思うで御座るから、考えておいて欲しいで御座るよ』
そう言って会話を締めた志村の顔は、自信ありげな表情を浮かべており――
「アキラ様!」
――はっ、とティアー王女の声で現実に引き戻される。
「どうされましたか? ボーッとしていましたが」
「寝起きは顔色が悪かったが……具合でも悪いのか?」
「い、いえ」
笑顔を返す。顔色が悪かったのはたぶん、寝苦しかっただけだ。
「それで、何の話でしたか」
「もう、明綺羅君ったら。難波君たちが式典の前には来れないって言ってたから、お出迎えは私たちだけだねって話をしてたんだよ」
「そういえばそうだったな」
アンタレスで住むようになった難波と井川は、 必ず毎朝城に出勤しているのだが、今日は白鷺たちも連れてくるということでちょっと遅れるようだ。
彼らがいないと女性比率が高すぎるので、早く合流してもらいたい。
「しかし白鷺か……久々に会うな」
武者修行に行った彼は、神器を手に入れたと聞いている。どれほど強くなっただろう――かなり楽しみだ。
そうこうしているうちにサービスワゴンから運ばれてきたお代わりを食べ終えた天川達は、準備のために立ち上がる。
「では、わたくしは式典の準備が御座いますから……お出迎えはお願いいたしますね?」
ティアー王女に頷いて、天川たちは準備を始めるのであった。
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「だからポーズはこうで御座る、こう」
「む、難しいですね……。えっと、本当にこのポーズをしないと使えないんですか? おれ、今年で三十二歳なんですけど……」
「えっ……し、シローク長官。そこそこ歳だったんで御座るな」
「まぁ、妻も息子もいますしね。……でも何で、こんなポーズをとる必要が?」
「神器解放する呪文を簡略化するに際して、こうなったんで御座る。無理矢理起動してるようなもので御座るから、本当は解号が凄く長くなるんで御座るよね」
「はぁ……念のため、後でその長い呪文を教えて貰っても?」
「ほら、もう一回練習で御座る」
天川がシローク長官を迎えに行くと――そこには、見知った眼鏡が。二人は何故か鏡の前で、ポーズを一生懸命練習している。
若干話しかけづらい空気だったものの――時間も押しているので、天川は後ろから二人に声をかける。
「えっと、シローク長官。そろそろ、マナバさんの部隊が戻られます」
「おや、もうそんな時間ですか」
シローク長官はややホッとした表情でこちらを振り向く。志村もこちらを向くと、おおと手を振る。
「お疲れで御座る、天川殿。もうちょっと時間あると思ってたんで御座るが」
右手の腕時計を見る志村。彼は右利きなのに、何故そちらに腕時計をしているのか――と聞いたら、手首のスナップで撃てる麻酔銃が仕込まれているからだとか。
全身に常に武器を携帯しておかないと落ち着かないらしい。
「何をしていたんだ?」
「拙者が改造した『新造神器ネクスト』は、シローク長官に貸与することになったで御座るからな。使い方を説明してたんで御座るよ」
なるほど。
シローク長官は少し恥ずかしそうにしながら――志村から受け取ったであろう、メカメカしい長剣を腰に提げる。この前の話で出ていた、『炎狩の帝』。
ラノールさんが倒した、モルガフィーネの持っていた武器だ。
「改造後の名前は炎帝剣ソルレイドで御座る」
笑って説明する志村。自分の発明品を見せびらかしている時の彼は、結構楽しそうだ。
「……今更ながら、本当にいいのか?」
昔、志村が言っていた――『何をしているのか分からないことがアドバンテージである』という発言。
それに則るならば、今回の件は絶対に断るべき案件だったはずだ。
しかし志村はフッと笑う。
「先代勇者の神器と、王族の特別な『職』。どちらも、アドバンテージの一つを手放しただけの価値はあるものだったで御座る」
志村がそれほど言うのか――。
改めて、先代勇者の神器に興味が湧いてくる。
「それに、解析しようとしたら、死ぬように改造しておいたから大丈夫で御座る」
「やり過ぎじゃないか?」
「それで昨日、技術班の人間が二人意識不明です」
「もう被害が出ている!?」
しかも意識不明って。
シローク長官は困ったように笑いながら、ポリポリと頬をかく。
「ちゃんと説明したんですけどね。一切言うことを聞かない若手が、さっそく『職スキル』と魔法を使って……」
「ボーン、で御座る」
片手で爆発のジェスチャーをする志村。そんな軽く言っていいことなんだろうか……。
