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第十二章 混迷なう

289話 黒い森なう

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「……まったく、冬子たちの相談に乗ってくれてただけならそうと言ってくれたら良かったのに」

「一切の聞く耳を持たずに殴りかかってきた男の台詞とは思えんな」

 宿屋の廊下、袋小路。穴ぼこだらけの木偶人形数体の上で、槍と弓矢を互いに突き付けながら俺たちは睨み合う。
 数瞬、視線を交錯させ……真相を知って馬鹿らしくなった俺が先に目をそらした。

「しかし、珍しいな。君がこんな理由で怒るなんて。何か心境に変化でもあったのか?」

「さぁね」

 互いに武器を下ろし、俺は踵を返した。

「仲間がラブホに連れ込まれる寸前かもしれないと思えば、誰だって怒る。それに……なんか、タローと下ネタで会話出来るくらい仲よくなってたのも、腹が立つ」

 俺はタローを仲間だなんて思っちゃいないのに。
 彼は俺の答えを聞いて、少しだけ目を開く。その後、愉快そうに口を開くと――まるで年相応の青年みたいな笑みを浮かべた。

「しかし傑作だ。まさか私が惚気られる日が来るとはな!」

「……惚気? なにそれ」

「自覚がないのか。ふっ、であれば……いや、やめておくか。これは外から眺める方が楽しそうだ」

「はぁ?」

 意味が分からずタローの顔を睨むが、彼はどこ吹く風というふうに肩をすくめる。しかしいつもならばクールでニヒルなプレイボーイな印象を抱かせるその仕草が、妙に若い。今だけは俺とグッと年齢差が縮まったような気すらしてしまう。
 そんなタローの印象の変化に困惑しつつも、俺はとりあえずタローから一歩離れた。

「やれやれ、君と追いかけっこをしたせいで汗をかいてしまった。風呂にでも入ってこようか」

「行ってらっしゃい。俺も無駄に汗かいた」

 ため息と共に、槍をしまう。獣人族の牢屋でひと悶着した上に、タローと追いかけっこだ。なんで意味もなく俺はこんなに汗をかいてるんだろうか。
 活力煙を咥え、窓を開ける。とりあえずここで一服してから――なんて思っていると、ガシッとタローに肩を組まれた。

「男同士で絡み合う趣味は無いんだけど」

「らしいな、彼女らに聞いたよ。それはそうと、宿の中は禁煙だ。外の喫煙スペースに行ってきたまえ」

「…………」

 俺は火を点ける前だった活力煙を仕舞い、無駄にイケメンなタローの顔を押し退ける。

「もう俺に用はないでしょ。そろそろ休みたいんだけど」

「そう言うな。せっかく温泉旅館に来たんだ、たまには|裸の付き合い(・・・・・・)でもどうかね?」

「……なんでそんな言葉を知ってるのさ」

 言動がおっさん臭い。しかも、こっちの世界に旅館って概念あるのかな。

「父がよく言っていたんだ。父や君たちの故郷では――親睦を深めるために一緒に風呂に入るのだろう?」

 ニヤッと、口の端を吊り上げるタロー。
 父や……君たちの、故郷?

「何を、言って」

「私の父の名は、『ケン・クロモリ』。この宿屋――もとい、旅館は父がプロデュースした」

「――――――ッ!?」

 思わずタローの腕を払う。

「今、なんて言った?」

 ドクン、と心臓が跳ねる。変な汗が額から噴き出て、ほんの少しだけ視界が白む。

(……いや、そうだよ、そりゃ、おかしいもの)

 タローの名前、その容姿。異世界人を最初から知っているような口ぶり。
 会った時から感じていた、発音の微妙な違和感。
 どれもこれも、この世界ではあり得ないであろう物。
 そんな彼の父の苗字が――『クロモリ』、『ブラックフォレスト』ではなく。 

「まさか、タロー」

「風呂はやめにして、君の部屋に行ってもいいかね? 聞きたいこと、伝えたいことが山ほどある」

 多少の逡巡。しかしすぐに俺は頷いた。
 タローもまた満足そうに頷いたので――俺は彼を連れて部屋に戻った。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「きょ、京助誤解なんだ! い、いいか? 別に私たちはタローと何か卑猥なことをしていたわけではなくてだな」

「そ、そうですマスター。我々が決してタローさんとラブホテルに行きたいとかそういう話をしているわけでは無いんです」

「そうデス! あの、絶対にそんなのあり得ないデス! 絶対に絶対に、タローさん何かとそんな所に行きたいなんてあり得ないデス! 絶対に!」

「京助君……! 私は京助君一筋だから! 身も心も、髪の毛の一本まで京助君の物だから!」

「もー、キョウ君があんなに目の色を変えて走るなんてー。あ、もしかして嫉妬ですかー? もう、かわいいんですからー」

 女性陣がやいやい言いながら俺の体をぺたぺた触ってくる。美沙は何で俺のお腹をそんなにさすさすするのか。
 苦笑しつつ、俺は部屋の真ん中の方へ行き――

「あの程度で嫉妬に狂っておったら、やってゆけぬぞ?」

 ――キアラの耳打ちに、俺はムッと唇を尖らせる。

「なにさ、その言い方。俺は狂ってなんか無いよ」

「違うんなら良いがの」

 ため息をつくキアラ。揶揄う感じでも無いのが、少し気になるけど……俺はとりあえず机に胡坐をかいて座る。

「……えーっと、とりあえず冬子たちには言ったの?」

「ああ。その上で、君が来るまで最終決定は待って欲しいと言われている状態だ。どうするかね?」

「俺たちが聞いていいのなら、聞くつもりだけど……でも何か手伝ってほしいとか、そういうこと言うつもりなんでしょ?」

「もちろん」

 頷くタロー。俺は腕を組んでから、冬子たちの方を見た。

「どうする? 俺は聞くつもり」

「どうも何も――私たち以外の異世界人の情報だ。聞いておいて損はあるまい」

「知らないことは少ない方が良いと思うな。聞いたうえで手伝わないって言ってもいいんだし」

「おい、思っても言うんじゃないそんなこと」

 目の前で堂々と手伝わない宣言をする美沙にツッコミを入れる冬子。そんな彼女らを見てタローは苦笑しつつも、どこか微笑まし気だ。

「ふふ、しかしそうだな……話を聞く以上、命の危険が無いところまでは最低でも手伝ってもらいたい」

 引っかかる言い方だ。命の危険の有無だけではあまり判断したくないんだけど……

「まあいいや。ここにいる皆で聞いてもいいの?」

「そこまで警戒するな。手伝って貰いたいのは山々だが――最終的にどこまで協力するかは君たちの判断に任せる」

 パチンとウインクするタロー。冬子と美沙がサッと俺の後ろに隠れ、リャンがタローを睨み、シュリーが苦笑している。

「……私にウインクされたら喜ぶ女性が大半なんだがな」

「私は正直、嫌悪感しかない。顔は良いのに、なんでだろうな」

 ぶっちゃける冬子。なんというか、現代人の価値観に微妙に合わないんじゃなかろうか。
 俺たちが皆席に着いたところで、マリルがお湯を沸かしだす。我が家にある湯沸かしの魔道具と違って、けっこう時間がかかりそうだ。

「さて、話を進めよう。……私の父は異世界人だ。その父が、私の幼いころどこかへ消えてしまった。元の世界に帰ったのではないか、と私は睨んでいる」

 ……元の世界に、か。
 タローが、なんの根拠も無しにそんなことを言うとは思えない。とりあえず、そこはそういう物と思って話を聞こう。

「そもそも――異世界人は私の父だけではない。『|執行官(リブラ)』の記録に残る限り、五人。そのうち二人は死亡が確認されており――残りの三人は、ある日忽然と姿を消している」

「消えたって……なんの痕跡も残さずに?」

「ああ。本当に突然消えているんだ。誰にも何も言わず、忽然と。殆どの異世界人が君らと同じように実力者ばかりだった。それ故に、この謎を解明するため私たち『|執行官(リブラ)』は異世界人の足取りを追い続けていたんだ」