「その後すぐに彼が現れて、応急処置してくれましたからね。アレが無かったら、本当に死んでいたかもしれません。まぁ、彼らは命令違反の常習者でしたからね。いい薬になったでしょう」
割り切った発言のシローク長官と、ちょっと苦笑気味の志村。
「まさか初日から契約を破るとは思わなかったで御座る」
「それに関しては本当に申し訳ありません」
シローク長官が少し申し訳なさそうな表情で謝罪し、 志村はそれを受けてやれやれと笑った。なんというか、独特の空気感が流れるな彼らは……。
「っと、そういえばマナバさんの部隊が戻られるんでしたね。行きましょう」
「おっと、その前に。天川殿、『照魔境』のアップデートは済ませたで御座るよ」
そう言って、虫眼鏡のついた杖をポンと渡してくれる。彼曰く、今までは虫眼鏡の部分で見ると魔族のシルエットが映るだけだったが――今回のアップデートで、魔族を見ると杖が虹色に光るようになったらしい。
「助かる」
「積極的に使うで御座るよ。今日も騎士団の部隊が戻ってくるんで御座ろう? その中に魔族が紛れているかもしれないで御座るからな」
志村はそう忠告してくるが、今日帰ってくるのは第一騎士団の精鋭のようなものだ。特にマナバさんは副団長。
そうそう魔族が中に入っていることもあるまい。
「肝に銘じておくよ。じゃあ、シロークさん行きましょうか」
シローク長官と共に部屋を出て、ラノールさんたちの待つ正門の方へ。
既にラノールさんと呼心たちは揃っており――後はマナバさんたちを待つばかりとなっている。
「遅くなりました」
シローク長官が敬礼すると、ラノールさんも敬礼で返す。
「いえ、我々も今揃ったところですし――マナバさんの部隊もまだです」
背筋が凛と伸びた二人。
「お待ちしておりましたわ。……お兄様はこういう時こそ仕事すべきだと思うんですけどね!」
ちょっと怒り気味のティアー王女。確かに、あの二重人格王子はどこに行ったんだ。
第一騎士団と第二騎士団の方々も既に並んでおり――その一番前にいるのが、なんとなくプレッシャーだ。
「堂々としていればいい。ココロの言う通り、君たちは王都動乱を解決した救世主なのだから」
微笑むラノールさん。そう言われると、胸を張らないわけにはいかない。
「む」
門の向こうから、足音が聞こえてくる。自然と天川の背筋も伸びた。
門兵さんが重たそうな扉を開けると――騎士団の人たちの姿が見えた。
その真ん中に立っている、四十代くらいの男性。彼がきっとマナバなのだろう。身長は百九十センチくらいあり、ガッシリとした体つき。だというのに、腰に提げた剣は細身のレイピアだ。いったいどんな戦い方をするのだろうか。
その風貌も――垂れ目でにこにことした優しい目。ナマズ髭が、おちゃめな雰囲気も醸し出している。
そして、離れた位置からも感じる『圧』と強さ。なるほど、確かに副団長に相応しい男なのだろう。
ただ、ラノールさんに匹敵するかと言われると……。
(まぁ、いいか)
ラノールさんがコツコツと石畳を歩いて、マナバさんの元へ。立ち止まり、お互いに視線を合わせる。
「副団長、マナバ・バーバラ。ただいま帰還しました」
左手で敬礼するマナバさん。そんな彼を見て、ラノールさんもキッチリ敬礼を返した。
「ご苦労」
お互いが手を降ろし――先にマナバさんが微笑んだ。
「やれやれ、今回は長かった」
「……十分に休んで、と言いたいところだがな。そうもいかない」
「ははは、式典だろう? 部下から聞いているよ。やれやれ、これじゃあ今日は飲みに行けないな」
穏やかに話すマナバさん。そんな彼らを見て背後の団員達も、皆笑顔で和やかな雰囲気が流れている。
しかし、魔族を倒した凱旋だというのだから……もう少し、派手に出迎えても良かったのではないだろうか。
天川がそう思った瞬間、スッと背筋に寒い物が走った。
一体なんだ――そう彼が思った瞬間、ラノールさんが少しだけ目を細める。
「アキラ。『照魔鏡』を使え」
ラノールさんの短い言葉。
だが――なんでそんなことを、という思いが頭によぎった。
相手はSランクに匹敵する実力者。変身して魔族が入れ替わっているなんて、そんなことがあるのだろうか。
ドクンと心臓が跳ねる。体の汗が冷たい物に変わる。
「あの、ラノールさん?」
「我が騎士団では――」
彼女の様子を不審に思ったか、マナバさんは怪訝な顔でラノールさんに語り掛ける。しかし彼女はそれに応えず、剣に手をかけて腰を落とした。
「――敬礼は、必ず右手なんだ」
天川は咄嗟にマナバさんに『照魔鏡』を掲げる。次の瞬間、その杖が虹色に光り出し――
「――魔族ッ!」
「飛竜剣!」
ギュルン!