 異世界人は俺たちだけじゃない……どころか、五人もいたのか。
 つまり、召喚以外で異世界人がこっちの世界に来ることがあったということか。

「何も言わず、突然に……か」

「ああ。父も私と同様に『|執行官(リブラ)』だったんだが……その任務に行くと言って、そのまま帰ってこなかったんだ。私という優秀な息子と、美人な妻を置いてだぞ」

 タローは一つため息をつくと、眉にしわを寄せた。

「腹立たしいと思わんかね?」

「まぁ……そりゃそうだろうね」

 お父さんがいきなり消えました、って。子どもの頃なら相当ショックだろう。
 そして、それがしかも元の世界に戻ってしかも返って来てない。
 うん、まぁ怒るよね。

「だから、私は父を殴るため――もとい、どんな理由で元の世界に帰ったのか問いただすため、『|執行官(リブラ)』としてだけではなく、独自に人脈を築いてその謎を追っていたんだ」

 今、殴るためって言ったねタロー。

「……えーっと、タローがお父さんのことを殴りたいのは分かったんだけど、まずその『|執行官(リブラ)』? って何?」

「おっと、すまない。端的に言えば『汚れ仕事』の組織だ」

 汚れ仕事ねぇ……何を執行するんだか。

「AGギルドと騎士団が共同で設立した組織でな。主に裏切者などの始末、他国へ潜入して諜報活動などを行っている」

 そんなヤバい組織が……って。

「騎士団も?」

「ああ。第三騎士団は覚えているか?」

「確か、武装新聞屋なんて揶揄されてる、広報兼情報収集の騎士団」

「その通り。第三騎士団は国内の情報収集を、我々『|執行官(リブラ)』は国外の情報収集を。そして集めた情報を元に、我々が『刑を執行する』わけだな」

 なるほど、だから『執行官』。

「まぁ、魔族や亜人族だけが敵国の調査をしているわけじゃないということさ」

 朗らかに笑うタロー。俺は一つ目を閉じてから、息を吐く。

「他国に潜入したり……ってことは、返り討ちにあったと考えるのが妥当じゃない?」

「私もその可能性が高いと思っていた。全員、何らかの事情があって誰にも言わずに戦いに赴き、そして死亡したと。しかし、『|執行官(リブラ)』として父の足跡を調べていくうちに――一つの事実を知ったんだ。三人の異世界人が、とある土地を目指していたということを」

「とある土地?」

「ああ。……魔族の国にある『トラゴエディア・バレー』と呼ばれる、巨大な谷だ」

 初めて聞く名前だ。当たり前か、魔族の国にあるものだし。

「……って、魔族の国に行ったってこと?」

「そうなるな。とはいえ、父の時代では『トラゴエディア・バレー』はまだ魔族の国ではなかった。三国の中心にある、世界一魔物が出現する『バルバミューダ』の一地域だったんだ」

「世界一魔物が出現する……って、魔物の出現率が高くなる場所なんてあるんだ」

「ああ。いまだに原因はわかっていないが、この世界にはほかの場所と比べて明らかに魔物の出現率が高い場所が存在するんだ。街などは、そういう地域を避けて作られている」

 王都動乱の際、街の魔力量が異様に高まって魔物が大量発生する土壌が出来ていた。あの時はそれを使って俺がAmdmを発動したけど、そんな風に魔力が高まると、魔物が出現しやすくなるとかあるのかもしれない。

「人族の国では……その『バルバミューダ』と隣接している地域や、後は国内でも四か所ほど『立ち入り禁止』とされているような地域があるな。そのうち一つは、ミスター京助も通ったことがあるであろうハダルのすぐそばだぞ」

 ハダル……って前に行った、魔物の出ない山にある町だったね。なるほど、その地域で魔物が大量に出るからあの山には逆に魔物が出なくなってたんだろうか。
 俺はそんなことを思いつつ、ふむと顎に手を置く。

「で、その『バルバミューダ』の一地域に魔族の国が進出したの?」

「ああ。現在は『トラゴエディア・バレー』の真上に城が建っているからな。かなり巨大且つ、豪奢な城らしい」

 城が、谷の上に建ってる?
 空中城みたいになっているのだろうか。それとも、谷の一部を埋め立ててとか?
 よく分からないけれど、魔法のある世界だ。何があっても不思議は無いか。

「……そんなに魔物の多い場所に城を構えるって、凄いな。いずれその『バルバミューダ』も魔族の領域にしちゃうかもね」

 連中は魔王の血で魔物になれる。もしかするとその能力があれば、魔物に襲われないのかもしれない。

「で、異世界人はそんな危険地帯を目指していたと」

「ああ。殆ど残っていなかった足跡を辿っていった結果だ。魔族が陣取っているせいで、現在はそこに行けないが……」

「なるほどね。……そこに行けば、俺たちの世界に帰還する目途が立つかもしれない、と」

「ああ。……まぁ、そのためには激戦は必至だろうがね」

 まぁ、わざわざ城を建てたんだ。そこに軍が無いとも考えづらい。 

「そうでなくとも、『バルバミューダ』に立ち入らねばならないからな。あそこは……私でも、|そこそこ(・・・・)大変だ」

「王都動乱の時並みに魔物出てくるってこと?」

「あれが生易しくなるくらい出るぞ。私が昔通った時は、Sランク魔物が三体出て来てな。はっはっは、Sランカー三人じゃなかったら間違いなく死んでいた」

 そこそこどころじゃないだろ。
 ……なるほど、三つの国が睨み合いを続けてる理由が分かったよ。大軍を用意して進軍なんて出来やしないねそれは。
 ってか、Sランカー三人で行ってて安心出来ないのか。どんな場所だよ。

「でも魔族は羨ましいですねー。魔物に襲われないなんてー」

 マリルがお茶を淹れてくれたので、それを飲んで喉を潤す。タローも同時にお茶を飲むと、真剣な瞳で笑った。

「同じ場所に行った、ということも興味深いし、それ以外にも死んだのではないだろうと考える理由がある。ミスター京助、君が私を不意打ちしたとしよう。なんの痕跡も記録にも残らずに、誰にも知られず倒せると思うかね?」

「無理じゃない? 京助君たちが本気で殺し合って、何も地形が変わらないなんて無理でしょ」

「キョウ君は湖を一個増やした前科がありますからねー」

 そういえばキヨタ湖作ったなあ、俺。覇王と戦ったせいでそんなことになったんだっけ。
 ……でも、なるほど。当時の俺と覇王の実力差だとしても、地形が変わるほどの戦闘になったんだ。Sランクレベルの奴ら同士が暴れたら――誰にも知られないなんて無理だろう。
 王都動乱の時に魔族が使った、別世界を生み出す結界。あれがあれば――とも思ったけど、そもそもアレが展開された時点で目立つ。

「私の父は、今の私よりもさらに数段強かった。そんな父が、誰にも知られずに殺されるなんてあり得ない。また、国内にいれば『|執行官(リブラ)』と第三騎士団の情報網から逃れることも出来ない」

 他国に潜伏してたら話は別かもしれないけど……でも、それでも人族が別の国でひっそりと暮らしていられる可能性は低いか。
 俺はタローの眼を見て、ゆっくり口を開く。

「……タローのお願いは、そこに行くこと?」

「最終的には、な。『|執行官(リブラ)』の職務としても、個人的にも。帰ったのであれば、呼び戻すことも出来るかもしれないだろう? もしも呼び戻せるのなら、思いっきりぶん殴……こほん、母に謝らせたいからな」

 私怨しか感じない。
 俺は苦笑して、肩をすくめる。

「ただ、そんな危ないところを通らないといけないのか……手伝うかどうかは少し考えさせてほしいな」

「もちろんだ。君たちに軽々に命をかけろと言う気は無い。しかし……少しだけ訊きたいことがあるのだが、構わないかね?」

「何?」

 困ったように笑うタロー。珍しい表情だな――なんて。

「私は異世界人ではないのでね。分からないんだ、そんなに帰りたいところなのか? 君たちのいた世界というのは」

 タローは庭の方に目を向ける。立ち上がり、窓を開けて――長く息を吐く。

「美しい庭だ。父から聞いた、『日本』という国の話は……非常に興味深かった。一年の間に四度も季節が変わり、あたり一面ピンク色になったり、真っ赤になったりするらしいな」