ラノールさんの剣に炎が宿り、神速の一撃が魔族に振り下ろされる。
しかし、マナバさん――否、彼の姿を借りた魔族は跳躍してそれを回避し、やれやれと首を振った。
「往生すんぜぇ……。せっかく長々と時間かけてここまで来たってのになぁ。んまぁ、しゃーねーわな。おら、おめーら。姿ぁ現せ!」
そう魔族が言った瞬間。真上から悍ましい気配が漂ってきた。
何が――そう思って見上げると、雲を突き抜けて魔物たちが降ってくる。
「グオオオ!!」
「ガァァァアア!」
「グギアアアア!」
数十体の魔物が――マナバさんに化けていた魔族の後ろに降り立った。そこにいた騎士団の面々は、咄嗟に左右に散って躱す。
「な、なんなんだ一体!」
地面に降り立った。アックスオークやハンマーオーガ、ロアボアやカノンウルフ、ランスゴブリンロード。
天川の知る魔物だけでなく、見たことない魔物が現れる。王城の前は一気に、魑魅魍魎の地獄絵図と化した。
一体――一体、何が起きている!?
「馬鹿な! あの日以降、空の探知は強化しているはずだ!」
「こ、こいつら雲のさらに上から降ってきています!」
「そんなところ、ドラゴンくらいしか飛べません!」
「ドラゴン……!? ただでさえ魔物の数が多いのに!」
「総員、抜刀! 第八、第九部隊は街へ向かう道を抑えろ! 第二部隊、第三部隊! 空中警戒部隊に連絡! 魔物の追加を許すな! 他は敵を囲え! 王城にも街にも魔物を逃がすな! 何体魔物がいようが関係ない! 全部斬るぞ!」
ざわめく騎士団の面々を一喝するラノールさん。シローク長官もドラゴンがいるかもしれないと言っているのに落ち着いている。それを見て、マナバさんに変身していた魔族は楽しそうに四股を踏んだ。
「さぁ、オメーら暴れろぉ! オレも暴れっからよぉ!」
瞳孔をかっぴらき、獰猛な笑みを浮かべる魔族。そして彼は体をどす黒く光らせると、グングン大きくなっていく。
一瞬で見上げるほどの体躯となった魔族。その肉体は鈍い金色に光っており、胸の部分だけ青く点滅している。
右腕はとげの付いた鉄球になっており、左手には鎌を握っている。全体的にロボットのような――金属製のゴーレムのような外観だ。
頭の部分だけピラミッド型になっており、その四つの面に一つずつ眼球が浮かぶ。
「デカすぎる、だろ……」
二十メートルは超えた。ズズン……と歩いただけで、地面が陥没する。
「貴様……何者だ!」
ラノールさんが怒鳴りつけた。巨大なゴーレムは体を揺すって――天川達に向けて鉄球を振り下ろした。
咄嗟に天川、ラノールさんで受け止める。ただ殴られただけなのに、重い。見た目通り――否、それ以上の重さに押しつぶされそうになってしまう。
「「がっ……!」」
地面が陥没する。ラノールさんと同時に苦悶の声が漏れた。これは一人じゃ押しつぶされてしまっていたかもしれない。
でも今は、二人だ。
「アキラ……! 合わせろ!」
「はいっ!」
ギュィィィン!
ラノールさんの体が青白く光る。天川も光の刃を、腕の中に生み出した。
「『音越え』の力――飛竜剣!」
「エクスッ、カリバァァァァァ!!!!」
ギュガッ!
空気が破裂する音とともに、巨大ゴーレムの体を吹っ飛ばす。バランスを崩した巨大ゴーレムはその場に尻もちをつき……大声で笑い出した。
「がっはっはっは! 思ったより楽しめそうだな!」
「楽しむだと……ッ!?」
ラノールさんがにらみつけるが、巨大ゴーレムはゆっくりと立ち上がって両腕を構えるように上げた。
「いやぁ、オメーらも往生してんねぇ。そういや、さっき名前聞かれたから答えるとするか。オレぁ、オージョー。デススターゴーレモンのオージョーだ! よろしくな! んで、じゃあな!」
名乗ると同時に、胸の部分が真っ赤に染まる。そして次の瞬間、赤熱化した部分から真っ赤な熱線が照射された。
王城を消し飛ばす角度で――!
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