 桜と紅葉だろうか。こっちの世界にも似たような植物はあるけど、確かに日本のそれほど密集して生えていたりしない気がする。

「んー……そうだね。いいとこだったと思うよ」

 あの頃の俺は学生で、どこにでもいる普通の少年に過ぎなかった。もしかすると、今みたいに社会人をやっていたらまた違った感想だったかもしれないけれど。
 でも、それはIFの話。俺が覚えている日本っていう国は……

「漫画やアニメ、ラノベは面白かったし、ご飯は美味しかったし、治安もよかった。魔物もいないし、命の危機を感じることはそうなかった。他の異世界人はどう言うかわからないけど、俺は少なくともこちらの世界よりも魅力的な国だったと思う。タローの言うような」

 水は綺麗で、毎日お風呂にも入れて。
 コンビニがあるから、何時でもなんでも買えて。
 暇つぶしの道具なんて無限にあって。
 こちらの世界に無いものをあげれば、キリが無い。

「それほど、素晴らしい世界だったのか」

「いやぁ、どうだろ。ねぇ、冬子」

「……まぁ、そうだな。世界ってことだけなら、別に関係ない気はするぞ私は」

「そうだねー。だって、こっちの世界にしか無いものもあるし、世界に優劣なんて無いんじゃない? 世界には、ね」

 三人の見解が一致する。

「含みのある言い方だな」

 タローの言葉にこくんと頷く。苦笑気味に。

「『帰りたい』って思う理由は、そこじゃないからね」

 仮に世界に優劣があっても――だからと言って、今をかなぐり捨ててまで戻るのは、『世界』への未練からじゃないだろう。

「そこにある想い出、過去。そこにどれだけ執着するか――でしょ」

 そう、『過去』。魅力的な想い出。残してきた人。
 俺にだって、存在してる。
 毎晩夜更かしするせいで朝が辛くて。
 定期テストの前だけ死ぬ気で勉強して。
 授業中、寝てたら冬子に起こされて。
 休み時間はラノベや漫画の話をしつつ、次の時間の漢字のテストに備えて。
 宿題や塾が面倒くさくて。
 でも放課後、カラオケに行ったりご飯食べに行ったりするのが楽しくて。
 将来の不安を煽るテレビを何も考えなくていいバラエティに変えて。
 明日は放課後、何をしようか……なんて思いながらベッドに入って。
 毎日の教室は、刺激が無いのに何故か行くと楽しくて。
 そんな過ぎ去った日々、戻れない日常。
 もう一度、と思わない日はない。

「その『思い出』に戻れるなら……想いはそこに尽きると思うよ」

「……ふむ、なるほど」

「お父さんの故郷について語ってもいいけど、そこにはたぶん……タローの求めてる真相は無いんじゃないかな」

 タローはこちらを見ず、そのまま庭を眺めている。遠くから、ほんの微かにししおどしの音が聞こえた。

「はは、まさか君に諭されるとはな。些か、思考が固まっていたようだ」

 窓を閉め、いつも通りの笑顔で無く――スポーツ少年のような爽やかな笑みを浮かべるタロー。

「その笑い方のほうが、カッコいいんじゃない?」

「何を言う。私はいつも、常にカッコいい」

 ニヒルな笑みに戻るタロー。いつも通りのプレイボーイ、キザったらしくて鬱陶しい。
 でもまぁ、タローも悩んで変な方向に行くこともあるんだね。

「ただ、君の話を聞いてなおのこと興味が湧いた。時間があればでいいが――もう少しだけ、君たちの故郷について語ってくれないかね?」

「いいとも」

 俺がうなずいた瞬間、ピーっと音が鳴る。皆でそっちを見ると、お湯の沸いた合図のようだった。

「お話もいいんですけどー、その前に、お茶でも飲んで休憩しましょうねー」

 ほんわかと笑うマリルに――俺たちも、笑みを以って返すのであった。
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